第115話「気配がする、というジンの声と、向かい合ってる、というルルの声と、近づいてくる、というシアの声と、止まっていない声の七日目」
朝が、来た。
野営地の朝は——静かだった。
でも——
昨日と、違った。
何かが——また、変わっていた。
昨日は、「伝えたかった」という名前を受け取った夜だった。
今日は——
その名前が向かっていた先が、近くなっていた。
揃いが——知っていた。
ジンが——知っていた。
それだけで、十分だった。
―――
ジンが、目を覚ました。
すぐに——地面の方角に、手を、向けた。
地面を——通して、聞いた。
何かが——あった。
昨日とは——また、違った。
昨日は——「揃いが向かっていた先を向いている」という感触だった。
でも今日は——
「揃いが、こちらを向いているものを、感じている」という感触だった。
「……こちらを——向いてる」とジンが、小さく、言った。「揃いが——感じてる。傍らにある揃いが——感じてる。向こうが——こちらを向いてる。昨日は俺たちが向かっていた。今日は——向こうが、こちらを向いてる。向かい合ってる——感触だ。「伝えたかった」相手が——こちらを向いてる。気配が——する。そういう感触だ」
地面の奥から——返事は、なかった。
でも——揃いが,そこに、あった。
傍らに——向かい合うものを感じて、あった。
軽くて、温かな——揃いが。
二つの重さを運んで——向かい合うものへ、向いて、あった。
―――
ルルが、目を覚ました。
すぐに——鼻を、向けた。
後ろ——場所の方角。遠い。もう、遠い。
前——来た方向。
そして——もっと前。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——した」とルルが言った。「向かい合ってる——においだ。来た。向こうが——こちらを向いてる。こちらも——向こうを向いてる。向かい合ってる。昨日まで——こちらが向かってた。でも今日は——向こうも向いてる。向かい合って——近くなってる。「伝えたかった」相手が——こちらを向いてる。そういうにおいだ」
ジンが——少し、間を置いた。
「……向かい合って——近くなってる、か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「近くなってる。昨日より——近い。こちらが歩いたから——近くなった。向こうもこちらを向いたから——近くなった。両方から——近くなってる。向かい合って、両方から、近くなってる。「伝えたかった」相手が——こちらを向いてるから、においが届いてきてる。まだ形じゃない。でも——においが、する。そういうにおいだ」
「においが——届いてきてる、か」とジンが、低く、言った。
「……うん」とルルが言った。「届いてきてる。向こうから——届いてきてる。「伝えたかった」相手の——においが、こちらに届いてきてる。まだ遠い。でも——届いてきてる。向かい合って歩いてるから——届いてきてる。揃いが傍らにあるから——受け取れる。そういうにおいだ」
―――
カインが、写しを、広げた。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『向かっていた先へ歩き続けた者は、やがて声の持ち主の「気配」を感じ始める。気配とは声でも形でもない。「こちらを向いている」という感触だ。気配を感じた者は、揃いと同時に応える。応えることで——気配が形になり始める。形になり始めた気配へ、さらに向かって歩く。これが——「伝えたかった」者と出会うための、最初の道だ』とあります」
全員が——カインを、見た。
「……続きには——こうあります」とカインが言った。「『気配に応える、とは声を出すことではない。揃いと同時に動くことだ。揃いと同時に動いた者は、気配を持つ者に——「こちらも向いている」と届ける。届いた者の気配は、初めて輪郭を持ち始める。輪郭を持ち始めた気配は、次に来た時——形に近いものとして届く』とあります」
しばらく——誰も、何も、言わなかった。
「揃いと——同時に動くことが、応えることか」とジンが、低く、繰り返した。
