表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無詠唱の魔王  作者: Dちゃん
第六章「二つで一組の話」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
100/134

第100話「平らに、受け取る、というジンの声と、全部から、というルルの声と、動いた、というシアの声と、道の途中の集落の朝」

朝が、来た。


集落の朝は——静かだった。


でも——


昨日と、違った。


何かが——また、変わっていた。


昨日は、三つの道が揃った夜だった。


今日は——


三つが揃った後の重さと速さと静けさが、同じ方角を、向いていた。


それだけで、十分だった。


―――


ジンが、目を覚ました。


すぐに——地面の方角に、手を、向けた。


地面を——通して、聞いた。


何かが——あった。


昨日とは——また、違った。


重さが——違った。


昨日は——「三つの道が揃った」という感触だった。


でも今日は——


「三つが揃ったまま、同じ方角を向いている」という感触だった。


「……全部が——向いてる」とジンが、小さく、言った。「太い道の重さと、速い道の速さと、古い道の静けさが——三つとも、向いてる。別々じゃない。同じ方角を——向いてる。昨日まではバラバラだった。今日は——揃って、向いてる。そういう感触だ」


地面の奥から——返事は、なかった。


正式な返事は、なかった。


でも——何かが、そこに、あった。


三つの道が揃った後の——静かで重くて速い何かが、同じ方角を向いたまま、あった。


―――


ルルが、目を覚ました。


すぐに——鼻を、向けた。


後ろ——台地の方角。穏やかな、温かいにおい。アルトが、台地から、こっちを見ている。


横——空き地の方角。速い道が繋がったまま、速く、揺れ続けていた。


斜め前——集落の端の方角。古い道が繋がったまま、静かに、揺れ続けていた。


位置の確認をして——


全部の方角から、一度に。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——した。全部から——においが、した。太い道から——重いにおい。速い道から——速いにおい。古い道から——静かなにおい。三つとも——してる。三つとも、向いてきてる。全部が——同じ方向を向いてきてる。ジンの方を——全部が、向いてきてる。全部が——今日を、感じてる。そういうにおいだ」


ジンが——少し、間を置いた。


「……全部が——今日を感じてる、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「三つとも——今日だって感じてる。今日が——最後だって、感じてる。最後じゃないかもしれない。でも——今日、何かが起きる。そういうにおいだ。三つとも——同じにおいがする。揃ってる——においだ」


「揃ってる——か」とジンが、低く、言った。


「……うん」とルルが言った。「昨日まで——別々だった。太い道のにおいと、速い道のにおいと、古い道のにおいは——それぞれ、別々だった。今日は——混ざってる。でも、混ざりきってない。三つが——それぞれ、ある。でも、同じ方向を——向いてる。揃って——向いてる。そういうにおいだ」


―――


カインが、写しを、広げた。


「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『三組が揃った後、聞き手は六つが感じ合える場所の真ん中に立つ。重さでも速さでも時間でもなく、ただ——六つを平らに感じる。平らに感じるとは、どこにも偏らないことだ。偏らずに、六つを等しく受け取る。受け取り続けた時——六つが一度に、一つの大きなものとして、動き始める。動き始めた時、聞き手は何も言わなくていい。ただ、受け取る。受け取ることが——最後の仕事だ』とあります」


全員が——カインを、見た。


「……続きには——こうあります」とカインが言った。「『六つが一度に動き始めた後、聞き手が偏った瞬間に全体が揺らぐ。揺らいだら——また、平らに戻る。焦らない。偏ったことに気づいたら、また平らにする。その繰り返しが——十五本の道を一本に編み上げる。一本になった時、聞き手は何もしなくていい。ただ——受け取ったことを、知っている。それだけでよい』とあります」


しばらく——誰も, 何も、言わなかった。


「平らに——感じる、か」とジンが、低く、繰り返した。「偏らない。太い道に引っ張られない。速い道に合わせすぎない。古い道に深く入りすぎない。三つを——等しく。そういうことか」


