★聖女の末裔
キーラン・ガルデンは生まれた瞬間から『特別』を持っていた。
聖女そのままを表す黒色の髪は、聖神力の強さを表すもの。
ここ何十年と、聖女の子孫の家系でこれほど美しい黒髪を持った子供はいなかった。
そして魔力の量。
赤子でありながら、力ある魔力を持って生まれたキーラン。
キーランの母親はその魔力量に当てられて、出産直後に失神してしまったほどだった。
だからだろう。キーランはこの世界に生まれた時から、人とは違う扱いを受けてきた。
それにキーランは他人の魔力が見えるそうで、そのことでも特別扱いを受ける結果となった。
きっとそれは周りから見れば大事にされている、羨ましい生活だったと思う。
けれど何をしても褒められ、何をしても皆がキーランならばと認める生活は、本人にとってはつまらなく、何の色もない味気ないものだった。
友人など出来るはずもなく、本気で喧嘩が出来る相手もいない。
聖女の血が濃いせいなのか、キーランは物事の理解力が深かった。
一を聞いて十を知る。
それだけでも十分なのだが、キーランはそれだけにとどまらず、子供らしい腕白さや、乱暴さが全くない子供で、大人同然の子供という様子で育ってしまった。
笑顔の無い子供。
楽しいことなど知らない子供。
キーラン・ガルデンは神からの祝福を全て受けて生まれてきたはずなのに、孤独の中に住んでいるような子供に育っていた。
「キーラン、城で暮らしてみるか?」
「……そうですね……それもいいかも知れません」
十歳になったキーランに、当時まだ王太子だったヒューイットが問いかけた。
ガルデン公爵家で過ごすキーランは、親が付けてくれた家庭教師たちにもう満足できなくなっていた。
それは何もキーランが悪いわけではない。
親であるガルデン公爵が悪いわけでもない。
国を代表する研究者や魔法使いは王城に勤めている者が多い。
なので当然、ガルデン公爵家が雇った家庭教師よりも、城にいる者たちの方が優秀。
そのことに気付いたヒューイットは何となく提案をしたのだが、キーランは親と離れることが寂しい様子など見せることも無く、淡々と答えた。
ガルデン家は話の合う友人を準備することも無く。
聖女の子孫でもある両親はキーランを「特別な子」だと、親でありながら「キーラン様」と呼び敬ってしまっている。
そんな場所にキーランは思い入れなど何もなかったのだろう。
ヒューイットが声を掛けてから一週間後にはもう城に住み着いていた。
「ヒューイット様、城の禁書庫には聖女召喚についての書物が多くありました! とても面白いです!」
読んでいる本は全く子供らしくは無いが、目をキラキラとさせ子供のようにはしゃぐキーランを初めて見てヒューイットはホッとした。
キーランにもこんなところがあったのか。
正直あまりにも子供らしくないキーランの様子に、心が壊れているのではないかと心配になっていたぐらいなのだ。
城に連れてきて良かったと、安心できたともいえる。
だが、キーランはこの日から聖女召喚の研究に明け暮れるようになってしまう。
まだ成長期、徹夜など絶対にダメだと言っても言うことを聞かない。
背が伸びなくなる、体を壊すと言っても、自分には光魔法があるから大丈夫だと屁理屈をこねる。
そんな様子で育ったキーランは、当然偏屈で頑固で気難しい変わり者な男性になってしまった。
聖女の血で年頃になると見た目だけは文句なしに美しく育ってしまったため、その変人さが哀れに思えて仕方がない。
夜会へ出席し、多くの令嬢の視線を集めても、喜ぶどころか面倒だと口にするキーラン。
令嬢にダンスへ誘われることも、実の無い会話を行うのも面倒になり。
そのうち夜会へ出ること自体を嫌うようになってしまい、かえって己の価値を上げ「キーラン・ガルデンが出席する」とそんな噂が立てば、多くの令嬢がその夜会を目指すようになり、キーランの希少性を上げていくようになった。
「私は結婚など無駄なことは致しません」
そんな断り文句を令嬢相手に遠慮なく吐くキーラン。
