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無詠唱の魔王  作者: Dちゃん
第一章「辺境から始まる話」

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第17話「ラングレイ最後の朝と、カインが来た理由と、シアが笑った」

王都への出発まで、あと十日。


 そのうちの九日目の朝——ラングレイ滞在の最終日だった。


 ジンはギルドの外の石段に腰を下ろして、パンをかじっていた。


 朝食を早めに済ませて、荷物の整理はエリナに任せて、ルルは市場のにおいに引き寄せられて消えた。シアはまだ部屋にいるだろう。


 空は薄曇りだった。でも、昨日の断絶の崖のような重さはない。ただ、穏やかに、灰色をしている。


 「霧島ジン殿」


 声がした。

 ジンは振り返った。


 男が立っていた。

 三十代の半ばくらい。背は高くない。茶色い髪が少し乱れている。旅装——街の服ではなく、長い移動をしてきた人間の身なりだ。革の鞄を肩に提げて、眼鏡をかけている。細い、金属のフレームの眼鏡。


 笑顔はない。でも、敵意もない。ただ、ジンをじっと見ている。どこか、観察をするような目だった。


 「少し、お時間をいただけますか」


 ジンはパンを一口かじって、少し考えた。


 「王室の人?」


 「違います」


 「教会?」


 「それも違います」


 「じゃあ誰」


 男が少し間を置いた。


 「王立魔法研究院、主任研究員。カイン・セルフォードと申します」


  ―――

 ジンはパンを持ったまま、カインを見た。


 カイン——その名前には聞き覚えがある。シアの師であり、元勇者パーティの仲間。彼女が何度も手紙を綴っていた、その本人が、今、目の前にいる。


 「手紙を送った人」


 「シアから聞きましたか」


 「名前だけ。ちゃんとは聞いてない」


 「そうですか」カインが少し、苦笑した。笑顔とも言えないが、固い顔が少しだけほぐれた。「あいつは、昔から喋らないので」


 ジンは石段を一段ずらして、「座る?」と言った。


 カインが少し驚いたような顔をした。それから「失礼します」と言って、隣に腰を下ろした。


  ―――

 しばらく、二人は黙っていた。


 ラングレイの朝が、静かに動いている。石畳を荷馬車が通る。遠くで子供の声がする。


 「なぜ来たんですか」とジンが聞いた。


 「シアに会いに来たわけではない、と言ったら、信じますか」


 「信じる」


 「理由も聞かずに?」


 「話してくれそうだから」


 カインがまた、少し苦笑した。


 「あなたに、直接話したかったんです」


 「俺に?」


 「ええ。手紙では、無理だと思いましたので」


 ジンは少し、カインを見た。


 旅疲れの顔だ。ラングレイまで、早馬でも二日以上かかる。それを、来た。


 「封印のことですか」


 「それもあります。ただ——」カインは革鞄を膝の上に置いた。「主に、アル・ヴェリアのことです」


  ―――

 名前が出た瞬間、空気が少し、変わった気がした。


 ジンは何も言わなかった。続きを待った。


 「私は——アル・ヴェリアの研究を、十年以上やっています」カインが言った。声が、静かだった。講義をする声ではなく、ひとつひとつ選んで言葉を出している声だ。「碑文の写しを、シアから受け取りました。それで——確信しました」


 「何を?」


 「アル・ヴェリアは、人間ではない」


 ジンは少し、考えた。


 「ルルが似たようなこと言ってた」


 「ルル……あなたの仲間の?」


 「うん。神様のにおいじゃない、もっと別の、って」


 カインが目を細めた。


 「賢い子ですね」


 「うん。たまにすごいこと言う」


 「たまに、ではないと思いますが」


 「……いつも、かも」


 カインが、鞄の留め金を外した。中から、厚みのある書冊を一冊取り出した。表紙は革張りで、かなり古い。書き込みが端に溢れている。


 「アル・ヴェリアは——この世界に、ザルヴァとは別の意志で存在した、第二の高位存在だったと、私は考えています」


 「第二の?」


 「ザルヴァが世界を作った、とされています。でも——ザルヴァだけが、この世界の設計者ではなかった。アル・ヴェリアは、ザルヴァが作った世界の中に、ザルヴァとは別の目的で何かを置いた」


