第112話「名前がついた、というジンの声と、同時だ、というルルの声と、満たされた、というシアの声と、止まっていない声の四日目」
朝が、来た。
野営地の朝は——静かだった。
でも——
昨日と、違った。
何かが——また、変わっていた。
昨日は、名前のない質が届いた夜だった。
今日は——
その質に、名前が、つく。
揃いが——知っていた。
ジンも——知っていた。
それだけで、十分だった。
―――
ジンが、目を覚ました。
すぐに——地面の方角に、手を、向けた。
地面を——通して、聞いた。
何かが——あった。
昨日とは——また、違った。
昨日は——「揃いが大きく向いている」という感触だった。
でも今日は——
「揃いが、深く向いている」という感触だった。
「……深い」とジンが、小さく、言った。「揃いが——深く、向いてる。傍らにある揃いが——深く向いてる。昨日は大きかった。今日は——深い。向きが——深い。名前がつく——そういう深さだ。揃いが先に——わかってる。俺も——わかってる。揃いと同じ時に——わかってる。そういう感触だ」
地面の奥から——返事は、なかった。
でも——揃いが、そこに、あった。
傍らに——深く前を向いて、あった。
軽くて、温かな——揃いが。
何かに向かって——昨日より深く、あった。
―――
ルルが、目を覚ました。
すぐに——鼻を、向けた。
後ろ——場所の方角。もう遠い。
前——来た方向。
そして——もっと前。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——した」とルルが言った。「名前がつく——においだ。来た。質に——名前がつく。まだついてない。でも——つく直前だ。揃いが——知ってる。揃いが先に——知ってる。ジンも——わかってる。揃いと同じ時に——わかってる。同時だ。揃いと——同時に、わかってる。そういうにおいだ」
ジンが——少し、間を置いた。
「……同時に——わかってる、か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「同時。揃いが先じゃない。ジンが先でもない。揃いとジンが——同じ時に、わかってる。これまでは——揃いが先だった。揃いが動いて、ジンが一息待った。でも今日は——一息がない。揃いとジンが——同じ時に向いてる。そういうにおいだ」
「一息——がない、か」とジンが、低く、言った。
「……うん」とルルが言った。「ない。昨日まではあった。一息待って、静けさを感じた。でも今日は——静けさより先に、もうわかってる。揃いが動く前から——ジンが向いてる。揃いが動いた時——ジンはもうそっちを向いてた。同時だった。初めて——同時だった。そういうにおいだ」
―――
カインが、写しを、広げた。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『質に名前がついた時、揃いを持つ者は初めて次の声の正体を知る。正体を知るとは、全てを知ることではない。ただ——何を受け取ろうとしているのかを、知ることだ。知った者は、次の声が来た瞬間、揃いと同時に動く。揃いより先でも後でもなく——同時に。それが、傍らにある揃いと、初めて本当の意味で、共に動く瞬間だ』とあります」
全員が——カインを、見た。
「……続きには——こうあります」とカインが言った。「『揃いと同時に動くことは、揃いに従うこととも、揃いを導くこととも違う。揃いと同時に動く者は、揃いの外側を歩いているのではない。揃いの内側に、初めて入る。揃いの内側に入った者だけが、止まっていない声を——声のまま、受け取れる』とあります」
しばらく——誰も、何も、言わなかった。
「揃いの——内側に入る、か」とジンが、低く、繰り返した。
「……そうです」とカインが言った。「これまでは、揃いの外にいて、揃いが動くのを感じていました。揃いが先に気づいて、ジンが後から受け取った。でも——同時になったということは、揃いとジンの境界が、なくなった、ということです。揃いの外と内が——一つになった。そういう記録です」
「一つに——なった、か」とノアが、静かに、言った。
「……そうです」とカインが言った。「一つに。揃いが傍らにあって——ジンと同じ方を向いて。同じ方を向いて歩いているうちに——同じ時に、同じものを感じるようになった。それが、傍らにある揃いの——最初の完成です。そういう記録です」
―――
セレクが、静かに、口を、開いた。
