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無詠唱の魔王  作者: Dちゃん
第二章「王都に響く歯車の話」

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第24話「カインが持ち帰った地図と、ヴェルダへの三日と、旅が始まる朝の匂い」

翌朝、カインが早くに出かけた。


 「研究院に確認したいものがある」と言っていた。朝食の席でそれだけ言って、眼鏡をかけ直して立ち上がった。エリナが「何を確認しに?」と聞いた。カインが「王都北東の山域に関する記録です。昨夜のジン殿の言葉を受けて、一点だけ確かめたいことがある」と言った。


 「一点だけ、って言う人ほどたくさん確かめてくる」とジンが言った。


 「失礼な」とカインが言った。


 「当たってる?」


 カインが少し、止まった。「……追加で二点、確認するかもしれません」


 シアが「正直だ」と言った。


 「黙ってください」


 ルルが「行ってらっしゃい」と言った。


 カインが、少しだけ目を細めた。それから、出かけた。


  ―――


 カインがいない間、五人は宿でそれぞれに過ごした。


 ジンは食堂でパンをかじった。昨日の、水鏡の間で手に触れた暖かさが、まだどこかに残っている気がした。手のひらを見た。何も変わっていない、普通の手だ。でも——あの感触は、本物だった。


 水の中に映った山。岩の間から溢れる水。文字の刻まれた岩。


 (温泉地、か)


 カインが「王都北東の山域」と言った。「水が火になる場所」と言った。アル・ヴェリアが、次はそこへ、と言った。理由はまだわからない。でも——行けば、わかる。そういう予感がある。根拠はない。でも——断絶の崖に行った時も、そういう予感があった。


 だから、ジンは信じることにした。


 シアが食堂の端のテーブルで、書類のようなものを読んでいた。何を読んでいるのか、遠くて見えなかった。


 エリナが手帳を開いて、何かを書いていた。昨日の記録の続きかもしれない。あるいは——次の旅の準備かもしれない。


 ルルは窓の外を見ていた。窓から、王都の通りが見える。馬車の音がする。人の声がする。


 「においは?」とジンが聞いた。


 「昨日とほとんど同じ」とルルが言った。「落ち着いてる。でも——今日は、少し遠いところのにおいも混じってる」


 「遠いところ?」


 「山の方。王都より、空気が薄い感じのにおい。カインが動いてるから、かな」


 「カインが動いたにおいがするの?」


 「カインのにおいって、何かを探してる時、少し尖る。今日は朝からそれが混じってた」


 ジンが少し笑った。「ルルって、すごいね」


 「普通だよ」


 「普通じゃないよ」


 ルルが少し困った顔をした。でも——嫌そうではなかった。


  ―――


 カインが戻ってきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 手に、紙を持っていた。一枚ではなく——何枚かを重ねて、大事そうに持っていた。その目が、いつもより少し、動いていた。眼鏡の奥で、考えが走っている顔だった。


 「ありました」


 カインが食堂のテーブルに紙を広げた。


 一枚は地図だった。古い地図だ。線が細く、色が薄い。でも——山の形が、谷の形が、丁寧に描かれている。地図の右上の隅に、小さな印がついていた。山の奥、川沿いのあたりに、○と×を合わせたような、見慣れない印。


 「王都北東の山域——ヴェルダ温泉郷です」カインが言った。「かつて古代の観測地として使われていたという記録が、確かにありました。ただし——記録は少ない。記述は一行だけ。でも——これを見てください」


 カインが別の紙を広げた。こちらは地図ではなく、手書きの文字が並んでいる。古い言語に見えたが——カインがその脇に、翻訳を書き込んでいた。


 「この記述の出典は、アル・ヴェリアの時代よりさらに古い。ただし——内容に、アル・ヴェリアの術式の基礎概念と共通する言葉が使われています。『水が熱を持つ場所にて、火と水の境界を問うべし』」


 「境界を問う」とエリナが繰り返した。手帳にペンを走らせている。


 「火と水の間——と、ほぼ同じ言葉です」


 「カインが言った温泉、そこにあるのか」とシアが言った。


 「断言はできません。ただ——水鏡の間でジン殿が受け取ったビジョンと、この記述が重なります。岩の間から水が湧く場所。文字が刻まれた岩。それは——ヴェルダ温泉郷の地形と一致しています」


