表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無詠唱の魔王  作者: Dちゃん
第一章「辺境から始まる話」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/64

第4話「地下には何かが潜んでいる」

水路の調査依頼は、ラングレイ東区画の地下水路に異物が詰まっているかもしれない、というものだった。


 詳細は不明。原因も不明。ただ「最近、排水の流れが悪い」という住民の声があった。


 ジンはその紙を受け取って、「まあなんとかなるんじゃないかな」と思った。


 東区画の入口は、古い石畳の路地の奥にある。鉄格子の扉に古びた鍵がかかっていたが、管理人から預かった鍵で開く。


 ジンが扉を押し開けると、じっとりとした暗闇と、かすかな臭いが漂ってきた。


「くさい」


 ルルが短い手を伸ばして鼻を押さえる。


「松明、いりますか」


「なくてもいい」


「なぜですか」


「なんとなく見えるから」


「……は?」


 シアが眉根を寄せた。「光魔法も使えるのか」


「魔法じゃないと思う。目がよくなった感じ?」


「……あり得ない」


「でも見えてる」


 シアは一瞬黙ってから、自分の手のひらに小さな光球を灯した。詠唱なし、一瞬で。エリナから聞いていた話通り、この女も相当なものだ、とジンはぼんやり思った。


 地下水路は思ったより広かった。


 大人が二人、並んで歩けるくらいの石造りの通路が続いている。水は壁際の溝を流れていて、今は確かに流れが遅い。澱んでいる。


 ルルがジンの服の裾を掴んで歩いている。怖がっているというより、単純に暗い場所が好きではないらしい。


「どのくらい続くの」とジンが聞いた。


「地図では東側の外壁まで、百五十メートルほどのはずだ」とシアが答えた。


「シア、地図も持ってきたの」


「当然だろう。調査依頼なら現場の構造を把握するのが基本だ」


「俺は持ってない」


「知っている」


 五十メートルほど進んだところで、シアが立ち止まった。


 光球を前方に向ける。


 通路の壁に、引っかき傷があった。


 石を削ったような、深い爪痕。高さは人間の腰から胸のあたり。一本ではなく、複数の爪が並行して走っている。


「……魔獣の痕跡だ」


 シアの声が低くなった。


「でかい?」


「この爪幅と深さなら、Bランク相当以上。水路に今も潜んでいるとすれば――」


 シアの緊張を余所に、ジンはもうスタスタと歩き始めていた。


「……おい。ちょっと待て、聞いていたか」


「聞いてた。でかいやつがいるんでしょ」


「それだけか、お前の反応は!」


「まあ見てから考える」


 シアは一度だけ爪痕を振り返った。Bランク以上の魔獣が水路に棲んでいたはずなのに、痕跡しかない。どこへ消えた。——その疑問は、胸の奥にしまっておく。


 さらに進むと、通路が少し広くなった。


 床に水が溜まっている。流れが完全に止まっている。ルルが「ここ、変なにおいがする」と言った。


「魔獣のにおい?」とジンが聞く。


「ちがう。もっと、古いにおい。石のにおいと、なんか……眠ってるものの、におにょ……」


 ルルの語尾がゆるゆると崩れた。眠いのか、と思ったが、見ると目がきちんと開いている。ただ、何かに引っ張られるように、ゆっくりと奥の方を向いていた。


「ルル」


「……ん」


「どこ見てる」


「あっち。なんか、ある」


 シアが光球を強くした。


 通路の奥——水溜まりの向こうに、壁がある。いや、壁ではなかった。壁に見えていたものが、近づくと扉だとわかる。


 石造りの、アーチ型の扉。鉄の枠が錆びて、蔓のような模様が彫り込まれている。鍵穴はない。押しても引いても動かなそうな、頑丈な佇まい。


「ギルドの地図に、これはない」とシアが言った。


「古そうだね」


「ラングレイの建設は二百年前。だがこの石の加工は、それより古い様式だ。三百年以上——いや、もっと前かもしれない」


 ルルが扉に近づいて、表面をぺたぺたと触り始めた。


「ルル、触るな、罠がある可能性が——」


 がこん、と音がした。


 扉が少し動いた。


 シアが短く息を飲んだ。


「……ルル、いまなにをした」


「さわっただけ」


「さわっただけで」


「なんか、開けていいってきがした」