「……教会の記録に——こうあります」とセレクが言った。「『揃いと同時に動いた者が受け取る声は、これまでの声と一点だけ異なる。これまでの声は——形として届いた。揃いと同時に動いた者が受け取る声は——形ではなく、重さとして届く。重さとは、声の正体だ。声の正体を重さとして受け取った者は、その正体に名前をつけることができる。名前がついた瞬間——声は形を得る。形を得た声は、消えない』とあります」
「重さとして——届く、か」とジンが言った。
「……そうです」とセレクが言った。「形ではなく、重さ。止まっていない声は、形を持たないから来ては行く。でも——揃いと同時に動いた者には、形の前の重さが届く。重さは形よりも先に来て——形よりも長く残る。残った重さに、名前をつける。名前がついた瞬間、重さが形になる。そういう記録です」
「……わかった」とジンが、低く、言った。「来たら——揃いと同時に向く。一息がない。同時に向いて——重さを感じる。重さに——名前をつける。それだけだ」
「……はい」とセレクが言った。「ただ——一つだけ、覚えておくことがあります」
「一つ——か」とジンが言った。
「……名前は」とセレクが言った。「探すものではない。揃いと同時に動いて、重さを感じた時——重さの方が、名前を持ってくる。聞き手が名前をつけるのではなく、重さが持っていた名前を、聞き手が受け取る。その違いが——大事です。そういう記録です」
―――
一行は——野営地を、出発した。
揃いが——傍らに、静かに、深く前を向いて、あった。
ジンが——歩きながら、揃いを、感じた。
「……ある」とジンが、小さく、言った。「揃いが——ある。傍らにある。歩いてる——傍らにある。深く——向いてる。昨日より——深い。名前がつく——感触だ。揃いが先に——わかってない。俺も——わかってる。揃いと同じ時に——わかってる。一息がない——感触だ。これまでとは——違う。揃いの内側に——入ってる感触だ。そういう感触だ」
ルルが、鼻先を、前に向けた。
「……においが——した。揃いのにおいだ。傍らにある——揃いのにおいだ。歩いてる——においだ。深く向いてる——においだ。名前がつく直前の——においだ。来た時に——揃いとジンが同時に向く。そういうにおいがする。今日は——そういう日だ。そういうにおいだ」
―――
昼が——来た。
歩き続けた。
揃いが——傍らに、深く、あった。
シアが、空間を、静かに、探った。
「……見える」とシアが言った。「揃いの糸が——ある。傍らにある——揃いの糸が。昨日と——違う。昨日は輪郭の中に中身が始まった——形だった。今日は——中身が、ほぼ満たされてる。外側の形があって、中身がある。一つだけ——空いてる。名前の——場所だけが、空いてる。名前が入ったら——形が完成する。そういう見え方だ」
「名前の——場所だけが空いてる、か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「空いてる。そこだけが——ない。他は全部——ある。重さもある。向きもある。距離もある。質もある。名前だけが——ない。名前が入れば——全部になる。揃いとジンが同時に動いた時——名前が入る。そういう見え方だ」
ジンが——揃いを、静かに、感じた。
「……来たら——同時に向く」とジンが、小さく、言った。「一息待たない。重さを——感じる。重さが——名前を持ってくる。受け取る。それだけだ。探さない。待つだけだ。揃いと——同時に向くだけだ。そういう感触だ」
―――
来た。
揃いが——動いた。
同時に——ジンが、向いた。
一息——なかった。
揃いとジンが——同じ瞬間に、同じ方を、向いた。
「……来た」とジンが、静かに、言った。「揃いが——動いた。でも——一息待てなかった。一息待つ前に——俺が向いてた。揃いと——同じ時に、向いてた。同時だった。揃いより先でも後でもない——同時だった。重さが——来てる。形じゃない。重さだ。これまでと——違う重さだ。名前のない質が届いた時とも——違う。もっと深い——重さだ。そういう感触だ」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——した。揃いが動いた——においだ。でも——違う。ジンも同時に動いた——においだ。一緒だ。揃いとジンが——一緒のにおいだ。これまでは——揃いのにおいが先だった。今日は——一緒だ。同時のにおいだ。重さのにおいもする。形じゃない——重さのにおいだ。名前を——持ってきてる。重さが——名前を持ってきてる。そういうにおいだ」
