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イナイ神様とアイデンティティ崩壊少女  作者: 雨流し


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7/12

7 キノウフゼン家族

 ずっと父親が怖かった。

 わたしの家族はごくごく一般的なものだ。普通だ。だって、衣食住に困ったことはない。毎年誕生日も祝ってもらっていた。お年玉もクリスマスもきっと他の家族と同じようにみんな揃って食事をして、プレゼントをもらって。だから、きっと普通なのだと思うし、育ててもらった親に対して悪感情を向ける自分なんてありえないとずっと必死に無駄なのにも関わらず目をそらしていた。事実、家に遊びに来た友人から優しそうなお母さんとお父さんで羨ましいねと言われたこともある。それを否定する言葉を内で殺して笑ったことで、きっとその友人の前での私が一人化けて出た。


 ずっとずっと。それこそ一番古い記憶の中から、父親が怖くて怖くて仕方なかった。

 わたしが覚えている一番古い父親との記憶は、家で絵を描いていた時に父親に突然片付けろと言われた場面。

 色鉛筆だった。

 そのころは外で遊ぶよりも家で絵を描くのが好きで、学校でも休み時間に友達と絵を描いていたし帰ってきても友達の家でも、どこでも絵を描いていた。

 父親に紙と色鉛筆を片付けろと言われた後も、わたしは返事をしながらも絵を描いていた。もう少しだったから。もう少しで完成するから、そうしたらちゃんと片付けるといつもより急いで手を動かした。しかし父親はすぐに動かないわたしに業を煮やしたらしかった。耳を塞ぎたくなるほどの怒鳴り声と共に今の今まで描いていた絵と、使っていた24色の色鉛筆をすべて目の前でごみ袋に入れられた。やめてといった。わたしは泣いていた。父親から色鉛筆を取り返そうと必死に抵抗していた。けれど、ごみ袋の中でぶちまけられた色鉛筆も、それが入っていたケースも絵も、きつく口を閉じられて窓から庭に放り曲げられた。カシャンとなんとも軽い音がした。

 その色鉛筆は父親が誕生日にくれたものだった。


 父は忙しい人だと母が言っていた。実際、家にいるときは大抵機嫌が悪く、それが仕事の疲れからなのか体調不良からなのか、はたまた別の理由なのか。当時のわたしにはわからなかった。はっきりとわかるのはそれが酷く恐ろしく、機嫌が悪い父には話しかけられない、話しかけてはいけないと強く思っていたこと。だから、顔が赤くなるほどお酒に酔って上機嫌になった時にしか父には近づけなかった。学校の成績表や、修学旅行のお金をお願いするときもそういった時を見計らっていた。

 機嫌が良かったと思えば途端に不機嫌になる。そのスイッチがどこにあるのかわからない。導火線の長さもいつ火が付いたのかもわからない爆弾のような人だった。


 なら機嫌が良ければいいのかと言えばそうでもなかった。ある時、買い物に行くと言われて父の顔とは違う方向を向いていた私に気づかせるために腰を蹴られたことがあった。おそらくは肩をたたいて注意を向かせるような意図があったのだろう。けれど、不意なことで受け身が取れなかったこともありすごく痛くて、でも今機嫌がいい父に何かしらの刺激を与えるのはまずいと思って耐えていた。その後、なかなか動かない私に母が気づいてくれて父に謝るよう言っていた。父は悪かったと笑って謝ってくれた。機嫌は良さそうだった。わたしは泣いていた。


 わたしには一人、一年下の兄弟がいる。その兄弟と父の相性が最悪だった。タイミングもいつも悪かった。険悪になるたびに、私が間に入って場を宥めていた。ある程度大きくなって、店で兄弟の通学用の新しいバッグを買ってやると父に言われ二人そろって着いていった。

 そこに兄弟の気に入るものは見つからなかった。私と相談しながら、兄弟は今度いろんな店を探して自分で買うから今日は大丈夫と、そう言っていた。ならいいかと二人で話していたら、別の場所を見ていた父が戻ってきた。どれがいいと聞く父に、兄弟が欲しいものはないと答えた。だから、もういいのだと。けれど、父はあっちは見たのか、買ってやるから早くしろと兄弟の話を全く聞いてくれなかった。その頃には兄弟は父のことを諦めていた。おざなりに父をいなして父が指さした方を見に行った。そこはもうすでに見ているのに。

 一分ほど適当に回ってきたのだろう。戻ってきた兄弟は、やっぱり欲しいものはないから今日は買わなくていい、ともう一度言った。しかし父は、急げといったくせにちゃんと見たのかと三度そのコーナーに戻り、これはどうかあれはどうかと勧めてきた。流石に兄弟の我慢が切れそうだったために、私からもう少し別の店を見たいらしいから大丈夫だと説明した。そこでやっと、父は店を出ることを許してくれた。


 兄弟は家をとても出たがっていた。高校を卒業したら、すぐに遠くに引っ越して働くと決めそのために資格を取ったりお金を貯めたりと色々と準備をしていた。私以外にはだれにも相談せず。

 父は兄弟が大学に行くと思っていたらしい。その割に、思春期か反抗期か、その時期の子供に接触して嫌われるのが怖いのか、進路のことは母を介して探りを入れていた。私のときもそうだったが。

 わたしは反抗期も思春期もないように振舞っていた。全く話さなくなった兄弟とは違って普通に、友好的に話しかけてくる私に父はひどく安心しているように見えた。反抗期なんてものはわたしには実際なかったのかもしれない。歯向かうことも反抗も、抵抗もきっと無意味だろうとわざわざそんなことをする気力はなかった。


