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誰が為の神楽  作者: 空蝉
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13/28

13 朧

 

「結、待て! 結――っ!」

 

 私を追いかけようとする宗一さんの行く手を、兄が身体を張って遮る。

 

 私はその光景を横目に、ただひたすらに、逃げるように離れへと向かって駆け出した。

 

「結! どうしたんだ!」

 

 向こうから駆け寄ってきた父が、驚いたように目を見張る。

 けれど、私はその声を無視して、父の脇をすり抜けた。

 

 ――誰も、見たくない。誰も、信じられない。

 

 私の頭から『月影様』を消し去ろうとした宗一さんも。

 それを当たり前のように受け入れている兄も。

 笑顔の裏で私を欺き続けていた家族も。

 

 今は、誰の顔も視界に入れたくなかった。

 

「結!?」

 

 離れの玄関から母が慌てた様子で飛び出してくるのが見えた。

 

 私は足をもつらせながら、急激に方向転換した。

 

 離れとは反対方向――玉砂利を踏み荒らしながら、神社の境内、そして神楽殿へと走る。

  

 息を切らし、滑り込むようにして神楽殿の裏手の隅へと逃げ込んだ。

 土と埃の匂いが鼻を突く中、私は冷たい床に膝を抱えてうずくまり、ただ激しく脈打つ心臓の音を聞いていた。

 

◇

 

「お前……! 結に何てことをしようとしたんだ!」

 

 雅臣は猛り狂った獣のような形相で、宗一の胸倉を掴み、怒号を浴びせた。

 

「……っ」

 

 宗一は反論もせず、ただ悲痛に歪んだ顔で、雅臣の激しい視線から逃れるように目を伏せる。

 

「いったい、何が…」

 

 そこへ、すれ違った結のただならぬ様子を察した父が、息を切らせて駆け寄ってきた。

 

 雅臣の手元、そして、かすかに焦げたような跡の残る宗一の震える指先。

 それを見た父は、すべてを察したように深く、重いため息をついた。

 

 父は宗一の指先から視線を外し、苦しげに目を閉じた。

 

「……もう隠してはおけない」

「結には、きちんと自分が何者なのか、知ってもらわなければならない」

 

 痛みを押し殺すように静かに言った。

 父の言葉に、雅臣が息を呑む。

 

「もう一度、すべてをきちんと話そう」

「前回の話は、記憶消去のせいですっかり忘れてしまっているようだからね」

 

「あなた……」

 

 背後から追いついた母が、不安げに眉をひそめて夫の袖を引いた。

 

「別に、そこまでして話さなくてもいいんじゃないですか?」

「今話したって、あの子はまた拒絶するだけですよ」

 

 しかし、父は振り返らなかった。

 その表情は、一人の父親としての苦渋を滲ませつつ、昼の世界を護る『斎封神社』の宮司として覚悟を決めた顔だった。

 

「それでは駄目なんだ。世界を保てなくなる」

 

 そう苦し気に眉を寄せた。

 

「結自身が自らの役目を理解したうえで、『月の神楽』を成人の儀式で奉納しなければ、封印の効果が著しく薄れてしまう」

 

「でも……っ」

 

 母はそれ以上言葉を紡げず、ただ、娘が逃げていった神楽殿の方を、やりきれない表情で見つめることしかできなかった。

 

 父は、胸倉を掴まれたまま硬直している宗一に向き直り、静かに頭を下げた。

 

「葉室くん。今日はすまなかったね……」

 

「いや……僕は、結を、これ以上苦しませたくなくて……っ」

 

 宗一が焦燥を滲ませて言葉を返そうとするが、父は右の手のひらをすっと向け、静かにそれを遮った。

 

「しかし、娘は君を望んではいない。それだけは事実だ。悪いが今は、結から手を引いてくれないか」

 

 その明確な『拒絶』の言葉に、宗一は言い返す言葉を失い、力なく押し黙った。

 

 雅臣は、掴んでいた宗一の胸倉を乱暴に放すと、天を仰いで大きく息を吐き出した。

 

◇

 

 薄暗い神楽殿の裏の片隅で、自分の膝に顔をうずめて震えていると、静かに砂利を踏む足音が近づいてきた。

 

「結さん」

 

 聞き慣れた、穏やかな声。

 顔を少しだけ上げると、そこには有明さんが立っていた。

 

 彼女はいつものように優しい表情で、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

 

「……どうしました? 結さんは、昔から泣くときは必ずここですね」

 

 その笑顔を見て、喉の奥からかすれた声が出た。

 

「有明、さん……」

 

 私はすがるような思いで、彼女の目を見つめる。

 

「有明さんは……知っていたの?」

「私の記憶が、消されていたことを……」

 

 私の問いかけに、有明さんは悲しげに目を細めた。

 そして、私の傍らにそっとしゃがみ込むと、幼い頃のように、私の頭を優しく撫でてくれた。

 

「……憶い出されたのですか?」

「少し、だけ……」

「そうですか……」

 

 有明さんはぽつりと呟き、遠い目をした。

 

「先代様――おばあ様がおっしゃっていました…」

「結さんはいつか、苦しい選択をすることになるかもしれないと…」

 

「え……」

 

 おばあ様の、優しくどこか寂しげな笑顔がおぼろげに浮かび上がる。

 

「結さんなら、大丈夫です」

 

 有明さんは優しい顔でそう言った。

 

「それって、どういう……」

 

 詳しく聞こうと、有明さんに身を乗り出した、その時だった。

 

「結」

 

 神楽殿の入り口から、冷たい光とともに、聞き覚えのある低い声が響いた。

 振り返ると、逆光の中に、父と兄が並んで立っていた。

 

「結」

「お前に話さなければならないことがある」

 

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