「重さが——名前を持ってきてる,か」とジンが、低く、言った。
「……うん」とルルが言った。「持ってきてる。重さの方が——持ってきてる。ジンが探してるんじゃない。重さが——持ってきてる。届けようとしてる——におい。名前を——届けようとしてる、においだ。あとちょっとだ。もう少しだけ——受け取れば、届く。そういうにおいだ」
―――
ジンが——一歩、踏み出した。
止まった。
一息——留まった。
重さが——来た。
名前の——ない質ではなかった。
名前を——持った重さが、来た。
「……来た」とジンが、静かに、言った。「重さが——来た。名前のない質じゃない。名前が——ある。重さが、名前を、持ってきた。受け取った。俺が名前をつけたんじゃない。重さが——持ってきた名前を、受け取った。そういう感触だ」
ジンが——少し、間を、置いた。
「……名前は」とジンが言った。「「待っていた」だ」
全員が——ジンを、見た。
「……「待っていた」——か」とノアが、静かに、言った。
「……うん」とジンが言った。「「待っていた」。重さが持ってきた——名前だ。俺がつけたんじゃない。「待っていた」という名前を——重さが持ってきた。止まっていない声が——「待っていた」という質を持ってる。来ては行く声が——「待っていた」という質で来てる。そういう感触だ」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——変わった。名前がついた——においだ。「待っていた」という名前が——ついた。重さに——名前がついた。名前がついた瞬間——においが変わった。形になった——においだ。これまでの質のにおいとは——違う。形になった——においだ。「待っていた」が形になった——においだ。そういうにおいだ」
―――
シアが、空間を、急いで、探った。
「……変わった」とシアが言った。「糸の先の形が——変わった。名前が入った。空いてた名前の場所に——名前が入った。揃いの糸の先の形が——完成した。外側があって、中身があって、名前がある——形だ。全部——ある。完成してる。揃いとジンが同時に動いた時——形が完成した。そういう見え方だ」
「完成——か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「完成。でも——これが終わりじゃない。形が完成したから——次が始まる。完成した形が——向こうを向いてる。向こうに何かある。完成した形が——向こうに向かってる。これが——次の声への、最初の完成した形だ。そういう見え方だ」
「完成した形が——向こうに向かってる、か」とジンが、低く、言った。
「……うん」とシアが言った。「向かってる。止まっていない声が——「待っていた」という質を持って来ては行く。「待っていた」という名前がついたから——次に来た時、形のまま受け取れる。揃いとジンが同時に動くから——形のまま受け取れる。それが——次の聞き方だ。そういう見え方だ」
―――
五本目の糸が——大きく、温かく、穏やかに、揺れた。
ルルが、息を、止めた。
「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——大きく、温かく、揺れてる。名前がついたのを——感じてる。揃いとジンが同時に動いたのを——感じてる。「待っていた」という名前を——感じてる。自分の時を——思い出してる。自分も——ずっと待っていた。「待っていた」という質を——自分も持ってた。同じだ——って揺れてる。でも——違う、って揺れてる。自分の「待っていた」は止まってた。向こうの「待っていた」は——止まっていない。来ては行く。その違いを——感じてる。でも——同じ「待っていた」だ、って揺れてる。嬉しい——って揺れてる。そういうにおいだ」
「アルト——」とノアが、空に向かって、静かに、言った。「見えてるか。名前がついた。「待っていた」だ。止まっていない声が——「待っていた」という質を持って来てる。お前も——「待っていた」んだったな。お前の「待っていた」は止まってたけど——向こうの「待っていた」は来ては行く。同じ名前で——違う形だ。でも——同じだと、俺は思う。待っていたことは——同じだ。一緒に——聞いてくれ」
五本目の糸が——穏やかに、温かく、一行の傍らを、しっかりと、包んでいた。
