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誰が為の神楽  作者: 空蝉
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8/28

8 距離感

 

 宗一さんは大輪のヒマワリを、私へと差し出した。

 

「はい、プレゼント」

 

 驚く私に、宗一さんは悪戯っぽく笑ってみせる。

 

「少し誕生日を過ぎちゃったけど、18歳おめでとう、結ちゃん」

「これくらいのものなら、結ちゃんも気兼ねなく受け取ってくれるかなと思ってね」

 

そう言って、彼は陽だまりのような笑顔を崩さない。

 

「ありがとう」

 

 そう言って受け取ると、宗一さんも嬉しそうに笑った。

 やっぱり宗一さんは優しい。

 

 その後は落ち着いた雰囲気の和食レストランに連れていってもらった。

 私が和食が好きなのも、覚えていてくれたらしい。

 「ゆっくりでいいよ」そう言って、合わせて同じスピードで食べてくれる。

 

「天ぷら好きだったよね」

「はい」

「特に海老天? 僕の分もいる?」

「ふふふっ、もう子供じゃないです」

 

 宗一さんは終始、私の体調や気分を気遣ってくれた。

 行く前の乗り気でなかった気持ちが嘘のように、思った以上に楽しい『お出かけ』だった。

 

 最初にあんなに渋っていた自分が、少し申し訳なく思えてくるほどだった。

 

 神社の近くで車を降りた。

 別れ際、宗一さんは今日買ったあのヒマワリをもう一度私に手渡しながら言った。

 

「今日はどうしても、結ちゃんにヒマワリを見せたかったんだ」

「……ヒマワリを?」

「ヒマワリの……花言葉って知ってる?」

「んー……ごめんなさい、知らないです。どんな花言葉なんですか?」

 

「『あなただけを見ている』……だよ」

 

 その言葉の響きに、心臓がドクンと跳ねた。

 

「結ちゃん」

 

 名前を呼ばれ、宗一さんを見上げる。

 目が合うと宗一さんの手が、そっと私の頬に触れる。

 

「あっ……」

 

 熱を帯びた彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる――。

 

(っ……いや……!!)

 

 身体が本能的な恐怖に突き動かされるように、私は咄嗟に顔を背けていた。

 はっと我に返った時には、もう遅かった。

 

 息が詰まる。

 体が震える。

 

 やってしまった。

 どうしよう――きっと、彼をひどく傷つけた。

 

 拒絶の余韻に身体を震わせながら、私は下を向いたままギュッと目をつむった。

 その場に、冷たい沈黙が満ちていく。

 

 どれくらいそうしていただろう。

 やがて、宗一さんの大きな手が、拒絶されたはずの私の頭をそっと、優しく撫でた。

 

「……ごめんね」

 

 掠れた声が降ってくる。

 

「少し、焦りすぎてしまったな」

 

 恐る恐る顔を上げると、そこには、ひどく傷ついたような、それでいて申し訳なさそうに困ったように歪んだ、宗一さんの顔があった。

 

「そんな、今にも泣きそうな顔をしないで」

 

 そう言って、彼は無理に作ったような笑顔を浮かべた。

 そして、私からそっと離れ「おやすみ、結ちゃん」と言って、車に乗りそのまま発進させた。

 

 私はただ立ち尽くし、車が去って行くのを見つめることしかできなかった。

 

◇

 

 車を走らせながら、宗一はステアリングを握る手に力を込め、猛烈な後悔の念に駆られていた。

 

(焦りすぎた……完全に、失敗した)

 

 ずっと、年の離れた可愛い妹のようにも思っていた。

 

 けれど――彼女が高校に入学した後、再会して恋に落ちた。

 

 満開の桜の花の下……高校の制服を着て、控えめに笑う姿に、目が離せなくなった。

 

 その瞬間、心臓がひどくざわついた。

 妹ではなく、一人の女性として意識してしまった。

 

 そうして、一歩引いた場所から静かに彼女を見つめ続けるうちに、気づいてしまったのだ。

 自分を見る結ちゃんの瞳には、恋の色が一度も宿らないことに。

 

(結ちゃんは……最初から、僕なんて見ていない)

 

 彼女の視線の先に自分が映ることはない。

 その残酷な事実に、ずっと胸を締め付けられていた。

 

 

『巫女の心をつなぎとめろ』

 

 数日前、神護庁の長官室に呼び出されたときの、冷徹な長官の声が脳裏をよぎる。

 

 もちろん。

 任務なんて言われなくとも、そうできるのなら、そうしたかった。

 彼女の隣にいられるなら、どんなことだってする。

 

(任務だからじゃない…僕が一緒に居たかった)

 

 けれど……。

 

 はぁ、と重苦しい深いため息が、車内に響いた。

 


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