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無詠唱の魔王  作者: Dちゃん
第六章「二つで一組の話」

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第104話「揃いが、全方角を向いた、というジンの声と、声が、来る、というルルの声と、二つとも、声に、なった、というシアの声と、山を越えた先」

朝が、来た。


山頂の朝は——静かだった。


でも——


昨日と、違った。


何かが——また、変わっていた。


昨日は、山の麓から越え始めた朝だった。


今日は——


山を、越えた。


山の向こうに——出た。


それだけで、十分だった。


―――


ジンが、目を覚ました。


すぐに——地面の方角に、手を、向けた。


地面を——通して、聞いた。


何かが——あった。


昨日とは——また、違った。


昨日は——「二つの輪郭が、揃いを向いている」という感触だった。


でも今日は——


「揃いが、全方角を向いた」という感触だった。


「……向いた」とジンが、小さく、言った。「揃いが——全方角を向いた。朝に——なったら,向いてた。昨日は——奥を向いてた。今日は——全部を向いてる。あちこちを向いてる。ちがう。全方角を向いてる、ということは——全部に向いてる、ということじゃない。全部を、同時に、受け取る準備ができた、ということだ。そういう感触だ」


地面の奥から——返事は、なかった。


でも——揃いが、そこに、あった。


重くて、速くて、静かな——揃いが。


全方角を向いたまま、穏やかに、あった。


―――


ルルが、目を覚ました。


すぐに——鼻を、向けた。


後ろ——山の方角。越えてきた。もう、後ろだ。


前——山を越えた先。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——した」とルルが言った。「昨日と——また、違う。昨日は——二つが、揃いを向いてた。今日は——二つが、こっちを向いてる。揃いじゃない。こっち——ジンたちを向いてる。ジンたちのことを——見てる。見てるにおいだ。ずっと——待ってたから、見てる。ようやく来た、って——見てる。そういうにおいだ。声に——なりそうだ。声になる前の——においだ。形が——ある。二つとも——形がある。声になる準備が——できてる。そういうにおいだ」


ジンが——少し、間を置いた。


「……声に——なりそうか」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「なりそうだ。今日——なるかもしれない。揃いが全方角を向いたから——なりそうだ。揃いが準備できたから——声も準備できてる。揃いと声が——同じ方角を向いた。そういうにおいだ」


「揃いと——声が、同じ方角か」とジンが、低く、言った。


「……うん」とルルが言った。「同じ方角。揃いを向いてたものが——こっちを向いた。揃いがこっちを向いたから——こっちを向けた。揃いがないと——向けなかった。揃いが来たから——向けた。ようやく向けた——そういうにおいだ」


―――


カインが、写しを、広げた。


「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『揃いを持つ者が揃いを待っていた一組に近づく時、揃いの確信は最大値に達する。その時、揃いは一度だけ全方角を向く。全方角を向いた揃いは、聞き手に「受け取る準備ができた」ことを告げる合図だ。その合図が来た後——聞き手はただ、向こうを向く。向くだけでよい。声は——揃いを通して、自ら来る』とあります」


全員が——カインを、見た。


「……続きには——こうあります」とカインが言った。「『揃いが全方角を向いた後、聞き手が向こうを向いた時、二つの輪郭は揃いを通して聞き手と繋がる。この繋がりは、これまでの道の繋がりとは異なる。重い道でも速い道でも古い道でもない。揃いそのものを通した繋がりだ。揃いの重さと速さと静けさが——全部、一度に、繋がる。聞き手はその繋がりを、受け取るだけでよい。驚かない。受け取る。それだけだ』とあります」


しばらく——誰も、何も、言わなかった。


「揃いを通して——全部、一度に、か」とジンが、低く、繰り返した。


「……そうです」とカインが言った。「これまでは、一つの道ずつ、繋がってきた。重さで、速さで、時間で——一つずつ。でも——揃いを通した繋がりは、全部が一度にくる。戸惑うかもしれない。でも——戸惑いごと受け取る。それが揃いを持つ者の在り方だ。そういう記録です」