 「何かを」


 「封印が、守っているものです。まだわかっていません。でも——」カインが書冊を開いた。古い文字が並んでいる。「アル・ヴェリアが書き残した断片を、私はここ十年で三十七箇所から集めました。そのどれにも、共通する一行があります」


 カインが、書冊の一節を指でなぞった。


 「『重さを知る者が来た時、世界はもう一度、選べる』」


  ―――

 ジンは、その言葉を頭の中で繰り返した。


 重さを知る者が来た時。


 世界はもう一度、選べる。


 「選べる、っていうのは」


 「ザルヴァの設計した通りに動き続けるか——それ以外の道があるか、ということです。アル・ヴェリアは、世界に選択肢を残した。封印は、その選択肢を守るための器だったと、私は考えています」


 「器……」


 「ザルヴァは、選択肢を消そうとした。だからアル・ヴェリアは、封印を分散させた。五つに分けて、どこか一つが壊されても残りが残るように。そして——引き継ぎ手が現れるまで、眠るように。四百年かけて」


 ジンは少し、空を見た。薄曇りの、灰色の空。


 (世界はもう一度、選べる)


 「俺が触れたから、封印は完成したけど」ジンが言った。「選択肢が守られた、っていうことは——これから先に、その選択肢を使う場面が来る?」


 「おそらく」


 「どこで?」


 「王都でしょう」カインが静かに言った。「ザルヴァは——教会を通じて、王室を通じて、この世界を管理しています。その中心が、王都です。封印が完成したことで、世界に選択肢が戻った。ザルヴァはそれを、必ず潰しに来る。王都で、あなたたちと正面からぶつかる形で」


 しばらく、沈黙があった。


 「怖いですか」とカインが聞いた。


 「少し」とジンが答えた。「でも——ここまで来たじゃん、っていう気持ちの方が強い」


 「ここまで来た」


 「うん。水路から始まって、廃教会があって、水源があって、焼祭の台があって、断絶の崖があって。それで、ここにいる。続けられる」


 カインが、書冊を閉じた。


 「……シアが、手紙に書いていました」


 「何を?」


 「あなたのそういうところが、怖い、と」


 ジンは少し、首を傾げた。


 「怖い?」


 「怖いくらい、迷わない。あいつはそういう意味で書いたんだと思います。あいつが——誰かのことを『怖い』と書くのは、はじめてでした」


  ―――

 ちょうどその時、ギルドの扉が開いた。


 シアだった。


 白い服。銀の髪。手に手帳——いや、エリナから借りた写本の一枚を持っている。表情は、いつも通りのクールな顔だった。でも——石段の上の二人を見た瞬間に、その顔が一瞬だけ、固まった。


 「……カイン」


 カインが立ち上がった。


 「久しぶり」


 「……なぜ、ここにいる」


 「直接話した方が早いと思って」


 「手紙で言えばよかった」


 「十年分の手紙を、一通に書くのは無理だ」


 シアが少し、止まった。


 「……十年分」


 「ああ。シアが勇者パーティを抜けてから、ずっと行方がわからなかった。手紙を出す宛先もなかった。それで——やっと、届いた」


 届いた、という言葉が、石畳に落ちた。


 ジンは二人を見た。シアの顔が、いつもと違う。固い。固いが——崩れそうなのを、保っている顔だ。


 「……なぜ来た」シアが、また言った。今度は声が少し低い。「俺への用ではないと言ったか」


 「ジン殿に、話があって来た。それは本当だ」カインが言った。「ただ——」


 カインが、シアの方を向いた。


 「シア。お前が出してきた手紙、全部取ってある」


 シアが、何も言わなかった。


 「返事を書けなかった。宛先がなかったから。でも——一通も、捨てていない」


 長い沈黙があった。


 ラングレイの石畳に、朝の光が少し広がってきた。


  ―――

 三人は、ギルドの中の小部屋に移った。


 エリナが茶を出した。ルルが戻ってきて、「においで絶対お客さんだと思った」と言った。カインがルルを見て、少し目を細めた。「あなたが、ルル?」「そう。あなたは?」「カイン・セルフォードです」「シアの知り合い?」「そうです」「ふーん。いいにおいする」「……そうですか」「落ち着いてる人のにおい。でも、ちょっとだけ緊張してる」


