第101話「遠い、においがする、というルルの声と、次が、あった、というジンの声と、見えてきた、というシアの声と、道の途中の集落の朝」
朝が、来た。
集落の朝は——静かだった。
でも——
昨日と、違った。
何かが——また、変わっていた。
昨日は、揃いの夜だった。
今日は——
揃いが繋がった後の静けさの中に、また、何かが、あった。
揃いが来る前には——なかった何かが。
そこに、あった。
それだけで、十分だった。
―――
ジンが、目を覚ました。
すぐに——地面の方角に、手を、向けた。
地面を——通して、聞いた。
何かが——あった。
昨日とは——また、違った。
昨日は——「揃いが繋がった」という感触だった。
でも今日は——
「揃いが繋がった場所の、もっと奥に、何かがある」という感触だった。
「……あった」とジンが、小さく、言った。「揃いの奥に——何かが、あった。遠い。すごく——遠い。でも——揃いが来てから、見えてきた。揃いが来る前は——見えなかった。揃いが来たから——見えてきた。そういう感触だ」
地面の奥から——返事は、なかった。
でも——何かが、そこに、あった。
揃いの重さと速さと静けさの、さらに奥に——遠い何かが、あった。
―――
ルルが、目を覚ました。
すぐに——鼻を、向けた。
後ろ——台地の方角。穏やかな、温かいにおい。アルトが、台地から、こっちを見ている。
横——空き地の方角。速い道が繋がったまま、速く、揺れ続けていた。
斜め前——集落の端の方角。古い道が繋がったまま、静かに、揺れ続けていた。
集落の真ん中の方角。揃いが——穏やかに、重くて速くて静かな一本の道として、揺れ続けていた。
そして——
その、さらに向こう。
遠い——遠い、方角。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——した」とルルが言った。「遠い——においだ。揃いとは——また、違う。揃いは、重くて速くて静かだった。これは——もっと、遠い。もっと——古い。揃いの向こうに——また、においがある。揃いが繋がったから——見えてきた. 揃いが繋がる前は——見えなかった。揃いが繋がったから——見えてきた。次が——ある。まだ——ある。そういうにおいだ」
ジンが——少し、間を置いた。
「……次が——あるか」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「次が——ある。遠い。すごく——遠い。でも、ある。揃いの奥に——ある。揃いが来たから——見えてきた。揃いの贈り物だと思う。揃いが来たから——次が見えた。そういうにおいだ」
「揃いの——贈り物、か」とジンが、低く、言った。
「……うん」とルルが言った。「揃いが繋がる前は——見えなかった。揃いが繋がってから——見えてきた。揃いが繋がった者にだけ——見える、何かだ。次が——ある。遠くに——ある。そういうにおいだ」
―――
カインが、写しを、広げた。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『六つが一組として完成した後、聞き手には次の声が見えるようになる。これは、六つが一組として完成した者だけが見える声だ。六つが揃う前には——見えない。六つが揃った後に——初めて見える。それが、揃いの道が世界に残した、最初の贈り物だ』とあります」
全員が——カインを、見た。
「……続きには——こうあります」とカインが言った。「『次の声は、これまでの声とは異なる。重い道の組に近づいたように近づけるものではない。速い道の組に合わせたように合わせられるものでもない。古い道の組のように時間をかければ届くものでもない。次の声は——揃いそのものが、聞き手への導きとなる。揃いを持つ者は、揃いに従えばよい。揃いが——次を指す』とあります」
しばらく——誰も、何も、言わなかった。
「揃いが——次を指す、か」とジンが、低く、繰り返した。「自分が動くんじゃない。揃いが——指してくれる」
「……そうです」とカインが言った。「これまでは、ジンが方角を探していた。においで、重さで、感触で——探していた。でも——揃いの後は、揃いそのものが方角を示す。揃いの道を通して——届く、方角が。そういう記録です」
「揃いを——信じて、従う、か」とノアが、静かに、言った。
「……そうです」とカインが言った。「揃いが完成したことで、聞き手はこれまでとは違う段階に入った。これまでは探す者だった。次は——揃いに連れていかれる者だ。そういう記録です」
―――
セレクが、静かに、口を、開いた。