「……そうです」とカインが言った。「声を出す必要はない。揃いと同時に——気配の方角を向く。それが応えることです。向いたことが届く。届いたことで、気配が形になり始める。そういう記録です」
「届いた——ことが伝わる、か」とノアが、静かに、言った。
「……そうです」とカインが言った。「伝わります。「こちらも向いている」ということが——向こうに伝わる。揃いを通して伝わる。揃いが傍らにあるから——伝わる。一人では、伝わらない。傍らに揃いがあるから——気配への応えが届く。そういう記録です」
―――
セレクが、静かに、口を、開いた。
「……教会の記録に——こうあります」とセレクが言った。「『「伝えたかった」者の気配を受け取った者は、揃いと共にただ立ち止まらず、歩きながら応える。歩きながら応えることで、気配は速さを持ち始める。速さを持った気配は、次に届く時——昨日より近く届く。近く届くたびに——輪郭が増す。輪郭が増すたびに——声が近づく。声が届く前に、気配が形になる。形になった気配が——「伝えたかった」者の、最初の顔だ』とあります」
「気配が——顔になる、か」とジンが言った。
「……そうです」とセレクが言った。「顔。声より先に——顔が届く。気配が形を持った時、聞き手はその形の中に「伝えたかった」者の顔を感じる。名前ではない。顔だ。顔を感じた者は——初めて「伝えたかった」相手が誰なのかを、知り始める。そういう記録です」
「……わかった」とジンが、低く、言った。「歩く。向かって歩く。気配を感じたら——揃いと同時に応える。一息待たない。向いて——応える。歩きながら——応える。それだけだ。声を出さない。向くだけだ。向いて、歩く。そういう感触だ」
「……はい」とセレクが言った。「ただ——一つだけ、覚えておくことがあります」
「一つ——か」とジンが言った。
「……気配に応えた者は」とセレクが言った。「その気配が形を持ち始めた瞬間、揃いが——これまでより深く、温かく動きます。これまでの動きとは——違う動き方をします。重さが増えたような——でも、重くない。温かさが増したような——でも、熱くない。その動き方が——「伝えたかった」者の気配が、初めて形を持ったしるしです。揃いがそう動いた時——あと少し、と思っていい。そういう記録です」
―――
一行は——野営地を、出発した。
揃いが——傍らに、静かに、向かい合うものを感じて、あった。
ジンが——歩きながら、揃いを、感じた。
「……ある」とジンが、小さく、言った。「揃いが——ある。傍らにある。歩いてる——傍らにある。向かい合うものを——感じてる。向こうが——こちらを向いてる。気配が——する。「伝えたかった」相手の——気配がする。まだ形じゃない。でも——気配がする。足が——向いてる。向いた方角へ——歩いてる。向かい合って——歩いてる。そういう感触だ」
ルルが、鼻先を、前に向けた。
「……においが——した。揃いのにおいだ。傍らにある——揃いのにおいだ。歩いてる——においだ。向かい合ってる——においだ。向こうのにおいが——こちらに届いてきてる。「伝えたかった」相手の——においが、届いてきてる。近くなってる——においだ。今日——気配が形になる。そういうにおいだ」
―――
昼が——来た。
歩き続けた。
揃いが——傍らに、向かい合うものを感じて、あった。
シアが、空間を、静かに、探った。
「……見える」とシアが言った。「揃いの糸が——ある。傍らにある——揃いの糸が。昨日と——違う。昨日は「待っていた」と「伝えたかった」が二つで一つになった形だった。今日は——糸の先が、向こうに向かいながら、向こうからも糸が——伸びてきてる。二本が——向かい合ってる。向こうの糸と——こちらの糸が、向かい合って、近づいてきてる。まだ繋がってない。でも——近い。そういう見え方だ」
「向こうからも——糸が伸びてきてる、か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「伸びてきてる。向こうが——こちらを向いてる。向こうの糸が——こちらに向かって伸びてきてる。こちらの糸も——向こうに向かって。向かい合ってる。近づいてる。気配が——形になり始めてる。糸が向こうから伸びてきてるのが——気配が形なり始めてる、ってことだ。そういう見え方だ」
