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無詠唱の魔王  作者: Dちゃん
第四章「西へ続く道の話」

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第45話「五本目の糸の震えと、地の底からの接触と、問われる側」

翌朝、空は——変わらず、薄い雲に覆われていた。


風は、止んでいた。境界の向こうは——今も、静かなままだった。


炉の灰は、まだ、わずかに、白い熱を、持っていた。


ノアが、目を覚ました。今日も——すぐに、上半身を起こした。


「……ノアさん」とエリナが、そっと、聞いた。「今日も——夢を、見ましたか」


ノアが、少し、考えた。


「……いや」とノアが言った。「今日は——何も、見なかった。でも——」


ノアが、少し、自分の胸に、手を当てた。


「……あったかかった。寝てる間、ずっと。なんか——誰かと、一緒にいる、みたいな」


―――


ルルが、すぐに、地面に、両手を当てた。しばらく、黙っていた。


目を、開けた。


「……五本目」とルルが言った。「昨日より——ちょっと、あったかい。色が——少し、変わってる」


「変わってる、というのは」とカインが聞いた。


「……うん」とルルが言った。「昨日は——細くて、震えてるだけだった。今は——震えてるけど。その震えに——色が、ついてる、感じ」


「色」とエリナが、繰り返した。


「『嬉しい』、みたいな色」とルルが言った。「でも——それだけじゃない。なんか——『見てる』、みたいな色も、混じってる」


「見てる」とジンが、繰り返した。


「うん」とルルが言った。「五本目が——下から、見られてる。そんな、感じ」


―――


カインが、地図を広げた。「名を持たぬ場所」の印の横に——新しい線を、書き加えた。


「……昨夜,考えました」とカインが言った。「五本目の糸——『今』という方向に伸びる糸。私たちは、これを、私たちの行動が生み出した糸、として、考えていました」


「ああ」とジンが言った。「それで?」


「ですが——もし」とカインが言った。「もし、この糸が——『今』という方向に伸びているなら。それは——一方通行ではない、可能性があります」


「一方通行じゃない、って」とジンが聞いた。


「私たちが、下へ。だけでは——ない」とカインが言った。「下から、私たちへ、も。同じ糸を——通って、何かが——伝わってくる、可能性です」


全員が、少し、黙った。


「……つまり」とエリナが言った。「私たちが——下に、問いかけているだけじゃなくて。下も——私たちに、何か、問いかけている、ということですか」


「断定はできません」とカインが言った。「ただ——昨日、ノア殿が『まだ、いるよ』と伝えた瞬間に、この糸が——生まれました。もし、それが——応答の糸であるなら。応答は——両方向に、流れる、と考える方が——自然です」


―――


セレクが、少し、目を閉じた。


「……記録を——もう一度、見せていただけますか」とセレクが言った。


セレクが、教会の記録の写しを——もう一度、開いた。古い、革表紙の、写し。今度は、ゆっくりとではなく——少し、急いで、ページを、めくった。


「『問いは、ひとつではない。されど——応える声は、ひとつでよい』」とセレクが、その一文を、もう一度、読んだ。


それから——セレクが、少し、目を見開いた。


「……この、後に」とセレクが言った。「もう、一文だけ——あります。今まで——文の区切りだと思っていた、印が——実は、続きの、区切りでは、なかった、ようです」


「なんて——書いてあるんですか」とジンが、急いで聞いた。


セレクが、少し、目を伏せた。


「……『問う者も、また、問われている』」とセレクが、ゆっくりと、読み上げた。


―――


炉の灰が、少し、崩れた。


「……問う者も——問われている」とエリナが、繰り返した。「それは——」


「私たちのことだと思います」とカインが言った。「これまで——私たちは、下にいる『名を持たぬもの』たちに——『名前』や、『まだ、いるか』、という問いを、向けられる側だと——考えてきました。あるいは——応える側だと」


