表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

(2)

 別の日。午後の陽光が聖域の石畳を優しく照らしていた。

 私はいつものように石段の上に立ち、長棒を軽く肩に担いで周囲を見回していた。

 すると、一人の男がゆっくりと石段を上がってきた。

(……っ)

 一瞬、私の胸がドクンと鳴った。

 精悍な顔立ちに、柔らかな愛嬌を湛えた瞳。鍛えられた体躯を包む旅装は清潔で、野蛮さを感じさせない。冒険者にしては、珍しいタイプだった。

 私はすぐに表情を引き締め、長棒を地面に突き立てて立ち塞がった。

「聖域に用はないはずだ。すぐに立ち去れ。ここは男が入る場所ではない」

 いつもの冷たい声で告げる。男は足を止め、私の姿をまじまじと見つめた。

「……!」

 男の頰が、わずかに赤く染まった。彼は慌てたように視線を逸らそうとするが、すぐに私の胸元、くびれた腰、露わな太ももへと視線が戻ってしまう。喉を小さく鳴らし、苦しげに息を吐いた。

「あ、いや……話には聞いてたけど……」

 頬が少し赤い。

 その視線が全身を眺め、そして慌てて逸れていく。

 私は内心、小さくため息をつく。

 結局この男も同じか。

 少しだけ――本当に少しだけ、残念だった。

 さっきの胸のざわつきが、馬鹿みたいに思える。

「何?」

 わざとぶっきらぼうに言う。

「帰らないなら追い出す」

 男は慌てたように手を振った。

「ち、違う! そうじゃなくて!」

 ごそ、と肩へ手を回す。

 私は反射的に棒を構えた。

 来るか。そう思った瞬間――

 男はふっとマントを外した。そして、そのまま私へ差し出す。

「えっと、その」

 目を逸らしながら言う。

「これ、着てくれないか」

 私は眉をひそめた。

「……は?」

 男はますます顔を赤くする。困り切った顔で視線をさまよわせながら、小声で続ける。

「目のやり場に困るというか……」

 沈黙。

 風が吹いた。

 私はぽかんと男を見る。

 それから自分を見る。

 そしてまた男を見る。

 ……何だこいつ。

 初めてだった。

 露出の多い格好を見て、軽口を叩くでもなく、下卑た笑いを浮かべるでもなく。

 慌てて上着を差し出してくる男なんて。

 私はなぜか言葉に詰まり、妙に落ち着かない気分で棒を握り直した。

 心臓が、再びドクンと大きく跳ねた。

(……何だ、この感覚は)

 男の視線は確かに私の身体を捉えていた。でも、そこにはただの欲望だけではない何かがあった。戸惑いと、敬意と、そして抑えきれない男としての反応。

 私はマントを受け取るべきか迷った。受け取れば負けのような気がした。でも、なぜか足が動かない。

「……ふん。珍しい男だな」

 私は小さく鼻を鳴らし、紫の瞳で彼をじっと見つめ返した。胸の谷間が息をするたびに揺れるのを、男は必死に視線を逸らそうとしている。


 男が何か言いかけた、その時だった。

 ぱたぱた、と小さな羽音。

「む?」

 私は反射的に棒へ手をかける。

 森の光がふわりと集まり、男の肩口のあたりに小さな影が現れた。

 ……小さい。

 羽。

 女の子、の姿。

 掌に乗るほどの身体で、薄く透き通る羽を忙しなく動かしながら宙に浮いている。

 金色にも見える髪が陽光を受けてきらりと揺れ、小さな腕を組んで、こちらをじろりと睨んだ。

「おいおい、そんな物騒な顔をするな」

 高飛車な声音。

「侵入者ではない。少なくとも今日のところはな」

 私は目を見開いた。

「……妖精?」

 思わず声が漏れる。

 伝承では知っている。聖域の古い文献にも記されていた。

 だが実物なんて初めて見た。

 私は思わず一歩近づく。

 妖精はふん、と鼻を鳴らしながら胸を張った。

「いかにも。私は妖精族の導師、リゼット様だ」

 小さな身体なのに妙に偉そうだ。

 いや、様?

 私はちらりと男を見る。

 すると男は慌てて姿勢を正した。

「リゼット様、急に出てくると驚かせますよ」

 ……様?

 この男、妖精を様づけしてるのか。

 しかも敬語。

 私は少し目を丸くする。

 男より遥かに年上――ということか?