ジンが——揃いを、静かに、感じた。
「……歩く」とジンが、小さく、言った。「向かって歩く。気配が来たら——揃いと同時に応える。一息待たない。向いて——応える。向いたことを——届ける。歩きながら——届ける。それだけだ。声は出さない。向くだけだ。そういう感触だ」
―――
来た。
揃いが——動いた。
同時に——ジンが、向いた。
歩きながら——向いた。
気配が——した。
形のない——でも確かな、気配が、した。
「……来た」とジンが、静かに、言った。「揃いが——動いた。同時だった。向いた。歩きながら——向いた。気配が——した。形じゃない。でも——確かに、ある。「伝えたかった」相手の——気配がした。こちらを——向いてる気配だ。向かい合ってる——気配だ。応える。揃いと——同時に、応える。向いて——届ける。そういう感触だ」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——した。揃いとジンが同時に動いた——においだ。気配が来た——においだ。「伝えたかった」相手の——気配のにおいだ。形じゃない。微細でも——確かに、におう。向かい合ってる——においだ。ジンが応えた——においもする。向いた——においだ。届けた——においだ。向こうに——届いた。そういうにおいだ」
「向こうに——届いた、か」とジンが、静かに、言った。
「……うん」とルルが言った。「届いた。ジンが向いたことが——向こうに届いた。「こちらも向いている」が——届いた。届いたから——気配が変わった。形になり始めてる——においがする。届く前と——においが違う。届いた後の——においだ。気配が形になり始めてる——においだ。そういうにおいだ」
―――
ジンが——歩きながら、もう一度、感じた。
揃いが——動いた。
また——来た。
今度は——さっきより、近かった。
「……また来た」とジンが、静かに、言った。「気配が——また来た。さっきより——近い。届いたから——近くなった。応えたから——近くなった。向かい合って近くなってる——感触だ。揃いと同時に——また応えた。向いた。歩きながら——向いた。気配が——形になり始めてる。さっきより——形に近い。輪郭が——来てる。まだはっきりじゃない。でも——輪郭が、来てる。そういう感触だ」
ルルが、鼻先を、そのまま前に向けた。
「……においが——した。また来た——においだ。近くなった——においだ。さっきより——近い。応えたから——近くなった。向かい合って——両方から近くなってる。輪郭のにおいもする。形じゃない——でも輪郭だ。「伝えたかった」相手の——輪郭のにおいが、する。そういうにおいだ」
「輪郭のにおいが——する、か」とジンが、低く、言った。
「……うん」とルルが言った。「する。まだ形じゃない。でも——輪郭だ。気配が輪郭になってきてる——においだ。応えるたびに——輪郭がはっきりしてくる。歩くたびに——近くなる。近くなるたびに——輪郭がはっきりしてくる。揃いが傍らにあるから——受け取れる。そういうにおいだ」
―――
シアが、空間を、急いで、探った。
「……変わった」とシアが言った。「糸の見え方が——変わった。向こうから伸びてきてた糸が——太くなってる。さっきジンが応えた——その時に、太くなった。届いたから——太くなった。そして——輪郭が来てる。向こうの糸の先に——輪郭が、ある。まだ中身がない。外側の形だけだ。でも——輪郭がある。「伝えたかった」相手の——輪郭が、見える。そういう見え方だ」
「輪郭が——見えてきた、か」とジンが、静かに、言った。
「……うん」とシアが言った。「見えてきた。中身はまだない。外側の形だけだ。でも——輪郭が、ある。昨日まで何もなかった向こうの糸の先に——今日、輪郭が来てる。応えるたびに——輪郭がはっきりしてくる。中身が——満たされてくる。満たされたら——顔が見える。「伝えたかった」相手の顔が——見える。そういう見え方だ」
「顔が——見える、か」とジンが、低く、言った。