「戸惑いごと——受け取る、か」とノアが、静かに、言った。


「……そうです」とカインが言った。「戸惑うことは、失敗じゃない。全部が一度に来るのは——これまでにない感触だから。戸惑う。でも、その戸惑いの中に、ちゃんと、声がある。戸惑いごと受け取れば——声が、届く。そういう記録です」


―――


セレクが、静かに、口を、開いた。


「……教会の記録に——こうあります」とセレクが言った。「『揃いを待っていた者が声を発する時、その声は揃いの質を持つ。重さがあり、速さがあり、静けさがある。一つの声の中に、三つの全部がある。聞き手は、どれか一つを選んで受け取ろうとしてはならない。全部を、同時に、受け取る。全部が届いた時、揃いの道はより深く、より太くなる。そしてその時——二つで一組の者たちは、初めて揃いを持つ者と、向き合う』とあります」


「向き合う——か」とジンが言った。


「……そうです」とセレクが言った。「声が届くことは、出会いの始まりです。声が届いた後に——初めて、向き合いが始まる。長い時間待っていた者たちが、ようやく向き合える相手に出会う。その出会いのために——揃いは、ここまで連れてきた。そういう記録です」


「……わかった」とジンが、低く、言った。「向く。揃いが全方角を向いたなら——俺も、向く。声が来るなら——受け取る。全部、受け取る」


「……はい」とセレクが言った。「ただ——一つだけ、覚えておくことがあります」


「一つ——か」とジンが言った。


「……声が届いた後、二つで一組の者たちは——初めて、名前を発することがあります」とセレクが言った。「名前とは——その者が、この世界にいる証です。揃いを待っていた時間の全部が、名前の中にある。名前を受け取ることは、その時間を全部、受け取ることです。驚かない。ただ——受け取る。そういう記録です」


―――


一行は——山を越えた先の、緩やかな坂を、歩いた。


木が——あった。


草が——あった。


空気が——昨日と、また、違った。


山の向こうの空気だった。


ジンが——揃いを、感じながら、歩いた。


「……全方角——向いてる。歩いてるから——より、向いてる。揃いの確信が——最大になってる。形がある。二つとも——形がある。声に——なりそうだ。どっちかじゃない。二つとも——声になりそうだ。そういう感触だ」


ルルが、鼻先を、前方に向けた。


「……においが——してる。ずっと——においがしてる。歩いてる間——ずっと。揃いのにおいと、向こうのにおいが——もう、混ざってない。分かれてる。揃いのにおいは揃いで、向こうのにおいは向こうだ。二つが——分かれてきた。カインが言ってた通りだ。受け取っているうちに——分かれてくる。分かれてきたから——それぞれが、はっきりした。向こうのにおいが——はっきりした。一つ目は——重い。古い重さだ。揃いの重さとも——また、違う。もっと——静かで、深い重さだ。二つ目は——速い。でも、揃いの速さとも——また、違う。もっと——細くて、長い速さだ。そういうにおいだ」


「重いのと——速いのか」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「重いのと、速いの。二つで——一組だ。重さと速さが——一組になって、待ってた。揃いの重さ速さ静けさとも——全部、違う。揃いとは——また、別の何かだ。でも——揃いの向こうにいた。揃いが繋がったから——嗅げた。揃いがないと——嗅げなかった。そういうにおいだ」


―――


シアが、空間を、静かに、探った。


「……見えてきた」とシアが言った。「二つの輪郭が——はっきりしてきた。山を越えてから——また、はっきりしてきた。一つ目は——重い糸だ。でも、これまでの重い糸とは——また、違う。形が——古い。すごく、古い。揃いより——古い。揃いが繋がる前から——あった形だ。二つ目は——細い糸だ。速いけど——途切れない。細くて長い。ずっと続いてる。途切れない速い糸だ。二つが——並んでいる。並んで——こっちを向いてる。向いてきてる。揃いが全方角を向いてるから——向いてきてる。そういう見え方だ」