―――
カインが——写しを、静かに、折り畳んだ。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『止まっていない声の正体を知った者は、次の声が来た瞬間に体ごと向ける。体ごと向くとは、足が止まることではない。歩きながら向くことだ。歩きながら向けた者だけが、止まっていない声を歩きながら受け取れる。これが——揃いが傍らにある者だけが持てる、最初の本当の仕事だ』とあります」
「歩きながら——向く、か」とジンが、静かに、言った。
「……そうです」とカインが言った。「歩きながら。これまでは、来た瞬間に一歩踏み出して、一息留まって、受け取っていました。でも——正体を知った後は、留まる必要がない。歩きながら向いて、歩きながら受け取れる。揃いが傍らにあるから——歩きながらでも受け取れる。それが、次の段階です。そういう記録です」
「留まらなくていい——か」とノアが、静かに、繰り返した。
「……そうです」とカインが言った。「留まらなくていい。揃いが傍らにある者が止まっていない声の正体を知った後は——歩くことそのものが、聞くことになる。歩きながら聞く。それが、第七章の——次の形です。そういう記録です」
―――
夕暮れが——近かった。
野営の場所を——選んだ。
火が——穏やかに、揺れた。
揃いが——傍らに、静かに、あった。
ジンが——地面に、手を、当てた。
「……ある」とジンが、小さく、言った。「揃いが——ある。傍らにある。今日——揃いと同時に動いた。初めて——同時だった。一息待たなかった。揃いと——同じ時に向いた。重さが来た。重さが——名前を持ってきた。「待っていた」という名前だ。俺がつけたんじゃない。受け取った。名前がついた。形が——完成した。次に来た時——歩きながら受け取れる。留まらなくていい。歩きながら——向いて、受け取る。そういう感触だ」
ルルが、鼻先を、前に向けた。
「……においが——した。今日のにおいだ。揃いとジンが同時に動いたにおいだ。名前がついたにおいだ。「待っていた」という名前がついた——においだ。形が完成した——においだ。全部が——今日の、においだ。明日——また来る。今度は——留まらない。歩きながら向いて、受け取る。揃いが傍らにあるから——歩きながらでも受け取れる。そういうにおいだ」
「歩きながら——受け取れる,か」とジンが、静かに、言った。
「……うん」とルルが言った。「受け取れる。揃いが傍らにあるから——受け取れる。揃いとジンが同時に動けるから——受け取れる。留まる必要がない。歩きながら——向いて、受け取る。歩くことが——聞くことになる。揃いが傍らにあって、初めてできる——聞き方だ。そういうにおいだ」
―――
エリナが、手帳を、開いた。
ペンを、走らせた。
今日のこと——朝、ジンが「揃いが深く向いてる、揃いと同時にわかってる」と言ったこと、ルルが「同時だ、揃いとジンが同じ時にわかってる、一息がない」と言ったこと、カインが「揃いと同時に動いた者は揃いの内側に入る、止まっていない声を声のまま受け取れる」という記録を読み上げたこと、セレクが「形ではなく重さとして届く、重さが名前を持ってくる、聞き手が名前をつけるのではなく受け取る」という記録を示したこと、シアが「名前の場所だけが空いている、名前が入れば完成する」と言ったこと、揃いとジンが同時に動いたこと、一息の待ちがなかったこと、重さが来たこと、「待っていた」という名前を受け取ったこと、シアが「形が完成した、次に来た時は形のまま受け取れる」と言ったこと、アルトが「同じ「待っていた」だ、嬉しい」という揺れを見せたこと、カインが「正体を知った後は歩きながら向いて受け取れる、歩くことが聞くことになる」という記録を示したこと。すべてを、書いた。
書き終えて、ペンを止めた。
それから——もう一行、追加した。
