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無詠唱の魔王  作者: Dちゃん
第七章「揃いが傍らにある話」

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114/138

第114話「始まりになった、というジンの声と、続きの名前がついた、というルルの声と、次が来る、というシアの声と、止まっていない声の六日目」

朝が、来た。


野営地の朝は——静かだった。


でも——


昨日と、違った。


何かが——また、変わっていた。


昨日は、「待っていた」の続きが来た夜だった。


今日は——


その続きに、名前が、つく。


揃いが——知っていた。


ジンも——知っていた。


それだけで、十分だった。


―――


ジンが、目を覚ました。


すぐに——地面の方角に、手を、向けた。


地面を——通して、聞いた。


何かが——あった。


昨日とは——また、違った。


昨日は——「揃いが一緒に歩いている」という感触だった。


でも今日は——


「揃いが、重さを知っている」という感触だった。


「……知ってる」とジンが、小さく、言った。「揃いが——重さを知ってる。傍らにある揃いが——昨日の重さを知ってる。「待っていた」の重さを——知ってる。続きの重さも——知ってる。二つ知ってる。二つ知ってるから——今日、名前がつく。揃いが先に——そう感じてる。俺も——そう感じてる。同時に——感じてる。そういう感触だ」


地面の奥から——返事は、なかった。


でも——揃いが、そこに、あった。


傍らに——二つの重さを知って、あった。


軽くて、温かな——揃いが。


「待っていた」と、その続きを——一緒に運んで、あった。


―――


ルルが、目を覚ました。


すぐに——鼻を、向けた。


後ろ——場所の方角。遠い。もう、遠い。


前——来た方向。


そして——もっと前。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——した」とルルが言った。「続きの名前がついた——においだ。来た。「待っていた」の続きに——名前がつく。まだついてない。でも——つく直前だ。昨日は二度来た。二度来て——はっきりしてきた。今日——名前がつく。重さが——また名前を持ってくる。受け取る。探さない。受け取るだけだ。そういうにおいだ」


ジンが——少し、間を置いた。


「……また——重さが名前を持ってくる、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「持ってくる。「待っていた」の時と——同じだ。重さの方が持ってくる。ジンが探すんじゃない。届けにくる——におい。「待っていた」が呼んだから——続きが来た。続きが来たから——名前がつく。「待っていた」が始まりになろうとしてる。名前がついたら——始まりになる。そういうにおいだ」


「始まりに——なる、か」とジンが、低く、言った。


「……うん」とルルが言った。「なる。「待っていた」が始まりになる。始まりになったら——次が続く。次が続くから——また重さが呼ぶ。重さが重さを呼んで——始まりが増えていく。揃いが傍らにあるから——増えていく。そういうにおいだ」


―――


カインが、写しを、広げた。


「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『最初の声と次の声が繋がった時、揃いを持つ者は初めて「声が向かっていた先」を知る。向かっていた先とは、声の源ではない。声が辿り着こうとしていた者のことだ。「待っていた」が「伝えたかった」を持っていた——ということは、声が向かっていた先がある。その先を知った者は、声に向かって歩ける。声に向かって歩くことが——第七章の、次の旅だ』とあります」


全員が——カインを、見た。


「……続きには——こうあります」とカインが言った。「『向かっていた先を知った者は、声が来るのを待たない。声の方へ、自ら歩く。歩く方角が、声の方角になる。揃いが傍らにある者だけが、声に向かって歩ける。向かって歩く者の揃いは——これまでより深く、大きく、動く』とあります」


しばらく——誰も、何も、言わなかった。


「向かっていた先——か」とジンが、低く、繰り返した。「「待っていた」が「伝えたかった」を持っていた——「伝えたかった」相手が、いる、か」


「……そうです」とカインが言った。「います。「待っていた」という声が、誰かに伝えたかった。その誰かの方へ——歩くことができる。揃いが傍らにあるから——歩けます。向かって歩くことが、次の仕事です。そういう記録です」


