新居へ
クレオとクオンの結婚が決まり、二人の新居は王家ではなくキンリー侯爵家が用意した。
それはこの結婚を公にした際『おまけの男』は今後キンリー家の者であると、教会からのご意見やご不満を王家が受け付けない為もあるが、クオンが聖女の傍に残らず婿へ入ることで、クレオとクオンがお互いを想い合い望んで結婚したと示すためでもあった。
そして話はずんずんと進み。
クオンにとって王城は窮屈なうえに危険もあるということから、出来るだけ早くクオンは新居へ移動することになり、クレオもそれに合わせ騎士団の寄宿舎から出ることになり、そして今日遂に新居への入居の日を迎えた。
「クーオン様、お久し振りです」
「うん、クレオ、久しぶり、会いたかったよー」
馬車から降りクレオに笑顔を見せるクオンは少年の様。
相変わらずの率直な言葉に、なんだか身の置き場のないような不思議な恥ずかしさを感じる。
「コホンッ、んんっ、あの、はい。えー、クーオン様、こちらが我々の新居です」
「? うん、ありがと、クレオ」
王城からひっそりと抜け出してきたクオンを屋敷に迎え入れ、クレオ自ら二人の愛の巣を案内する。
「おっきい家ね、ワクワクする」
「そうですか? 気に入っていただけましたか?」
「うん、クレオと一緒、楽しみ」
「んんっ」
言葉がまだ流暢とは言い難いクオンは、こちらが恥ずかしくなるような言葉を子供のように素直に口に出す。
何故か長距離を走った後のような激しい動悸、息切れのような症状が出そうになったクレオは、どう答えるのが正解なのか分からないため、新居を案内する方へと逃げた。
「えーっと、まずは各自の部屋を見ましょうか?」
「うん。あ、ね、クレオ、ここ、一人?」
「はい、私とクーオン様の新居ですので私一人で待っていました」
「ううん、違う、あー、使用人? いない? クレオ、一人?」
「ああ! ええ、そうです、私一人です。私たちは新婚ですので通いのメイドなどは一週間後に参りますよ」
「……新……婚……?」
「? はい、結婚したばかり、新婚ですよね? クーオン様、どうか致しましたか?」
使用人の心配をするクオンにクレオは説明を行った。
この国では新婚カップルの邪魔をするのは無粋だとされていて、一般的には一ヶ月は仕事を休み、二人きりの時間を楽しむのが道理。
姉も婚約者との結婚が半年後に控えているが、一か月間は新婚旅行へ行き、誰にも邪魔されず二人きりの時間を楽しむ予定になっている。
そこは平民も一緒。
長さは貴族よりも短くはなるが、平民でもニ、三週間は新婚生活を楽しむものだ。
仕事を休むことも簡単に許可される。
それは子供を増やすためという理由もあるが、この世界の常識でもあった。
ただクオンとクレオの場合、急な結婚だったため、クレオは一週間の休みを取るのが精一杯。
隊長として活躍するクレオがよく一週間も休みを取れたものだと褒められても可笑しくない程の事。
けれど短くても、その間は二人きり。
二人の仲を誰にも邪魔されない手筈となっている。
『新婚って響きが……ヤバいな……』
シェアハウス的なものを考えていたクオンの動揺は酷い。
一応そこはクオンだって成人男性、美しい女性であるクレオと二人きりだと想像すれば、色々と妄想が膨らんでしまう。
「クーオン様、大丈夫ですか?」
何かを呟き、不安なのか俯いて顔を押さえてしまったクオン。
ちょっとだけ耳も赤い気もするし、まさか不安で泣いている訳ではないよね? と、クレオまで不安になってきた。
「あの、クーオン様……?」
『ああ、うん、ごめん、ごめん。うん、二人きりね。大丈夫、大丈夫、分かってるから! うん、そうだよね、俺たち新婚だもんね。そう、大丈夫だよ、全然問題ないから、安心していいよ、うん』
「?」