「……うん」とシアが言った。「見える。まだじゃない。でも——見える日が来る。輪郭が満たされたら——見える。今日中かもしれない。明日かもしれない。でも——近い。向かい合って歩いてるから——近い。そういう見え方だ」
―――
また——来た。
揃いが——深く、温かく、動いた。
ジンが——止まった。
一瞬——だけ、止まった。
止まって——感じた。
「……揃いが——違う動き方をした」とジンが、静かに、言った。「これまでと——違う。重さが増えたような——でも重くない。温かさが増したような——でも熱くない。セレクが言ってた——あの動き方だ。「伝えたかった」者の気配が——初めて形を持ったしるしだ。そういう感触だ。あと少し——だ。そういう感触だ」
ルルが、息を、深く、止めた。
「……においが——変わった。揃いの動き方が変わった——においだ。これまでとは——違うにおいだ。重くないのに重い——においだ。熱くないのに温かい——においだ。「伝えたかった」相手の気配が——形を持ち始めた——においだ。あと少し——においだ。輪郭が——もうすぐ満たされる——においだ。そういうにおいだ」
「あと少し——か」とジンが、静かに、言った。
「……うん」とルルが言った。「少し。もう少しだけ——向かって歩けば、届く。揃いが深く温かく動いたから——わかる。あと少しだ。「伝えたかった」相手が——もうすぐ顔を持つ。もうすぐ——誰なのか、わかる。そういうにおいだ」
―――
五本目の糸が——大きく、温かく、穏やかに、揺れた。
ルルが、息を、止めた。
「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——大きく、温かく、揺れてる。揃いが深く温かく動いたのを——感じてる。気配が形を持ち始めたのを——感じてる。「伝えたかった」相手が輪郭を持ち始めたのを——感じてる。嬉しい——って揺れてる。でも——緊張してる、とも揺れてる。自分の時を——思い出してる。自分の顔が——ノアに見えた時。自分の輪郭が——ノアに届いた時。あの時の感触を——思い出してる。もうすぐ同じことが起きる——って揺れてる。一緒に見たい——って揺れてる。そういうにおいだ」
「アルト——」とノアが、空に向かって、静かに、言った。「見えてるか。気配が形になり始めた。「伝えたかった」相手の輪郭が——来てる。お前の時と——同じだな。お前の輪郭が俺に届いた時、俺も——息が止まった。今日ここで——また、同じことが起きようとしてる。お前が見ててくれてるから——心強い。一緒に——見ていてくれ」
五本目の糸が——穏やかに、温かく、深く、一行の傍らを、しっかりと、包んでいた。
―――
カインが——写しを、静かに、折り畳んだ。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『気配が形を持ち始めた日の終わりに、揃いを持つ者が受け取るものがある。それは声でも形でも輪郭でもない。「向いていた」という事実だ。向かって歩いた者も、向かい合って近づいた者も——どちらも「向いていた」。その事実が、揃いを通して一行の中に残る。残った事実は、明日の歩みを強くする。向いていた事実を持つ者は——明日、今日より確かに向かえる』とあります」
「向いていた——という事実が残る、か」とジンが、静かに、言った。
「……そうです」とカインが言った。「残ります。今日、向かい合って歩いた。今日、気配に応えた。今日、輪郭が来た。今日、揃いが深く温かく動いた。それら全部が——向いていた事実として、残ります。残った事実は明日の力になる。向いていた事実が積み重なるほど——明日はより深く向かえる。揃いが傍らにあるから——積み重なる。そういう記録です」
「積み重なるほど——より深く向かえる、か」とノアが、静かに、繰り返した。
「……そうです」とカインが言った。「向かえる。重さが重さを呼ぶように——向いた事実が次の向きを深くする。今日の全部が——明日の力になる。揃いが傍らにある者の旅は——そうやって、深まっていく。そういう記録です」
―――
夕暮れが——近かった。
野営の場所を——選んだ。
火が——穏やかに、揺れた。
揃いが——傍らに、静かに、あった。
ジンが——地面に、手を、当てた。