「歩く方角が——声の方角になる、か」とノアが、静かに、言った。


「……そうです」とカインが言った。「なる。これまでは、声が来てから向いた。でも——向かっていた先を知った後は、歩く方角が声の方角になる。揃いが傍らにあって、二つの重さを持っているから——方角がわかる。向かって歩けます。そういう記録です」


―――


セレクが、静かに、口を、開いた。


「……教会の記録に——こうあります」とセレクが言った。「『止まっていない声の続きに名前がついた者は、声が向かっていた先を体で感じ始める。体で感じるとは、頭で知ることではない。足が自ずと向く——ということだ。揃いが傍らにある者は、足が向いた方角が正しいと知っている。足が向いた方角へ、そのまま歩く。それだけだ』とあります」


「足が——自ずと向く、か」とジンが言った。


「……そうです」とセレクが言った。「自ずと。決めるのではない。考えるのでもない。揃いと同時に——足が向く。その足に従って歩く。揃いが傍らにあるから——足を信じられる。一人では、足を信じることは難しい。傍らに揃いがあるから——信じられる。そういう記録です」


「……わかった」とジンが、低く、言った。「続きに名前がついたら——足が向く。向いたまま——歩く。向かっていた先へ——歩く。それだけだ。止まらない。歩くことが——聞くことだ。向かって歩くことが——次の仕事だ。そういう感触だ」


「……はい」とセレクが言った。「ただ——一つだけ、覚えておくことがあります」


「一つ——か」とジンが言った。


「……向かっていた先に」とセレクが言った。「近づくほど——揃いが深く動くようになります。深く動くたびに——重さが増える。重さが増えるたびに——足がより確かに向く。向かうほど確かになる。確かになるほど向かえる。揃いが傍らにある者の旅は——そうやって深まっていく。そういう記録です」


―――


一行は——野営地を、出発した。


揃いが——傍らに、静かに、二つの重さを運んで、あった。


ジンが——歩きながら、揃いを、感じた。


「……ある」とジンが、小さく、言った。「揃いが——ある。傍らにある。歩いてる——傍らにある。「待っていた」が——一緒にある。続きも——一緒にある。二つ——一緒にある。名前がつく——感触だ。続きに名前がつく——感触だ。「待っていた」が始まりになる——感触だ。揃いが先に——知ってる。俺も——知ってる。同時に——知ってる。足が——向いてる。向いた方角へ——歩いてる。そういう感触だ」


ルルが、鼻先を、前に向けた。


「……においが——した。揃いのにおいだ。傍らにある——揃いのにおいだ。歩いてる——においだ。二つの重さが——一緒に歩いてるにおいだ。名前がつく直前の——においだ。「待っていた」が始まりになろうとしてる——においだ。足が向いてる——においもする。ジンの足が——向かっていた先を向いてる。揃いと——同じ向きだ。そういうにおいだ」


―――


昼が——来た。


歩き続けた。


揃いが——傍らに、二つの重さを運んで、あった。


シアが、空間を、静かに、探った。


「……見える」とシアが言った。「揃いの糸が——ある。傍らにある——揃いの糸が。昨日と——違う。昨日は糸の中を重さが歩いてた——形だった。今日は——糸の先に、また何かある。来る前の——何かだ。昨日の続きより——もう少し、先にある。でも——輪郭がある。昨日より——はっきりした輪郭だ。名前がつく前の——最後の形、って感じの輪郭だ。そういう見え方だ」


「名前がつく前の——最後の形、か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「最後。輪郭だけで——まだ中身がない。でも——名前が入る場所が、見える。昨日の「待っていた」の時と——同じ場所だ。名前が入る場所が——空いてる。今日中に——入る。そういう見え方だ」