「……そうです」とカインが言った。「太い道は重さで近づいた。速い道は速さで合わせた。古い道は時間で近づいた。それぞれの近づき方が、それぞれの道を開いた。でも——最後は、どれかの近づき方を使わない。全部を——平らに、ただ、感じる。それが、六つが一組として繋がる、最後の方法です」


「どれかの近づき方を——使わない、か」とノアが、静かに、言った。


「……そうです」とカインが言った。「重さで感じようとすると、太い道だけが動く。速さで感じようとすると、速い道だけが動く。時間で感じようとすると、古い道だけが動く。どれかに偏ると——残りの二つが、取り残される。取り残されると、十五本の道は一本にならない。だから——どれでもない感じ方で、三つとも感じる。平らに。そういう記録です」


―――


セレクが、静かに、口を、開いた。


「……教会の記録に——こうあります」とセレクが言った。「『六つが一組として完成する時、聞き手の中で何かが変わる。重さと速さと時間——三つが聞き手の中で同時にある状態になる。その状態は、これまで感じたどの状態とも違う。新しい——感じ方だ。聞き手はその新しさに戸惑うかもしれない。戸惑っても、離れない。戸惑いながらも——平らに、感じ続ける。その戸惑いごと、受け取る。それが、最後の仕事の全てだ』とあります」


「戸惑いごと——受け取る、か」とジンが言った。


「……そうです」とセレクが言った。「これまで経験したことのない感じ方が来ます。それを整理しようとしてはいけない。重さだ、と判断してはいけない。速さだ、と判断してもいけない。判断すると——偏る。偏ると、全体が揺れる。判断せずに——ただ、受け取る。戸惑いも含めて——受け取る。そういう記録です」


「……わかった」とジンが、低く、言った。「判断しない。偏らない。ただ——受け取る」


「……はい」とセレクが言った。「でも——一つだけ、覚えておくことがあります」


「一つ——か」とジンが言った。


「……六つが動き始めた後、最後に一度だけ——全部が止まる瞬間があります」とセレクが言った。「一息だけ——全部が、止まる。その止まり方は、これまでの止まり方と違います。太い道の止まり方でも、速い道の止まり方でも、古い道の止まり方でも、ない。三つ全部の——止まり方が、一度に来ます。その瞬間も——離れない。平らに、いる。その後に——全部が動く。そういう記録です」


―――


一行は——集落の中を、歩いた。


水場の前を——通った。


建物の前を——通った。


空き地の前を——通った。


石積みの前を——通った。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——した。全部から——においが、した。通るたびに——においが、した。水場から——重いにおい。空き地から——速いにおい。石積みから——静かなにおい。三つとも——ジンが通るのを、感じてた。感じてるから——においが、した。全部が——今日を知ってる。そういうにおいだ」


「全部が——今日を知ってる、か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「三つとも——知ってる。今日、何かが起きるって——知ってる。知ってるから——ジンが通るたびに、においが、した。全部が——待ってる。そういうにおいだ」


ジンが——集落の真ん中に、立った。


水場と建物のある方角——重かった。


空き地のある方角——速かった。


石積みのある方角——静かだった。


三つとも——そこに、あった。


「……ここだ」とジンが、小さく、言った。


―――


ルルが、息を、止めた。


「……においが——した。真ん中から——においが、した。三つのにおいが——混ざって、真ん中にある。でも、混ざりきってない。三つが——それぞれある. でも、真ん中にある。ここだ——真ん中は、ここだ。三つが等しく混ざってる場所——ここだ。そういうにおいだ」


「ここ——か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「ここから——三つの距離が、等しい。においが、等しい。三つとも——同じ重さで来てる。ここが——真ん中だ。そういうにおいだ」


シアが、空間を、静かに、探った。


「……見えてきた」とシアが言った。「三つの方角から——糸が、来てる。太い道の糸、速い道の糸、古い道の糸——三つとも、ここに向かって来てる。ここが——集まる場所だ。でも、まだ繋がってない。三つとも——ここに向いてるけど、まだ届いてない。届く前の——こっちを向いてる状態だ。そういう見え方だ」


「こっちを——向いてる状態、か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「向いてる。三つとも——向いてる。ジンの方を——向いてる。でも、まだ届いてない。ジンが——平らに感じた時に、届く。そういう見え方だ」


