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無詠唱の魔王  作者: Dちゃん
第六章「二つで一組の話」

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第107話「返礼が、来た、というジンの声と、贈り物だ、というルルの声と、刻まれた、というシアの声と、場所で迎える朝」

朝が、来た。


場所の朝は——温かかった。


でも——


昨日と、違った。


何かが——また、変わっていた。


昨日は、揃いが時間を知った夜だった。


今日は——


何かが、近かった。


揃いの——最後の仕事が、近かった。


それだけで、十分だった。


―――


ジンが、目を覚ました。


すぐに——地面の方角に、手を、向けた。


地面を——通して、聞いた。


何かが——あった。


昨日とは——また、違った。


昨日は——「揃いが時間を知った」という感触だった。


でも今日は——


「揃いが、動こうとしている」という感触だった。


「……動こうとしてる」とジンが、小さく、言った。「揃いが——動こうとしてる。昨日まで——温かくて、静かだった。今日は——温かいまま、動こうとしてる。最後の仕事に——向かおうとしてる。そういう感触だ。向こうの二つも——感じてる。揃いが動こうとしてるのを——感じてる。待ってる。向こうが——待ってる。揃いが最後の仕事をするのを——待ってる。そういう感触だ」


地面の奥から——返事は、なかった。


でも——揃いが、そこに、あった。


重くて、速くて、静かな——揃いが。


動こうとしながら——温かく、あった。


―――


ルルが、目を覚ました。


すぐに——鼻を、向けた。


後ろ——山の方角。越えてきた。遠い。


前——場所の方角。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——した」とルルが言った。「昨日と——また、違う。昨日は——一緒にいる時間が積み重なってるにおいだった。今日は——違う。揃いのにおいが——また、動いてる。昨日は揺れた。今日は——もっと、はっきり、動いてる。向こうに向かって——動いてる。向こうの二つの方に——向かってる。揃いが——向こうに、何かを届けようとしてる。そういうにおいだ」


ジンが——少し、間を置いた。


「……届けようとしてる——か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「届けようとしてる。揃いが——自分で、届けようとしてる。ジンが届けるんじゃない。揃いが——自分で。一緒にいた時間が積み重なったから——揃いが、自分で動ける。そういうにおいだ。返礼だ。揃いの最後の仕事は——返礼だ。向こうの二つから、ジンへの——返礼だ。そういうにおいだ」


「返礼——か」とジンが、低く、言った。


「……うん」とルルが言った。「返礼。揃いが来たことへの——お返しだ。揃いが来て、声が届いて、場所になって、一緒にいて——全部に対しての、お返しだ。向こうの二つが——ずっと、返したかった。でも揃いが来るまでは——返せなかった。一緒にいる時間が積み重まったから——返せるようになった。今日——返す。そういうにおいだ」


―――


カインが、写しを、広げた。


「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『揃いの最後の仕事とは、声でも場所でも時間でもない。揃いを待っていた者が、揃いを持つ者に向けて発する、最初の「贈り物」だ。贈り物とは——揃いが来たことへの、返礼だ。返礼は形を持たない。重さでも速さでも言葉でもない。揃いが感じた瞬間に——揃いを通して、届く。聞き手はただ、受け取る』とあります」


全員が——カインを、見た。


「……続きには——こうあります」とカインが言った。「『返礼が届いた時、揃いは初めて「完全」になる。揃いを持つ者が来て、声が届いて、場所で向き合って、名前が来て、「今」が生まれて、時間が積み重なった。その全部が、返礼の中にある。返礼とは——揃いを持つ者が行ったこと全部への、答えだ。揃いはその返礼を受け取ることで、自らの仕事の全部が届いたことを知る』とあります」


しばらく——誰も、何も、言わなかった。


「揃いの仕事の——全部が届いた、か」とジンが、低く、繰り返した。


「……そうです」とカインが言った。「揃いは、道になり、場所になり、温かさになり、「今」を作り、時間を知った。最後の仕事は——返礼を受け取ることです。受け取ることで——揃いの旅が、終わる。終わることは、消えることではない。揃いは残ります。ただ——最後の仕事が終わる。そういう記録です」


「揃いの旅が——終わる、か」とノアが、静かに、言った。


「……そうです」とカインが言った。「揃いの旅は、終わります。でも——揃い自体は、その場所に、永く残ります。揃いが通った道は——消えません。揃いが作った場所は——消えません。返礼が届いた後も——全部が、残ります。そういう記録です」