 「地図の印は?」とジンが聞いた。


 「私がつけました。記録に残っていた『古代の観測地』の位置として、今わかる範囲で推定した場所です。温泉郷の中でも、山の奥——川の源流に近い側」


 「行けますか」とエリナが言った。


 「歩いて三日。ただし——山道です」


 シアが「問題ない」と言った。


 ルルが「においがする。良い感じのにおい」と言った。


 「どんな感じの?」とジンが聞いた。


 「水のにおいが、少し先から来てる。川みたいな、きれいなにおい。怖いにおいは——今のところ、あんまりない」


 「あんまり、か」


 「全部じゃないけど。でも——良いにおいの方が、ずっと強い」


 ジンが地図を見た。山の形。川の線。奥の方についた小さな印。


 (そこに、何かある)


 わかる気がした。根拠はない。でも——水鏡の間で感じた、あの暖かさと同じ方向に、それはある。


  ―――


 夕方、アルドから伝言が届いた。


 ライエルが持ってきた。「山域への通行許可と、案内人の手配が整いました」と言った。「出発は——明後日の朝を予定しています」


 「早いですね」とエリナが言った。


 「アルドが言いました。『動けるうちに動け』と」


 「アルドらしい」とカインが言った。


 「間を置かない人ですね」とエリナが言った。


 「それが——今回は、助かります」とライエルが言った。少し間を置いた。「セレクについても、連絡がありました」


 「セレクが?」とジンが聞いた。


 「一緒に行きたい、と言っています。個人の立場で」


 テーブルが、少し静かになった。


 「どう思います?」とエリナがジンに聞いた。


 ジンが少し考えた。考えながら——水鏡の間の廊下でセレクが言っていた言葉を思い出した。向きを揃えようとしている人間が、少しずつ増えている、と。


 「来てもいいんじゃないかな」とジンが言った。


 「根拠は」とシアが言った。


 「なんとなく」


 シアが少し、天井を仰いだ。


 「ルルは?」とジンが聞いた。


 「においが——昨日より落ち着いてる。セレクのにおい、今日は遠くにある。でも——昨日みたいな、悪いにおいじゃない。来ても、大丈夫な感じ」


 「そういうことで」


 「そういうことで、とは」とシアが言った。


 「ルルが大丈夫って言ってるし、俺もそう思うから。それで十分じゃない?」


 シアが「根拠が薄い」と言った。


 カインが「感覚的な判断ですが——今回は、賛成です」と言った。「セレクが見た教会の記録と、現地で照合できる可能性があります。情報として、持っておいた方がいい」


 エリナが「私も、賛成です」と言った。「ただ——セレクには、事前に確認したいことがあります。個人の立場で来るということの意味を、はっきりさせておきたい」


 「それは——できます」とライエルが言った。「私から確認します」


 「お願いします」


 短い沈黙があった。悪い沈黙ではなかった。何かが——静かに、ちゃんと決まっていく感じの沈黙だった。


  ―――


 夜、エリナが一人でギルド中央本部へ向かった。


 マルスへの挨拶、ではなく——今日は別の用件があった。


 出発前の届出だ。ギルドの規則として、長期の遠征に際しては事前届出が必要だった。エリナは書類を一式持って、受付に向かった。


 ギルドの受付は、夜でも開いていた。王都の中央本部は、ラングレイとは違う。夜の受付も、整然とした制服の職員が立っている。


 書類を出した。


 受付の職員が、書類を確認した。一ページ目、二ページ目——それから、三ページ目で少し、目が止まった。


 「こちらの……依頼者欄の記述ですが」


 「王室からの依頼に基づく調査行動です」とエリナが言った。「アルド殿下の通行許可状が、別紙にあります」


 「確認します」


 少し待った。


 「……受理しました」と職員が言った。「王室との連携案件として、記録します」


 「ありがとうございます」


 本部の廊下を歩きながら、エリナは少し——胸の奥で何かが動いた気がした。


 王室との連携案件。


 ラングレイで書いた相談状が、ここまで来た。あの時、震える手で封をして、届かないかもしれないと思いながら出した手紙が——今日、こういう言葉になった。


 (次が、ちゃんと来た)


