アリスの帰還
現役の教皇リヌスが、聖女の叔父であり聖人ともいえるクオン・オット伯爵を誘拐し、その上国王陛下にまで毒を盛ったとされるニュースは、あっという間に貴族の間で噂となった。
その上、王城で大臣の一人として働くアダム伯爵が、王家の情報を教会へ流していたということが王家の調査によって判明し、捕まった。
アダム伯爵は元大司祭であるルキウスの実の父。
アダム伯爵は庶子であり光魔法の使い手であったルキウスを教会へ売り込み、王城内でも教会内でも自身の地位を高め、そしてアダム伯爵家を盤石の地位に押し上げ、いずれはガルデン公爵家に取って代わろうという欲があったという。
アダム伯爵は伯爵位であってもガルデン公爵家に連なる家。
王城の中ではそれなりに権力もあり。
教会内で嫌われているガルデン公爵家を同じく忌み嫌う仲間として強いつながりを持っていた。
今回の事件を顧みれば、アダム伯爵とルキウスが良く似た親子であると分かる。
キーランの父、ガルデン公爵とアダム伯爵はいとこ同士。
ルキウスがキーランに抱える以上の嫉妬や嫉みや妬みを、アダム伯爵はガルデン公爵へ向けていたのだという。
城へ勤める使用人も、アダム伯爵が陰で口を利いたり、己の子飼いを優先的に王族に近い場に配置してたりと、その権力を自分の思うままに使っていた。
王族の情報も、アダム伯爵ならば簡単に手に入る。
元は王家とも血縁のあるアダム伯爵家だ。
陛下や王太子を心配する様子を見せれば、当然周りの口は緩くなった。
だが、これによりアダム伯爵家は取り潰しが決まった。
子や妻も今回の事件に関与していたため、一番重い処罰となった。
此度の処分に対し大臣だけでなく、貴族の誰も反対する者がいなかったことを考えると、アダム伯爵は他家からかなり嫌われてもいたようである。
元聖女の子孫。
過去の栄光を全く自慢しないキーランとは違い、主家でもないのにその血に溺れ傲慢にふるまっていたのだから、当然の結果だろう。
そして今日、遂にアリスが二ホンへ帰る日がやって来た。
アリスが担う魔石への魔力注入も終え、王家にはびこる悪意も排除できたとあって、予定よりも早い帰還となる。
まだ学生のアリスが少しでも早く自宅へ戻れるようにと、デーヴィッドとキーラン、そしてクオンが心を配り頑張ったという理由もあるが、何よりまた会えると約束したことで、アリス自身も安心して帰路につけるという理由もあった。
キーランが魔法陣をひき、細部まで間違いがないか確認を行う。
小さなミスでもアリスの危険につながるのだ、慎重になるのも当然だった。
「聖女様、クーオン様、準備が整いました」
「はい、キーラン先生、ありがとうございます」
「キーラン先生、有難うございます」
キーランに声を掛けられるとアリスは礼を言い、まずは国王ヒューイットと向かい合う。
そしてお互いに笑顔を浮かべ別れの挨拶を行った。
「陛下、長い間お世話になりました」
「いいえ、聖女様、この国の事情でお呼び出ししてしまい、お詫びの言葉もございません。それにこの私に無償で癒しを掛けて下さり、感謝の念に堪えません。クーオン様のことは必ず我々がお守りいたしますので、どうぞ安心してお戻りください」
「はい、有難うございます。あと、陛下、お詫びなどいりません。私はこの国に来れて良かったです。一生の友人も出来ましたし、沢山の経験をさせていただきました。元の国では出来ない経験をここで体験することが出来たんです、私こそ感謝しかないんです、本当に……」
「聖女様……」
アリスの言葉に嘘は無く、笑顔でヒューイットと別れの言葉を交わす。
そして抱擁をし離れると、アリスは次に王太子デーヴィッドと向かい合った。
「デーヴィッド殿下……お世話になりました」
「聖女様、こちらこそ、有難うございました」
王太子と聖女として挨拶を交わすと、どちらからでもなくフッと笑みがこぼれる。
もう二人きりで別れの挨拶は済ませてある。
それに十年後の約束も忘れてはいない。
きっと二人とも次に会うときは成長しているだろう。
その楽しみがあるから、今日の別れは寂しくはなかった。
「フフッ、アリス、またな……」
「うん、デーヴィッド、またね」
そう言って手を伸ばし抱きしめ合う。
このぬくもりはきっと忘れないだろう。
いや、忘れることは出来ないと思えた。
「……アリス、行ってしまうのね……」
「うん、アイラ、ごめんね。私、アイラと会えて良かった。それに友達になってくれて有難う。アイラがいてくれたからここでの生活が楽しかったの。離れていても、私たちはこの先もずっと友達だよね?」
「勿論ですわ。私がどこにいようと、アリスがどこにいようとも、私たちの友情は変わらないですわ。永遠の友達ですもの……」
「うん、だよね……分かってる」
アイラとアリスがぎゅっと抱きしめ合う。
この先王女であるアイラには、国のための結婚が待っている。