―――


ジンが——集落の真ん中の地面に、手を、当てた。


「……ある」とジンが、小さく、言った。「三つとも——ある。重さが——ある。速さが——ある。静けさが——ある。三つとも、ある。全部——ここに向いてる。全部——来ようとしてる。全部——待ってる。そういう感触だ」


ノアが——隣に、来た。


地面に——手を、当てた。


「……また——一緒に感じる」とノアが言った。「今日も——一緒に感じる」


「……頼む」とジンが言った。「でも——今日は、違う。返さなくていい。動かなくていい。ただ——感じる。三つとも、平らに、感じる。どれかに偏ったら——また、平らにする。それだけだ」


「……わかった」とノアが言った。「平らに——感じる」


エリナが——静かに、手帳を、閉じた。


ペンを——仕舞った。


ジンの——隣に、来た。


地面に——手を、当てた。


「……私も——ここにいます」とエリナが、小さく、言った。


ジンが——少し、エリナを、見た。


「……頼む」とジンが、静かに、言った。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——また、変わった。三人が——真ん中にいる。三人分の——においが、真ん中にある。三つの道が——三人のにおいを、感じてる。感じてるから——においが、動いてきた。少しずつ——近づいてきてる。そういうにおいだ」


―――


昼が——来た。


ジンは——地面に手を当てたまま、いた。


何かが——来ては、引いた。


重さが——来た。


「……太い道だ」とジンが、小さく、思った。


それから——すぐに、思い直した。


「……違う。太い道だ、と判断した。偏った。また——平らにする」


速さが——来た。


また——引いた。


「……判断しない。受け取る。平らに——受け取る」


静けさが——来た。


ジンが——息を、止めた。


三つが——同時に、来た。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——動いた。三つとも——動いた。同時に——動いた. 来てる。全部——来てる。ジンが平らに感じてるから——全部、来てる。重いにおいも、速いにおいも、静かなにおいも——全部、来てる。来てる。来てる」


「……受け取る」とジンが、静かに、言った。「全部——受け取る」


一息——静かになった。


それから——また、来た。


「……また——来た。また——全部、来た」とルルが言った。「さっきより——大きく来た。三つとも——大きく来た。積み重なってきてる。そういうにおいだ」


―――


五本目の糸が——穏やかに、大きく、揺れた。


ルルが、息を、止めた。


「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——大きく、揺れてる。全部が向いてきてるのを——感じてる。自分のことを——思い出してる。自分の時は——一つだった。ノアが来て、一つが二つになった。でも——今日は六つだ。六つが一度に——向いてきてる。六つが一度に——繋がろうとしてる。それを——感じてる。嬉しい——揺れ方だ。大きな——揺れ方だ。全部を——応援してる揺れ方だ。でも——まだある、って揺れ方でもある。もうすぐだ——って揺れ方だ」


「アルト——」とノアが、空に向かって、静かに、言った。「見てるか。全部が——来てる。平らに——受け取ってる。もうすぐだ」


五本目の糸が——穏やかに、全ての方角を、向いた。


―――


午後が——来た。


ジンは——まだ、地面に手を当てたまま、いた。


シアが——少し離れた場所から、空間を、静かに、探った。


「……変わってきた」とシアが言った。「三つの糸が——変わってきた。太い道の糸、速い道の糸、古い道の糸——三つとも、さっきまで別々に来てた。今は——近づいてきてる。互いに——近づいてきてる。ジンのところで——三つが近づいてきてる。まだ、一本になってない。でも——近づいてきてる。そういう見え方だ」


「近づいてきてる——か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「三つとも——近づいてきてる。ジンが平らに感じ続けてるから——三つが近づいてきてる。近づいてきてるのは——繋がろうとしてる、ってことだ。そういう見え方だ」


ルルが、目を、細めた。


「……においが——また、変わった。三つのにおいが——近づいてきてる。重いにおいと速いにおいと静かなにおいが——真ん中で、近づいてきてる。混ざり始めてる。でも、混ざりきってない。三つが——それぞれ、ある。でも、近づいてきてる。近づいてきてるから——においが、変わってきてる。新しい——においだ。三つが混ざった——新しいにおいだ。そういうにおいだ」