「……教会の記録に——こうあります」とセレクが言った。「『揃いの道を持つ者は、揃いを通してのみ次へ近づける。揃いを信じることが、次への唯一の道だ。揃いを疑ったり、揃いの外で何かを探そうとしたりすると、次の声はまた遠くなる。揃いを持ったからこそ、揃いを使う。それが、揃いを完成させた者への問いだ』とあります」
「揃いを——使う、か」とジンが言った。
「……そうです」とセレクが言った。「揃いは——作ったもので、使うものです。揃いを通して世界を感じる。揃いを通して次を受け取る。揃いは絆の名前でありながら——同時に、聞き手が世界と繋がるための道具にもなった。そういう記録です」
「……わかった」とジンが、低く、言った。「揃いを——信じる。揃いに——従う。揃いが指す方角に——行く」
「……はい」とセレクが言った。「ただ——一つだけ、覚えておくことがあります」
「一つ——か」とジンが言った。
「……次の声が、揃いを通して届いてきた時」とセレクが言った。「揃いを持つ者は——初めて、揃いが声を持っていることに気づきます。揃いは道でありながら——声でもある。揃いを通して来たものは、揃いの声と混ざって来る。混ざって来るから——最初は、どれが次の声で、どれが揃いの声か、わからないかもしれない。でも——受け取っているうちに、分かれてくる。分かれてくるのを、ただ、待つ。そういう記録です」
―――
一行は——集落の真ん中の地面に、集まった。
揃いの道が——穏やかに、重くて速くて静かに、揺れていた。
ジンが——地面に手を当てた。
「……ある」とジンが、小さく、言った。「揃いが——ある。重くて、速くて、静かで——全部ある。昨日と——同じように、ある。その奥に——また、何かある。遠い。すごく——遠い。でも、揃いを通したら——少し、近い。揺れを通したら——少し、見えてくる。そういう感触だ」
ルルが、息を、止めた。
「……においが——した。ジンが揃いに触れたから——においが、した。揃いの奥に——遠いにおいがある。揃いのにおいと——混ざってる。混ざってるけど——別のにおいだ。揃いは、重くて速くて静かだ。でも、奥のにおいは——もっと、別の何かだ。まだ、形がない。形になる前の——遠いにおいだ。でも、ある。揃いが繋がったから——見えてきた。そういうにおいだ」
「混ざってるけど——別のにおい、か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「揃いと混ざってる。ウェッジ——別だ。揃いは知ってる。でも、奥のにおいは——知らない。知らない——においだ。これまでに——嗅いだことのないにおいだ。でも——ある。遠くに——ある。そういうにおいだ」
―――
シアが、空間を、静かに、探った。
「……見えてきた」とシアが言った。「揃いの一本の道の——もっと奥に、何かが見えてきた。糸、じゃない。揃いの糸とも——また、違う。もっと——遠い。遠くて——薄い。薄いけど、ある。形が——ない。でも、ある。揃いの奥に——うっすらと、何かが、ある。そういう見え方だ」
「揃いの奥に——うっすらと、か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「揃いが繋がったから——見えてきた。揃いの前は——見えなかった。揃いが光になって——奥を、少し、照らしてる。照らしてる先に——何かが、ある。遠い。すごく——遠い。でも——ある。そういう見え方だ。揃いが届いてるから——見えてる。揃いが届かなかったら——見えなかった。そういう見え方だ」
ジンが——揃いの感触を、静かに、受け取った。
「……揃いを——通して、感じる」とジンが、小さく、言った。「重さを通して、ではない。速さを通して、でもない。古い時間を通して、でも、ない。揃い——全部を通して、感じる。そういうことか」
「……そうです」とカインが、静かに、言った。「揃いは三つの全部です。重さも速さも静けさも——全部が揃いの中にある。揃いを通して感じるということは、三つの全部で感じる、ということです。これまで一度も、そのように感じたことは——なかったはずです」
「三つの全部で——感じる、か」とジンが言った。
「……はい」とカインが言った。「重さだけで感じるのではない。速さだけで感じるのでもない。古さだけで感じるのでもない。三つが一度に——揃いとして、感じる。それが、揃いの道を持つ者にだけできることです。そういう記録です」
―――
昼が——来た。
ジンは——地面に手を当てたまま、いた。
揃いを——通して、感じていた。
重さが——あった。
速さが——あった。
静けさが——あった。
三つとも——あった。
その奥に——
何かが。
遠くに——あった。
ルルが、息を、止めた。
「……においが——動いた。ジンが揃いを通して感じてるから——においが、動いた。奥のにおいが——少し、近づいてきた。揃いを通して感じてるから——少し、近づいてきた。まだ遠い。すごく——遠い。でも、さっきより——少し、近い。そういうにおいだ」
