私の夫
暴力的なシーンがあります。
クレオはアンセルとユーリを伴って教会に着いた。
三人の後からは隊を率いて第一騎士団長のジャックス・ロスが教会へ来ることになっている。
デーヴィッドとアトラス、キーランも共に来る予定だ。
教会の騎士の数を考えれば過分すぎる戦力ともいえる。
なのでその前に、クオン誘拐の罪を認めさせようと、その交渉役をクレオが買って出たのだが、アンセルとユーリは愛馬ルナリアを飛ばし、一騎駆けていくクレオの背を見ながら(人選ミスではないか?)と不安になっていた。
「クレオ、落ち着け! 一人で行くな!」
「クレオ、ルナリアが速すぎる! 少し速さを緩めろ!」
「ああ、分かっている!」
「ヒヒヒンッ!」
全く分かっていなさそうな一人と一頭にため息を吐きたくなりながら、アンセルとユーリはどうにかクレオたちについていく。
ルナリアは軍馬の中でも早駆けが得意。
その上今は主の様子でノリノリになっている。
追いかけるのがやっとの状態に、アンセルとユーリは話しかける気力も失った。
無事教会に着くと夕暮れ時のため門は閉まり、警備のための門番が立っていた。
だがクレオはその制止を聞かず、乗馬したまま警備を脅し門を開けさせると、ルナリアに乗ったまま教会へ突っ込んで行った。
「まるで暴れ馬だな」
「クーオン様の前と別人だ」
クレオが無鉄砲であることは分かっていた。
けれど自身の隊を持ち、隊長となったクレオは冷静さを併せ持ったはず、だった。
けれど今は隊員もおらず、クオンもいないということで、クレオは本来の自分らしさを取り戻してしまったらしい。
これは止めるのは無理だなと、アンセルとユーリは諦める。
クオンが誘拐された。
そのことが油に火を注ぐ結果になってしまったのだ。
大爆発しても当然の結果。
火の粉が飛ばないように動くことしか出来なかった。
もしかしたら教会の失敗は、クオンを攫った瞬間に決まっていたのかもしれない……
「止まりなさい! あなた達! ここは神を祀る清廉な場ですよ! その場に馬で乗り込むなど――っ!」
大司祭の一人であるユリシスが登場すると、クレオはルナリアから飛び降り、素早く剣を抜き、ユリシスの首に突き付ける。
何の迷いもないその行動に、「話し合いとは?」とアンセルとユーリには疑問しかない。
「黙れ! お前の話など聞く気はない! 私の夫はどこだ! クオンを出せ!」
ユリシスの話など聞く気はないと、クレオは賊の首を切る勢いで教会の面々を睨みつける。
その気迫と恐ろしさに争いごとに慣れていないユリシスの顔色が変わる。
「ク、クーオン様とは? 一体なんのことか……」
言い逃れるユリシスの言葉に、クレオは頷いた。
「そうか。では、お前にはもう用はない。次の者に聞くから消えろ」
「えっ……?」
クレオは剣を振りかぶり、ユリシスを躊躇なく斬りつけようとする。
アンセルが慌てて間に入りクレオの剣をいなしたが、その一撃は物凄く力強く、とてもじゃないが女性の一振りだとは思えないものだった。
「クレオ! お前!」
「なんだアンセル、他人の獲物を奪うなど、騎士の風上にも置けないじゃないか」
クレオの揶揄うような言葉でわざとユリシスを脅しているのは分かるが、あのまま振り下ろしていたらと思うとゾッとする。
威勢の良かったユリシスだったが、クレオの遠慮のなさに腰を抜かし、失神寸前。その上失禁までしていて可哀想になるほどだ。
クレオはそんなユリシスに興味をなくし、次に同じ祭服を着た大司祭エリシウスのもとへ向かう。
「ハハハ、クレオ、こんな時って地位が分かる服って便利だよね」
「ああ、そうだな。誰をヤれば良いのか分かりやすくて狙いやすいからな」
「……」
クレオの返事に苦笑いで頷くユーリとアンセルと共に、クレオは鬼神のごとくエリシウスへ近づいていく。
「さて、次はお前に話を聞こう。クオンはどこだ?」
「き、貴賓室に……軟禁されていらっしゃいます……」
「そうか、分かった。アンセル、ユーリ、クオンは貴賓室だ! 行くぞ!」
「「おう!」」
クレオはそう叫ぶなり、教会の階段を駆け上がっていく。
貴賓室がどこにあるのか、まるで分かっているかのように躊躇なく駆けていく。
「クレオ、貴賓室は上なのか?」
「教会だ。神に近いところに貴賓室を置くと思っただけだ!」
当てずっぽうのようだが、一理ある。
それに教会の修道士たちの視線を追えば、皆が上を向き、不安そうな顔をしている。それが答えだった。
「クオン! クオン! どこですか! 返事をしてください! 助けに来ました!」
最上階に着くと、クレオは大きな声でクオンの名を呼んだ。
すると廊下の壁、何もないただの壁からクオンの声が聞こえてきた。
「クレオ! 僕ここ! ここにいるよ!」
壁に幻影魔法が掛けられているのか、そこからクオンの声が聞こえてくる。
けれど入り口がどこにあるのか分からず、困惑するアンセルとユーリの前で、クレオはその辺にいる司祭を捕まえた。
「開けろ!」
「いえ、あの、私では……」
「出来ないならば、開けられる奴の名前を言え!」