けれどその冷たい言葉と視線が良いのだと、本人の希望とは反対に益々人気は上がってしまう。
地位、見た目、希少さ、そして心を開いた者にしか向けないだろう特別感。
キーランは国中の女性の注目を集める男性。
いつしかそうなっていた。
そんなある日。
遂に聖女召喚が行われることとなった。
キーランにも治しきれない病が、ヒューイットを蝕み始めてしまった。
それが聖女召喚を実行せざるを得ない状況を生み出していたのだ。
「初めまして、先生、アリス・イドウと言います。こっちは叔父のクオン・オットです。今日からよろしくお願いします」
聖女召喚を終えた後、キーランは魔力の使い過ぎによる体調不良に陥り、一目見ただけの聖女とは接点を持てないでいた。
それから数日後。少しずつ落ち着いてきたキーランに入って来た聖女の情報は間違いないもので、「聖女召喚におまけの男が付いてきた」という話は、どうやら真実だったようだ。
確かにキーランも倒れる前、聖女が二人いるかのように見えていた。
それは魔力の使い過ぎによる幻覚症状だと思っていたのだが、デーヴィッドの報告を聞き、正しかったのだと知った。
そして二人の人間も聖女召喚に巻き込んでしまった申し訳なさを抱えるキーランに、デーヴィッドは家庭教師の仕事を持ってきたのだ。受けるしかなかった。
(聖女様が望めば首を切られる覚悟もしていたのだが……)
無理やりこの世界へ一人の人間を呼び出すのだ。キーランだって責任を取る覚悟はしていた。
それに自分の「生」に執着のないキーランは、聖女召喚が成功しただけで満足していたともいえる。
だが無理矢理呼び出された聖女も、それに付いてきたおまけの男も、キーランを責めることはなく、瘴気の話を伝えれば「よくあることだよね~」と納得してくれたそうだ。
デーヴィッドに二人の家庭教師をと頼まれた際、キーランは少しだけ悩んだ。
注目される自分が二人の傍に居ていいものかと、迷う気持ちがあったのだ。
けれど責任を取る形は色々ある。
逃げ出すことは簡単だが、この国で二人が過ごしやすいよう心を配ることが一番の贖罪だとヒューイットにも願われ、重い体を押して二人に会ってみれば、キーランはクオンのその美しさに一目で心を奪われてしまった。
「聖女様、キーラン・ガルデンと申します。どうぞよろしくお願い致します」
聖女アリスは、光の女神の如く輝いて見えた。
たとえるなら真珠のような柔らかな光を放つ女性。
そして何より自分と近しい人だと感じた。
けれどアリスは自分以上の力を持っていると、聖女の血をひくキーランだから分かる。そんな感覚だった。
「それと、クーオン様……」『私はキーラン・ガルデンです。よろしくお願いしますね』
『えっ……? ニホン語……?』
『ええ、ニホン語です、私の家にはニホン語の伝承があるのです。ここまで話せるものは私だけですが、どうでしょうか? 発音などは大丈夫でしょうか?』
『うん、はい、先生凄いです! ああ、この世界に来てニホン語が使えるだなんて……凄く嬉しいです。先生、有難う』
魔力も何も持たないクオンは純度の高いダイヤモンドのように透明で清らかで、聖女とは違った意味で輝いて見えて、キーランを惹きつけてやまない。
(こんな方に出会えるなんて……)
いつも、誰といても、心に風が入ってしまうような、虚しい感覚がキーランにはあった。
けれどアリスといればその風が止まり、クオンといれば心が温かくなる不思議な感覚となった。
それに発展した国にいた二人との会話は面白く、異世界の生活内容などを聞けば心が弾んだ。
(クーオン様はきっと私の運命の人だ……)
そう感じ、生まれて初めての浮かれる心を覚えたキーランだったが、また体調を崩している間にクオンの結婚が決まってしまい愕然とした。
それもクオン本人の希望での結婚。
相手は侯爵家の令嬢、それも国王と仲のいいキンリー家の令嬢だ。キーランが公爵家の者であってもさすがに口を挟むことは出来ない。
キーランは生まれて初めて感じる絶望と怒りと悲しみという感情をどこにぶつけて良いのか分からず、とりあえず自分を納得させるためにクオンの結婚相手と会ってみることにした。
