新婚生活
「クレオ、おはよう」
「クオン、おはようございます」
新居へ移り、新婚期間の丁度半分が過ぎた。
最初はどことなく緊張気味だった二人だったけれど、屋敷にお互いしかいないことで必然的に向き合うことになり、徐々に心もほぐれて行き、同居人としては十分な仲の良さにはなれた。
クオンのことを『クーオン様』と呼んでいたクレオに、クオンは「クオン」呼びを願い、正しい発音も覚えてもらった。
白い結婚とはいえ夫婦になった二人。
不仲だと噂になれば偽装結婚を疑われる可能性は高い。
そんなことを二人で話し合った結果、まずは呼び方から改めようとそんな結論に行きついたのだが、その相乗効果は十分にあったようで、新婚さんの熱々とはいかなくとも仲の良い若夫婦には見えるようになったと思えた。
「クレオ、朝練?」
「ええ、こればかりは毎日の習慣ですし、サボるとかえって体の調子が悪くなってしまいますからね。それに休み明けに体がなまっていたら隊の者に何を言われるか分かりませんし、騎士として恥ずかしいですから」
「フフ、うん、クレオのそんなとこ、好き、真面目でカッコいいよねー」
「……有難うございます」
相変わらずのクオンの言葉に胸の衝撃はあるが、それでも出会った当初よりはなれたと言える。
毎朝必ず剣を振るうクレオの横、王城生活で危険な目に合い体を鍛える大切さを実感したクオンも、空手の型の練習を行うための柔軟を始める。
「クオンはいつも練習前同じ動きをしていますが、それは何の運動ですか?」
「これ? 準備運動? 体、柔らかい大事、【スポーツ選手】皆、やる」
少し分からない言葉もあったが、どうやら運動前に体を準備させる運動がクオンの世界にはあるらしい。
怪我の予防にもなるらしく、クレオはクオン真似て体を動かした。
「これは……体がスッキリしますね、凄く良いです」
「うん、良いでしょう? クレオも毎日一緒やろう」
「ええ、是非」
準備運動を終えるとクオンは走り出した。
クレオもクオンを真似て走り出し、息づかいも習う。
「クオンの仕事は騎士ではなかったのですよね?」
体の為の運動をよく知り、走ることも得意なクオンにクレオは疑問をぶつける。
「うん、普通の【サラリーマン】……うーん、こっちだと、なんて言うんだろう……色々仕事、やる? 人? 勤める? 人? 難しい……」
「フフフ、そうなんですね、楽しそうな仕事ですね」
「うん、仕事楽しかった、でも【満員電車】は死ぬ!」
「死ぬ……?」
仕事をミスしたら死ぬような目に合うのだろうか?
クオンの仕事は詳しく分からないが、浮かべるその顔には悲痛なものがあり、危険な目に合うこともあったのだろうとクレオは悟った。
「朝ごはん、今日も、僕作るね」
「有難うございます。私も料理を覚えたいので一緒にキッチンに行ってもいいですか?」
「うん、勿論、クレオ一緒嬉しい、楽しい」
「……」
朝から可愛さを振りまくクオンは、今日もニコニコと良い笑顔を向けてくれる。
これでは下手な使用人を雇えないなぁと思いつつ、クオンのエスコートを受け各自の部屋へ行き、まずは朝練の汗を流した。
そしてシャツとズボンという簡易な服へ着替えると、クオンの待つキッチンへ向かう。
シャワーを終えたクオンは既にエプロンを付けていて、レタスを洗っているところだった。
「クレオ、急いでない? 髪ちゃんと乾かした?」
「はい、サッと汗を流しただけですし、髪もちゃんと乾いていますから心配いりません、急いでもないですよ」
「そう? ならいい。でもアリス、もっと時間かかる、二時間風呂入ってたことある、長~い」
「アハハハハ、アリス様はお年頃の女性ですからね、身なりに時間がかかるのは当然ですよ」
アリスが怒ったような顔を真似て、クオンが乙女の事情を暴露する。
貴族女性にとって身だしなみは戦闘服に着替えるのと一緒。
時間がかかって当然だ。
クレオにだって可愛い少女時代があったのでアリスの気持ちが分かると答えれば、今度はクオンが笑いだす。
「フフ、クレオだって、今もお年頃、とっても可愛い女の子なのにー」
クオンにとっては女性へ向ける当たり前の言葉なのだろうし、もしかしたら可愛いだなんてお世辞かもしれないけれど、クオンにお年頃とか可愛い女の子だと言われると何故か素直に嬉しいと感じてしまう。
これがもし騎士団の仲間に言われた言葉だったら、馬鹿にするなと殴っているだろう。
「……んん、私は騎士ですから……女の子はもう卒業です……」
「そう? じゃあ、僕の前だけ、クレオ可愛い女の子ねー」
「……はい……そうですね……私はクオンの妻ですから……」
「うん! 自慢の奥さん、僕、幸せ」
「……」
クオンの言葉にちょっとだけ頬が熱くなった気がして、クレオは誤魔化すように「何をしましょうか?」と話題を変える。
今日は「【クロックムッシュ】作る」と気合を入れるクオンを手伝うように、クレオはサラダを担当することになった。