ジンが——揃いを、静かに、感じた。


「……歩く」とジンが、小さく、言った。「足が——向いてる。向いた方角へ——歩く。来たら——同時に向く。重さを感じる。重さが——名前を持ってくる。受け取る。探さない。歩きながら——受け取る。それだけだ。そういう感触だ」


―――


来た。


揃いが——動いた。


同時に——ジンが、向いた。


歩きながら——向いた。


一息——なかった。


揃いとジンが——同じ瞬間に、同じ方を、向いた。


二つの重さが——動いた。


「待っていた」が——揺れた。


続きも——揺れた。


二つが——同時に、揺れた。


「……来た」とジンが、静かに、言った。「揃いが——動いた。同時だった。歩きながら——向いた。止まらなかった。二つの重さが——動いた。「待っていた」と——続きが、同時に揺れた。重さが——名前を持ってきてる。今日は——早い。昨日より、早く来た。重さが増えたから——来やすくなった。そういう感触だ」


ルルが、息を、止めた。


「……においが——した。揃いとジンが同時に動いた——においだ。二つの重さが揺れた——においだ。「待っていた」が揺れた——においだ。続きも揺れた——においだ。名前を——持ってきてる。重さが——名前を持ってきてる。今日は早い——においだ。昨日より近い——においだ。向かっていた先が——もっと近くなってる。そういうにおいだ」


「向かっていた先が——もっと近くなってる、か」とジンが、静かに、言った。


「……うん」とルルが言った。「近くなってる。歩いたから——近くなった。向かって歩いたから——近くなった。足が向きを知ってるから——近くなった。揃いが傍らにあるから——近くなった。全部が——今日を近くしてる。そういうにおいだ」


―――


ジンが——歩きながら、受け取った。


止まらなかった。


一歩——踏み出し続けた。


二つの重さを——感じながら。


出所を——感じながら。


重さが——名前を、持ってきた。


「……受け取った」とジンが、静かに、言った。「歩きながら——受け取った。止まらなかった。重さが——名前を持ってきた。受け取った。俺がつけたんじゃない。重さが——持ってきた名前を、受け取った。そういう感触だ」


ジンが——少し、間を、置いた。


「……名前は」とジンが言った。「「伝えたかった」だ」


全員が——ジンを、見た。


「……「伝えたかった」——か」とノアが、静かに、言った。


「……うん」とジンが言った。「「伝えたかった」。重さが持ってきた——名前だ。俺がつけたんじゃない。「伝えたかった」という名前を——重さが持ってきた。「待っていた」が——「伝えたかった」を呼んだ。待っていたのは——伝えたかったから、だ。止まっていない声が——「待っていた」と「伝えたかった」を持って来ては行く。そういう感触だ」


ルルが、息を、止めた。


「……においが——変わった。名前がついた——においだ。「伝えたかった」という名前が——ついた。重さに——名前がついた。「待っていた」に——「伝えたかった」がついた。二つが——繋がった。においが——繋がったにおいだ。「待っていた」だけじゃなかった。「伝えたかった」があったから——「待っていた」んだ。そういうにおいだ」


「「伝えたかった」があったから——「待っていた」んだ、か」とジンが、低く、言った。


「……うん」とルルが言った。「そうだ。「待っていた」は——理由があった。「伝えたかった」という理由があって——「待っていた」んだ。理由のある「待っていた」だった。理由がわかったから——「待っていた」が始まりになった。始まりが——理由を持った。そういうにおいだ」


―――


シアが、空間を、急いで、探った。


「……変わった」とシアが言った。「糸の先の形が——また変わった. 名前が入った。空いてた名前の場所に——「伝えたかった」が入った。輪郭の中身が——満たされた。でも——これまでと、違う。昨日の「待っていた」の形と——繋がってる。一つの形じゃない。「待っていた」と「伝えたかった」が——一つの形になってる。二つが——一つになってる。そういう見え方だ」