クオンを惑わす女とはどんな女なのかと、期待半分憎しみ半分の状態で顔を合わせてみれば、その相手クレオ・キンリーは、マグマを心の内で抱えるような、穏やかなクオンとは正反対の女だった。
「私はクーオン様の家庭教師、キーラン・ガルデンです。宜しくお願い致しますね、似非妻殿」
正面から嫌みをぶつけてみれば、彼女の中の感情が沸々と燃えているのが分かり、彼女の想いを即座に理解した。
(この女もクーオン様を愛しているのか……)
ならばクオンは安全か、と安心しながらも、こんな野蛮な女ではクオンが可哀そうだと怒りがわいてくる。
今のうちならば修正が利くのではないかと思ったが、クオンは野蛮女を気に入り、城にいる時よりも笑顔が増えていった。
それに家庭教師として屋敷を訪問すれば、クオンはクレオの話ばかりで、彼の心がどこにあるのかも理解できて、キーランは野蛮女を認めるしかないのだろうか……と苦々しい気持ちになっていた。
そんな時だ、アイラとデーヴィッドの指示で近場の森への遠征についていかなければならなくなった。
野蛮女がいない間、クオンを守る護衛役に立候補しようと思っていたキーランは憤りを感じた。それも遠征の付き添いを願った相手が野蛮女だと言うのだ、怒りを抑えることも大変だった。
「キーラン様!!」
だが森の中、瘴気魔獣に襲われかけたキーランをクレオは身を挺しても守ろうとした。
キーランが光魔法の使い手で、この場では上司で、その上瘴気魔獣にも詳しいなどいろいろ理由はあっただろう。
だがクレオとキーランは散々やり合った間柄。
この場でキーランがいなくなれば、クオンとの仲を邪魔されることは無くなる。
それに何よりクオン自身がクレオの帰宅を待っている。
そんな簡単な答えが目の前にあるはずなのに、クレオは自分の命よりもキーランを優先した。
騎士だから当然。
そう言葉で言うのは簡単だが、命の危機に陥った場で、恐怖を目の前に体を動かせる人間どれほどいるか。愛する者が待っていると分かっているのなら尚更。
キーランはクレオのことを認めざるを得ない体験をしてしまったのだ。
今現在の敗北を認めるしかなかった。
「……先日の件もありましたし……まあ、許可してさし上げてもいいですよ」
仕方がなくクレオに対しそんな言葉を吐けば、脳内まで筋肉で覆われている野蛮女は「えっ……?」と答え、間抜け面を披露した。
(本当にクーオン様はこの女のどこが良かったのか……)
そう思いながらも分かってしまう。
クレオの傍に居れば絶対に守ってもらえるという安心感があるのだろう。
だからクオンはクレオを特別だと、自分の一番だとそう決めたのだ。
それが分かると、クオンを奪った相手としてクレオを憎む気持ちは消えていった。
「まあ、結婚したからと言ってずっと良い仲が続くとは限りませんし、私も諦めたわけではありませんけどね」
人生は長い、何があるかは分からない。
キーランに親友が出来る未来など無いと思っていたのに、今はクオン認定の親友が出来たのだ。
この先もっと面白い未来が待ち構えているかもしれない。
『生』に興味がなかったキーランは、それが楽しみになっていた。
「キーラン様、私の夫は私が守りますので!」
今日も親友がキーランを遠慮なく睨みつけてくる。
それが楽しいと思う自分が、キーランは嫌いではなかった。
「そうですか、どうぞ遠慮なく守ってください、貴女が騎士役ならば、私はクーオン様の側近としてお傍に居ますので、ご自由に……」
そう言って笑ったキーランの笑みはとても楽しげなもので、特別扱いも、敬われることも無い相手との会話は面白いと言っているようだった。
おはようございます、夢子です。
今日の主役はキーランです。
キーランは両親に息子ではなく、聖女様の生まれ変わりのような扱いを受けていました。
キーランと、クレオとクオンの娘が結婚する妄想も抱えたりしていますが、年が離れすぎていて現実的にむりかなぁと思ったりもしています。
どうだろう?異世界ならあり?w




