14 決意
父と兄、そして私の三人だけの話し合い。
それは息が詰まるほどの沈黙の中で行われた。
奥座敷に立ち込める空気はひどく重く、冷ややかだった。
二人の口から語られたのは、およそ信じがたい話ばかりだった。
けれど、苦しげに視線を落とす父や兄の表情を見れば、それが残酷なまでの真実なのだと分かってしまう。
嘘だと言って笑い飛ばすことなど、できるはずもなかった。
同時に、胸を刺したのは激しい自己嫌悪だった。
一番重い責任を負わされているはずの私だけが、何も知らずに、家族に守られて生きてきた。
十八歳の成人の儀式。
私が神楽を舞えば、『夜の神』は完全に封印される。
すでに、一刻の猶予もない。
けれど、頭の整理がまるで追いつかない。
「……気持ちを、整理する時間が欲しい」
絞り出すようにして、やっとそれだけを告げた。
「お願い」
すがるような視線を向けると、父も兄も、それ以上は何も言わずにただ黙って頷いてくれた。
私は二人をその場に残したまま、逃げるように自室へと戻った。
◇
いつもの、お気に入りの窓辺に腰を下ろす。
膝を抱え、明るい庭の奥に広がる「境界の森」を見つめた。
父の言葉が耳の奥で何度も蘇る。
『夜の神』というのは、きっと、あの暗闇の中で私を優しく包み込んでくれた、月影様のことに違いない。
神楽を舞えば、世界は救われる。
けれど引き換えに、あの優しく切ない月影様は、冷たい闇の底へ封じ込められてしまうのだろうか。
声にならない嗚咽が喉をせり上がり、私はただ音もなく、いつまでも涙を流し続けた。
◇
翌朝。
家の中に漂う空気に耐えられず、私は制服に着替えて部屋を出た。
リビングには、いつも通り家族全員が揃っていた。
けれど、テーブルを囲む空気はどんよりと重く、食器が触れ合う寂しげな音だけが響いている。
「……送っていくよ」
朝食を終え、兄がぽつりと呟いた。
私は小さく頷き、兄の車の助手席に乗り込んだ。
唸りを上げるエンジン音の中、しばらく走ったところで、兄が静かに口を開いた。
「あー……宗一のことなんだけどな」
「うん」
「あいつが、本当にお前を心配しているのは……嘘じゃないんだ」
「うん」
「やり方は、確かに強引で間違ってた。それは俺からも厳しく言っておいたから」
「……だけど、あいつなりにお前を守りたかったんだと思う」
「うん……分かってる」
それきり、会話は途絶えた。
車の窓から差し込む朝日は、今日もじりじりと肌を焼くように眩しい。
学校の校門が見えてきたところで、車が静かに止まった。
兄は私を送り出す際、いつもより心細そうな、ひどく真剣な目で私を見つめ、私の肩に手を置いた。
「帰りも必ず迎えに来る。今度は……勝手に帰ったりしないで、ちゃんと待ってろよ」
それは、ただの心配というよりも、焦りの混じった警告のようにも聞こえた。
「うん、待ってる」
私が答えると、兄は少しだけ安心したように表情を緩め、仕事場へと車を走らせていった。
校舎に入れば、そこにはいつもと何も変わらない、眩しすぎる「光の世界」が広がっていた。
教室のドアを開けると、「結さん、ごきげんよう」と、友人たちが底抜けに明るい笑顔で駆け寄ってくる。
その歪なほど明るい笑顔を見つめながら、ふと、胸の奥に冷たい疑問が浮かんだ。
みんなは本当に、平気なのだろうか。
この、どこにいても太陽の熱から逃れられない、痛いほどの光に満ちた世界を、辛いと感じているのは私だけなのだろうか。
予鈴のチャイムが鳴り、授業が始まる。
席についた私は、何気なく教室全体を見回した。
こんなに教室は広かったっけ?
それに……少ない。
三十人学級のはずなのに、今日いるのは十四人。
そういえば毎回顔を合わせる子は、せいぜい五、六人程度。
他の生徒たちは、「体調不良」で休んでいる。
この前の宗一さんの言葉が脳裏によみがえる。
『この光に満ちた「昼の世界」において、夜に惹かれることは明確な「異常」なんだ』
大人たちが狂信的に繰り返すその言葉は、本当に真実なのだろうか。
もし、夜を求めることが絶対的な悪であり、ただの異常なのだとしたら――。
どうして、あの暗闇の中。
あんなにも優しく私を包み込んでくれる『夜の神様』が存在しているの?
何が正しくて、何が異常なのか。
誰の言葉が嘘で、どこに真実があるのか。
この目で、調べなければならない。
私が歩む道を、自分で選ぶために。