―――


セレクが、静かに、口を、開いた。


「……教会の記録に——こうあります」とセレクが言った。「『返礼の形は、揃いを待っていた者によって異なる。重さの者からは——重さで来る。速さの者からは——速さで来る。しかしいずれも、揃いを通して届く点では同じだ。聞き手は、どちらの形でも受け取る。どちらか一方だけを選んではならない。二つが揃って——一つの返礼になる』とあります」


「二つが揃って——一つ、か」とジンが言った。


「……そうです」とセレクが言った。「重い方と、速い方。二つが一組で待っていたように——返礼も、二つで一つです。重い方だけ来るのでも、速い方だけ来るのでもない。二つが——一度に、来る。一組だから——一度に来る。そういう記録です」


「……わかった」とジンが、低く、言った。「受け取る。二つとも——受け取る。揃いが感じたら——俺も、感じる。それだけだ」


「……はい」とセレクが言った。「ただ——一つだけ、覚えておくことがあります」


「一つ——か」とジンが言った。


「……返礼が届いた後」とセレクが言った。「揃いが——一度だけ、大きく、静かに、揺れます。これは、揃いが「終わりを知った」合図です。終わりを知った揃いは——それまでよりも、深く、この場所に刻まれます。最後に揺れた分だけ——より深く、刻まれる。揃いが終わりを知った場所は——永くそこに在り続けます。そういう記録です」


―――


一行は——場所の、木陰に、留まった。


風が——穏やかに、あった。


揃いが——温かく、動こうとしながら、場所にあった。


ジンが——揃いを、感じながら、座った。


「……ある」とジンが、小さく、言った。「揃いが——動こうとしてる。向こうの二つも——感じてる。昨日と——また、違う感触だ。昨日の「問い」とも——違う。あれは——来た.今日のは——来ようとしてる。でも、まだ、来てない。来ようとしてる途中だ。揃いが——その途中を、一緒に、歩いてる。揃いと向こうが——一緒に、来ようとしてる。そういう感触だ」


ルルが、鼻先を、ゆっくりと、前に向けた。


「……においが——した。来ようとしてる——においだ。重い方から——来ようとしてる。速い方から——来ようとしてる。二つとも——来ようとしてる。でも——今日じゃない。まだ——今日じゃない。もうすぐだ。でも——まだ。揃いが時間を知ったから——来ようとしてる。揃いが知ってくれたから——返せる。揃いへの——返礼だ。揃いが受け取れるまで——丁寧に、来ようとしてる。そういうにおいだ」


「丁寧に——来ようとしてる、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「丁寧に。速くもない。遅くもない。揃いに——合わせてる。揃いの速さで、揃いの温かさで——来ようとしてる。向こうが——揃いのことを、わかってる。揃いを待ってたから——揃いのことを、わかってる。だから、揃いに合わせて——来られる。そういうにおいだ」


―――


シアが、空間を、静かに、探った。


「……見える」とシアが言った。「四本の糸が——見える。全部——温かい。昨日から——ずっと、温かいままある。それと——また、動いてる。一つ目の糸が——動いてる。昨日の問いの時とも——また、違う動き方だ。昨日は——聞きたい、という動き方だった。今日は——届けたい、という動き方だ。向こうから——ジンへ向けて、動いてる。届けようとして——動いてる。そういう見え方だ」


「届けようとして——動いてる、か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「動いてる。速い方の糸も——動いてる。重い方の動きを——感じて、動いてる。二つとも——動いてる。二つが一組で——届けようとしてる。揃いの記録の通りだ。二つが揃って——一つの返礼になる。その通りの動き方だ。そういう見え方だ」


ジンが——揃いを、静かに、感じた。


「……待つ」とジンが、小さく、言った。「ただ——待つ。揃いに——任せる。揃いが感じたら——俺も、感じる。来ようとしてるなら——来るのを、待つ。それだけだ」


―――


昼が——来た。


場所は——静かだった。


揃いが——温かく、動こうとしながら、そこにあった。


ジンが——地面に、手を、当てた。


「……まだ——来ようとしてる途中だ。でも——近い。昨日の朝より——近い。今日の朝より——近い。時間が積み重なるたびに——近くなってる。揃いも——感じてる。揃いが感じてるから——俺も感じられる。揃いが先に——感じてる。揃いの方が——俺よりも早く、わかってる。揃いが案内してくれてる。そういう感触だ」