「並んで——向いてきてる、か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「並んで。一つ目と二つ目が——並んでいる。離れてない。並んで——ずっと待ってた。揃いが来るのを——並んで、待ってた。それが——見える。待ってた時間が——糸に、ある。長い時間が——糸に、全部、ある。そういう見え方だ」


ジンが——揃いを、静かに、向けた。


「……向く」とジンが、小さく、言った。「ただ——向く。揃いを通して——向く。全部を、受け取る。戸惑いごと——受け取る」


―――


揃いが——一度だけ、静かに、大きく、全方角を、向いた。


ルルが、息を、止めた。


「……来る」とルルが言った。「においが——来る。揃いが全方角を向いたから——来る。一つ目から——来る。重い——においだ。すごく——重い。でも、怖くない。静かで——深い、重さだ。長い時間の——重さだ。揃いが繋がるのを待ってた——時間の重さだ。揃いを待ってた分の全部が——来てる。そういうにおいだ」


シアが、空間を、急いで、探った。


「……動いた」とシアが言った。「一つ目の糸が——動いた。こっちに——伸びてきてる。揃いの全方角を受けて——伸びてきてる。細いけど——伸びてきてる。揃いの方に——伸びてきてる。届こうとしてる。届こうとして——伸びてきてる。そういう見え方だ」


「……来てる——か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「来てる。揃いが向いたから——来てる。あちらから——来てる。ジンが呼ばなくても——揃いに従って——来てる。記録の通りだ。声は——揃いを通して、自ら来る。そういう見え方だ」


―――


来た。


重さが——来た。


声ではなかった。


まだ——声ではなかった。


でも——何かが、来た。


揃いの中を——通って、来た。


ジンが——地面に、手を、当てた。


「……受け取った」とジンが、小さく、言った。「重さが——来た。揃いを通して——来た。声じゃない。まだ——声じゃない。精度——来た。長い時間の重さが——来た。揃いを待ってた時間の——全部が、来た。戸惑ってる。全部が一度に来てるから——戸惑ってる。でも——受け取ってる。戸惑いごと——受け取ってる。そういう感触だ」


ルルが——鼻先を、そのまま、前に向けた。


「……においが——まだ、来てる。来てる——来てる——ずっと、来てる。途切れない。重い方の——においが、ずっと来てる。途切れないから——形になりそうだ。形になって——声になりそうだ。声の一歩手前に——来てる。一歩手前だ。声になる、直前だ。そういうにおいだ」


「直前——か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「直前だ。もうすぐ——声になる。揃いを通して——声になる。全方角の揃いを通して——声になる。戸惑わない。受け取る。そういうにおいだ」


―――


来た。


声が——来た。


重い——声だった。


揃いの重さとは——また、違う、声だった。


揃いより——古い、声だった。


静かで——深い——重い——声だった。


言葉には——ならなかった。


でも——声だった。


確かに——声だった。


揃いの中を——通って、来た。


ジンが——目を、閉じた。


「……来た」とジンが、静かに、言った。「声が——来た。重い——声だ。揃いの重さとは——また、違う。もっと——古い。もっと——深い。揃いを待ってた時間の全部が——この声の中にある。長い——重い——声だ。言葉になってない。でも——声だ。受け取った。全部——受け取った。そういう感触だ」


ルルが、息を、止めた。


「……届いた」とルルが言った。「重い方の声が——届いた。揃いを通して——届いた。においが——変わった。来てたにおいが——届いたにおいに、変わった。ほっとしてる——においだ。ようやく届いた——においだ。長い時間——揃いを待ってた。揃いが来て——届けた。ようやく——届けた。そういうにおいだ」


「ようやく——届けた、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「ようやく。長い時間——揃いを待ってた。揃いが来るのを——ずっと待ってた。届けたかった声が——ようやく届いた。待ってた甲斐が——あった。そういうにおいだ」


