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誰が為の神楽  作者: 空蝉
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20/28

20 覚悟

 

「宗一さん……」

 

 眩しい日の光に目を細め、私は微かに笑った。

 

 ――本当に、彼には太陽がよく似合う。

 

「宗一さんにも、ご迷惑をおかけしました」

 

 そう告げて、静かにお辞儀をした。

 

「結ちゃん。僕は……そんなに急ぐ必要はっ……!」

「いいえ……もうこれ以上、引き延ばすわけにはいきません」

 

 私の静かな、けれど強い言葉に、宗一さんが息を呑む。

 

 夜を望む人々のために。

 月影様のためにも。

 そして――何より、私自身のために。

 私はもう、前に進まなければならないのだ。

 

 二人の間を風だけが、静かに通り抜けた。

 白衣と緋袴の裾が、風に煽られてしなやかに揺れた。

 

「宗一さん……この前の返事を、してもいいですか?」

「え……?」

 

 宗一さんは『なぜ今?』と言いたげな、驚きと戸惑いの混ざった表情を浮かべた。

 

「ごめんなさい。……あなたの気持ちに応えることはできません」

 

 彼の目をしっかりと見つめて告げると、宗一さんの喉の奥からかすれた声が漏れた。

 

「……どうして?」

 

 その声は震えていた。

 私はゆっくりと息を吸い、静かに答えた。

 

「私は……あなたの隣に立っている自分の姿が、どうしても想像できないんです」

  

 ビクッと、宗一さんの肩が跳ねた。

 

「……っ!」

「今じゃなくてもいいっ……! まだっ……ゆっくり時間をかければ……!」

 

「いいえ」

 

 すがるような彼の言葉に、私は静かに首を横に振った。

 宗一さんのためにも、これ以上期待を持たせて引き延ばしてはいけない。

 彼の優しさに甘えてはいけないのだ。

 

「……ごめんなさい」

 

 最後にもう一度頭を下げた。

 伸ばしかけた宗一さんの手が、力なくパタリと下ろされる。

 彼はひとつ大きく息を吐き出すと、天を仰ぐように空を見上げた。

 

 そして、胸の中の何かを断ち切るように微笑むと、静かに答えた。

 

「分かった。……ありがとう、結ちゃん」

 

 私はその言葉を受け止め、彼をその場に残して神楽殿へと歩き出した。

 

 少しだけ胸が痛んだ。

 それでも、儀式までにしなければならないことが、まだたくさんある。

 

 私はもう振り返らなかった。

 

◇

 

 神楽殿に着くと、二日後に迫った儀式に向けて準備を始めた。

 しばらくすると「お手伝いしましょう」と、有明さんが穏やかな笑顔でやってきてくれた。

 

 身につける衣装も装飾品も、普段舞う神楽とは大きく異なっており、一人では不安なことが多かっただけに、彼女の助けは本当にありがたかった。

 

「そうそう、確かこのあたりに……儀式の詳細が書かれた古い記述が……」

 

 有明さんが探し出してくれた小冊子を二人で開き、試行錯誤を重ねながら手際よく準備を進めていく。

 

「あ……有明さん、家事のほうは大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ。今日は奥様が代わってくださいましたから」

 

 柔らかく微笑む有明さんの言葉に、私はほっと胸を撫で下ろした。

 

「お父様もお兄様も、本殿のほうで準備を進めていらっしゃいます。私たちも頑張りましょうね」

「はい!」

 

 バタバタと作業を続けるうち、ふと胸の奥にずっと引っかかっていた疑問が浮かび、私は手を止めて尋ねてみた。

 

「有明さんは……どうしてそんなに『巫女』の儀式や作法に詳しいんですか?」

「ふふっ、おばあ様がご結婚される前から、巫女の補佐をさせていただいておりましたから」

 

 有明さんは懐かしそうに目尻を下げた。

 

「幼い頃からちょこちょこ神社へ覗きに来ていたのですよ」

「はじめは……巫女様が舞う姿がとても神秘的で」

 

「そうだったんですね」

 

「ええ。ですが……ある日」

「境内を散策しているうちに、誤って境界の森に迷い込んでしまいましてね……」

 

 有明さんは作業の手を止め、光に満ちた庭の奥――静かに佇む暗い『境界の森』へと視線を向けた。

 

「そこで私……人間離れした、息を呑むほど美しい男性にお会いしたのです」

 

(え……? それって……もしかして……)

 

 胸が、ドクンと大きく波打った。

 

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