既に適齢期のアイラだ、数年後には結婚は決まっているだろう。
ヒューイットの性格ならば、アイラが気に入らない相手との結婚を決めることはないだろうが、それでも誰でも良いという訳にはいかない。
アイラ本人が気に入るよりも国のため、王家のための結婚となるのは確実だ。
そのためアイラは他国へ嫁ぐ可能性もある。
そうなった場合、アイラとアリスはもう会うことは叶わない。
それはお互いに分かっているが、口にはしない。
言葉にしてしまえば嫌でも意識してしまうし、そうなってしまう可能性が高くなる怖さがありもする。
だから涙をこらえ二人は笑顔で抱き合った。
ずっと友達。
その約束だけは、切れることのない宝物だと分かっているからだ。
「キーラン先生、沢山の魔法を教えていただいて有難うございました」
「いいえ、アリス様、こちらこそ素晴らしい経験をさせていただき有難うございました。あなたは私にとって初めての生徒であり、とても優秀な弟子でもありました。平凡な毎日にあなたとクーオン様が彩を与えてくれたのです……アリス様、クーオン様のことはこの私にお任せください。こちらでの常識を手を取り足を取りどこまでも詳しくお教えしますから、大船に乗った気でいて下さい」
「フフフッ、先生、頼もしいです。でもキーラン先生クレオ姉さまが睨んでますよぉ、大丈夫ですか?」
「ええ。私と彼女は親友らしいので、これぐらいの掛け合いは日常茶飯事なのですよ。どんなに睨まれても痛くも痒くもありません。楽しいぐらいです」
「もう、キーラン先生ってば、アハハハ」
アイラとの別れで泣きそうになっていたアリスを励ますように、キーランがそんな冗談を言う。
この国に来て戸惑うアリスを、キーランは過ごしやすいようにと指導してくれた。
聖女召喚という大仕事を終えたばかりのキーランは、体調が悪い日もあったと思うのだが、それを押して傍にもいてくれた。
キーランの体調不良の原因は、聖女召喚という大掛かりな魔法による魔力異常ということで、残念ながらアリスの癒しが効かない症状だったし、アリス自身の魔法もまだその当時はイマイチで、キーランには大変お世話になったと思う。
けれどキーランはそれを当然だと受け止め、アリスにどこまでも尽くしてくれた。
だから信用できたし、クオンを任せても大丈夫だとそう思えた。
アリスが兄に抱きつくように遠慮なくキーランを抱きしめれば、キーランも同じように返してくれる。
それが嬉しかった。
「キーラン先生は、異世界のお兄ちゃんって思ってもいいですか?」
「フフフ、それは最高の誉め言葉ですね。アリス様とクーオン様は私の大事な兄妹ですね」
「はい」
どうやらアリスが伝えた本心は、聖女の血を引くキーランへの最高の誉め言葉になったようだ。
その辺のご令嬢が失神しそうなほどに甘い笑顔を向けられて、ちょっとだけアリスの頬が熱くなる。
「お兄ちゃん、くう兄のこと宜しくね」
「ええ、勿論です。誰よりも大事にしますので、安心してください」
「はい」
笑顔でキーランとの抱擁を終えたアリスは、一番大切な家族と向かい合った。
「くう兄、クレオ姉さま、私、帰りますね」
「うん、アリス、姉さんたちに宜しくね、僕、幸せって伝えておいて」
「アリス様、どうぞお気をつけて、クオンのことは私にお任せ下さい」
「フフフ、うん」
キンリー家の家族が集まる場所へと向かい、アリスはクオンとクレオに声をかける。
アリスとの別れということで、この世界で家族となってくれたキンリー家の皆が見送りに来てくれた。
キンリー侯爵であるアトラスを筆頭に、侯爵夫人のグレースや姉のオーロラも一緒だ。
二人は笑顔を浮かべているが、涙を堪えていると分かる様子だ。
期間的には少しのお付き合いしか出来なかったけれど、心優しいキンリー家の人たちはアリスのこともちゃんと家族として認めてくれていたようだ。
だからこそクオンを任せられるし、この人たちならと安心も出来る。
キンリー家の家族ならば絶対にクオンを守ってくれる、そう確信が持てた。
「くう兄、クレオ姉さまに嫌われないでね。くう兄ってちょっと無神経なところあるから私心配だよ……」
「えっ? 僕、無神経? えっ? そう? クレオ、僕のこと嫌い? 僕クレオ凄く好きなのに、ダメ?」
「えっ……? いえ、その……」
不安そうな様子でクオンはクレオに視線を送る。
アリスは「そういうとこだよ」と突っ込むが、クオンは良く分かっていない様子だ。
人前で惚気るのはいい加減にしないと、という意味だったのだが、クレオの恥ずかしそうでありながらも満足そうな様子を見ると、アリスは口をはさむのはやめた。
この二人はこれでいい。
異世界のバカップルに対し、アリスが心配する必要はなさそうだった。
「アリス様、そろそろ……」
「はい、キーラン先生、お待たせしました」
キーランに声を掛けられて、アリスは最後にクオンに抱き着いた。
大好きな叔父であり、大好きな兄でもあるクオン。