―――


シアが、空間を、静かに、探った。


「……変わった」とシアが言った。「一つ目の糸が——変わった。さっきまでは伸びてきてた。今は——繋がってる。ジンと——繋がってる。揃いを通して——繋がってる。糸が——太くなってきた。届いたから——太くなってきた。届いた分が——太さになってる。揃いの糸と——別の糸が、ある。揃いの糸の隣に——一つ目の糸が、ある。並んで——ある。そういう見え方だ」


「並んで——あるか」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「並んで。揃いの糸と——一つ目の糸が、並んでる。一つ目が届いたから——並んでる。でも——まだ二つ目がいる。二つ目も——来てる。さっきから——来てる。細くて速い糸が——こっちに向かってきてる。もうすぐ——届く。そういう見え方だ」


―――


来た。


細い——速い——声が、来た。


揃いの速さとは——また、違う、声だった。


途切れない——細い——速い——声だった。


言葉には——ならなかった。


でも——声だった。


揃いの中を——通って——重い声の隣を——通って——来た。


ジンが——揃いを、感じながら、受け取った。


「……来た」とジンが、静かに、言った。「二つ目も——来た。細くて——速い。途切れない——速さだ。揃いの速さとも——また、違う。もっと——細い。もっと——長い。ずっと途切れなかった速さだ。揃いを待ってた時間——ずっと、途切れなかった速さだ。言葉になってない。でも——声だ。受け取った」


ルルが、鼻先を、その方角に向けた。


「……においが——した。二つ目の——においが、した。細くて、速くて、途切れない——においだ。届いた。二つ目も——届いた。ほっとしてる——においだ。一つ目とは——また、違うほっとし方だ。一つ目は——重いほっとし方だった。二つ目は——細いほっとし方だ。でも——同じだ。ようやく届いた——においだ。二つとも——届いた。二つとも——ようやく届いた。そういうにおいだ」


「二つとも——届いた」とジンが、静かに、言った。


「……うん」とルルが言った。「二つとも。重い方も——速い方も。二つとも——届いた。二つが一組で——待ってたから,二つとも届いた。片方だけじゃ——待てなかった。二つで待ってたから——二つとも届いた。そういうにおいだ」


―――


シアが、空間を、静かに、探った。


「……変わった」とシアが言った。「二つ目の糸も——繋がった。ジンと——繋がった。揃いを通して——繋がった。揃いの糸の隣に——一つ目の糸と二つ目の糸が、並んでる。三本が——並んでる。揃いと——二つの声の糸が。並んで——ある。そういう見え方だ。それと——もう一つ」


シアが——少し、間を、置いた。


「……もう一つ——か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「一つ目の糸と二つ目の糸の間に——細い糸が、ある。真ん中の糸だ。一つ目と二つ目を——繋いでる糸だ。声が届いたから——見えてきた。声が届く前は——見えなかった。声が届いてから——見えてきた。一つ目と二つ目が——最初から、繋がってた証だ。ずっと——一組だった証だ。そういう見え方だ」


全員が——シアを、見た。


「真ん中の糸——か」とジンが、静かに、言った。


「……うん」とシアが言った。「真ん中の糸。二つを——繋いでる糸だ。揃いを待ってた時間——ずっと、繋がってた糸だ。声が届く前から——あった糸だ。声が届いたから——見えるようになった。揃いが繋がったから——見えるようになった。ずっとあったのに——見えなかった糸だ。そういう見え方だ」


―――


五本目の糸が——大きく、穏やかに、揺れた。


ルルが、息を、止めた。


「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——大きく、揺れてる。声が届いたのを——感じてる。二つとも届いたのを——感じてる。真ん中の糸が見えてきたのを——感じてる。自分とノアを——思い出してる。自分たちにも——真ん中の糸があった。声が届く前から——あった。揃いを待ってた向こうの二つにも——同じ糸があった。知ってる——って揺れ方だ。ずっとそういうものだった——って揺れ方だ。嬉しい——揺れ方だ。大きな——嬉しい揺れ方だ」