「新しいにおい——か」とジンが言った。


「……うん」とルルが言った。「これまでに——嗅いだことのないにおいだ。重くて、速くて、静かだ。三つとも——ある。一つのにおいなのに、三つとも——ある。そういうにおいだ。戸惑う——においだ。でも、ジンは——戸惑いごと受け取ってる。そういうにおいだ」


「戸惑いごと——受け取ってる、か」とジンが、低く、繰り返した。


「……うん」とルルが言った。「戸惑ってる。でも——離れてない。偏ってない。三つとも——平らに感じてる。戸惑いながら——平らに感じてる。そういうにおいだ」


―――


カインが——写しを、手に取った。


「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『三つの道が一つに近づいてきた時、聞き手は新しい感じ方の中にいる。その感じ方は、重さでも速さでも時間でもない。三つが同時にある——新しい何かだ。名前がない。記録にも名前はない。ただ——その感じ方が来た時、聞き手はそれを正しく感じているということだ。名前がないことに戸惑わない。正しいから——名前がない。新しいものには、まだ名前がない。それだけだ。続けて——受け取る』とあります」


「名前が——ない、か」とジンが、石積みの方角を、見ながら、言った。


「……そうです」とカインが言った。「名前がないことが——正しい証拠です。これまで感じてきた重さには名前があった。速さには名前があった。時間には名前があった。でも——三つが一度に来る感じ方には、まだ名前がない。ジンが感じているのは——これまでに誰も感じたことのない何かかもしれない。そういう記録です」


「これまでに——誰も感じたことのない、か」とノアが、静かに、言った。


「……そうです」とカインが言った。「記録には『六つが一組として完成した後、その感じ方に聞き手が名前をつけることができる』とあります。名前をつけることが——最後の最後の仕事かもしれない。でも、それは——完成してから考えることです。今は——受け取ることだけです」


―――


夕暮れが——近かった。


ジンが——感じていた。


重さが——あった。


速さが——あった。


静けさが——あった。


三つとも——あった。


同時に——あった。


名前のない何かが——そこに、あった。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——静かになってきた。三つのにおいが——静かになってきた。混ざりきる前の——静かさだ。内側に——集まってきてる。集まってきてるから——静かになってきてる。もうすぐだ。そういうにおいだ。でも——焦らない。平らに——いる。そういうにおいだ」


シアが、空間を、静かに、探った。


「……また、変わってきた」とシアが言った。「三つの糸が——もっと近づいてきた。ほとんど——触れそうだ。触れそうで——まだ触れてない。触れる直前——一番密度が高い状態に——なってきてる。そういう見え方だ。もうすぐだ。そういう見え方だ」


「触れる直前——か」とジンが言った。


「……うん」とシアが言った。「触れたら——一本になる。一本になったら——十五本の道が一本になる。まだ触れてない。でも——もうすぐ触れる。そういう見え方だ」


ルルが、息を、止めた。


「……来る」とルルが、小さく、言った。「静かになってきた。完全に——静かになってきた。もうすぐ——全部が止まる。全部が止まったら——全部が動く。来る。もうすぐ——来る。平らに——いる。今まで通りに——いる」


―――


一瞬だけ——


全て、止まった。


重さが——止まった。


速さが——止まった。


静けさが——止まった。


名前のない何かが——止まった。


一息だけ——


全て、止まった。


その後——


―――


動いた。


―――


全部が——


一度に、動いた。


シアが、息を、止めた。


「……動いた。三つの糸が——一度に、動いた。触れた。触れて——一本になった。一本に——なった。太い道の糸も、速い道の糸も、古い道の糸も——全部、一本になった。一本の道が——ジンのいる場所で、繋がった。十五本が——一本になった。そういう見え方だ。繋がった。六つが——一組として、繋がった。そういう見え方だ」


「繋がった——か」とジンが、静かに、言った。


「……うん」とシアが言った。「繋がった。ゆっくりでも速くでも静かでも——なかった。三つとも——一度に繋がった。重さと速さと静けさが——全部、一度に繋がった。そういう見え方だ。一本になってる。十五本が——一本になってる。そういう見え方だ」