 カインが「正確ですね」と言った。ルルが「えへへ」と笑った。


 エリナが茶を全員分配り終えて、カインの向かいに座った。


 「王立魔法研究院の方が、ラングレイにいらっしゃるのは——封印の件ですか」


 「それと、ジン殿に伝えるべきことがあって。それは先ほど、外で話しました」


 「私たちには?」


 「話せます。全部」


 カインが書冊をテーブルに置いた。


 「アル・ヴェリアが残した言葉の中に、封印が完成した後のことを書いたものがあります。『引き継がれた力は、持ち主の意志と結びつく。その力が世界に問う——あなたは何を選ぶか』」


 「俺が問われる?」とジンが聞いた。


 「あなたの重力魔法は——アル・ヴェリアが四百年前に想定した、封印の『鍵』です。鍵が揃ったことで、世界に選択肢が生まれた。ただし、その選択肢を実際に選ぶのは——ジン殿、あなたです」


 「選択肢の中身は」


 「まだわかりません。王都で、何かが明かされると思います。ザルヴァが直接動いてくる可能性もある」


 テーブルに、静けさが落ちた。


 ルルが「ジン、怖い?」と聞いた。


 「うーん」ジンは少し考えた。「怖いっていうより——大事だな、と思う。失敗したくない、っていうより、ちゃんとやりたい感じ」


 ルルが「うん、そういう感じがした」と言った。


 シアが、ずっと黙っていた。


 テーブルの端に座って、茶を持ったまま、カインの方を見ていない。でも——聞いている。それはわかった。


 「シア」とカインが言った。


 「……なんだ」


 「王都で、俺も動く。研究院として、ではなく——個人として。できることがあれば、やる」


 シアが少し、茶の表面を見た。


 「お前が来ることを決めたのか」


 「ああ」


 「……なぜ」


 「お前が動いているなら、俺も動く。それだけだ」


 長い間があった。


 シアが「……そうか」と言った。


 声が、いつもより少し、低かった。でも——その声の中に、ジンがこれまで聞いたことのない何かがあった。


 名前をつけるとしたら——ほどける、という感じだった。


 ずっと固く結んでいた何かが、ほんの少しだけ、解けた音がした。


  ―――

 昼過ぎ、カインは宿を取ると言って出かけた。


 「ラングレイを発つのは明日ですよね」と確認して、「同じ馬車で良ければ」と付け加えて、エリナが「ご一緒できますか?」と即座に答えた。カインが「ぜひ」と言った。ルルが「馬車に重力かけてもらえる?」と聞いた。カインが「重力をかける?」と首を傾げた。ジンが「揺れを軽減できるかもって話してた」と言った。カインが「……それは研究院に報告したい事案ですね」と呟いた。


 カインが出ていった後、小部屋に四人が残った。


 「いい人だね」とジンが言った。


 「……まあ」とシアが言った。


 「まあ、って」


 「几帳面すぎる」


 「それ、悪口じゃないじゃん」


 「……悪口じゃない」


 ルルが「シア、なんか顔が違う」と言った。


 シアが「どこが」と言った。


 「なんか、軽い感じ。ここ数日でいちばん軽い」


 「……そうか」


 「良かった」


 シアが何も言わなかった。でも、顔をそむけた。そのそむけ方が——いつもの仏頂面とは、少し違った。


 エリナが手帳に何かを書いていた。


 「王都での布陣が、少し変わりました」と言った。「カインさんが加わる前提で、計画を練り直します」


 「うん、頼む」とジンが言った。


 「任せてください」


 エリナの声が、いつもよりすこし——明るかった。


 怖いはずだ。王都は、ラングレイとは違う。教会も、ザルヴァも、本格的に動いてくる。でも——仲間が一人増えた。それが、エリナの中で何かを動かしたのだろう。


 ジンはそれに気づいたが、何も言わなかった。


  ―――

 夕方近く、ジンは一人で宿に戻った。


 荷物をまとめながら、窓の外を見た。ラングレイの夕暮れ。橙と灰が混ざった空。


 (世界はもう一度、選べる)


