聖女とのお茶会
クオンとのお見合いを終え、両者の同意もあり、貴族としては最速と言える結婚が決まったクレオ。
父と新居の相談、そして母や姉とは新居へ持っていく家財道具などの話し合いを行い、その上上司への報告、仕事の調整など、急な結婚で慌ただしい日々を過ごしているクレオの下に、ある日聖女からお茶会の案内が届いた。
「宜しければ、一緒に女子会をしませんか?」
季節の挨拶もなく、こんにちわ~から始まった気軽なその手紙には【女子会】という、聞いたことのないネーミングの誘いが書かれていた。
「クレオ、聖女様からのお誘いだ、これは断ることは出来ないぞ」
「はい、分かっております、父上。上司にも相談し、指定の日付にお誘いをお受け出来るよう、調整いたします」
「ああ、私の方からも騎士団長へは話をしてあるので、休みの申請は通るだろう」
「はい、有難うございます」
結婚の休みも申請したばかりで、今度は茶会への出席のための休み申請。
上司である騎士団長には申し訳なさしかないが、こればかりは仕方がない。
聖女様とのお茶会もある意味仕事と同じ。
騎士団長であってもダメだとは言えないだろう。
「あなた、私とオーロラも呼ばれているようですが、宜しいのでしょうか?」
「ああ、どうやら聖女様はクーオン様の結婚相手であるクレオの家族を自分の家族でもあるとそう思って下さっているようだ」
「まあ、そうなのですか?」
「聖女様の家族だなんて、光栄ですけれど……」
クオンと縁を繋いだことで、キンリー侯爵家は注目を浴びるはず。
そんな中、聖女とも家族同然の仲だと知られれば、他の侯爵家や、公爵家から羨ましがられるのは必然。
裏を読まなければならない貴族社会で生きてきたキンリー家の者たちからすると、聖女の呼び出しでさえ怪しく映るぐらいだ。
ただ、アリスとクオン、二人の人柄を知っているだけに、そんなことはあり得ないことは分っていた。
「クーオン様も、聖女様も愛情深い方なのだろうな……」
「有難いことですわね」
「本当に……」
クレオの結婚は、聖女とその『おまけの男』を守るための結婚だが、こんなにも早く聖女様から信頼され、家族と呼んでていただけるとは思ってもいなかっただけに、グレースもオーロラも驚きしかない。
「それにな、招待状はわざわざ聖女様が私の職場に是非にと届けて下さったのだ」
「えっ? 父上、聖女様が直々に父上の下へいらっしゃったのですか? 城内の執務室へ?」
父の執務室。
文官たちは急な聖女の登場に驚きしかなかっただろう。
クレオがちょっと気の毒になっていると、怖いことを父が言いだした。
「ああ、本当はクレオに直接渡したかったようだが、殿下が止めて下さったようだ」
「それは……」
「ああ、話を聞いた時は止めて下さって良かったと、私もホッとしていたよ」
「……」
クレオの職場は王城騎士団だ。
男性主体の暑苦しい職場に清らかな乙女である聖女が現れれば、たとえ規律正しい職場の騎士だとしても大騒ぎになるだろうし、大勢の目を引くはずだ。
それに聖女の容姿も多くの者に知られ、今以上に注目されることも簡単に想像が付く。
それにクレオに対しても「何故あいつの下に?」と疑問をぶつけられるだろうし、羨ましいと欲をぶつけられる可能性もあった。
クレオとクオンの結婚は今はまだ隠匿されている。
この先入籍を済ませ、新居へ移り住んだ後、クオンとの生活が落ち着いてからひっそりと公表する予定だったのだが、そうは出来なくなっただろう。
「クレオとグレースとオーロラ、全員主席だと返事を返すが、大丈夫だな?」
「はい、聖女様のお呼び出しの意は分かりませんが、出来いる限りご要望にお応えできるよう努力いたします」
「あなた、私も聖女様のお心を聞き、キンリー侯爵家の夫人としてお役に立てるよう努めますわ」
「お父様、私もです」
「ああ、皆、頼んだぞ」
聖女様の呼び出しに覚悟を持って王城へ向かうことになったキンリー家の女性たち。