ルルが、目を、細めた。


「……においが——全部、動いた。一度に——全部、動いた。三つのにおいが——一度に来た。でも、三つとも——ある。一つのにおいなのに、三つとも——ある。重くて、速くて、静かだ。全部——ある。一度に——全部、来た。そういうにおいだ」


「重くて——速くて、静かだ、か」とジンが、低く、言った。


「……うん」とルルが言った。「全部——ある。一つのにおいになったのに、三つとも——ある。消えてない。重さも消えてない. 速さも消えてない。静けさも消えてない。全部——一つのにおいの中に、ある。そういうにおいだ」


―――


集落の全体から——何かが、来た。


来方が——三つだった。


重かった。


速かった。


静かだった。


でも——一度に、来た。


シアが、息を、止めた。


「……声が——来た。三つの方角から——一度に来た。水場と建物から、重い声が来た。空き地から、速い声が来た。石積みから、静かな声が来た。三つとも——一度に来た。別々じゃなかった。一度に——来た。一本の道を通って——一度に来た。繋がったから——一度に来た。そういう見え方だ」


ルルが、息を、止めた。


「……においが——来た。三つとも——来た。重いにおいも来た。速いにおいも来た。静かなにおいも来た。でも——一度に来た。別々じゃなかった。一つのにおいになって——一度に来た。一つのにおいなのに、三つとも——あった。長い時間の重さが——全部、ある。速く来た時間が——全部、ある。ただあり続けた時間が——全部、ある。全部——一度に来た。そういうにおいだ。全部——ある。何一つ——消えてない。そういうにおいだ」


「何一つ——消えてない、か」とジンが、低く、言った。


「……うん」とルルが言った。「消えてない。重さも消えてない。速さも消えてない。静けさも消えてない。一つになったのに——全部、ある。一つになっても——全部、残る。そういうにおいだ」


―――


ジンが——集落の全体を、見た。


水場を、見た。


建物を、見た。


空き地を、見た.


石積みを、見た。


「……来てくれた、か」とジンが、静かに、言った。「全部——来てくれた。受け取った。全部——受け取った。重さも、速さも、静けさも——全部、受け取った。一つになっても——全部、あった。何一つ——消えてなかった。一つになっても——全部、残ってた。全部——ある。全部——受け取った」


集落の空気が——一度だけ、静かに、揺れた。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——した。ジンが言ったのを——受け取った。受け取って——静かに揺れた。怖くなかった、ってにおいだ。一つになることが——怖かった。重さが消えるかと思った。速さが消えるかと思った。静けさが消えるかと思った。精度も気になった。でも——消えなかった。消えなかったから——怖くなかった。ジンが平らに受け取ってくれたから——怖くなかった。平らに受け取ってくれたから——全部、残れた。そういうにおいだ」


「平らに受け取ってくれたから——全部、残れた、か」とジンが、低く、繰り返した。


「……うん」とルルが言った。「平らだったから——全部、残れた。重さだけ受け取ってたら、速さと静けさは残れなかった。速さだけ受け取ってたら、重さと静けさは残れなかった。平らだったから——全部が、一つになれた。そういうにおいだ」


―――


カインが——写しを、静かに、折り畳んだ。


「……記録には——こうあります」とカインが言った。「『六つが一組として繋がった後、その道は一本のまま残り続ける。一本の中に——十五本の全てが、ある。重さも速さも時間も——全部、一本の中に、ある。この道は、これまでの道とは異なる。太い道は重さで残った。速い道は速さで残った。古い道は静かなまま残った。六つが一組の道は——三つ全部で残る。重くて、速くて、静かな、一本の道として——残り続ける』とあります」


「三つ全部で——残る、か」とジンが、集落の全体を、見た。


「……そうです」とカインが言った。「一本になっても——三つとも、ある。重さも速さも静けさも——一本の道の中に、全部ある。これが——六つが一組の道の性質です。どれかが消えることはない。全部——残る。全部が一つになって、全部が残る。そういう記録です」