「二つが——一つになってる、か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「なってる。「待っていた」があって——「伝えたかった」がある。二つで——一つの形だ。どちらかだけじゃ、形にならない。二つが揃って——初めて形になってる。揃いの糸の先に——二つで一つの形が、ある。向かっていた先——が、見える。その形が——向かっていた先を、向いてる。そういう見え方だ」


「向かっていた先——が、見える、か」とジンが、静かに、言った。


「……うん」とシアが言った。「見える。まだはっきりじゃない。でも——向いてる先に、何かある。「伝えたかった」相手が——いる。その人の方を——形が向いてる。揃いが傍らにあるから——形が見える。向かって歩けば——もっと見えてくる。そういう見え方だ」


―――


五本目の糸が——大きく、温かく、穏やかに、揺れた。


ルルが、息を、止めた。


「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——大きく、温かく、揺れてる。「伝えたかった」という名前がついたのを——感じてる。「待っていた」と「伝えたかった」が繋がったのを——感じてる。自分の時を——思い出してる。自分も——「伝えたかった」んだ。ノアに伝えたかった——って揺れてる。名前がついた瞬間に——伝えたかったものが届いた、って揺れてる。同じだ——って揺れてる。そして——向かっていた先が、ある、って揺れてる。向こうにも——「伝えたかった」相手がいる。一緒に向かいたい——って揺れてる。そういうにおいだ」


「アルト——」とノアが、空に向かって、静かに、言った。「見えてるか。名前がついた。「伝えたかった」だ。「待っていた」のは——「伝えたかった」からだった。お前も——ずっと「伝えたかった」んだったな。俺への——「伝えたかった」が、あった。その「伝えたかった」は——届いた。届いてる。向こうの「伝えたかった」も——届く先がある。一緒に——その先へ向かおう。一緒に——歩いてくれ」


五本目の糸が——穏やかに、温かく、一行の傍らを、しっかりと、深く、包んでいた。


―――


カインが——写しを、静かに、折り畳んだ。


「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『「待っていた」と「伝えたかった」が繋がった者は、初めて声が向かっていた先を体で知る。体で知った者の足は、自ずとその先へ向く。向いた足で歩く者は、止まっていない声を——声の方角から受け取れる。これまでは声が来た時に受け取った。これからは——声の方角へ歩きながら、向こうから受け取りに行く。揃いが傍らにある者だけが、受け取りに行ける』とあります」


「受け取りに——行ける、か」とジンが、静かに、言った。


「……そうです」とカインが言った。「行ける。これまでは、声が来るのを歩きながら待っていた。でも——「伝えたかった」相手の方角がわかった後は、その方角へ向かって歩ける。向かって歩く者に——声の方から近づいてくる。揃いが傍らにあって、二つの重さを持っているから——向かって歩ける。それが、第七章の——次の形です。そういう記録です」


「向こうから——近づいてくる、か」とノアが、静かに、繰り返した。


「……そうです」とカインが言った。「近づいてくる。声が向かっていた先を、こちらも向かっていく。向かい合って——歩く。歩くほど近くなる。近くなるほど——声がはっきりしてくる。「伝えたかった」相手が誰なのか——わかってくる。それが、揃いが傍らにある者の、次の段階です。そういう記録です」


―――


夕暮れが——近かった。


野営の場所を——選んだ。


火が——穏やかに、揺れた。


揃いが——傍らに、静かに、あった。


ジンが——地面に、手を、当てた。


「……ある」とジンが、小さく、言った。「揃いが——ある。傍らにある。今日——続きに名前がついた。「伝えたかった」だ。「待っていた」と——「伝えたかった」が繋がった。二つで——一つになった。「待っていた」が——始まりになった。向かっていた先が——ある。「伝えたかった」相手が——いる。足が——向いてる。向いた方角へ——歩いてる。向こうから——近づいてくる。そういう感触だ。明日も——歩く。向かって——歩く。受け取りに——行く。そういう感触だ」