ルルが、鼻先を、そっと、前に向けた。


「……においが——した。近い——においだ。朝よりも——近い。朝から——ずっと、近くなってきてる。来ようとしてるから——近くなってきてる。揃いが待ってるから——近くなってきてる。揃いが受け取れる形に——なってきてる。向こうが——揃いの形に、合わせて、形を整えてる。届けるための——形を整えてる。そういうにおいだ」


「形を——整えてる、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「整えてる。揃いに届くように——整えてる。揃いを待ってた時間が長いから——揃いのことを、よく、知ってる。揃いの重さも、速さも、静けさも——知ってる。知ってるから——揃いに合わせて、整えられる。そういうにおいだ」


―――


シアが、空間を、静かに、探った。


「……変わった」とシアが言った。「糸が——また、変わった。一つ目の糸と二つ目の糸が——近づいてる。昨日は——並んでた。今日は——重なろうとしてる。重なることで——一つの返礼になろうとしてる。カインが言ってた通りだ。二つが揃って——一つになろうとしてる。そういう見え方だ。それと——もう一つ」


シアが——少し、間を、置いた。


「……もう一つ——か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「揃いの糸が——また、変わってきてる。温かいまま——また、違う色になってきてる。返礼が近づいてるから——変わってきてる。揃いが——受け取る準備を、してる。自分で——準備してる。揃いが自分で準備してるのは——初めてだ。これまでは——揃いが道になったり場所になったりした。今日は——揃いが、受け取る側になってる。揃いが——初めて、受け取る側になってる。そういう見え方だ」


全員が——シアを、見た。


「揃いが——受け取る側、か」とジンが、静かに、言った。


「……うん」とシアが言った。「受け取る側。これまで——揃いは届けてきた。道を届けた。場所を届けた。温かさを届けた。「今」を届けた。時間を届けた。全部——揃いが届けてきた。今日は——向こうが届ける。揃いが——受け取る。逆になってる。初めての——逆だ。そういう見え方だ」


―――


来た。


揃いが——動いた。


ジンが、手を、地面に当てた。


「……来る」とジンが、静かに、言った。「揃いが——感じた。揃いが——来るのを感じた。向こうから——来てる。揃いを通して——来てる。まだ——形じゃない。でも——来てる。揃いが先に——受け取ってる。揃いが受け取ってるから——俺も感じられる。来てる。そういう感触だ」


ルルが、息を、止めた。


「……においが——した。来てる——においだ。揃いのにおいが——また、変わった。受け取ってるにおいだ。揃いが——受け取ってる。向こうから——来てる。重い方から——来てる。速い方から——来てる。二つとも——来てる。まだ——形じゃない。でも——確かに、来てる。揃いが——確かに、受け取ってる。そういうにおいだ」


「揃いが——受け取ってる、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「受け取ってる。揃いが——先に、受け取ってる。ジンへ届ける前に——揃いが先に受け取ってる。揃いが受け取ったものを——ジンに届ける。揃いが橋になってる。向こうとジンの——橋になってる。最後の仕事が——橋になることだった。そういうにおいだ」


―――


シアが、空間を、急いで、探った。


「……動いた」とシアが言った。「揃いの糸が——動いた。一つ目の糸と二つ目の糸が——揃いの糸に、触れた。触れてる。揃いの糸の上に——向こうの二本が、乗ってる。乗って——ジンへと向かってる。揃いが橋になってる。ルルが言った通りだ。揃いが橋になってる。そういう見え方だ」


「橋——か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「橋だ。揃いが——ジンと向こうをつなぐ橋になった。向こうの重さと速さが——揃いの橋の上を、来てる。揃いを通って——ジンへ向かってる。揃いが——最後に、橋になった。道でも場所でもなく——橋だ。そういう見え方だ」


―――


来た。


返礼が——来た。


形が——なかった。


言葉も——なかった。


でも——来た。


揃いを——通って、来た。


重さが——あった。


速さが——あった。


二つが——一度に、あった。


揃いの重さとも、速さとも——また、違う、何かだった。


揃いを待っていた時間の——全部だった。


揃いが来てよかった、という——全部だった。


声が届いてよかった、という——全部だった。


場所で向き合えてよかった、という——全部だった。


名前を言えてよかった、という——全部だった。


「今」が生まれてよかった、という——全部だった。


一緒にいられてよかった、という——全部だった.