「全部が一つになって——全部が残る、か」とノアが、静かに、言った。


「……そうです」とカインが言った。「アンド——記録には、最後にこうあります。『六つが一組として繋がった聞き手は、その道に名前をつけることができる。名前をつけることで、道は完全になる。名前がなければ——道はある。でも、名前がついた道は——より深く、世界に刻まれる』とあります」


ジンが——少し、間を、置いた。


「……名前、か」とジンが、低く、言った。


「……そうです」とカインが言った。「ジンが——つけることができます。何でもいい。ただ——感じたことを、名前にする。それだけでよい、とあります」


―――


ジンが——集落の真ん中の地面に、もう一度、手を、当てた。


地面を——通して、感じた。


重かった。


速かった。


静かだった。


三つとも——あった。


一つの——何かだった。


名前のない——何かだった。


「……」


ジンが——少し、目を、閉じた。


感じた。


重さを——感じた。


速さを——感じた。


静けさを——感じた。


三つとも——感じた。


平らに——感じた。


「……全部で、一つだ」とジンが、静かに、言った。「重くて、速くて、静かで——全部で、一つだ。バラバラだったのに——全部で、一つになった。でも、バラバラのまま——一つになった。そういう感触だ。これを——なんと呼ぶか」


少し——間があった。


「……太い道が、繋がった時——重さがあった。速い道が、繋がった時——速さがあった. 古い道が、繋がった時——静けさがあった。今は——全部が、一度に、ある。全部が一度にある——それを」


ジンが——地面から手を上げずに、静かに、言った。


「……『揃い』と、呼ぶ」


地面の奥から——一度だけ、何かが、動いた。


ルルが、息を、止めた。


「……においが——した。ジンが言ったのを——受け取った。受け取って——動いた。揃い——って、においが、した。重くて速くて静かなものが——揃ってる。揃ってるから——揃い。そういうにおいだ。名前が——届いた。名前が届いたから——動いた。嬉しい——においだ。ちゃんと——名前だ。そういうにおいだ」


「揃い——か」とカインが、静かに、言った。


「……うん」とジンが言った。「全部が——揃ってる。揃ったまま——一つだ。それが、揃いだ」


―――


五本目の糸が——大きく、穏やかに、全ての方角を、向いた。


ルルが、息を、止めた。


「……アルトが——揺れてる」とルルが言った。「台地から——大きく、揺れてる。六つが一組として繋がったのを——感じてる。重くて速くて静かな、一つのにおいを——感じてる。揃い——って名前を、感じてる。自分のことを——思い出してる。自分の時は——一つだった。でも——今は、六つが一つになった。六つが一つになったのを——感じてる。全部が揃ったのを——感じてる。嬉しい——揺れ方だ。大きな——揺れ方だ。でも——まだある、って揺れ方じゃない。今日は——違う。全部が揃ったのを——ただ、喜んでる揺れ方だ。全部が終わった——って揺れ方だ。全部が終わって——次がある、って揺れ方だ」


「アルト——」とノアが、空に向かって、静かに、言った。「見てたか。全部が——揃った。重さも速さも静けさも——全部で、一つになった。揃い——と、呼ぶことにした。見てたか」


五本目の糸が——穏やかに、新しい方角を、向いた。


―――


エリナが、手帳を、開いた。


ペンを、走らせた。


今日のこと——朝、ルルが「全部の方角からにおいがしてる、全部が今日を感じてる」と言ったこと、カインが「六つを平らに感じる、偏らずに等しく受け取ることが最後の仕事だ」という記録を読み上げたこと、セレクが「戸惑いごと受け取る、それが最後の仕事の全てだ」という記録を示したこと、ジンが集落の真ん中に立ったこと、エリナ自身も地面に手を当てたこと、ジンが重さと速さと静けさを判断せずに平らに感じ続けたこと、三つの糸が近づいてきたこと、名前のない新しい感じ方が来たこと、シアが「ほとんど触れそうだ」と言ったこと、全てが一度止まった後に全てが一度に動いたこと、シアが「十五本が一本になった」と言ったこと、ルルが「重くて速くて静かだ、全部ある、消えてない」と言ったこと、ジンが「全部受け取った」と言ったこと、集落が「怖くなかった、平らに受け取ってくれたから全部残れた」と揺れたこと、カインが「三つ全部で残る」という記録を示したこと、ジンが道に「揃い」と名前をつけたこと、揃いという名前を受け取って地面が動いたこと、アルトが「全部が終わって次がある」という揺れ方をしたこと。すべてを、書いた。