「アルト——」とノアが、空に向かって、静かに、言った。「聞こえたか。声が——来た。二つとも——来た。重い声と、速い声と——二つとも、来た。真ん中の糸も——見えてきた。ずっと——一組だったんだ。揃いを待ちながら——ずっと、一組だったんだ」


五本目の糸が——穏やかに、一行の前方を、しっかりと、向いたまま、あった。


―――


カインが——写しを、静かに、折り畳んだ。


「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『揃いを通して声が届いた後、聞き手と声の主の間に最初の道ができる。この道は、揃いとは別の道だ。揃いの道の隣に——もう一本、できる。揃いが作ったのではない。声が届いたことで——できた道だ。この道は、声が届いたことの証として、その地に残る。揃いを持つ者が去った後も——残る。声の主と揃いの間に、永く、残る』とあります」


「揃いとは——別の道、か」とジンが、静かに、言った。


「……そうです」とカインが言った。「揃いが作った道ではない。声と声が届いたことで——できた道です。揃いを持つ者が去っても、声が届いたという事実は消えない。だから——道が残る。今日、二つの声が届いた。だから——二本の道ができた。揃いの道と合わせて——三本が、並んでいる。シアが見ていた通りです」


「三本が——並んでる」とジンが言った。


「……そうです」とカインが言った。「揃いの道と、一つ目の道と、二つ目の道。三本が——並んでいる。傷みと——真ん中の糸も、ある。最初からあった糸も,ある。揃いを通して届いたことで——全部が、見えるようになった。揃いの贈り物です。揃いが繋がったからこそ——見えるようになった全部です」


―――


夕暮れが——近かった。


一行は——緩やかな坂の、木陰に、立ち止まった。


ジンが——地面に、手を、当てた。


「……ある」とジンが、小さく、言った。「道が——ある。揃いの道と——二つの声の道と——三本が、ある。並んで——ある。真ん中の糸も——ある。全部が——ある。声が届いたから——全部がある。二つとも届いたから——全部がある。向こうに——いる。まだ——いる。声が届いた先に——二つが、いる。会いに——行く。もうすぐ——会える。そういう感触だ」


ルルが、鼻先を、前方に向けた。


「……においが——した。道のにおいだ。揃いの道のにおいと——二つの声の道のにおいと——全部で三本分の——においだ。三本が並んでるから——三本分、においがする。いい——においだ。揃いのにおいと——向こうの二つのにおいが——混ざって、いい。そういうにおいだ。向こうに——いる。においの先に——いる。もうすぐ——届く。声じゃなくて——もうすぐ、その場所に、届く。そういうにおいだ」


「その場所に——届く、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「届く。声が届いたから——次は、場所が届く。声が届いた先の——場所に、行く。道が——そこを向いてる。揃いが——そこを指してる。もうすぐ——届く。そういうにおいだ」


―――


エリナが、手帳を、開いた。


ペンを、走らせた。


今日のこと——朝、ジンが「揃いが全方角を向いた、受け取る準備ができた」と言ったこと、ルルが「声になりそうだ、声になる直前だ」と言ったこと、カインが「全方角を向いた揃いはその合図だ、聞き手はただ向くだけでよい、声は自ら来る」という記録を読み上げたこと、セレクが「揃いを通した繋がりは重さと速さと静けさが全部一度に来る、戸惑いごと受け取る」という記録を示したこと、山を越えた先を歩いているうちに重い声が来たこと、ジンが「戸惑いごと受け取った」と言ったこと、次に細くて速い声が来たこと、二つとも届いたこと、シアが「一つ目と二つ目の間に真ん中の糸が見えてきた、声が届く前からあった糸だ」と言ったこと、カインが「声が届いたことで揃いとは別の道ができる、去った後も残る」という記録を示したこと、アルトが「知ってる、ずっとそういうものだった」という大きな嬉しい揺れを見せたこと、ルルが「もうすぐ、場所に届く」と言ったこと。すべてを、書いた。