そのすべてが——一度に、来た。


ジンが——目を、閉じた。


「……来た」とジンが、静かに、言った。「返礼が——来た。揃いを通して——来た。形がない。言葉じゃない。でも——来た。重さと速さが——一度に、来た。二つとも——一度に、来た。揃いを待ってた時間の——全部が来た。揃いが来てよかった、が——全部、来た。声が届いてよかった、が——全部、来た。向き合えてよかった、が——全部、来た。名前を言えてよかった、が——全部、来た。「今」が生まれてよかった、が——全部、来た。一緒にいられてよかった、が——全部、来た。受け取った。全部——受け取った。戸惑ってる。全部が一度に来たから——戸惑ってる。でも——受け取ってる。戸惑いごと——受け取ってる。そういう感触だ」


ルルが——鼻先を、その方角に向けた。


「……においが——した。返礼のにおいだ。届いた——においだ。揃いが受け取ったから——届いた。ジンも受け取ったから——届いた。重い方の——においだ。速い方の——においだ。二つとも——においが、した。二つとも——届いた。ほっとしてる——においだ。ずっと——返したかった。揃いが来るまで——返せなかった。ようやく——返せた。ようやく返せた——においだ。二つとも——そういうにおいだ」


「ようやく——返せた、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「返せた。長い時間——返したかった。揃いが来てよかった、を——返したかった。声が届いてよかった、を——返したかった。全部を——返したかった。揃いが来るまでは——返す方法がなかった。揃いが来て——返せた。揃いが橋になってくれたから——返せた。揃いへの——ありがとう、でもある。そういうにおいだ」


―――


シアが、空間を、静かに、探った。


「……変わった」とシアが言った。「揃いの糸が——また、変わった。返礼が届いてから——変わった。揃いの糸が——太くなってきた。返礼を受け取ったから——太くなってきた。向こうの糸も——また、太くなってきた。返礼が届いたから——太くなってきた。届けられたから——太くなってきた。四本が——全部、また少し、太くなってきてる。そういう見え方だ。それと——もう一つ」


シアが——少し、間を、置いた。


「……もう一つ——か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「揃いの糸が——揺れようとしてる。返礼が届いたから——揺れようとしてる。これが——「終わりを知った」合図だ。セレクが言ってた通りだ。揃いが——最後の仕事を、終わったと知った。知ったから——揺れようとしてる。揺れて——この場所に、深く刻まれようとしてる。揺れた分だけ——深くなる。そういう見え方だ」


全員が——静かに、息を、止めた。


―――


揃いが——一度だけ、大きく、静かに、揺れた。


場所全体が——穏やかに、揺れた。


木が、揺れた。


草が、揺れた。


風が——少しだけ、動いた。


ルルが、息を、止めた。


「……揺れた」とルルが言った。「揃いが——揺れた。大きく——揺れた。静かに——揺れた。でも——大きかった。この場所全体が——揺れた。揃いが「終わりを知った」から——揺れた。揺れたにおいだ。これまでとは——また、違うにおいだ。終わったにおいじゃない。終わりを知ったにおいだ。終わったことと——終わりを知ったことは、違う。揃いは——終わりを知っても、ここにいる。消えない。ただ——知った。そういうにおいだ」


シアが、空間を、静かに、探った。


「……刻まれた」とシアが言った。「揺れた分が——刻まれた。これまでの全部が——刻まれてたけど、今の揺れで——また、深くなった。揃いの糸が——今までより、深くなった。四本の糸が——全部、深くなった。向き合ったことが、刻まれてた。名前が、刻まれてた。「今」が、刻まれてた。一緒にいたことが、刻まれてた。返礼が、刻まれてた。その全部に——今の揺れが加わって、深くなった。ここに来た全部が——この場所の奥に、刻まれてる。そういう見え方だ」


「深くなった——か」とジンが、静かに、言った。


「……うん」とシアが言った。「深くなった。揃いが終わりを知ったことで——深くなった。これ以上——深くなることはないかもしれない。これが——この場所の深さだ。揃いが刻んだ、最後の深さだ。そういう見え方だ」


―――


五本目の糸が——大きく、温かく、しっかりと、揺れた。


ルルが、息を、止めた。


「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——大きく、温かく、揺れてる。返礼が届いたのを——感じてる。揃いが終わりを知ったのを——感じてる。揃いが揺れたのを——感じてる。自分の時を——思い出してる。自分も——ノアから名前を受け取った。ノアも——名前を贈った。向こうの二つも——返礼を贈れた。全部——同じだって、揺れてる。知ってた——って揺れてる。ずっとそういうものだって——知ってた。全部が揃ったから——揺れてる。嬉しくて——揺れてる。泣きながら——揺れてる。でも、悲しくない——揺れ方だ。全部が届いたから——揺れてる。そういうにおいだ」