「少し——近くなった、か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「揃いを通してるから——近くなってきてる。揃いが光になって——奥を照らしてるから。照らしてる先に——においがある。においが——光の方に、少し、近づいてきてる。そういうにおいだ。焦らない。ただ——揃いを通して感じ続ける。そういうにおいだ」
―――
五本目の糸が——穏やかに、揺れた。
ルルが、息を、止めた。
「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——揺れてる。揃いの奥に何かがあるのを——感じてる。自分では——わからない。でも——ジンが揃いを通して感じてるのを、一緒に感じてる。揃いを通したら——見えてきた何かを、一緒に見ようとしてる。一緒に——見ようとしてる揺れ方だ。静かで——でも、前のめりな揺れ方だ。どこだろう、って——揺れ方だ」
「アルト——」とノアが、空に向かって、小さく、言った。「見えてるか。揃いの奥に——何かがある。揃いが繋がったから——見えてきた。一緒に——感じてくれ」
五本目の糸が——穏やかに、ジンの方角を、向いた。
―――
午後が——来た。
ジンは——まだ、地面に手を当てたまま、いた。
揃いを——通して、感じ続けていた。
シアが——少し離れた場所から、空間を、静かに、探った。
「……また, 変わってきた」とシアが言った。「さっきより——はっきりしてきた。揃いの奥のもの——さっきはうっすらとしか見えなかった。今は——少し、形が、ある。形というか——方角が、ある。どこにあるか——少しずつ、わかってきてる。遠い。すごく——遠い。でも、どこにあるか——少しずつ、わかってきてる。そういう見え方だ」
「方角が——わかってきた、か」とジンが言った。
「……うん」とシアが言った。「遠い——方角だ。集落の外の——遠い方角だ。揃いの道が——その方角を指してる。ジンが揃いを通して感じてるから——道が、そっちを向いてる。道が向いてる先に——何かがある。遠い——でも、方角がわかってきた。そういう見え方だ」
ルルが、目を、細めた。
「……においが——また、動いた。方角が——わかってきてる。揃いのにおいが——その方角に向いてる。揃いが指してる方角から——遠いにおいがしてる。集落の外の——遠い方角だ。どの方角かは——もう少し、感じないと、わからない。微風——方角がある。ちゃんと——方角がある。揃いが指してる。そういうにおいだ」
「揃いが——指してる、か」とジンが、低く、繰り返した。
「……うん」とルルが言った。「揃いが——指してる。揃いを通してたら——指してきた。カインが言ってた通りだ。揃いが——次を指す。そういうにおいだ」
―――
カインが——写しを、手に取った。
「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『揃いの道が次の声の方角を指し始めた時、聞き手は揃いの感触が「向く」ことに気づく。向きが生じた揃いは、聞き手をその方角へと誘う。誘いに従うとは、揃いが向く方角へ体ごと動くことだ。体ごと動くことで、揃いはさらに強く方角を指すようになる。動かないでいると、方角は薄れる。揃いが向く方角へ——行く。それが、揃いを持つ者の次の仕事だ』とあります」
「体ごと——動く、か」とジンが言った。
「……そうです」とカインが言った。「揃いが指す方角へ、実際に歩き始める。方角は——今、集落の外を向いています。遠い。でも、揃いを持って歩けば——歩くたびに方角がはっきりしてくる。揃いが強くなってくる。そういう記録です」
「……わかった」とジンが、地面から手を上げて、立ち上がった。「揃いが——指してる方角に、行く」
―――
一行は——集落の真ん中に、集まった。
ジンが——揃いを通して、方角を、感じた。
重さと速さと静けさが——同時に、一つの方角を、向いていた。
集落の外の——遠い方角を。
「……あっちだ」とジンが、静かに、言った。
ルルが、鼻先を、その方角に向けた。
「……においが——した。揃いのにおいが——あっちを向いた。あっちから——遠いにおいがしてる。遠い——古い——知らない——においだ。揃いとは——また、違うにおいだ。揃いが繋がったから——初めて嗅げる、においだ。そういうにおいだ」
「揃いが繋がったから——初めて嗅げる、か」とジンが言った。
「……うん」とルルが言った。「揃いが繋がる前は——嗅げなかった。揃いが繋がってから——嗅げるようになった。揃いの贈り物だ。そういうにおいだ」