そして茶会の日を迎え、指定された応接室へ向かえば、聖女様と側妃の娘である第一王女のアイラが揃って待っていた。
「来て下さって有難うございます、クレオ姉さま」
「クレオ、ねえさま……?」
笑顔の聖女に姉呼びをされ、クレオは失礼ながらも思わず聞き返す。
クオンとの結婚は決まったが、それが偽装結婚、白い結婚であることは聖女も知っているはず。
それでも自分を姉と呼び慕ってくれるのかと思うと、戸惑う気持ちの方が強かった。
「はい、くう兄の結婚相手だからクレオさんは私の叔母さんだけど、お姉ちゃんみたいな存在かなって思って、お姉様って呼びたいです。あ、でも、クレオ姉様が嫌だったらクレオさんって呼びますけど……」
何か裏でもあるのだろうかと困惑中のクレオの前、聖女はしょぼんと肩を落とす。
その姿が子リスのようで、クレオの良心がズキリと痛んだ。
慰めるべきか、受け入れるべきか、それとも窘めるべきか。
いえ、あの、と言い淀むクレオを見て、アイラがくすくすと笑いだした。
「ねえ、クレオ、聖女様の言葉に嘘はないわ。アリスは本気であなたを家族だとそう思っているのよ。この子のお姉様になってあげて、私からもお願いよ」
アイラの隣、そうだと言うようにうんうんと頷くアリス。
聖女とは今日で二回目の顔合わせだが、それでも彼女の中では既にクレオは姉であり家族のようだ。
嬉しいながらも戸惑いがまだ強いクレオだったが、断ることなど選択できるはずがない。
「あ、有難うございます。聖女様、光栄です」
「本当に? 良かったー。有難うございます、クレオ姉様!」
姪っ子だからか、それとも聖女の国の者たちは皆こんなにも朗らかなのか、アリスとクオンはとても似ているとクレオは思った。
「あの、クレオ姉様、それにご家族の皆様も、良かったら私のことは聖女ではなくアリスって呼んでください、本当の家族になるんですから」
「はい、聖女様、いいえ、アリス様、光栄でございます」
「アリス様、有難うございます」
「あの、本当に、もう様とかもいらないんで、アリスって気軽に呼んで下さい。それと、あの、私もグレースお母様とオーロラお姉様とお呼びしてもいいですか?」
クレオの母と姉が戸惑いながらも頷くと、アリスはそれはそれは可愛らしい笑顔を見せる。
アリスとアイラは同じ年だと聞いているが、アリスの見た目や言動からはアイラよりも少し年下の女の子のようだと思えた。
人を疑うことを知らない無垢な少女。
聖女と呼ばれるに相応しいその姿に、茶会の話が来てから警戒気味だった母や姉の緊張も少し和らいだようだった。
「ねえ、挨拶も終わったのだし、そろそろお茶にしましょうよ。実はね、今日のお茶会のお菓子はアリスが作ってくれたのよ、ねっ」
「うん、久しぶりにお菓子を作ってみました。お口に合うと良いんだけど」
「えっ? 聖女様が、いえ、あの、アリス様が直々に? ですか?」
「はい、パティシエの様には行きませんが、これでもお菓子作りは得意なんですよー」
アイラが指示を出すと、メイドたちがお茶とお菓子を運んできた。
ワゴンに乗っているお菓子は見たことのない形をしているもので、異国の世界から来た聖女様手作りの品だと言われて、納得出来るものだった。
「私、くう兄の影響でお菓子作りが趣味なんですけど、今日は一番得意なマカロンを作りました!」
手を広げマカロンなる菓子を紹介するアリス。
その姿は可愛らしいが、世界中の誰もが欲しがるような聖女手作りの品を自分たちが食べていいのかと、キンリー家女子には戸惑いしかない。
「まかろん……ですか?」
「フフフ、アリスの作ったお菓子、白くて綺麗でしょう? 私もこんなお菓子は初めてでビックリしたし、食べるのが楽しみだったのよ」
「えへへ、アイラってば褒めすぎだよー、でもありがとっ」
アイラが楽しみにしていたというのも当然で、クレオもこんな真っ白で綺麗なお菓子は見たことがなかった。