ルルが、鼻先を、前に向けた。


「……においが——した。今日のにおいだ。「伝えたかった」という名前がついたにおいだ。「待っていた」が始まりになったにおいだ。二つが繋がったにおいだ。向かっていた先が見えてきたにおいだ。足が向いてるにおいだ。全部が——今日の、においだ。明日——また歩く。向かって歩く。受け取りに行く。「伝えたかった」相手が——いる。その人の方へ——歩く。揃いが傍らにあるから——歩ける。そういうにおいだ」


「「伝えたかった」相手が——いる、か」とジンが、静かに、言った。


「……うん」とルルが言った。「いる。「待っていた」のは——伝えたかったからだ。伝えたかった相手が——いる。その人が——いる。どこかに——いる。向かっていた先に——いる。揃いが傍らにあるから——向かえる。歩くたびに——近くなる。近くなるたびに——声がはっきりしてくる。揃いが傍らにあるから——かもしれないが、ある。今日より——もっと大きな、かもしれないが、だ。そういうにおいだ」


「今日より——もっと大きな、かもしれないが、か」とジンが、低く、言った。


「……うん」とルルが言った。「大きい。「伝えたかった」相手がいるから——大きい。いるかもしれない、じゃない。いる。でも——どこにいるか、まだわからない。わからないから——かもしれないが、ある。太平洋戦争の時より大きい。揃いが傍らにあって、二つの重さを持って、向かっていた先がわかってるから——大きい。そういうにおいだ」


―――


エリナが、手帳を、開いた。


ペンを、走らせた。


今日のこと——朝, ジンが「揃いが二つの重さを知ってる、続きに名前がつく感触だ」と言ったこと、ルルが「「待っていた」が始まりになろうとしてる、名前がつく直前のにおいがする」と言ったこと、カインが「「待っていた」が「伝えたかった」を持っていた、声が向かっていた先を知った者は声に向かって歩ける」という記録を読み上げたこと、セレクが「足が自ずと向く、足が向いた方角へそのまま歩く、揃いが傍らにあるから足を信じられる」という記録を示したこと、シアが「名前が入る場所が空いてる、今日中に入る」と言ったこと、揃いとジンが同時に動いたこと、二つの重さが同時に揺れたこと、「伝えたかった」という名前を受け取ったこと、「待っていた」と「伝えたかった」が繋がって二つで一つの形になったこと、シアが「形が向かっていた先を向いてる」と言ったこと、アルトが「自分も「伝えたかった」、向こうの「伝えたかった」も届く先がある、一緒に向かいたい」という揺れを見せたこと、カインが「これからは声の方角へ向かって歩く、向こうから近づいてくる、「伝えたかった」相手が誰なのかわかってくる」という記録を示したこと。すべてを、書いた。


書き終えて、ペンを止めた。


それから——もう一行、追加した。


『今日、「伝えたかった」という名前がつきました。私はその名前を書きながら、しばらく手が止まりました。「待っていた」だけでは、何かが足りなかった。「待っていた」には——理由があった。「伝えたかった」という理由があったから、「待っていた」んだ。今日その理由がわかって、「待っていた」が始まりになりました。理由のある始まりは、理由のない始まりより——強いと思います。どこへ向かえばいいかを、知っているから。今日一番、深く残っているのは、ルルが「「待っていた」のは「伝えたかった」からだ」と言った瞬間のことです。私はその言葉を書きながら、これまでの旅で出会ってきた全ての声のことを思いました。止まっていた声も、消えていく声も、届かなかった声も——全部、何かを伝えたかったから、そこにあったのかもしれない。伝えたかったから、待っていた。伝えたかったから、留まっていた。伝えたかったから、消えそうになりながらも、まだそこにあった。今日、止まっていない声が「伝えたかった」という名前を持ってきた。これまでの旅で聞いてきた全ての声と——繋がった気がしました。それから——カインが「受け取りに行ける」と言っていました。これまでは、声が来るのを歩きながら待っていた。来てから向いていた。でも今日からは——向かって歩く。向こうから近づいてくる声へ、こちらからも近づいていく。向かい合って歩く。揃いが傍らにあるから、できることだと思います。一人では、向こうへ向かうことはできない。向かっていた先がどこかも、わからない。傍らに揃いがあって、二つの重さを持っているから——向かって歩ける。今日ジンは、向かっていた先を向いて歩いていた。「伝えたかった」相手がどこにいるかは、まだわからない。でも——足は向いていた。足が向いていれば、歩ける。歩けば、近くなる。揃いが傍らにあるから、近くなる。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』