 父は怖い人だったが、母は恐い人だった。

 母は何を思って行動しているのか、わからない人だった。だから空恐ろしい、薄気味悪いと感じていた。

 父の不機嫌を母は何とも思っていないようで、特に止めることはしない。割と父に対しては雑だった。しかし、わたしたち兄弟に関しては常に目を光らせていた。それが母親としての心配からくるものなのか、それ以外の何かからくるものなのかがわからない。

 門限やお小遣いの使い道に厳しく、何を買ったのか逐一確かめてきた。幼少期の頃であればその行為は子供の安全のために必要なことだったのかもしれないと、自分を納得させることができただろう。しかし、何度誕生日を祝われても、私が友達と家の前で会話をすれば玄関横の窓からのぞいていたし、家の中で通話をすれば壁に耳を立てて聞いていた。会話を終えてドアを開けたら目の前ににこりと笑った母親が立っていて、ぞわりと嫌悪感と不快感を持ったのをよく覚えている。

 兄弟は小学校低学年の時に、どうやら日記をつけていたらしく、そこに母の不満を書いていたらしい。また忘れ物をして怒られた、朝寝坊で怒られてむかついた、だなんて、今思えばありきたりで可愛い物だろう。誰だって思うことだし、日記に書くくらいいいだろう。自分しか読まないのだから。本来は。


 だが母はそれを見つけ、兄弟の眼前に部屋から漁り出した日記を突き付けて叱っていた。こんなことをするような子で悲しいと、さも辛そうな顔で。私はその後に、怒りやら悲しみやらで泣き出した兄弟をあやしてやることしかできなかった。

 その一件から、母はわたしや兄弟の部屋の私物も勝手に漁って覗き見るような人間だと知り、わたしは家に自身の感情を、そしてそれを記録したものを置くことをやめた。

 母自身も良い母親になりたかったのかもしれないが、その根幹の感情をわたしは読み切れなかったし、実際言動はいたるところで矛盾していた。その時の精一杯で頑張ればいいと言われながらも、成績を落とせば冗談めかしながらも脅された。成績を上げても、褒められているのか落胆されているのかわからない励ましと共に、もっとできるでしょと言われた。学年で一位をとったときは何と言われたっけ。それでいて、私が浪人をすると言ったときは、あの学校が悪かった、十分頑張ったのだから無理はしなくていいと、今更何を、どこを心配しているのかと心底不思議に思った。

 父親と違い一切不機嫌にならない彼女の中身は、開いたら一体何が入っているのだろうか。


 兄弟は親を徹底的に避けることに決めたようで、母も兄弟の動向を私を通して探っていた。事実と嘘を混ぜながら、兄弟のアリバイ工作もして兄弟がやりたがっていることは隠し通した。一応浪人の身分で通していたため外で勉強してくると言いつつ毎日バイトでお金をため、兄弟を援助しつつ自分の引っ越し資金も貯めていった。

 息苦しかった。

 相手の要求に答えられるような私でないとあの家にはいられなかった。両親のご機嫌取りのために顔色を見て、その通りに振舞って。でも年上のわたしが苦しいなら、きっとあの子も苦しいのだから早くあの子を逃がさないと。早く。早く。

 逃がして。


 兄弟の高校の卒業式の日、呼んでおいた業者に荷物を任せ私たちは家を出ようとした。当然何も言わなかった両親とは揉めるかと思って、言い訳を何個も用意した。なんなら兄弟だけでも逃がそうと考えていた。けれど、それは杞憂に終わった。

 兄弟がいつのまにか祖父母に助けを求めていたらしかった。

 祖母が両親を食事に連れていき、その隙に祖父が引っ越し先まで付いてきてくれて手続きまで面倒を見てくれた。役所の人になんといって手続きをしたのかはわからないが、両親に私たち兄弟の住所や連絡先を知られることはないらしい。祖父母からいつでも頼りなさいと言ってくれて嬉しかった。嬉しかったけれど、幼少期ぶりに会った祖父母は記憶の中の姿よりずっと老いていて、自分が大きくなったのも相まって小さく見えた。この上なくありがたいし、頼もしいけれど、もうこの方々に負担はかけられない。かけてはいけない。

 だから、もらった連絡先をスマホから消した。


 引っ越しのお金の集まりが心もとなかったため、兄弟と一緒に今は住んでいる。兄弟は私を慕ってくれているし、本来はさっぱりとした性格の子だから両親と暮らしていたあの家にいるよりずっと居心地がいい。

 はずなのだけれど、もう、あの癖が治らない。他人の顔色を常に伺って、自分が要求通りに振舞えているか過剰に怯えて、その相手ごとに自分を変えて。そうでもしないと私は兄弟を守れなかった。

 違う。

 わたしを守れなかった。わたしのままでは誰にも受け入れてもらえるはずがないと思っていた。父にも、母にも、兄弟にも、友人たちにも。わたしと出会った全ての人に拒絶されることが、怖くて恐ろしくて仕方なかった。

 結局は自分が可愛いだけの臆病者。それがわたしで、それを続けていたからどうにもならないまま、わたしが消えて無くなって、無数にできた私しかいなくなってしまった。それに今更ながら気づいて怯えているなんて、滑稽にもほどがある。

 でもどうか。教えて。

 ねえ。わたしは、誰。

 


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