「でも——記録には」とセレクが言った。「『問う者』と『問われる者』を——分けていません。問いかける側も——同時に、問われている、と——そう、書かれています」


「……俺たちも」とジンが、ゆっくりと言った。「下から——何か、聞かれてる、ってことか」


「断定はできません」とセレクが言った。「ただ——可能性としては、否定できません」


ルルが、少し、地面に、手を当てた。


「……五本目の、あの色」とルルが言った。「『見てる』っていう色——もしかしたら、それ。下が——私たちを、見てる、色」


―――


「……今日は、入りますか」とエリナが聞いた。「祠に」


カインが、少し、考えた。


「入ります」とカインが言った。「ただ——今日も、何かを、確かめに行くわけではありません。五本目の糸の——今の状態。それだけを、見て、来ます」


「無理は、しない」とジンが言った。「今日も——感じるだけだ」


ノアが、少し、自分の胸を、押さえた。


「……俺、なんか——今日は、緊張する」とノアが言った。「いつもと——違う緊張だ。怖い、んじゃない。なんか——『見られる』、緊張」


「大丈夫だ」とジンが言った。「お前一人じゃない」


全員が、頷いた。


―――


境界をまたいだ。


音が、消えた。風が、消えた。


奥へ進むと——光が、いつもと、少し、違う揺れ方をしていた。台座に座る人の姿——その目が、一行を、見た。


いつもなら——それから、ノアを見る。


でも——今日は、違った。


目が——一行を、見たまま、しばらく、動かなかった。


「……あ」とルルが、小さく言った。「今日は——ノアさんだけじゃない。私たち全員を、見てる」


光が——ゆっくりと、揺れた。「初めて、見る」というような——揺れだった。


―――


ルルが、地面に、両手を当てた。


しばらく、黙っていた。


「……五本目」とルルが、ぽつりと、言った。「震えてる」


「いつもと——同じ、震えか」とジンが聞いた。


ルルが、少し、首を、横に振った。


「……ううん」とルルが言った。「違う。さっき——朝、感じた時より——強い。なんか——」


ルルが、少し、息を、止めた。


「……来た」


―――


その時——


誰も、何も、言わなかった。


でも——全員が、それを、感じた。


音、ではなかった。胸の、奥の方で——響いたのとも、少し、違った。


それは——もっと、優しく。もっと——静かに。


まるで——遠くから、誰かが、こちらに——手を、伸ばしてきたような。


ルルが、目を見開いた。両手を、強く、地面に押し付けた。


「……今」とルルが言った。声が、少し、震えていた。「四本目の——すぐ隣から。何かが——五本目の糸に——触れた」


「触れた」とカインが、すぐに、繰り返した。「初めて、ですか」


「うん」とルルが言った。「初めて。五本目が——できてから、初めて——下から、誰かが、それに——触れた」


―――


ノアが、少し、目を閉じた。それから——胸を、強く、押さえた。


「……俺」とノアが、小さく、言った。「今——なんか、聞かれた、気がする」


「何を」とジンが、すぐに聞いた。


ノアが、少し、考えた。


「……言葉じゃ、なかった」とノアが言った。「でも——なんとなく、わかる。なんていうか——」


ノアが、少し、自分の足元と、自分の胸を、両方、見た。


「……『お前たちは、どうして、ここに、来た』——そういう、感じ」

挿絵(By みてみん)

全員が、少し、息を呑んだ。


「……それは」とエリナが、ようやく、言った。「私たちに——向けられた、問い、ということですか」


「わからない」とノアが言った。「でも——確かに、感じた。今までは——『下』に向かって、聞いてた。今日は——『下』から——聞かれた」


―――


光が——揺れた。それまでとは、少し、違う、揺れ方だった。


ルルが、すぐに、光を、見た。


「……あの方も」とルルが言った。「驚いてる。下が——私たちに、何か、聞いた、ってこと。それに——驚いてる」


「驚いてる、っていうのは」とエリナが聞いた。


「……いいことだと思う」とルルが言った。「あの方の、においに——『嬉しい』、っていう色も、ちょっと、混じってる。なんていうか——『初めて』、っていう色」


ノアが、少し、自分の手を見た。


「……答えなくちゃ、いけない、んだろうな」とノアが言った。「でも——今日は——まだ、言葉に、ならない」


「焦らなくていい」とジンが言った。「今日は——『聞かれた』ってことが、わかった。それで——十分だ」


―――


「……これ以上は、今日は、ここまでにしましょう」とカインが言った。「五本目の糸に——初めて、下から、接触がありました。そして——おそらく、その接触は——私たち自身への、問いを、伴っていました。これは——大きな、転換点です」


全員が、頷いた。


ノアが、光に向かって、少し、頭を下げた。


「……今日は、ありがとう」とノアが言った。「俺たちは——ちゃんと、聞いた。今度、答えを——持ってくる」


光が——ゆっくりと、揺れた。今度の揺れは——穏やかで——どこか、ほっとしたような、揺れだった。


―――


外に出ると——風が、戻ってきた。


「……俺たちが、聞かれてるのかもしれない」とノアが、もう一度、言った。「下から。それも——『まだ、いるか』とは——違う、問いで」


「違う問い、っていうのは」とジンが聞いた。


「わからない」とノアが言った。「でも——なんか——『なぜ』、っていう響きだった。『なぜ、ここに、来たのか』。それは——下にいる誰かにとって——たぶん——すごく、大事な、問いなんだと思う」


「セレクさん」とエリナが言った。「『問う者も、また、問われている』——それって、もしかして——下のものたちが、待っていたのは。私たちが『答え』を持ってくることじゃなくて——私たち自身が、何者なのか、ということ、なんでしょうか」