 頭の中で、静かに思った。怖くないわけではない。山道は、険しいと聞いた。次の封印が何なのか、まだわからない。セレクが来ることの意味も、まだわからない。


 でも——それでいい。わからないまま、ちゃんと動く。それが——今の自分のやり方だ。


 手帳が鞄の中にある。今夜、書くことがある。書きたいことがある。


 エリナは宿への道を、少し早足で歩いた。


  ―――


 同じ夜、セレクはライエルと話した。


 宿の近くの小さな広場に、二人だけで立った。風が少しあった。


 「個人の立場で、とはどういう意味か」とライエルが聞いた。


 「教会の使者としてではない、ということです」とセレクが言った。「特別教令部への報告義務も、一時的に留保します」


 「それは——教会に対して、何らかのリスクを負いますね」


 「負います」セレクが少し間を置いた。「ただ——今回の旅で確認したいことがあります。それが、私個人の理由です」


 「確認したいこととは」


 「教会がザルヴァを敵と定義した理由の、最初のところ」セレクが言った。「記録を読み直して——最初の文書が書かれた場所と、アル・ヴェリアが次の封印を施したとされる場所が、重なる可能性があります。現地で確かめたい」


 ライエルが少し、止まった。


 「……それは」


 「私が持っている情報が、あの場所で意味を持つかもしれない。持たないかもしれない。でも——行かなければ、わかりません」


 ライエルが少し、空を見た。夜の王都の空だ。灯りが多い。星は少ない。


 「……一つだけ、確認します」とライエルが言った。「ジン・キリシマ殿の安全を、あなたは脅かしますか」


 セレクが少し間を置いた。


 「……しません」


 「理由は」


 「あの人が続けられる理由を——私に、気づかせてくれた人だからです」


 ライエルが、セレクを見た。長い沈黙があった。風が、少し吹いた。


 「……わかりました」とライエルが言った。「同行を認めます」


  ―――


 出発前日の朝。


 食堂に六人が揃った。今日は、セレクはいない。でも——明日からは、七人だ。


 「準備は?」とエリナが聞いた。


 「できてます」とジンが言った。


 「道具は確認しましたか」


 「昨日、した」


 「着替えは」


 「した」


 「山道は、ラングレイ周辺の林道とは難易度が違います。案内人がつきますが——基本的な装備の確認を、怠らないでください」


 「わかった」


 「カイン殿は」


 カインが「研究院から必要な資料の写しを昨夜取得しました。地図の追加コピーも用意しています」と言った。「万全です」


 「シア殿は」


 シアが「問題ない」と言った。


 「ルルは」


 ルルが「においが——今日は、出発前みたいな感じ。良い緊張」と言った。


 「良い緊張」とエリナが繰り返した。「それは——どういう感じですか」


 「動く前って、においが少し変わる。昨日まではどっしりしてたにおいが、今日は少し軽い。前に向いてる感じ。断絶の崖に出発した朝に、少し似てる」


 カインが「それは——信頼できる基準です」と言った。


 「ルルの嗅覚が基準になってる」とジンが言った。


 「異論はありますか」


 「ない」


 シアが「珍しく意見が一致した」と言った。


 「たまには」とカインが言った。


 短い笑いが、食堂に起きた。


  ―――


 出発前日の夜。


 ジンは部屋の窓から、王都の夜を見ていた。


 もう少しで、この部屋ともお別れだ。三日後には、王都の北東の山の中にいる。テントか、山小屋か——案内人がいるから、どちらかは用意されているはずだ。


 (山道、か)


 断絶の崖の道は、険しかった。岩が多くて、歩きにくかった。でも——あの崖に着いた時の感覚は、今でも覚えている。石板の前に立った時。触れた時。あの暖かさが、手に来た時。


