20 覚悟
「宗一さん……」
眩しい日の光に目を細め、私は微かに笑った。
――本当に、彼には太陽がよく似合う。
「宗一さんにも、ご迷惑をおかけしました」
そう告げて、静かにお辞儀をした。
「結ちゃん。僕は……そんなに急ぐ必要はっ……!」
「いいえ……もうこれ以上、引き延ばすわけにはいきません」
私の静かな、けれど強い言葉に、宗一さんが息を呑む。
夜を望む人々のために。
月影様のためにも。
そして――何より、私自身のために。
私はもう、前に進まなければならないのだ。
二人の間を風だけが、静かに通り抜けた。
白衣と緋袴の裾が、風に煽られてしなやかに揺れた。
「宗一さん……この前の返事を、してもいいですか?」
「え……?」
宗一さんは『なぜ今?』と言いたげな、驚きと戸惑いの混ざった表情を浮かべた。
「ごめんなさい。……あなたの気持ちに応えることはできません」
彼の目をしっかりと見つめて告げると、宗一さんの喉の奥からかすれた声が漏れた。
「……どうして?」
その声は震えていた。
私はゆっくりと息を吸い、静かに答えた。
「私は……あなたの隣に立っている自分の姿が、どうしても想像できないんです」
ビクッと、宗一さんの肩が跳ねた。
「……っ!」
「今じゃなくてもいいっ……! まだっ……ゆっくり時間をかければ……!」
「いいえ」
すがるような彼の言葉に、私は静かに首を横に振った。
宗一さんのためにも、これ以上期待を持たせて引き延ばしてはいけない。
彼の優しさに甘えてはいけないのだ。
「……ごめんなさい」
最後にもう一度頭を下げた。
伸ばしかけた宗一さんの手が、力なくパタリと下ろされる。
彼はひとつ大きく息を吐き出すと、天を仰ぐように空を見上げた。
そして、胸の中の何かを断ち切るように微笑むと、静かに答えた。
「分かった。……ありがとう、結ちゃん」
私はその言葉を受け止め、彼をその場に残して神楽殿へと歩き出した。
少しだけ胸が痛んだ。
それでも、儀式までにしなければならないことが、まだたくさんある。
私はもう振り返らなかった。
◇
神楽殿に着くと、二日後に迫った儀式に向けて準備を始めた。
しばらくすると「お手伝いしましょう」と、有明さんが穏やかな笑顔でやってきてくれた。
身につける衣装も装飾品も、普段舞う神楽とは大きく異なっており、一人では不安なことが多かっただけに、彼女の助けは本当にありがたかった。
「そうそう、確かこのあたりに……儀式の詳細が書かれた古い記述が……」
有明さんが探し出してくれた小冊子を二人で開き、試行錯誤を重ねながら手際よく準備を進めていく。
「あ……有明さん、家事のほうは大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。今日は奥様が代わってくださいましたから」
柔らかく微笑む有明さんの言葉に、私はほっと胸を撫で下ろした。
「お父様もお兄様も、本殿のほうで準備を進めていらっしゃいます。私たちも頑張りましょうね」
「はい!」
バタバタと作業を続けるうち、ふと胸の奥にずっと引っかかっていた疑問が浮かび、私は手を止めて尋ねてみた。
「有明さんは……どうしてそんなに『巫女』の儀式や作法に詳しいんですか?」
「ふふっ、おばあ様がご結婚される前から、巫女の補佐をさせていただいておりましたから」
有明さんは懐かしそうに目尻を下げた。
「幼い頃からちょこちょこ神社へ覗きに来ていたのですよ」
「はじめは……巫女様が舞う姿がとても神秘的で」
「そうだったんですね」
「ええ。ですが……ある日」
「境内を散策しているうちに、誤って境界の森に迷い込んでしまいましてね……」
有明さんは作業の手を止め、光に満ちた庭の奥――静かに佇む暗い『境界の森』へと視線を向けた。
「そこで私……人間離れした、息を呑むほど美しい男性にお会いしたのです」
(え……? それって……もしかして……)
胸が、ドクンと大きく波打った。