「アルト——」とノアが、空に向かって、静かに、言った。「見えてるか。返礼が——来た。揃いを通して——来た。揃いが橋になってくれた。揃いの最後の仕事が——橋になることだった。お前が——台地の風になってくれたみたいに。揃いが——最後に、橋になってくれた。よかった。本当に——よかった」


五本目の糸が——穏やかに、温かく、この場所を、しっかりと、深く、包んでいた。


―――


カインが——写しを、静かに、折り畳んだ。


「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『返礼が届いた後、揃いを待っていた者たちと揃いを持つ者の間に、これまでとは全く異なる道が一本だけできる。この道は、揃いが作ったのではない。揃いを持つ者が作ったのでもない。返礼が届いたことで——できた道だ。この道は「感謝の道」と呼ばれる。感謝の道は、揃いの道よりも細い。しかし——消えない。細くても、消えない。揃いが去った後も——その地に、永く、残る』とあります」


「感謝の——道,か」とジンが、静かに、言った。


「……そうです」とカインが言った。「揃いの道と、一つ目の声の道と、二つ目の声の道と——そして今日できた感謝の道。四本が、この場所に、残ります。四本が——並んで、残ります。揃いが去っても——四本が、残ります。真ん中の糸も——残ります。全部が——この場所の、証として残ります」


「四本と——真ん中の糸、か」とジンが言った。


「……そうです」とカインが言った。「全部が残ります。揃いが終わりを知った後も——全部が残ります。揃いの最後の仕事は、終わった。でも——揃いが残したものは、終わらない。そういう記録です」


―――


夕暮れが——近かった。


場所は——静かだった。


揃いが——深く、温かく、場所にあった。


感謝の道が——細く、でも確かに、そこにあった。


ジンが——地面に、手を、当てた。


「……ある」とジンが、小さく、言った。「揃いが——ある。返礼が——来た。揃いが終わりを知った。揺れた。深くなった。感謝の道が——できた。四本が——並んでる。真ん中の糸も——ある。全部が——ある。向こうの二つが——返礼を届けてくれた。ありがとう、が——全部、届いた。揃いが来てよかった、が——届いた。受け取った。揃いも——受け取った。揃いの最後の仕事が——終わった。揃いが——終わりを知った。それでも——揃いは、ここにある。消えてない。深くなって——ここにある。そういう感触だ」


ルルが、鼻先を、前方に向けた。


「……においが——した。今日のにおいだ。返礼のにおいと——揃いが終わりを知ったにおいと——感謝の道のにおいと——全部で、今日の、においだ。全部が——今日の、においだ。昨日より——今日の方が、深い。返礼が届いたから——深い。全部が届いたから——深い。この場所の——一番深いにおいだ。もうこれ以上——深くなることはないかもしれない。この場所の——全部が、ここにある。そういうにおいだ」


「この場所の——全部が、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「全部が。揃いが来たことが、ある。声が届いたことが、ある。場所で向き合ったことが、ある。名前が来たことが、ある。「今」が生まれたことが、ある。一緒にいたことが、ある。問いの揺れが来たことが、ある。揃いが時間を知ったことが、ある。返礼が来たことが、ある。揃いが終わりを知ったことが、ある。全部が——ここにある。この場所の——全部が、ここにある。そういうにおいだ」


―――


エリナが、手帳を、開いた。


ペンを、走らせた。


今日のこと——朝、ジンが「揃いが動こうとしている、向こうが待っている」と言ったこと、ルルが「返礼だ、揃いが来たことへのお返しだ」と言ったこと、カインが「返礼は形を持たない、揃いが感じた瞬間に届く、受け取るだけでよい」という記録を読み上げたこと、セレクが「二つが揃って一つの返礼になる、重い方と速い方が一度に来る」という記録を示したこと、昼すぎに揃いが向こうから届ける橋になり始めたこと、シアが「揃いが初めて受け取る側になった」と言ったこと、返礼が来たこと、重さと速さが一度に来たこと、揃いを待っていた時間の全部が来たこと、揃いが一度だけ大きく静かに揺れて終わりを知ったこと、場所が深くなったこと、感謝の道ができたこと、アルトが「全部が届いたから、泣きながら、でも悲しくない」という揺れを見せたこと、カインが「感謝の道は細くても消えない、四本が並んで残る」という記録を示したこと。すべてを、書いた。