 妖精は寿命が長いという話は聞いたことがある。

「それで」

 小さな妖精――リゼットが腕を組んだまま顎を上げる。

「こやつは私の護衛兼雑用係、アッシュだ」

「雑用係じゃないですよ!?」

「似たようなものだろう」

 男――アッシュが苦笑する。

 その気安いやり取りに、私は少しだけ肩の力が抜けた。

 ……敵意は、薄い。

 気づけば私はじっと妖精を見ていた。

 私は無意識に手を伸ばす。

 指先が届きそうになった瞬間。

 ぺしっ。

 小さな手で叩かれた。

「気安く触るな」

 思わず手を引っ込める。

「何百年生きてると思っている。おぬしなど、ひよっ子だ」

 胸を張る妖精。

「……何百年?」

「失礼ですよ、リゼット様かなり偉い方なんです」

 横からアッシュが苦笑混じりに補足する。

 しかも本当に敬っている顔だった。

 私は妖精と男を交互に見る。

 なんだ、この組み合わせ。

 そして何故だろう。

 さっきから、この男が笑うたび、妙に胸の奥がざわつく。

 私は咳払いして顔をそむけた。

「で? 侵入者じゃないなら、何しに来た」


 アッシュは困ったように頭をかいた。

「怪しいのはわかる。でも、本当に人助けなんだ」

 その声音は拍子抜けするほど真っ直ぐだった。

 冗談めかした軽さもない。ごまかす気配もない。

 隣では妖精――リゼットが腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。

「事実だ。聖女にも話を通したい事情がある」

「顔見知りなのか?」

 私が問うと、リゼットは小さく肩をすくめた。

「昔な。あやつがまだ小娘だった頃から知っておる」

 ……何百年単位で生きているらしい妖精の言葉だ。本当なのかもしれない。

 だが、それだけだ。証拠にはならない。

「悪いけど、それで信用しろって?」

 アッシュが少し困った顔で笑う。

「だよな」

 そして、不意に腰へ手をやった。

 私は即座に棒を握り直す。

 だが彼は戦う様子もなく、ゆっくりと二本の刀を外した。

 手入れの行き届いた大小二刀。

「これ、ここに置いていく」

 私は眉を上げた。

「……武器を?」

「ああ」

 アッシュは軽く両手を上げてみせる。

「信用が欲しいなら、まず俺が譲るべきだろ?」

 その横でリゼットが呆れ顔になる。

「おぬし、相変わらず極端だな」

「でも、これくらいしないと通れない気がして」

 彼は苦笑した。

 嘘をついているようには見えなかった。

 胸の奥がざわつく。

 信じたい?

 何を馬鹿な。

 ここは聖域。私情を挟む場所じゃない。

「悪いけど」

 私は低く言った。

「証拠がない以上、通せない」

 アッシュが静かに息を吐く。ただ、少し残念そうに目を細めた。

「……そっか」

 私は一歩踏み出し、長棒を構える。

「ここから先へ行きたいなら――」

 視線を真っ直ぐ向ける。

「私を越えてみな」


 私の紫の瞳が鋭く細まる。

 心のどこかで、この男を本気で試してみたいという気持ちが芽生えていた。さっきの胸の鼓動を、戦いで振り払えるかどうか。

 リゼットが慌てて羽をバタつかせた。

「待たぬかルシェリア! アッシュは本当に――」

「黙っていろ、妖精。……これは私の役目だ」

 私は構えを崩さない。豊満な胸が息をするたびに上下し、服の隙間から白い肌がチラリと覗く。アッシュの視線が一瞬、私の身体に吸い寄せられたのが分かったが、彼はすぐに目を逸らして拳を軽く握った。

 私は内心で小さく微笑んだ。

(どれほどのものか、見せてみろ)

 私は構えを低く取り、長棒を一閃させた。

「はっ!」

 威嚇の一撃。空気を切り裂くほどの高速の突き。普通の男なら後ずさるか、慌てて防御するはずだった。

 しかしアッシュは、微動だにしなかった。

棒の先端が彼の鼻先を掠める寸前で止まる。彼の瞳は冷静に、私の動きを捉えていた。

(……この男、できる)

 戦士の血が、熱く騒いだ。久しぶりに、胸の奥が戦闘の喜びで震える。さっきまでのざわつきとは、別の高揚感だった。

「ふん……見切ったな」

 私は小さく笑い、すぐに連撃に移った。

 右から左へ、薙ぎ払い→回転突き→下方から跳ね上げる三連撃。

 アッシュは「ちょっと待て!」と慌てた声を上げながらも、必要最低限の動きだけで全てをかわしていた。身体をわずかに傾け、足を一歩ずらすだけ。無駄が一切ない。

 私は棒を回転させ、さらに踏み込む。

 風圧が頬を打つ。それでも彼は崩れない。

「リゼット様、止め――」

 宙で腕を組んでいた妖精が、面白そうに笑った。

「そんな女、やってしまえ!」

「無茶言わないでください!」

 アッシュが思わず声を裏返らせる。

「こんなの手加減できる自信ない!」

 ……は?

 私はぴたりと目を細めた。

 手加減?

「……へぇ」

 自然と笑みが浮かぶ。

 自分でもわかる。少し、獰猛な顔をしている。

「なめられたもんだな」

 私は棒を握り直した。

 足を踏み込む。

 今までより深く。

 今までより速く。

「なら――少し本気を見せてやる!」

 連撃がさらに鋭さを増す。

 石畳を蹴り、私は間合いを詰めた。


「ご、ごめんなさい!」

 その声と同時だった。

 アッシュの動きが、初めて変わる。

 抜いたのは短い方の刀。

 一閃。

 ――速い。

 今まで避けに徹していた男とは別人のような太刀筋だった。

 私は反射的に棒を返しながら後ろへ跳ぶ。

 刃先が私をかすめた。

「いい太刀筋だ」

 着地しながら私は口角を上げる。

「けど――」

 視線を細める。

「間合いが甘――」

 その時だった。

 ぱさり。

 妙な音。

 風が妙に肌へ触れた気がした。

 アッシュは小刀を構えたまま、固まっていた。顔が真っ赤で、目が私の胸に釘付けになっている。

「……え?」

 一瞬遅れて、自分の異変に気づいた。

 白いキャミソールが、胸の真ん中から縦に真っ直ぐ切り裂かれていた。金色の装飾ごと、布が左右にぱっくりと分かれる。

 両方の豊満な乳房が、露わになっていた。戦いの汗で艶やかに光る、白く大きな胸。桜色の頂が、冷たい風に触れてすぐに硬く尖る。

「きゃぁぁぁぁ!?」

 自分がこんな可愛らしい悲鳴を上げるなんて、思ってもみなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