 次の場所でも——たぶん、同じものがある。形は違っても、同じ方向のものが。


 扉をノックする音がした。


 「どうぞ」


 シアだった。


 珍しかった。シアがジンの部屋に来ることは、あまりない。


 「何ですか」


 「少し——話せるか」


 「どうぞ」


 シアが入ってきた。窓際に並んで立った。王都の夜が、窓の外に広がっている。


 しばらく、二人で窓を見た。


 「カインへの手紙」とシアが言った。「昨夜——届けた」


 「そうなんだ」


 「返事は、来なかった」


 「まだ昨夜だし」


 「そうだな」シアが少し、目を細めた。「届けた。それで——少し、軽くなった気がした」


 「届けた、ということが大事なんじゃないかな」


 シアが「そうかもしれない」と言った。


 短い沈黙があった。


 「明日が——出発前日で、よかった」とシアが言った。


 「なんで?」


 「出発の直前は、いつも、変に落ち着く。準備が終わって——やることがなくなるから」


 「俺は逆に、ちょっと緊張する」


 「怖いか?」


 「少し」とジンが言った。「次の場所で何があるか、まだわからないし。セレクが来ることも——予定外だったし」


 「予定外が、今回は多い」


 「多いね。でも——」


 ジンが少し、窓の外を見た。王都の灯りが多い。遠くに、星がいくつか見える。


 「予定外が来るたびに、なんか——意外とうまくいってる気がするんだよね」


 シアが少し、止まった。


 「……それは」


 「セレクが証言台に立った時も、予定外だった。でも——助かった。今回のセレクが来ることも、何かに繋がる気がする」


 シアが少し、ジンを見た。それから——前を向いた。


 「……そうだな」


 「シアが来てくれたのも、最初は予定外だったじゃん」


 シアが、少し固まった。


 「……そういうことを、さらっと言うな」


 「本当のことだよ」


 「……そうかもしれないが」シアがゆっくりと、窓の外に視線を戻した。眉を少し寄せながら——でも、口元が、ほんの少し緩んでいた。「黙れ」


 「怒ってない?」


 「怒っていない。……黙れ」


 ジンが少し笑った。シアも——本当に少しだけ、笑った。


 窓の外で、鐘が鳴った。夜の時刻を告げる音。低くて、静かな音だ。


 「おやすみ」とシアが言った。


 「おやすみ」とジンが言った。


 シアが部屋を出た。扉が閉まる音がした。


 ジンは一人、窓の前に残った。


  ―――


 エリナはランプの下で手帳を書いていた。


 今日の出来事を全部、書いた。カインが持ち帰った地図。ヴェルダ温泉郷。古代の記録と「水と火の間」のキーワードの一致。セレクの同行を認めたライエルの報告。ギルドへの出発届出と「王室との連携案件」という記録。


 全部、書いた。


 それから——少しだけ、手帳を閉じて、手のひらを膝に置いた。


 (ここまで来た)


 ラングレイの冷たい事務室で書類を裁いていたあの日から、ここまで来た。ジンと出会って、ルルと出会って、シアと出会って。王都まで来た。審問で戦った。マルスの一文を受け取った。王宮に入った。水鏡の間で、水の上の光を見た。


 そして——明後日、山に向かう。


 (怖い)


 正直に、思った。山道は険しい。次の封印が何なのかも、わからない。セレクのことも、まだ全部はわからない。ザルヴァのことも、まだわからない。


 でも——それでいい。わからないことが怖くて動けないのと、わからないけれど動けるのは——違う。今の自分は、後者だとわかっている。


 手帳を、また開いた。最後のページに、短く書いた。


 『明後日、出発。怖い。でも続けられる。それで十分』


 ペンを置いた。ランプの炎が、静かに揺れた。


  ―――


 ルルは、もう眠っていた。


 でも——眠りに落ちる直前、においを確かめた。


 王都の夜のにおい。落ち着いている。前を向いている。そして——少し遠くから、山のにおいが来ている。川の水のにおい。木のにおい。石のにおい。


 良いにおいだ。怖いにおいは——今夜は、ほとんどない。


 (明後日)


 ルルは思った。明後日、また旅に出る。山の中に入る。次の封印の場所へ。みんなと一緒に。


 怖いか、と自分に聞いた。少し、怖い。でも——その怖さよりも、良いにおいの方が、ずっと強い。


 (続けられる)


 眠りに落ちた。


  ―――


 カインは部屋に戻った。


 魔導ランプの光が、静かな室内を照らしている。


 ふと、机の上に目をやった。白い封筒が、そこに置かれている。昨夜、部屋の扉の下からそっと差し込まれていたものを、カインはまだ開いていなかった。開けられなかった、というより——開ける前に、少しだけ、時間が必要だった。


