12 白昼
「結――っ!!!」
―――はっ!
鼓膜を震わせる鋭い叫び声に、意識が浮上した。
目を開けると、目が眩むほどの強烈な白昼の光だった。
そして視界の先には、今までに見たこともないような凄まじい形相で私を覗き込んでいる、宗一さんの顔があった。
彼の右手がスッと私の額へと近づいてきた。
その指先を見た瞬間――。
これに触れられてはならない!
本能がそう警笛を鳴らした。
「やめてーーーっ!!!」
叫んだ瞬間だった。
胸の奥に眠っていた何かが、私を守るように激しく弾けた。
宗一さんの白く眩しい光を放つ指先が、私の額に触れようとした、その瞬間―――。
鋭い黒い稲妻が容赦なく弾き飛ばした。
―――バチッッ!!
肉の焦げるような嫌な音と衝撃に、宗一さんが小さく呻いて弾かれた手を押さえる。
彼の手が急に離れた勢いで、私は支えを失い、そのまま地べたへと後ろのめりに倒れ込んだ。
尻餅をついたまま見上げると、宗一さんは自分の手を見つめていた。
私の激しい拒絶と謎の稲妻に言葉を失い、驚きと悲しみが入り混じった複雑な表情で立ち尽くしていた。
その時、離れの方から足音が響き、慌てた様子の兄が駆け寄ってきた。
兄は私の身体を背後から抱き起こし、しっかりと支えてくれる。
「結! 大丈夫か!? 一体何があった!」
私は肩を大きく上下させ、震える身体を必死に抑えながら、宗一さんを鋭く睨み据えた。
「いま……何を、しようとしたの……?」
私のただならぬ問いかけに、兄がはっとしたように視線を宗一さんへと向けた。
彼の傷ついた右手と、そこから漂う微かな気配に気づいたのだろう。
兄の顔がみるみるうちに青ざめていく。
「宗一……お前、許可も取っていないのに、結の記憶を消そうとしたのか!?」
(記憶……!?)
耳を疑う言葉に、心臓が跳ね上がる。
私は兄の腕を振り払うようにして立ち上がり、二人から距離を取るように、一歩、また一歩と後ろに下がった。
「ねぇ……何それ? 記憶を消すって、どういうこと……!?」
私の震える声に、宗一さんは先ほどの動揺を押し殺し、神妙な、どこか冷徹さすら感じさせる面持ちで口を開いた。
「結ちゃん。君は『夜』に惹かれ、その影に囚われかけているんだ」
「おい、宗一! やめろ、それ以上は――!」
兄が焦ったように宗一さんの腕を掴んで止めようとする。
しかし、宗一さんはその静止を冷たく振り払うように、激しく腕を払いのけた。
「いいや、今こそ話すべきだ! これ以上隠し通せる段階じゃない!」
宗一さんは真っ直ぐに私を見つめ、淡々と、しかし残酷な事実を紡ぎ出した。
「夜に惹かれることは『異常』なんだよ」
(……異常?)
意味が分からなかった。
「どうして……夜に惹かれたらダメなの?」
「夜が来れば、人間の活動時間は大幅に減少する」
「……だから?」
「それに理由は分からないが、眠ってしまう人も増えるんだ」
兄が静かに口を開いた。
そして、宗一さんも続ける。
「太陽の光によって発展し続けてきたこの世界で、今そんなことが起これば、社会は大混乱に陥るんだ」
宗一さんは苦しそうに目を伏せて、言葉を絞り出すように言った。
「昼の世界の秩序と平穏を保つために、神護庁は夜に惹かれた者たちの記憶を消去する」
「……それが、僕たちの仕事だ」
頭の上で太陽の光が容赦なく照りつけている。
それなのに、私の時間だけが止まったかのようだった。
考えが全く追いつかなかった。
兄を見ると、兄もまた苦しげに顔を歪めながら、宗一さんの言葉を補足するように視線を落とした。
「ここ最近……この10年ぐらいの間で、理由も分からず『夜』に心を惹かれ、そのまま深い眠りについて目が覚めなくなる人間が増えてきているんだ」
「だから、世界を守るために、神護庁は……」
「違う! 違うって……っ! 勝手に話を進めないで!」
拒絶するように耳を塞ぎたくなるのを堪え、私は一番確かめなければならない疑問を、喉の奥から絞り出した。
「宗一さんは……さっき、私の記憶を消そうとしたの?」
「私の……『月影様』との記憶を……」
宗一さんの目元がピクリと動いた。
彼はそれ以上何も言わなかったが、その沈黙と悲しげな瞳が、「それが君のためであり、一番正しい選択だ」と物語っていた。
信じていた。
家族以外で、一番自分を分かってくれていると…
その彼が、私の大切な記憶を消そうとした。
裏切られたような痛みが、胸いっぱいに広がっていく。
「宗一さんは……今まで、どうして私にそんなに優しくしてたの?」
「ただの監視のため……?」
「任務だから……っ?」
その言葉は、宗一さんの胸を深く突き刺したようだった。
彼ははっとした表情を浮かべ、今度こそ大人の男の余裕を全て失ったような顔で、私に向かって一歩を踏み出してきた。
「違う、結ちゃん、僕は――」
「来ないで……っ!!」
宗一さんは絶望したような表情で、その場に立ち尽くしていた。