クレオがトマトを切っている横でクオンはボールに卵を割り、牛乳と塩コショウを入れ混ぜていく。
手際の良さは料理をちゃんとしている人の物。
クレオの騎士団でのお手伝いに近い料理内容とは全然違うものだった。
「【ホワイトソース】使わない、簡単レシピだけど、美味しいよー」
ボールの中に三角に切ってあったパンを入れ、上下ひっくり返して卵液を染み込ませると、次にチーズとベーコンを間に挟んでいく。
フライパンにバターを入れ、じゅわっといい音がして溶け始めると、クオンは慣れた手つきで三角のパンを入れていく。
「これ、アリスも好きな【メニュー】だよ、あと【クロックマダム】も美味しい」
「そうなんですか? そのお料理もいつか食べてみたいですね」
「勿論、任せて! クレオのご飯は、全部僕が作るから」
「クオン……」
フンッと気合を入れ握り拳を作るクオン。
こんな可愛らしい仕草をする成人男性など、この国には絶対にいない。
(団長が孫は可愛すぎて目にも入れられると言っていたが、その気持ちが今なら少し分かるな……)
手際の良いクオンの作業を覗き込みながら、クレオはまた明後日の方向へ思考が行きついた。
自身が恋の病にかかりつつあることに、鈍感なクレオは気づきもしない。
これまで恋愛に縁がなかったため当然ともいえた。
「出来た、クレオ、食べよ」
「はい、凄く美味しそうですね、クオン」
「うん、中々の出来だよ」
人差し指と中指を立て、二本の指を目元に寄せポーズを決めるクオン。
その可愛さは何とも言えないもので、食事を摂る前から胸が詰まりそうだ。
皿にクロックムッシュとサラダ、そして切った林檎を盛り、各自の皿を持ってテーブルへ向かう。
飲み物はミルクと水を用意し、二人で向かい合い席へ着く。
いい香りが目の前で漂い、ごくりと喉が鳴ればクオンが良い笑顔で笑った。
「クレオ、食べよう、いただきます」
「はい、クオンに感謝して、いただきます」
フォークでパンを押さえナイフで切る。
中心からトロリとチーズが溢れてきて、それだけで既に美味しいことが分かる。
「ん! 美味しいです!」
「でしょ! チーズとベーコン、相性最高!」
今日まで食べたクオンの料理は全て美味しかった。
その上手早く作ってくれるので、朝練後のクレオには有難いし、胃袋を掴まれる未来しか見えてこない。
「この林檎は……不思議な形ですね」
「うん、ウサギさんだよ、可愛いでしょ?」
「ウサギ……さん……?」
「そう、ウサギさん、ぴょんぴょん、分かる?」
頭に手を乗せ、ウサギの耳を作るクオン。
ぴょこぴょこと手を動かすのは止めて欲しい。
可愛すぎて胸が痛くなるし、直視が厳しい。
その上ウサギにさんという敬称までつけるのは狙っているとしか思えない。
魔獣のツノウサギは討伐対象であるけれど、今後は仕留めるのが難しくなった気がした。
「ごちそうさまでした、クオン、とても美味しかったです」
「そう? なら良かった。これからもクレオのため、美味しいご飯作る、任せて!」
「はい、クオン、有難うございます」
「うん」
外で騎士として働くクレオの為、クオンは生活をサポートしてくれるらしい。
その気持ちがとても嬉しく、クレオの顔にも笑顔が浮かぶ。
偽装結婚だけれど、自分たちの関係は悪いものではなく、とても温かで楽しいものだ。
最初は「おまけの男」がお見合い相手だと戸惑ったクレオだったけれど、結婚相手がクオンで良かったと、ずっとこのままこの生活を続けたいと、今はそう思うようになっていて、自分の変化を素直に楽しめてもいた。
(結婚なんて一生縁のないものだと思っていたけれど……良いものだなぁ……)
「クレオ? どした?」
キョトンとした顔を向けるクオンはどこまでも可愛く、自身の手で守りたいと思える相手だ。
結婚してその感情が強くなったのも本当で、クレオはアリスや王家と約束したからではなく、自分自身がクオンを守りたいとそう思っていた。
「いいえ、何でもありませんよ、クオン。お皿は私が洗いますね」
「ううん、じゃあ、一緒に洗おう、僕たち新婚さんだもん、ね、ずっと一緒、仲良く過ごす、それ大事」
「フフフ、そうですね、私たちは新婚ですし、仲良く一緒に洗いましょうか」
「うん!」
こんな毎日なら悪くない。
侯爵家の娘でありながら、騎士を目指したことで後ろ指をさされたような、そんな気持ちになっていたクレオ。
家の役にも立たず、ずっと女性らしくない自分を心の中で責めていたけれど、今は自信をもって答えられる。
クオンを守る騎士は自分であり、クオンの妻は自分しかいない。
クレオは騎士の道を選んで正解だったと、クオンとの温かな生活のお陰で、そう思えるようになっていた。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、良いね、評価など、温かな応援も有難うございます。
クオンは少しずつ喋れる言葉が増えていますが流石に満員電車は言えませんでした。