また母国の言葉で話し出したクオンは視線を泳がせどこか落ち着きがないようだけれど、泣いている訳ではなく笑顔を浮かべているのでクレオはホッとする。
「んんっ、コホンッ、あー、そう、クレオ、食事? どうする?」
突然食事の話に変わったが、クレオは動揺が見えるクオンを安心させるように頷いた。
「はい、今日の食事は既に侯爵家の方で準備してありますが、今後の食事も侯爵家から届けてもらうことも出来ますし、簡単なものであれば私も作れますので安心して下さい」
「クレオ、料理、する?」
「はい、少しですが……騎士団では野営の訓練の際、料理は各班で受け持つので簡単なものなら私も作れますよ、ご安心を」
「そっか、じゃあ、一緒出来るね、嬉し」
満面の笑みをクレオに向けるクオン。
その姿はとても年上男性には見えず、可愛らしい小動物が手の平にでも乗ってくれたような、不思議な愛おしさを感じる。
「んんっ、クーオン様、あの、立ち話もなんですし、まずは部屋の中に入りましょうか?」
「うん、クレオ、案内、宜しく、楽しみねー」
手を差し出されたのでクレオは握手だと思い、クオンと同じく手を差し出した。
するとどうやらエスコートしてくれるための手だったようで、笑顔で手を繋がれてしまい、また不思議な動悸が始まった。
「クレオの手、綺麗、騎士の手だー」
「いえ、えっと、はい、あの、ごつごつしていて、申し訳ありません……」
クレオの手は剣を持つ者の手だ。
貴族令嬢のように細く白く美しいものではなく、お世辞にも綺麗だとは言えないものだけれど、何故かクオンは嬉しそうだった。
「ううん、クレオの手、頑張ってる手、カッコいい」
「えっ……」
「クレオの手、僕、好きだよ」
「ク、クーオン様……」
クオンはそんなことを言って、クレオの手をギュッと握る。
その瞬間何故かこれまでにないほどの強い動悸を感じたが、クレオにはその理由が分からない。
(もしかしてこれが……世間でいう母性本能というものだろうか……?)
明後日の方向で答えを出したクレオは、自室を見て目を輝かせているクオンの顔を見て納得をした。
(純粋で子供のようなこの方を私が守らなければ……)
聖女アリスと約束したから、王家からの願いでもあるから。
そんな言い訳のような思考に持っていき、恋愛感情というものには行きつかないクレオは、どこまでも疎いようだった。
「クーオン様、屋敷はどうでしたか? 満足して戴けたでしょうか?」
侯爵家が用意した屋敷は、目立たないように貴族としては小さめの物。
そして防衛のため、右隣の屋敷には王家の関係者が住み。
左隣の屋敷には侯爵家の関係者が住んでいるため守りも完璧だ。
あとはクオンが気に入ってくれるかどうかが問題だったのだが、お茶を飲むその様子を見れば満足してもらえたようだった。
「うん、とても気に入った、キッチン広い、お風呂ある、最高、侯爵様に、ありがとー、だね」
子供のように嬉しそうなクオンはとても可愛い。
何故かまたクレオの胸がドクッと鳴って、これが愛おしさなのか? と子供がいるわけでもないのに、母親にでもなったような気持ちになる。
(それにしても母性本能というのは困ったものだ……)
クオンの可愛い姿を見れば見るほど、この気持ちは重症になるようで、一緒に生活していくことがちょっとだけ怖い気もする。
「クレオ、どした? お茶、熱い?」
「いえ、何でもありません、いただきますね」
「うん」
クレオは誤魔化すように視線を下に向け、クオンが淹れてくれたお茶を味わう。
屋敷でメイドが淹れてくれるお茶は当然美味しいが、クオンと飲むお茶はまた違う味がする気がした。
「クーオン様、お茶を淹れて下さって有難うございます。とても美味しいです」
「うん、良かった。ここの茶葉、とってもいー、すっごく美味しいねー」
「……」