 シアの字だ。表の宛名だけで、わかる。不器用だが、力のある字だ。十年前と、変わっていない。


 (届いた)


 頭の中で、静かに思った。十年前、届かなかったものが——時間を経て、ようやく自分の手元に届いたのだと。


 カインは机の魔導ランプの下で、ゆっくりと封を開けた。


 紙を、広げた。


 短い文章だった。装飾も、前書きも、後書きもない。ただ、一言だけ。


 『ラングレイでジンに出会って、みんなと旅をして、ここに来て——良かったと思っている』


 カインは、しばらくその言葉を見た。


 眼鏡の奥で、目が細まった。苦笑とも微笑とも取れない——ただ、何かが満ちた顔だった。


 (俺も、そう思う)


 声にしなかった。でも——思った。ラングレイへ急いだことも、王都まで来たことも、審問で資料を積み上げたことも——今夜、この部屋でこの紙を読んだことも。全部が、つながっている。


 紙を、丁寧に折った。胸のポケットに、しまった。


 机の上に、白い紙がある。ペンがある。


 カインは椅子に座った。ペンを取った。


 返事を、書く。


  ―――


 出発の朝が来た。


 空が、白くなり始めている。まだ夜明け前だが——窓の外が、少しずつ明るくなっている。


 六人が、宿の前に揃った。荷物がある。地図がある。カインの資料が入った革の鞄がある。ルルの小さなリュックがある。


 そこに——灰色の外套が来た。


 セレクだった。


 「おはようございます」とセレクが言った。


 「おはよう」とジンが言った。


 「……今日から、同行します。よろしくお願いします」


 セレクが少し、頭を下げた。


 ジンが少し、セレクを見た。白い法衣ではない。灰色の外套。でも——今日のセレクは、審問の日とも少し違う気がした。もっと——軽い、というか。荷物を一つ、降ろしたみたいな感じ。


 「いろいろあったけど——よろしく」とジンが言った。


 セレクが少し止まった。それから——温かい笑いで「はい」と言った。


 ルルが「においが、今日は一番落ち着いてる」と言った。


 「良い感じ?」


 「良い感じ。みんなが、ちゃんと同じ方向を向いてる感じのにおい」


 エリナが手帳を鞄にしまった。歩きながら書けるように、取り出しやすいところに。


 カインが地図を確認した。


 シアが腕を組んだ。


 案内人が、先頭に立った。王室が手配した、山道に詳しい人物らしい。黙って、前を向いている。


 「行きましょう」とアルドの使者が——昨日の夕方、挨拶だけに来た少年が言った。


 七人が、歩き出した。


 王都の朝の空気が、冷たい。でも——清々しい。遠くに、山の稜線が見える。まだぼんやりと、夜明けの光の中に浮かんでいる。


 (あそこへ、行く)


 ジンは歩きながら、山を見た。


 怖い、と思った。でも——続けられる。


 それで十分だと、ジンにはわかっていた。


  ―――


— 第24話・了 —


次話予告:一日目の山道は、想像より険しかった。岩場を越え、川を渡り、夕暮れ前にようやく山小屋に辿り着いた。焚き火の前で、セレクが静かに口を開いた。「一つ、聞いてもいいですか」。ジンが「どうぞ」と言った。「断絶の崖で——続けられる理由が、わかった気がすると言いました。あなたは——その理由を、今でも持っていますか」。ジンが少し考えた。それから、焚き火を見た。「持ってると思う」と言った。「なぜ」。ジンが少し、周りを見た。シアがいる。エリナがいる。ルルがいる。カインがいる。そしてセレクも、今日からそこにいる。「こういうことだよ」と、ジンが言った。


第二章『王都に響く歯車の話』を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

2日間の超特急更新でしたが、お楽しみいただけましたでしょうか?


ここで、勢いのまま次なるお知らせです。

続く第三章『水と火の間の話』ですが……なんとこのあと朝から、本日6月20日(土)の1日で【全5話】を一挙全話公開いたします!


■ 本日20日(土)のタイムスケジュール

07:50 / 12:50 / 16:50 / 19:50 / 23:50


土曜日は朝から夜寝る前まで、数時間おきに物語が動きます。

ここを抜けると、いよいよ長編となる第4章へ突入です。


ぜひ、週末の読書タイムのお供に一気にお楽しみください!

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