 カインが言った言葉が、頭の中にある。


 選ぶ、ということが、具体的に何を意味するのかは、まだわからない。でも——ここまで来た。水路から始まって、四つの封印を経て、断絶の崖で最後の点が揃った。アル・ヴェリアが四百年前に残した鍵を、ジンが受け取った。


 それが今、ここにある。


 (怖いくらい、迷わない)


 シアが手紙にそう書いたと、カインが言った。


 迷わないかどうか、ジン自身にはよくわからない。迷うことがないわけではない。怖いことは、ある。

 でも——続けられる。それだけは、わかっている。


 廊下で、音がした。


 足音。軽い。


 ドアをノックする音。


 「ジン」


 シアの声だった。


 「入っていいよ」


 ドアが開いた。シアが入ってきた。部屋の中を一瞬だけ見て、ジンの横に立った。同じ方向——窓の外の夕暮れを、少し眺めた。


 「カインのこと」とシアが言った。


 「うん」


 「……勇者パーティを抜けた時、連絡が取れなくなった人間の一人だ。俺が切った」


 「自分で切ったの?」


 「あの頃は——全部切らないといけないと思っていた。残すと、引き戻されると思っていた」


 「今は?」


 シアが少し、黙った。


 「今は——引き戻されるとは思わない。でも、繋がっていたのに切ったのは、俺だった。それは……変わらない」


 「カインは怒ってないじゃん」


 「怒っていないから——余計に重い」


 ジンは少し考えた。


 「でも、来た」


 「……ああ」


 「来たってことは、続きがあるってことじゃん」


 シアが「……そうだな」と言った。


 声に、さっき小部屋で聞いた「ほどける」音が、また少しあった。


 「あのさ」とジンが言った。


 「なんだ」


 「ルルが言ってたじゃん。シアの顔が、今日いちばん軽いって」


 「言ってた」


 「良かったな、と思って」


 シアが少し、ジンを見た。


 「……お前は本当に、すぐそういうことを言う」


 「思ったから言った」


 「思ったことを全部言うな」


 「でも良かったと思ったのは本当だよ」


 シアが何か言いかけて、やめた。


 代わりに——本当に小さく、ほんの少しだけ、口の端が動いた。


 笑い、とは言えない。でも——それに、近い何かだった。


 ジンがこれまで一度も見たことのない顔が、シアの顔にあった。


 ジンはそれに気づいたが、何も言わなかった。


 言ったら、消えると思った。


  ―――

 夜、四人と一人がギルドの食堂に集まった。


 カインも合流した。宿を取ってきて、荷物を整理してきたと言った。エリナが「本当に来てくださるんですね」と言ったら「当然です」と返ってきた。ルルが「じゃあ五人だ」と言った。ジンが「五人か」と言った。シアが「うるさくなる」と言った。カインが「シアが一番うるさかった気がしますが」と言った。シアが「昔の話をするな」と言った。


 スープが来た。パンが来た。


 ジンは一口飲んで「うまい」と言った。


 「毎日同じ感想」とシアが言った。


 「うまいものはうまい」


 「……同意します」とカインが言った。


 「あたしも」とルルが言った。


 「私も」とエリナが言った。


 シアが何も言わなかった。でも、スープを一口飲んだ。


 カインが「こういう夕食は、久しぶりです」と言った。声が少しだけ、柔らかかった。


 「王立研究院だと、こういう感じじゃないの?」とジンが聞いた。


 「研究の話しかしない食事が多くて」


 「それはそれで楽しくない?」


 「楽しいですが——賑やかな食卓は、また別の良さがある」


 ルルが「賑やかって、ジンがスープをうまいって言うだけじゃん」と言った。


 「それが良いんです」


 「なんで」


 「シンプルなことを、シンプルに言える人がいると、場が緩む」


 ジンは少し、カインを見た。


 「俺のことを言ってる?」


 「ええ」


 「……なんか、褒められてる気がする」


 「褒めています」


 シアが「お世辞が上手くなったな」と言った。


 カインが「お世辞ではありません」と言った。


 「昔はもっと、不器用だった」


 「十年経ちましたので」


 「……そうか」


 二人の間に、短い沈黙が降りた。


 十年。


 それは決して短い時間ではない。でも——二人の間に流れた空気は、長い時間の重さを一瞬で溶かすような、静かな温かさがあった。


 ジンにはその沈黙の中に何が入っているか、全部はわからなかった。でも——悪いものではないことだけは、確かにわかった。


  ―――

 夜が更けた。


 明日の朝、ラングレイを発つ。馬車で三日。王都へ。


 エリナの部屋の灯りは、夜更けが過ぎても消えなかった。


 机の上には、カインを加えた新たな計画書が広げられている。出席者。対応方針。想定される問答。ペンを握る指先に、昨日までの恐怖はない。恐れて書いているのではなく、ただ——書きたくて、書いている。