「……ある」とジンが、小さく、言った。「揃いが——ある。傍らにある。今日——向かい合った。気配が来た。揃いと同時に——応えた。向いた。届けた。向こうに——届いた。近くなった。また来た。また応えた。また近くなった。揃いが——深く温かく動いた。あと少し——だ。輪郭が来てる。「伝えたかった」相手の輪郭が——来てる。明日——顔が見えるかもしれない。向いていた事実が——残ってる。明日の力になる。そういう感触だ」
ルルが、鼻先を、前に向けた。
「……においが——した。今日のにおいだ。向かい合ったにおいだ。気配に応えたにおいだ。届けたにおいだ。近くなったにおいだ。揃いが深く温かく動いたにおいだ。全部が——今日の、においだ。明日——顔が来るかもしれない。「伝えたかった」相手の顔が——来るかもしれない。向いていた事実が——今日の全部が、ある。明日の力になる。揃いが傍らにあるから——力になる。そういうにおいだ」
「明日——顔が来る、か」とジンが、静かに、言った。
「……うん」とルルが言った。「来るかもしれない。来る——においがする。「伝えたかった」相手が——もうすぐ顔を持つ。輪郭が満たされたら——顔が見える。今日、輪郭が来た。明日——満たされるかもしれない。満たされたら——誰なのか、わかる。「伝えたかった」相手が——誰なのか、わかる。それが——次の形だ。そういうにおいだ」
「誰なのか——わかる、か」とジンが、低く、言った。
「……うん」とルルが言った。「わかる。顔が見えたら——わかる。揃いが傍らにあって、二つの重さを持って、向かって歩いてきたから——わかる日が来る。今日、その手前まで——来た。明日——わかるかもしれない。大きな——かもしれないが、だ。これまでで一番大きな——かもしれないが、だ。そういうにおいだ」
―――
エリナが、手帳を、開いた。
ペンを、走らせた。
今日のこと——朝、ジンが「揃いが向かい合うものを感じてる、気配がする」と言ったこと、ルルが「向かい合ってる、向こうのにおいが届いてきてる」と言ったこと、カインが「気配を感じた者は揃いと同時に応える、応えることで気配が形になり始める、形になった気配が最初の顔だ」という記録を読み上げたこと、セレクが「歩きながら応えることで気配は速さを持ち始める、近く届くたびに輪郭が増す、声が届く前に気配が形になる」という記録を示したこと、シアが「向こうからも糸が伸びてきてる、向かい合ってる」と言ったこと、気配が来たこと、ジンが揃いと同時に応えたこと、向こうに届いたこと、近くなったこと、また気配が来てまた応えたこと、輪郭が来てきたこと、揃いがこれまでと違う深く温かい動き方をしたこと、セレクが言っていた「あと少しのしるし」だとジンが感じたこと、アルトが「自分の時と同じだ、一緒に見ていたい」という揺れを見せたこと、カインが「向いていた事実が残る、積み重なるほど明日はより深く向かえる」という記録を示したこと。すべてを、書いた。
書き終えて、ペンを止めた。
それから——もう一行、追加した。
『今日、気配が来ました。形のない——でも確かな、気配でした。私はジンが揃いと同時に応える瞬間を見ながら、声を出さずに届ける、ということについて考えていました。声を出さなくても届く。向くだけで届く。「こちらも向いている」ということが——向こうに伝わる。これまでの旅で、ジンはたくさんのものに声をかけてきました。「ここにいる」と言ってきました。でも今日は——声を出さなかった。向くだけだった。それでも届いた。揃いが傍らにあるから届いた。向くことと、声を出すことは、違うのだと思いました。声は届く手段の一つだけど、向くことそのものが——すでに届けることなのかもしれない。今日一番、深く残っているのは、揃いが深く温かく動いた瞬間のことです。これまでとは違う動き方だったと、ジンが言いました。重くないのに重い。熱くないのに温かい。私はその言葉を書きながら、それが喜びというものの感触なのかもしれないと思いました。揃いが——喜んでいた。「伝えたかった」相手が輪郭を持ち始めたことを——揃いが喜んでいた。揃いが喜ぶとはどういうことかを、私はまだうまく言葉にできません。