二ホンに戻ったら、もうこの優しい兄には甘えることが出来ない。
ずっとそれが当たり前だったけれど、これからは自分だけで頑張ると決めた。
だから最後にちゃんと言いたかった言葉を伝える。
『くう兄、私のせいで異世界に来ちゃってごめんね。それなのに一人残して帰っちゃうけど……本当に大丈夫?』
クオンにだけ聞こえる大きさで小さく問いかける。
返事はクオンの顔で分かったけれど、それでもクオンはちゃんと返してくれた。
『うん、大丈夫だよ、ありす。俺は異世界にこれて良かった……確かに怖いこともあるけれど、なによりクレオに会えた。それだけでもう大満足なんだよ』
『くう兄……』
『だからさ、後悔や心苦しさをありすが感じることはないんだよ。俺は自分の意思でクレオの傍にいたいんだ。自分で選んだんだからありすが気にする必要はない。俺は幸せなんだからさ』
『うん』
少し涙目になりながらも、アリスは笑顔で魔法陣の中へ進む。
魔法陣の周りにはアリス自ら魔力を込めた魔石がおいてあり、キーランだけの魔力に頼ることはないため、今回は魔力の不調に陥ることはないだろう。
そしてキーランが呪文を唱え始めると、魔法陣が光りだす。
「聖女召喚遡行!」
そして最後のその言葉とともに、クオンが手を光の中へかざす。
するとその瞬間、眩い光が部屋中を覆い、アリスの姿が消えていった。
「みんな、有難う、どうか元気で……」
アリスの姿が薄く透き通っていく際、つぶやいたアリスの声が皆のもとへ届く。
聖女の祈りのような言葉に、皆の心が温かくなって行った。
「クオン!」
光が消えて無くなると、クオンの体がふらりと揺れる。
隣にいたクレオがクオンの体を抱きしめたため、床に倒れることはなかったが、目をつむり意識のなくなったクオンの姿を見て、皆が駆け寄った。
「「クーオン様っ!!」」
「……」
返事を返さないクオンに皆の顔色が悪くなる。
だがクレオはクオンの息を確認し、ホッとする。
この穏やかな息づかいには覚えがあった。
「……クオンは寝ているだけのようです」
「「えっ……」」
可愛い寝顔で息を吐くクオンの顔色は悪くなく。
規則正しい呼吸がスースーと聞こえるのみ。
「きっと大きな魔力を弾いて疲れたのでしょう……クーオン様らしい反応ですね」
キーランの診察を聞き、皆納得だ。
キーランと聖女の魔力を一気に浴びて反転したのだ。
魔力抵抗が子供のように少ないクオンが疲れないはずがなかった。
「では、私が抱えて戻りましょうか、念のため医務室でじっくりと体を調べましょう」
キーランが当然の顔でそう答えると、クレオの笑顔がキラキラに光る。
何言ってんだおまえ、しばくぞ、おい!
クレオのその顔は喧嘩を売っているときの顔だと皆が気付く。
だがそれに突っ込む者はいない。
親友同士のじゃれ合いに口を挟むなど愚かな行為。
「キーラン様、有難うございます。ですが大丈夫です。大事な私の夫は私がこの手で運びますから、お気になさらず!」
倒れるクオンを抱きしめたまま、クレオはキーランを笑顔で睨む。
だがここは主治医兼家庭教師として譲れないと、キーランは鼻であしらった。
「あなたがクーオン様の【妻】と名乗るのであれば夫の体調をもっと気にしなさい。クーオン様に何かあったらどうするのですか? 体が弱いのですよ」
「キーラン様、それとこれとは別です。私は貴方の手を借りず医務室まで運び、妻の私がずっと傍に居る。そう言っているだけです」
「困りましたねー。脳内まで筋肉で出来ているご婦人に医務室にいられても、邪魔なだけなのですが……」
「アハハ、何をおっしゃっているのでしょうか、キーラン様? 脳内すべてが煩悩で覆われているお方に最も言われたくない言葉なのですが……」
「ほう……」
バチバチと効果音が付きそうな、どこまでも続く睨み合い。
仕方がなく引き分けとするため、国王は自分の護衛としてついてきた第一騎士団長ジャックス・ロスに「ここにいる中で一番力持ちだから」という理由でクオンを抱えさせた。
「はぁ~、まったく、クーオン様がいないとこの国はあの二人に壊されそうだなぁ……」
「いえ、父上、クーオン様がいるから争いが起きる……私にはそう見えますが」
「……」
あの二人が本気で戦ったら……
そんな恐ろしいものを想像し、皆が押し黙る。
クーオン様、この国の平和はどうやら貴方にかかっているようですよ!
聖女のおまけだった男は、どうやら国を救う英雄にもなったようだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
また応援も有難うございます。
励みになりましたー!
アリス帰りました。
なのでちょっと長くなってしました。
キーランとクレオが戦ったらどっちが強いですかね?
魔法ではキーランですが物理ではクレオ。
怖くて誰も見ない試合になりそうです。w
いや、クオンだけは喜びそう…