火が——穏やかに、揺れた。


揃いが——傍らに、静かに、あった。


「待っていた」と「伝えたかった」が——二つで一つになって、揃いの中に、あった。


向かっていた先が——向こうに、あった。


足が——その方角を、向いていた。


明日——向かって、歩ける。


ルルは、それを確かめて、眠った。


―――


ジンは——地面に、もう一度、手を、当てた。


地面を——通して。


「……今日——続きに名前がついた。「伝えたかった」だ。「待っていた」と——「伝えたかった」が繋がった。二つで——一つになった。「待っていた」が——始まりになった。理由のある始まりだ。向かっていた先が——ある。「伝えたかった」相手が——いる。足が——向いてる。向いた方角へ——歩いてる。向こうから——近づいてくる。明日も——向かって歩く。受け取りに——行く。揃いが傍らにあるから——行ける。ありがとう。揃いに——ありがとう。傍らにいてくれて——ありがとう。二つの重さを——一緒に運んでくれて、ありがとう。「伝えたかった」を——一緒に受け取ってくれて、ありがとう。向かっていた先を——一緒に向いてくれて、ありがとう。向かって——一緒に歩いてくれて、ありがとう。これからも——ありがとう」


地面から——返事は、なかった。


でも——揃いが、そこに、あった。


傍らに——あった。


軽くて、温かな——揃いが。


仕事を終えて。


傍らに——向かっていた先を向いて、あった。


「待っていた」という始まりが、あった。


「伝えたかった」という名前が、あった。


二つで一つの形が、あった。


向かっていた先が——穏やかに、確かに、あった。


足が向いていた。


向こうから——近づいてくる気配が、あった。


暖炉の火が——穏やかに、揺れた。


野営地の風が——静かに、あった。


アルトが——見ていた。


「伝えたかった」に、重ねる顔で、見ていた。


向かっていた先へ——一緒に向かう、という顔で、見ていた。


夜が——深くなった。


揃いが傍らにある、六度目の夜が。


穏やかに——深くなった。


―――


― 第114話・了 ―


―――


次話予告:


七日目の朝、足が向かっていた先への感触が、さらに確かになる。ルルが鼻先を向ける。「……においが——した。近くなってる——においだ。「伝えたかった」相手が——近くなってる。向こうから——近づいてきてる。こちらも——向かってる。向かい合って——近くなってる。揃いとジンが同時に——もっと深く動いた。昨日より——深い。「伝えたかった」相手の——においが、する。まだ形じゃない。でも——においが、する。そういうにおいだ」。カインが写しを開く。「記録には——『向かっていた先へ歩き続けた者は、やがて声の持ち主の「気配」を感じ始める。気配とは声でも形でもない。「こちらを向いている」という感触だ。気配を感じた者は、揃いと同時に応える。応えることで——気配が形になり始める。形になり始めた気配へ、さらに向かって歩く。これが——「伝えたかった」者と出会うための、最初の道だ』とあります」。ジンが揃いを感じながら、前を向く。「……気配が——する。こちらを——向いてる。応える。揃いと——同時に応える。向かって——歩く。それだけだ」。五本目の糸が——穏やかに、温かく、確かに、深く、一行の傍らを、しっかりと、包んでいる。

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