でも——確かに、あった。それから——カインが「向いていた事実が残る」と言っていました。今日向かい合ったこと。今日応えたこと。今日近くなったこと。全部が残って——明日の力になる。私はその言葉を書きながら、旅とはこういうものなのかもしれないと思いました。毎日、向いていた事実が積み重なっていく。その積み重なりが——次の日をより深くする。揃いが傍らにあるから積み重なる。傍らにある揃いとともに積み重ねていく——それが、この旅の形なのかもしれない。明日、顔が見えるかもしれません。「伝えたかった」相手の顔が。誰なのか——わかるかもしれない。私はその日を、ジンの傍らで、書きながら見届けたいと思います。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』
火が——穏やかに、揺れた。
揃いが——傍らに、静かに、あった。
「待っていた」と「伝えたかった」が——二つで一つになって、揃いの中に、あった。
向かい合うものが——向こうに、輪郭を持って、あった。
足が——その方角を、向いていた。
明日——顔が見えるかもしれなかった。
ルルは、それを確かめて、眠った。
―――
ジンは——地面に、もう一度、手を、当てた。
地面を——通して。
「……今日——向かい合った。気配が来た。揃いと同時に——応えた。向いた。届いた。近くなった。また来た。また応えた。輪郭が来た。揃いが——深く温かく動いた。あと少し——だ。明日——顔が見えるかもしれない。「伝えたかった」相手が——誰なのか、わかるかもしれない。向いていた事実が——残ってる。今日の全部が——残ってる。明日の力になる。明日も——向かって歩く。気配が来たら——揃いと同時に応える。向く。届ける。歩きながら——届ける。それだけだ。ありがとう。揃いに——ありがとう。傍らにいてくれて——ありがとう。気配を——一緒に感じてくれて、ありがとう。応えることを——一緒にしてくれて、ありがとう。深く温かく——動いてくれて、ありがとう。あと少しを——一緒に感じてくれて、ありがとう。これからも——ありがとう」
地面から——返事は、なかった。
でも——揃いが、そこに、あった。
傍らに——あった。
軽くて、温かな——揃いが。
仕事を終えて。
傍らに——向かい合うものを感じて、あった。
「待っていた」という始まりが、あった。
「伝えたかった」という名前が、あった。
向かい合うものの輪郭が、あった。
揃いが深く温かく動いた——あと少し、の感触が、穏やかに、確かに、あった。
向いていた事実が、今日の全部が、残っていた。
暖炉の火が——穏やかに、揺れた。
野営地の風が——静かに、あった。
アルトが——見ていた。
自分の時と重ねる顔で、見ていた。
もうすぐだ——という顔で、見ていた。
一緒に見届けたい——という顔で、見ていた。
夜が——深くなった。
揃いが傍らにある、七度目の夜が。
穏やかに——深くなった。
―――
― 第115話・了 ―
―――
次話予告:
八日目の朝、足がより確かに向く。ルルが鼻先を向ける。「……においが——した。輪郭が——満たされてきてる。昨日より——満たされてる。あと少しじゃない。もうすぐだ。「伝えたかった」相手の顔が——もうすぐ来る。向こうも——わかってる。向こうも——もうすぐだってわかってる。向かい合って、両方から——もうすぐだってわかってる。揃いとジンが同時に動いた時——顔が来る。そういうにおいだ」。カインが写しを開く。「記録には——『輪郭が満たされた時、揃いを持つ者は初めて「伝えたかった」者の名を受け取れる。名とは声で呼ぶものではない。揃いを通して届くものだ。届いた名を受け取った者は、その者のいる場所を、足で感じる。場所を感じた足は、自ずとそこへ向く。揃いが傍らにある者は——名が届いた瞬間、出会いへの最後の一歩を踏み出せる』とあります」。ジンが揃いを感じながら、前を向く。「……顔が——来る。名が——来る。出会いへの——最後の一歩が、来る。それだけだ。揃いと——同時に向く。それだけだ」。五本目の糸が——穏やかに、温かく、確かに、深く、一行の傍らを、しっかりと、包んでいる。