 シアは窓際に座っていた。


 手元に紙がある。カインへの手紙ではない。カインは今、ここにいる。だから——別の誰かに、書いている。王都に向かう前に、どうしても言葉を届けておきたい誰かが、シアにはいるのかもしれなかった。


 誰に宛てているかは、ジンには知る由もない。でも、シアの手が、止まっていない。それが——今夜の変化だった。


 ルルはジンの部屋の前の廊下に座って、何かを嗅いでいた。


 「何のにおい?」とジンが聞いた。


 「明日のにおい」


 「明日のにおいがわかるの?」


 「わかる気がする今日」


 「どんなにおい?」


 ルルが少し考えた。「……新しいにおい。でも、怖くない」


 「そっか」


 「うん。行けると思う」


 ジンは廊下に腰を下ろして、ルルの横に並んだ。


 二人で少し、何も言わずにいた。


 「ジン」


 「何?」


 「封印が完成して、世界に選択肢が戻ったって——カインが言ったやつ」


 「うん」


 「あたし、ずっと選択肢がないところにいた気がしてたから」ルルが言った。小さな声で。「どこにも属さなくて、名前もなくて、何者かもわからなくて。でも——今はここにいる」


 「ここにいるじゃん」


 「うん」ルルが少し笑った。「それが、すごく——ちゃんとした感じがする」


 ジンは少し、ルルを見た。


 「ちゃんとした、ってよく言うよね。俺も崖でそう思った」


 「そうだったね」


 「なんか共通してる」


 「場所に合ってる、ってことかな。ここにいていい、みたいな」


 「うん、それだと思う」


 ルルが「王都もそうだといいな」と言った。


 ジンが「そうだといいね」と言った。


 二人は廊下に座ったまま、少しの間、ラングレイの夜を聞いていた。


 遠くで鐘が鳴った。夜の遅い鐘。


 石畳の上に、静かな夜が続いていた。


 辺境の小さな街から始まった旅が、今夜を境に、次の舞台へと動き出そうとしていた。


第一章「辺境から始まる話」・完


  ―――

 翌朝の馬車は、五人だった。


 ジンが「意外と窮屈じゃないね」と言った。カインが「ジン殿の重力で少し軽くなっている気が」と言った。ジンが「あ、無意識にやってた」と言った。シアが「やっぱり馬車を浮かせるな」と言った。ジンが「浮かせてない」と言った。ルルが「少し浮いてる」と言った。エリナが「研究院への報告案件ですね」とカインに言った。カインが「ええ」と答えた。


 馬車が動き始めた。


 ラングレイの北門が、後ろに遠ざかっていく。


 石畳の街が、小さくなっていく。


 ジンは窓の外を見た。


 王都へ向かう道は、まだ長い。


 でも——


 (続けられる)


 それで、十分だった。


  ―――

— 第17話・了 —


次話予告:王都への道は三日——のはずが、二日目の夜、馬車が立ち往生した。道を塞いでいたのは、魔獣ではない。白い外套を纏った、三人の人影だった。「王室特命顧問、ライエル・ソード。こちらに乗り換えていただけますか」——出迎えは、想定よりずっと早かった。


第一章『辺境から始まる話』をお読みいただき、本当にありがとうございました!


ここで皆様にお知らせです。

明日より、第二章『王都に響く歯車の話』が開幕するのですが……


明日18日(木)と明後日19日(金)の2日間で、第二章(全7話)を一挙全話公開いたします!


更新スケジュールは両日ともに 【12:10 / 17:10 / 21:10】 の1日3回(※土曜0:10に最終話)となります。


怒涛のスピードで駆け抜ける第二章、ぜひお見逃しなく!明日のお昼をお楽しみに!

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