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誰が為の神楽  作者: 空蝉
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22/28

22 夜の祈り

 

 静寂に包まれた、夜の神域。

 そこへ突如として、遠く刺すような結の悲鳴が届いた。

 

(―――月影様!!)

 

「――っ!?」

 

 跳ね起きるように、私は「光の世界」の境界へと意識を飛ばし、その向こうを覗き込んだ。

 

 

「いや!やめて!!夜の……月影様の記憶を消さないで!!」

 

 眩しすぎる白昼の中、巫女装束を纏った結が、両脇を二人の男に固められ、力ずくで押さえつけられていた。

 

「君は夜に……闇に囚われているんだ!」

「大丈夫だから。この記憶さえ消せば、もう二度と苦しまずに済む」

 

(やめてくれ―――っ!!)

 

 境界のこちら側で叫んでも、私の声は容赦ない光の壁に阻まれ、届かない。

 手を伸ばしても、暗闇をすり抜けるだけで、彼女のもとへは行けない。

 

 何もしてあげられない。

 

 男の指先が白く光り、結の額へと触れる。

 瞬間、結の瞳から光が消え、そのまま力なく意識を失った。

 

「あ……」

 

 私との記憶が――ふたりで紡いだ夜の時間が、彼女の中から根こそぎ消し去られていく。

 気づいたときには、私の頬を冷たい涙が伝っていた。

 

 彼女は、この世界で唯一、夜を愛してくれた巫女だった。

 星空を見上げ、蛍を追い、何度も語り合った。

 「月影」という美しい名を授けてくれたのも彼女だった。

 

 たとえ、彼女との時間が『成人の儀式』までの命運だと分かっていても……

 ほんの少しでもいい、彼女の側にいたかった。

 

 夜の空を見上げると、満天の星空が涙でぼやけて見えた。

 

 記憶を消す―――そうか。

 

 ずっと、違和感を抱いていたのだ。

 いくら私が人々の疲弊を癒やそうと夜の優しさを与えても、世界から病める人々が一向に減らない理由を。

 それどころか、夜を求める者は増える一方だった。

 

 自分の手をぐっと握りしめ額に押し当てた。

 

(私は、なんて無力なんだ…)

 

 人は……そこまでして夜を忘れたいのか。

 

 けれど……結は、その白昼の世界に生きる巫女だ。

 私とは、生きる世界が違う。

 記憶を失い、私のことを忘れて……光の世界で人並みの幸せを掴むことが、彼女にとっての本当の救いなのかもしれない。

  

 光の向こうで笑う結を、私はただ見つめることしかできなかった。

 

 君が幸せに笑っていられるのなら、それでいい。

 たとえその隣に立つのが、私ではない誰かだったとしても――。

 

 

 しかし、ある日。

 

 結は再び、心身をすり減らした痛々しい姿で、境界の森へと足を踏み入れてきた。

 

 魂だけは、私を覚えていてくれた。

 

 嬉しさを抑えきれず、私は思わず彼女を抱きしめた。

 

 そして、再び星空へと彼女を導いた。

 

(……思い出してほしいのではない。ただ、二度と奪われたくない)

 

 誰にも彼女の記憶を奪われないよう、額に小さな護りを残した。

 

 それからも私が傷ついた人々を癒しても、夜の記憶は奪われ続けた。

 そして結一人だけを見守り続けている間、昼の世界は急速に崩壊へと向かった。

 

 もはや私一柱では、世界すべてを支えることはできなくなっていた。

 限界を迎えた人々自身が「夜」を渇望し、動き出していた。

 

 ――もうすぐだ。

 

 結がどんな答えを出し、成人の儀式で何の神楽を舞うのか。

 

 結が昼を選ぼうと、夜を選ぼうと……たとえどんな未来を望んだとしても。

 

 私はすべてを受け止め、ここで君を見守り続けよう。

 

◇

 

 朝から今日も、容赦のない眩しい白空が天に輝いている。

 

 境内のあちこちから、儀式の準備や練習のために打ち鳴らされる宮太鼓と締太鼓の腹に響く音が、風に乗って神社の中に重々しく響き渡っていた。

 

 昼過ぎになると、重苦しい空気を纏った来客たちがやってきた。

 神護庁の長官をはじめとする職員たち、そして――宗一さんの姿もある。

 父も兄も、今日は一切の穢れを払うような純白の斎服に身を包んでいた。

 

 私も今日は、格式高い巫女の神楽装束に身を包んでいる。

 

 そしてその腕の中には――蔵の小箱から取り出した、おばあ様から譲り受けたあの古書を、固く抱きしめていた。

 

 

 神社の中の空気が張りつめていた。

 

 儀式が始まる。

 

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