「くう兄はもっと上手なんですよ、お菓子作りもお料理も。私の両親は共働きだったから、近くに住んでいたくう兄が私の面倒を見てくれることも多くって、良く一緒にお菓子を作ったり料理をしたりしてたんです、フフフ懐かしいなー」
クオンとアリスの仲の良さは思った以上の物のようだった。
姪っ子と叔父というよりも、兄妹と言った方が正しいぐらい、言葉の端々からは同じ時間を共有して来たことが伺える。
「くう兄はね、高校生のころ自分で自分のお弁当作っていたから、名前をもじって『夫君』てあだ名で呼ばれていたくらいなんですよ、面白いでしょう?」
「おっとくん……ですか?」
「はい。ああ、でも、クレオ姉さまにとっては本物の夫君ですけどねー」
アリスとアイラが最初に菓子に口をつけたのを確認し、クレオたち家族もマカロンを口に含む。
サクッとした表面で口に入れるとシュワッと溶ける不思議なお菓子。
口当たりはねっとりもしていて、優しい甘さもあって、食べたことのない菓子だというだけでなく、不思議な触感やクリームの美味しさには驚きしかなく、クレオたちは目を丸くする。
「とても美味しいです……」
「本当に? 良かったー。クレオ姉様のお口にあったなら安心だなー。くう兄の味と私の味は似てるからクレオ姉様とくう兄は絶対に上手くいくよ、私が保証するね」
どうやらアリスはクオンの結婚が心配で今日の茶会を開いたようだ。
お互いにお互いを思い遣る愛情の深さに、クレオは感慨深さしかない。
「あの、くう兄は、ううん、クオン叔父さんは、ちょっとぼんやりしてるところがあるし、鈍感だし、おっちょこちょいかもしれないけど……だけど、すっごく優しくて、私にとって大事なお兄ちゃんなの! だから、お願いします! どうかくう兄ちゃんをキンリー家の皆さんで守ってください! 私が傍にいると、くう兄ちゃんに迷惑がかかるから……くう兄ちゃんを、くう兄ちゃんを……私の代わりに守って下さい……お願いします!」
「アリス……」
聖女が涙を流しながら懇願する。
そんな聖女をアイラが抱きしめ、背中を摩る姿は胸に来るものがあった。
大切な家族であるクオンを聖女召喚に巻き込み、自分が迷惑をかけてしまったとそんな気持ちがあるのだろう。
責を負うべきは聖女の意思なく呼び出したこの国であり、聖女様自身ではないのに、アリスはクオンに対し重い責任を抱えていたようだ。
悲痛な様子でクオンのことを願う聖女の想いを断る選択など、キンリー家にあるはずがなかった。
「アリス様、安心して下さい」
「……クレオ、姉様?」
「クーオン様のことはこの私が全身全霊を掛けてお守りし、誰の手にも触れさせないことをこの場でお約束いたします!」
「ほんと……? クレオ姉様……ほんとにいいの……?」
「はい、それに母も姉も、そして勿論父も、クーオン様だけでなく、貴女様の味方になるともお約束させていただきます。絶対にです」
「うん、うん! 嬉しい! ありがとうね……クレオ姉様……」
聖女の涙は誰かを想うとても清らかなもので、クオンとの結婚にはもうとっくに決意を固めていたクレオだったけれど、その決意が益々強くなり、揺るがないものへ変わったことをこの茶会で改めて感じた。
「クレオ姉様、くう兄ちゃんを幸せにして下さいね、よろしくお願いします!」
「はい、勿論です、必ずクーオン様を幸せにしてみせます! 私にお任せください」
「うん!」
クレオの言葉にアリスはやっと笑顔を見せ、心配の涙は嬉し涙に変わったようだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
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アリスの作ったマカロンは色なしの白のみです。
料理よりもお菓子作りの方がアリスは得意です。