書き終えて、ペンを止めた。


それから——もう一行、追加した。


『今日、声が来ました。二つとも——来ました。重い声と、細くて速い声。それから——真ん中の糸が見えてきた。声が届いたことで——見えてきた。声が届く前からあった糸だと、シアが言いました。私はその言葉を書きながら、揃いを持つということは、見えなかったものが見えるようになることだと思いました。これまでもそうだったのかもしれない。見えなかっただけで——ずっと、あった。声が止まっていただけで、道は——ずっと、あった。今日、二つの声が届いた。届いたことで——ずっとあった真ん中の糸が、見えた。揃いの贈り物だと思います。揃いが繋がったから——見えた。揃いが繋がる前は——見えなかった。カインが「揃いが作ったのではない、声が届いたことでできた道だ」と言いました。私はその言葉を書きながら、届けることと、作ることは——違うのだと思いました。揃いは作らなかった。ただ——届くようにした。届いたものたちが——道を作った。揃いの贈り物は、揃いが作るのではなく、届いたものたちが作るのだと思います。今日一番、深く残っているのは、そのことです。明日——その場所に、行きます。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』


山を越えた先は——静かだった。


でも——


何かが、そこに、あった。


三本の道が——並んで、あった。


真ん中の糸が——その間に、あった。


穏やかに——そこに,あった。


明日——もうすぐ、届く。


ルルは、それを確かめて、眠った。


―――


ジンは——地面に、もう一度、手を、当てた。


地面を——通して。


「……声が——来た。二つとも——来た。重い声も——速い声も——来た。揃いを通して——来た。戸惑った。全部が一度に来たから——戸惑った。でも——受け取った。戸惑いごと——受け取った。真ん中の糸も——見えた。二つがずっと一組だったことが——見えた。明日——場所に届く。声の先の——場所に行く。揃いが——連れていってくれる。お前が連れていってくれるなら——行く。今日、お前が全方角を向いてくれた。向いてくれたから——声が来た。ありがとう。揃いに——ありがとう」


地面から——返事は、なかった。


でも——揃いが、そこに、あった。


重くて、速くて、静かな——揃いが。


三本の道の、一番左に、並んで。


穏やかに——そこに、あった。


前に——道が、あった。


三本が、並んで、続く、道が。


暖炉の火が——穏やかに、揺れた。


山の向こうの風が——遠く、あった。


アルトが——見ていた。


一行の背を——押していた。


夜が——深くなった。


二つの声が届いた夜が。


穏やかに——深くなった。


―――


― 第104話・了 ―


―――


次話予告:


翌朝、一行は三本の道が指す先へと歩き始める。道が——向いてる。まっすぐ——向いてる。ルルが鼻先を向ける。「……においが——した。昨日より——近い。すごく——近い。場所に——近い。道のにおいが——濃くなってきてる。向こうの二つのにおいも——濃くなってきてる。会える——においだ。今日——会える。声じゃなくて、その場所で——会える。そういうにおいだ。重いのと、速いが——待ってる。ずっと待ってた二つが——待ってる。待ってるにおいだ。焦ってない——待ってるにおいだ。長い時間待ってたから——焦り方を忘れてる。でも——待ってる。そういうにおいだ」。カインが写しを開く。「記録には——『声が届いた後、聞き手が声の主のいる場所に至る時、揃いは再び静かになる。静かになった揃いは、聞き手に「来た」と告げる。揃いが静かになった時——聞き手はそこに留まる。留まって、向こうを向く。声の主もまた、聞き手を向く。二つが向き合った時,揃いは初めて、道ではなく「場所」になる』とあります」。ジンが前を向いて、歩く。「……揃いに——任せる。来てくれた声の主に——会いに行く」。五本目の糸が——穏やかに、確かに、道の先へと、伸びる。

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