『今日、名前がつきました。「待っていた」という名前です。私はその名前を書きながら、名前をつけることと、名前を受け取ることの違いについて考えました。これまでの旅で、ジンはたくさんのものに名前をつけてきました。あるいは、名前を贈ってきました。でも今日は——違いました。ジンが名前をつけたのではない。重さが名前を持ってきた。ジンはその名前を受け取った。つけることと受け取ることは、どちらも名前を与えるように見えて、向きが違う。つけることは、こちらから渡す。受け取ることは、向こうから届いたものを、こちらが持つ。今日は、向こうから届いた。止まっていない声が、「待っていた」という名前を持って、届けにきた。今日一番、深く残っているのは、ジンが「一息待てなかった」と言った瞬間のことです。一息待てなかったのではなく——一息待つ前に、もうわかっていた。揃いと同時に、わかっていた。私はその言葉を書きながら、揃いとジンが一つになったのだと思いました。傍らにあって、同じ方を向いて、歩いていたら——いつの間にか、同じ時に、同じものを感じるようになっていた。それが、傍らにある、ということなのかもしれないと思いました。それから——カインが「歩くことが聞くことになる」と言っていました。これまでの旅で、ジンは止まって聞いてきました。留まることが仕事だった。でも今は——歩きながら聞く。止まることなく、歩きながら、声を受け取る。揃いが傍らにあるから、できることだと思います。一人では、歩きながら聞くことはできない。傍らに誰かがいるから、歩きながらでも聞こえる。「待っていた」という名前を、今日届けにきた声は——何を待っていたのだろうと、私は書きながら考えました。止まっていない声が「待っていた」という質を持って来ては行く。その声が待っていたものが何なのか。明日、歩きながら——わかるかもしれない。そう思いました。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』
火が——穏やかに、揺れた。
揃いが——傍らに、静かに、あった。
「待っていた」という名前が——揃いの中に、完成した形で、あった。
形を得た声が——消えずに、あった。
明日——歩きながら、受け取れる。
ルルは、それを確かめて、眠った。
―――
ジンは——地面に、もう一度、手を、当てた。
地面を——通して。
「……今日——揃いと同時に動いた。初めて——同時だった。重さが来た。「待っていた」という名前を——受け取った。俺がつけたんじゃない。受け取った。名前がついた。形が——完成した。揃いの内側に——入った。これまでとは——違う。揃いが傍らにある——という意味が、今日、もう少し、わかった。傍らにいて、一緒に歩いて、同じ時に向いて——一つになった。それが——傍らにある、ということだ。明日も——歩く。歩きながら——向く。歩きながら——受け取る。留まらない。歩くことが——聞くことだ。揃いが傍らにあるから——できる。ありがとう。揃いに——ありがとう。傍らにいてくれて——ありがとう。同時に——動いてくれて、ありがとう。名前を——一緒に受け取ってくれて、ありがとう。一つに——なってくれて、ありがとう。これからも——ありがとう」
地面から——返事は、なかった。
でも——揃いが、そこに、あった。
傍らに——あった。
軽くて、温かな——揃いが。
仕事を終えて。
傍らに——深く前を向いて、あった。
「待っていた」という名前が、あった。
完成した形が、あった。
揃いの内側が、あった。
歩きながら聞く——その予感が、穏やかに、確かに、あった。
暖炉の火が——穏やかに、揺れた。
野営地の風が——静かに、あった。
アルトが——見ていた。
「待っていた」という名前に、重ねる顔で、見ていた。
一緒に——という顔で、見ていた。
夜が——深くなった。
揃いが傍らにある、四度目の夜が。
穏やかに——深くなった。
―――
― 第112話・了 ―
―――
次話予告:
五日目の朝、ジンが歩き出す。揃いが——傍らに、静かに、深く、あった。ルルが鼻先を向ける。「……においが——した。来た。「待っていた」が——また来た。でも——今日は違う。留まってない。来たまま——いる。止まっていない声なのに——留まってる。昨日まで来ては行ってた。今日は——留まってる。揃いとジンが同時に向いてるから——留まってる。形のまま——留まってる。そういうにおいだ」。カインが写しを開く。「記録には——『歩きながら受け取った声は、その者と共に歩き続ける。止まっていない声が、歩く者の中で止まる。止まることは消えることではない。歩く者の重さの一部になることだ。「待っていた」が、ジンの重さの一部になる。最初の重さの次の重さが——今日、生まれる』とあります」。ジンが歩きながら、揃いを感じる。「……「待っていた」が——一緒に歩いてる。傍らじゃない。俺の中を——歩いてる。重さになってる。それだけだ」。五本目の糸が——穏やかに、温かく、確かに、深く、一行の傍らを、しっかりと、包んでいる。