書き終えて、ペンを止めた。


それから——もう一行、追加した。


『今日、六つが一組として繋がりました。私は今日も、手帳を閉じてジンの隣に座りました。何も書かずに、ただいました。でも、手帳を閉じた後も、頭の中では何かを書き続けていました。記録者は、書かない時も記録しているのかもしれません。今日一番驚いたのは、繋がった後にカインが「名前をつけることができる」と言い、ジンが「揃い」と呼んだことです。重くて速くて静かなものが、揃っている。それを、揃い、と呼ぶ。私はその瞬間に、ジンが何かを本当に感じているのだと、思いました。名前をつけることは、感じたことを言葉にすることです。言葉にした瞬間、地面が動いた。受け取られた、ということだと思います。今日学んだことは、平らに感じることです。でも、それだけではありませんでした。平らに感じ続けることで、名前のない何かが来た。名前のない何かを、戸惑いごと受け取った。受け取った後で、名前をつけた。その順番が、大事だったのだと思います。先に名前を決めていたら、平らに感じられなかったかもしれない。感じた後だから、本当の名前がついた。「揃い」は、ジンが感じた後につけた名前です。だから、地面が動いたのだと思います。エリナ・フォルス談。自分で書いておく』


集落は——静かだった。


...でも——


何かが、そこに、あった。


重さと速さと静けさが——全部で一つになった後の、揃いが。


穏やかに——そこに、あった。


集落の全体が——静かに、揺れ続けていた。


一本の道として——静かに、揺れ続けていた。


ルルは、それを確かめて、眠った。


―――


ジンは——集落の真ん中の地面に、もう一度、手を、当てた。


地面を——通して。


「……繋がった。全部——繋がった。太い道も、速い道も、古い道も——全部、繋がった。重さも、速さも、静けさも——全部で一つになった。何一つ——消えなかった。全部——残った。揃いだ。全部が揃って——一つになった。それを、揃いと呼ぶことにした。受け取ってくれた。名前を——受け取ってくれた。ありがとう。全部——受け取れた」


集落の全体が——一度だけ、静かに、揺れた。


重さで——揺れた。


速さで——揺れた。


静けさで——揺れた。


三つとも——一度に、揺れた。


揃いで——揺れた。


地面の奥から——返事は、なかった。


でも——何かが、そこに、あった。


揃いが——そこに、あった。


重くて、速くて、静かな——揃いが。


穏やかに——そこに、あった。


暖炉の火が——穏やかに、揺れた。


集落の外の風が——遠く、あった。


アルトが——見ていた。


一行の背を——押していた。


夜が——深くなった。


六つが一組として繋がった夜が。


揃いの夜が。


穏やかに——深くなった。


―――


― 第100話・了 ―


―――


次話予告:


翌朝、ルルが鼻先を向ける。「……においが——した。遠い——においだ。でも、来てる。違う——においだ。揃いとは——また、違う。揃いは、重くて速くて静かだった。これは——もっと、遠い。もっと——古い。揃いの向こうに——また、においがある。揃いが繋がったから——見えてきた。揃いが繋がる前は——見えなかった。揃いが繋がったから——見えてきた。次が——ある。まだ——ある。そういうにおいだ」。カインが写しを開く。「記録には——『六つが一組として完成した後、聞き手には次の声が見えるようになる。これは、六つが一組として完成した者だけが見える声だ。六つが揃う前には——見えない。六つが揃った後に——初めて見える。それが、揃いの道が世界に残した、最初の贈り物だ』とあります」。ジンが立ち上がる。「……次が——ある、か。わかった。行く」。五本目の糸が——穏やかに、遠い方角を、向く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