「断定はできません」とセレクが言った。「ただ——もし、そうなら。これまでの旅すべてが——その問いへの、答えになっている、可能性があります」


ジンが、少し、自分の手を見た。


「……『なぜ、ここに来たのか』」とジンが言った。「それなら——答えは、簡単だ」


「簡単、というのは」とカインが聞いた。


ジンが、少し、笑った。


「……『仲間が、ここにいたから』。それだけだ」


―――


夕方、境界の外で、野営の準備をした。


炉に、火がついた。火が、揺れた。


「……『見られてる』っていうのは——なんか、変な感じだな」とジンが言った。「今までは——こっちが、見る側だった」


「逆に——いいことかもしれない」とシアが言った。「見られてる、ってことは——向こうが、私たちを——『相手』として、認めた、ってことでしょ」


「相手、として」とジンが、繰り返した。


「うん」とシアが言った。「問いを、向けられる、ってことは——『一人』として、見られてる、ってこと。物、じゃなくて」


ノアが、少し、火を見ながら、笑った。


「……お前、本当に——シアに似てきたな」


「言ったじゃない」とシアが言った。「もう、いいって」


「焦らなくていい」とジンが言った。「今日、わかったのは——『向こうも、こっちを、知りたがってる』、ってことだ。それで——十分だ」


―――


エリナは、ランプの光で、手帳を書いた。


今日のこと——ルルが朝に感じた五本目の糸の「色」の変化、カインの仮説「応答は両方向に流れる」、セレクが見つけた記録の続き「問う者も、また、問われている」、傷や祠の中で、五本目の糸に下から初めて触れがあったこと、ノアが感じた「なぜ、ここに来たのか」という問い。すべてを、書いた。


書き終えて、ペンを止めた。


それから——もう一行、追加した。


『今日、私たちは、初めて——「見られている」側になりました。これまでは、ずっと、問いかける側、答える側だと思っていました。でも、もしかしたら、初めから、そうじゃなかったのかもしれません。「なぜ、ここに来たのか」。ノアさんが感じたその問いに、ジンさんは、すぐに答えました。「仲間が、ここにいたから」。それだけで、十分なんだと思います。でも、それだけじゃない気もします。私たち一人一人が、なぜ、ここにいるのか。それを、ちゃんと、言葉にできたら——きっと、それが、五本目の糸に、もう一つの色を、加えてくれるんじゃないかと思います。今日は、それを、考えながら、眠りたいと思います。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』


ランプの炎が、静かに揺れた。


―――


ルルは、最後に——境界の方角を見た。


風が、止んでいた。境界の向こうは——今も、静かなままだった。


便も——においの中の、五本目の糸が——今までと、少し、違っていた。


昨日までは——一方の端が、ルルたち自身の足元に、繋がっていた。それだけだった。


今は——その糸の、真ん中あたりに。


小さな——とても小さな——「結び目」のようなものが、できていた。


まだ、ほどけそうなくらい、細い。でも——確かに、そこに、ある。


ルルは、少し、目を細めた。


「……これ」とルルが、小さく、呟いた。「『見られた』ところに——できたのかな」


地面の奥から——返事は、なかった。


でも——その小さな結び目が、わずかに、光って見えた、ような気がした。


ルルは、それを確かめて、眠った。


―――


夜が、深くなった。


炉の火が、揺れていた。


境界の中では——光が、静かに、揺らいでいた。


その揺らぎの中に——新しい問いの形が、まだ、輪郭のないまま、生まれかけていた。


それは——「下を思う」色でも、「待つ」色でもなかった。


もっと、単純で。もっと——根源的な。


「あなたたちは、誰か」という——色だった。


そして——地の底の、四本目の、すぐ隣で。


五本目の糸に触れた、何かが——その糸を通して、初めて、上の世界の——「あたたかさ」を、知った。


それは——まだ、言葉ではなかった。


でも——確かに、それは——「興味」だった。


―――


― 第45話・了 ―


―――


次話予告:翌朝、ジンが、自分の手のひらを見ながら、言う。「……『誰か』って、聞かれたら——俺たちは、なんて、答えるんだろうな」。エリナが、手帳の白紙のページを、見つめる。「もし、私たち一人一人の話を——下に、伝えることができたら」。セレクが、記録の写しを、そっと、閉じる。「……これで、全部です。続きは——もう、ありません」。ルルが、ふと、五本目の糸の、結び目に——指を、近づける。「……あ。これ——増えてる」。地の底で——「興味」が、初めて、形を、持ち始めた。

お読みいただきありがとうございました!


お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、今回のお話から、AIで生成したイメージ画像を試験的に挿入してみました。


初めての試みなので手探り状態ですが、作品の世界観を広げるおまけ程度に、今後も気が向いた時にちょこちょこ載せていければなと思っています。

「イメージが湧きやすくて良い」「これなら無い方が集中できる」など、もし何か感想があればお気軽に教えてくださいね。


今後とも『無詠唱の魔王』をよろしくお願いいたします!

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