 シアはルルを見て、ジンを見て、また扉を見た。


「この子は何なんだ」


「わかんない」とジンは答えた。「俺も知りたい」


 扉の奥は、小さな空間だった。


 水路とは繋がっていない。乾燥した石の床に、古い台座が一つ。台座の上に、石板が乗っている。


 手のひらほどの大きさ。表面に文字が刻まれているが、シアが見ても読めない。


「これ、古代語か?」


「そう見えるが、私が知っている古代語とも違う。もっと——根源的な何かに近い」


 ルルが台座の前に立って、石板を覗き込んだ。


「ルル、読める?」


「……ちょっとだけ」


「教えて」


 ルルは少し考えるような顔をして、それから言った。


「『目覚めは、ここより始まる』って書いてある、たぶん」


 シアが眉間に皺を寄せた。「目覚め」


「うん。あと、もう一個。『重さを知る者が来るまで、眠れ』」


 シアが、ゆっくりとジンを見た。


 ジンも石板を見ていた。特に驚いた様子はない。


「重さを知る者って、俺のこと?」


「そうとしか読めない」


「なんでここに?」


「知らない。だが——」シアは声を落とした。「この石板が三百年以上前のものなら、お前がここに来ることを、誰かが知っていたことになる」


 沈黙。


 ジンはしばらく石板を見ていた。


「へえ」


「『へえ』で済むことか」


「済む気がする。腹が減ってきた」


 シアが深くため息をついた。


(——無詠唱の超重力魔法に、暗所での視力に、石板の言葉。一体、お前は何なんだ)


 前を歩くジンの、何の緊張感もない背中を一瞬だけ見て、シアは認めたくない動揺を胸の奥に押し込んだ。


 とりあえず石板を持って帰ることにした。


 水路の詰まりの原因は、台座の周辺に積もった古い土砂が流れ込んでいたせいだ。扉が開いた衝撃で一部が崩れ、水が動き始めている。あとはギルドに報告すれば、専門の業者が対処するだろう。


 調査依頼としては、完了だ。


 地上に出ると、昼を少し過ぎた太陽がまぶしかった。


 ルルが「おなかすいた」と言った。ジンも「俺も」と言った。シアは何も言わなかったが、足が二人と同じ方向——屋台通りの方へ、向いていた。


 ギルドに戻ると、エリナが報告書を受け取りながら、石板を見て目を細めた。


「これは……」


「地下で見つかった。古代語っぽいやつが書いてある。シアが見ても読めなかった」


「シア・ルーナが読めないものを……」エリナが石板を裏返した。「わかりました。専門の鑑定士に回します。費用はギルド持ちで」


「ありがとう」


「お礼はいいですが——」エリナがジンを見た。「何かあったんですね。顔に出てませんけど、目が少し違う」


 ジンは少し考えた。


「三百年前の誰かが、俺が来ることを知ってたらしい」


 エリナが止まった。


「……えっ」


「石板にそう書いてあったって、ルルが言ってた」


「ル、ルルちゃんが読んだんですか、古代語を」


「なんとなくわかるって」


 エリナはジンを見て、石板を見て、入口の方でルルが屋台の匂いに鼻をひくひくさせているのを見た。


 報告書の備考欄に何を書けばいいか、また途方に暮れた。


 その夜。


 シアは一人、宿の部屋で窓の外を見ていた。


 石板の言葉が頭から離れない。「重さを知る者が来るまで、眠れ」——その意味を、魔法使いとして考え続けていた。


 誰かが、あの場所を作った。


 三百年以上も前に。まるで、ジンのような規格外の男が現れることを知っていたかのように。


 偶然か。それとも、仕組まれた運命か。


(――ザルヴァ)


 勇者パーティにいた頃、教会の奥深くで、最高幹部たちが声を潜めて語っていた名を思い出す。


 『この世界を管理する者』。


 シアは窓枠を指先で叩いた。


 わからないことが多すぎる。あの男のことも、あの子供のことも、石板のことも。


 ただ一つだけ、はっきりしていることがある。


——面白くなってきた。


 その感覚が、勇者パーティを出て以来、初めて戻ってきていた。


— 第4話・了 —


次話予告:石板の鑑定結果が出た。「これは封印の起点だ」——ラングレイの地下に眠る何かが、ジンの到来で動き始めようとしている。そして教会から、一人の使者がラングレイに向かっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