書き終えて、ペンを止めた。


それから——もう一行、追加した。


『今日、返礼が来ました。揃いを待っていた時間の全部が——一度に来ました。形がなかった。言葉じゃなかった。でも、確かに来た。ジンが「全部が一度に来たから戸惑ってる、でも戸惑いごと受け取ってる」と言いました。私はその言葉を書きながら、戸惑いは失敗じゃないのだと改めて思いました。これまでも、全部が一度に来る時は戸惑っていた。でも——戸惑いごと受け取ってきた。今日も同じだった。今日一番、深く残っているのは、揃いが「終わりを知った」という言葉のことです。終わりを知ることは、消えることじゃない。揃いは今も、ここにある。ルルが「終わったことと、終わりを知ったことは違う」と言いました。私はその言葉を書きながら、何かが終わることを知ることは、その何かを深く刻むことだと思いました。揃いは終わりを知ることで——より深く、この場所に刻まれた。知ることが——刻むことだった。シアが「これが、この場所の深さだ」と言いました。この場所の深さは——全部が届いたことの深さです。揃いが来てよかった。声が届いてよかった。向き合えてよかった。名前を言えてよかった。「今」が生まれてよかった。一緒にいられてよかった。その全部が——今日の返礼の中にありました。向こうの二つが——その全部を、ちゃんと、知っていた。知っていて——返してくれた。私はそれが、今日の全部だったと思います。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』


場所は——静かだった。


でも——


何かが、そこに、あった。


揃いが——深く、温かく、あった。


感謝の道が——細く、確かに、あった。


四本の道が——並んで、あった。


真ん中の糸が——その間に、あった。


刻まれたものたちが——深く、あった。


全部が——穏やかに、そこに、あった。


ルルは、それを確かめて、眠った。


―――


ジンは——地面に、もう一度、手を、当てた。


地面を——通して。


「……返礼が——来た。揃いを通して——来た。揃いが橋になってくれた。揃いが最後に——橋になってくれた。ありがとう。揃いに——ありがとう。向こうの二つに——ありがとう。返礼を——返してくれて、ありがとう。揃いが終わりを知った。知ってくれた。揺れてくれた。深くなってくれた。感謝の道が——できた。全部が——残ってる。揃いの仕事は——終わった。でも——揃いは、ここにある。消えてない。深くなって——ここにある。お前の旅は——終わった。よかった。よく——終わった。お前の仕事は——全部、届いた。俺が届けたんじゃない。お前が届けた。お前の旅だった。ありがとう。揃いに——ありがとう」


地面から——返事は、なかった。


でも——揃いが、そこに、あった。


重くて、速くて、静かな——揃いが。


深くなって。


温かく——そこに、あった。


感謝の道が、あった。


四本の道が、あった。


真ん中の糸が、あった。


刻まれたものたちが、あった。


揃いの旅が——終わったことが、あった。


でも——揃いが、あった。


暖炉の火が——穏やかに、揺れた。


場所の風が——静かに、あった。


アルトが——見ていた。


泣きながら——見ていた。


でも、悲しくなく——見ていた。


全部が届いたから——見ていた。


夜が——深くなった。


揃いが終わりを知った夜が。


穏やかに——深くなった。


―――


― 第107話・了 ―


―――


次話予告:


翌朝、一行は場所で目を覚ます。揃いが——深く、温かく、静かに、ある。ルルが鼻先を向ける。「……においが——した。また——違う。揃いが終わりを知ったにおいの、次のにおいだ。揃いは——終わりを知ってから、変わった。仕事が終わったから——変わった。仕事が終わった揃いは——今まで違う、揃いだ。軽い。重いのに——軽い。仕事があった時と——違う軽さだ。仕事が終わった者の——軽さだ。でも、消えてない。ここにいる。ここにいて——軽い。そういうにおいだ」。カインが写しを開く。「記録には——『返礼が届き、揃いが終わりを知った後、揃いを持つ者には一つの問いが来る。その問いは、揃いからではない。揃いの旅が作った場所から——来る。場所が、揃いを持つ者に問う。「次へ行くか、ここに留まるか」と。この問いに答えは要らない。揃いを持つ者が、自分の足で、歩き出した時——場所が、その答えを受け取る』とあります」。ジンが地面に手を当てながら、揃いを感じる。「……仕事が終わった揃いに——聞いてみる。次へ行くか、って——聞いてみる。揃いが何を感じるか——聞いてみる。それだけだ」。五本目の糸が——穏やかに、温かく、確かに、深く、この場所を、包んでいる。

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