(きっとクーオン様は笑顔が標準装備なのだな……気にしたら負けだ)
何を言ってもいつも楽しそうに笑っているクオン。
それだけでも可愛らしいのに、彼は見た目も人目を惹く容姿だから尚更だ。
だからこそ異性に興味のないクレオの母性本能をくすぐることが出来るのだろうが、危険すぎて恐ろしい。
誰にも見せてはいけない。
自身の独占欲にクレオが気づくはずもなく、クオンを未知の生物のように感じるクレオだった。
「クーオン様、約束です。私が居ない時に何かあったら隣の家に逃げて下さいね、左右どちらでもいいので」
「う? うん、大丈夫、さっきも聞いたよ? 問題ないよ?」
「それとその内クーオン様付きの護衛も屋敷に参りますので、言うことをきちんと聞いてくださいね」
「ふふ、うん、分かった。ふふふ、クレオ、心配症ー。でも、ありがとね、嬉しい」
「ーーっ!」
この人はどこまで人を誑かすのか。
頬を赤く染め照れる姿は犯罪級だ。
(騎士団には絶対に連れていけないな……)
女性であるクレオの前でも平気で商売女について話す騎士団の面々を思い出し、クレオはそんな決意を持つ。
「クーオン様、夕食はキンリー家から五時に届く予定ですが、お風呂はどうしますか? その後で宜しいですか?」
お風呂を楽しみにしていたクオンに声を掛ければ、食事の後で良いと頷かれる。
聖女様のいた国では毎日お風呂に入る習慣があるらしく、屋敷を準備する際、お風呂には一番力を入れていた。
「お風呂、可愛かった、猫の足、してた、猫ちゃん、分かる?」
にゃんっとでも言いそうな雰囲気で、手をくいっと曲げ猫の手を真似するクオン。
クレオはまた胸に酷い痛みを感じたが、騎士としてどうにか耐える。
これが精神統一の修行の結果だろうが、急なことにグッと耐える声が出たことだけは許して欲しい。
「クレオ、どした? お茶苦い?」
「んんっ、いいえ、何でもありません。お茶も問題ないです、美味しいままです」
「そう? なら良かった、クレオ美味しい、嬉しい」
「……」
無意識であざとさを出すクオン。
これは聖女の国の男性皆の技なのだろうか。
聖女の可愛さに翻弄されている王太子を思い浮かべ、クレオは同士だと思いながらもちょっと気の毒さを感じた。
「んんっ、クーオン様、お風呂の介助は私が行いますのでご安心下さい」
「……? かいじょ? かいじょ、なぁに?」
貴族が風呂に入るにはメイドの介助が必要。
けれど今は新婚期。
手伝いがない以上、クレオがクオンの手伝いをするしかない。
なので提案を出したのだが、クオンには介助の言葉の意味が分からないようだった。
「クーオン様のお背中は私が流しますので」
「へっ?」
「安心して身を委ねて下さいね」
「えっ?!」
クオンの顔が一気に赤く染まる。
初心な乙女のようなその反応に普通の者なら可愛いと思うところだろうが、クレオは体調不良を心配する。
「クーオン様、熱ですか? 顔が赤いのですが」
「ち、ちがう、ちがう、熱違う、クレオ、変なこと、いった!」
「変なことですか? それより寝室で少し休みましょう、顔が赤いのが気になりますから」
「寝室?! ダメ! 違う、違う、大丈夫! 大丈夫なの!」
この後クオンを抱え寝室へ運ぼうとするクレオと、大丈夫だと言い張るクオンの間で攻防が起きるが、それはまさに新婚さんの熱々なイチャつきのようだった。
ただし、それは二人だけの想い出。
この先誰も知らない、二人だけが知る出来事となるのだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、良いね、評価など、応援も有難うございます。
同居始まりました。
クオンはあざとさを狙っている訳では無く、言葉が伝わらないことを心配してジェスチャーをしているだけです。