シアが、空間を、その方角に向けて、探った。
「……薄く——見えてきた。その方角の、遠い先に——薄く、何かが見えてきた。形がない。でも——ある。揃いの光が届いてる先に——ある。遠い。集落から出て——歩かないと、もっとははっきりしない。でも——方角はわかった。そういう見え方だ」
―――
エリナが、手帳を、開いた。
ペンを、走らせた。
今日のこと——朝、ルルが「揃いの向こうにまだにおいがある、揃いが繋がったから見えてきた、次がある」と言ったこと、カインが「揃いの道を持つ者だけに見える声がある、揃いが次を指す」という記録を読み上げたこと、セレクが「揃いを信じて従う、揃いを通して来たものは最初は混ざって来るが受け取っているうちに分かれてくる」という記録を示したこと、シアが「揃いの奥にうっすらと何かが見えてきた」と言ったこと、ジンが揃いを通して感じることで奥のにおいが少し近づいてきたこと、午後にシアが「方角がわかってきた」と言ったこと、カインが「揃いが向く方角に体ごと動くことが次の仕事だ」という記録を示したこと、ジンが立ち上がって「揃いが指す方角に行く」と言ったこと、集落の外の遠い方角に揃いが向いていること、ルルが「揃いが繋がったから初めて嗅げるにおいだ」と言ったこと、アルトが一緒に見ようとして前のめりな揺れを見せたこと。すべてを、書いた。
書き終えて、ペンを止めた。
それから——もう一行、追加した。
『今日、次が来ました。揃いが繋がった翌朝に、もう次がありました。私は最初、驚きました。六つが一組として繋がって、ようやく終わったと思っていたからです。でも——終わっていなかった。カインが「揃いの道を持つ者だけに見える声がある」と言いました。揃いが贈り物をくれたのだと思います。揃いが繋がったから見えた、次のにおい。揃いが繋がる前には見えなかったもの。それを見るために——揃いが必要だったのだと思います。つまり、ここまでの全部が——次を見るためにあった。そういうことかもしれない。重い道を繋ぎ、速い道を繋ぎ、古い道を繋ぎ、揃いという名をつけた。全部が——次の声を聞くための準備だったのかもしれない。今日、ルルが「揃いが繋がったから初めて嗅げるにおいだ」と言いました。私はその言葉を書きながら、これまでの旅の全部が、ただ今日のための積み重ねだったのかもしれないと思いました。終わりがあると思っていた旅が——次の始まりの入り口だった。それが、今日一番驚いたことです。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』
集落は——静かだった。
でも——
何かが、そこに、あった。
揃いの道が——穏やかに揺れながら、遠い方角を向いた。
向いたまま——穏やかに、あった。
ルルは、それを確かめて、眠った。
―――
ジンは——集落の真ん中の地面に、もう一度、手を、当てた。
地面を——通して。
「……揃いが——向いてる。遠い方角を——向いてる。明日——そっちへ、行く。揃いを持って——行く。揃いが指す方角に——行く。お前が指してくれるなら——信じる。ここまで来たのは——揃いを持つためだった。揃いを持ったから——次が見えた。次が見えたから——行ける。お前が——連れていってくれるなら、行く」
地面の奥から——返事は、なかった。
でも——何かが、そこに、あった。
揃いが——静かに、重くて速くて静かな一本の道として、遠い方角を向いていた。
向いたまま——穏やかに、そこに、あった。
暖炉の火が——穏やかに、揺れた。
集落の外の風が——遠く、あった。
アルトが——見ていた。
一行の背を——押していた。
夜が——深くなった。
揃いの道が遠い方角を向いた夜が。
穏やかに——深くなった。
―――
― 第101話・了 ―
―――
次話予告:
翌朝、一行は集落を出て揃いが指す方角へ歩き始める。ルルが鼻先を向ける。「……においが——した。歩いてるから——近づいてる。揃いのにおいが——強くなってきてる。揃いが喜んでる——においだ。こっちで合ってる、って——においだ。奥のにおいも——少しずつ、濃くなってきてる。まだ遠い。すごく——遠い。でも、こっちで合ってる。揃いが——合ってるって言ってる。そういうにおいだ」。カインが写しを開く。「記録には——『揃いの道を持つ者が揃いの指す方角へ歩き始めると、揃いの道はさらに明瞭になる。これを揃いの確信と呼ぶ。揃いの確信が生じると、聞き手は揃いを通してより深く遠い声を感じられるようになる。揃いの確信が高まるほど、次の声は近づいてくる。焦らず、揃いに従って歩き続ける。それだけでよい』とあります」。ジンが前を向いて、歩く。「……揃いに——従う。それだけだ」。五本目の糸が——穏やかに、遠い方角を、向く。