「ヒッ、あ、ユリシス大司祭か、エリシウス大司祭なら……」
その言葉を聞いてユーリがすぐに動きだす。
これ以上クレオに動かれては被害が拡大だ。
ユーリは気を失ったユリシスではなく、エリシウスを下から引きずってくる。
そんなエリシウスにクレオは剣を向ける。
「ここを開けろ! 開けなければお前を斬る!」
「は、はいぃ!」
クレオの形相や行動のお陰かエリシウスはすっかり素直になったようで、震える手で魔法を使い幻影を解錠する。
きっと教会の一部の者にしか使えないように設定されているのだろう。
エリシウスの指輪が光っているように見えた。
「クオン! クオン! どこですか、クオン! 助けに来ました!」
クレオがクオンの名を呼び、開けた入り口から中央の扉へ向かう。
どう見ても、そこが一番の主賓室だ。
きっと前聖女が使っていた特別室なのだろう。
幻影魔法までかける周到さに、今度こそ聖女を逃がさないと、魔法での幽閉を考えていたのかもしれないと気づき、怒りがますます強くなる。
教会の聖女への歪んだ愛着を感じながら中央の扉へ突っ込んでいくと、そこには瘴気魔獣になりかけの人間が三体ほど待っていた。
「ハハハ、間抜けどもが突っ込んできましたか。あなた達もこの瘴気魔獣と同じにして差し上げましょう!」
待ち構えていたリヌス教皇が不敵に笑う。
どうやら教会は瘴気を自由に扱える力を手に入れたようだ。
その研究のためにどれ程の人間を犠牲にしてきたのか……
それを考えるだけでアンセルとユーリの胸は痛んだが、クレオは違った。
リヌス教皇のことなど目にも入っていない様子で、その後ろにいる子供を庇っているクオンだけに視線が向いていた。
「クオン! 無事ですね!」
「うん、クレオ、僕元気! 全然大丈夫!」
クオンが浮かべる明るい笑顔を見て、瘴気魔獣がいる前なのにクレオの顔にも笑顔が浮かぶ。
さっきまでの鬼の形相はどこに行ったのか、恋する乙女のような顔つきになったクレオは(戦えるのか?)と心配になるほどだった。
「クレオ、まだ敵がいるんだぞ!」
「クレオ! 戦いに集中しろ!」
「分かっている! だが、こいつらはまだ完全な魔獣化をしていない。あの森にいた魔獣よりも瘴気が弱い、私たちの敵にもならないただのでくの坊だ!」
ザシュッ!
クレオは剣を一振りし、いい音を立てて瘴気魔獣の首を一撃で落とした。
あの森で出会った瘴気魔獣は、熟成された巨大な瘴気の塊だった。
けれどここにいる瘴気魔獣は、リヌス教皇の言うことをちゃんと聞くよう調整されたただの獣だ。
女性でありながら男性に負けないほどに体を鍛え、剣の素早さを磨いてきたクレオの敵に、そんな生ぬるい生き物がなるはずがない。
それも瘴気魔獣の元はただの人間。
戦いに適した者ではない。
クレオの動きを見て、アンセルとユーリもそれに倣う。
瘴気魔獣の首目掛け剣を振り、同じく簡単に倒してしまう。
見た目のおどろおどろしい様子とは違い、その手ごたえのなさには苦笑いが出るほどだった。
「何故! そんな! 森では成功していたのに!」
リヌス教皇は護衛の瘴気魔獣が簡単に倒されたことに驚いているようだが、当然の結果だと言える。
西の森とは違い、この部屋には瘴気がない。
そこで育った瘴気魔獣と、今作ったばかりの瘴気魔獣を同じだと考える方がおかしい。
戦いを何も知らずに、生きてこられたからの結果だろう。
その程度でクオンを誘拐し国を取ろうなどとは無謀すぎだと呆れていると、リヌス教皇は叫び出した。
「あなた達! 私を守りなさい!」
周りにいる司祭たちに声を掛けるが、司祭たちは動揺するだけ。
守れと言われても、どう戦っていいのか分からない。
それに何より、今のクレオの前に飛び出す勇気がある者など教会の騎士の中にもいないだろう。
クレオは剣を抱えたまま、リヌス教皇へ近づいていく。
「わ、分かりました。あ、貴女をクーオン様の妻の座に付けたままにしてあげますから!」
馬鹿なことを叫ぶリヌス教皇の腹に、クレオの良い一撃がヒットする。
こんな男相手に剣を振るうなど勿体ない。
クレオは拳で力いっぱいリヌス教皇を殴り、吹っ飛ばす。
「クレオ! 殺すなよ!」
「クレオ! そいつは生かして捕まえるべきだ!」
吹っ飛び、ゴロゴロと転がって壁に激突したリヌス教皇の生死が心配になる。
だがクレオは(何を言っているんだ?)という視線をアンセルとユーリへ向ける。
ここは教会だぞ。
光魔法が使える奴が沢山いるんだぞ。
そう言っている顔には、呆れしかない。
「それに私はそいつの顔は殴っていない。体だけだ。問題ないだろう?」
「「……」」
リヌス教皇の名を呼ぶことさえ嫌なのか、クレオは顎で倒れているリヌス教皇を指す。
そんなクレオの一発に驚いた司祭たちが逃げ出そうと騒ぎ出す中、クオンがクレオに抱き着いた。
「クレオ! 怪我してない? 痛いとこ無い?」
「クオン?! 全然大丈夫ですよ。それより、あの、少し離れて下さい。私、汗臭いと思います!」
顔を真っ赤にして焦り出すクレオは、可愛らしい女性に見えなくもないが、ここまでの出来事を思えばとてもじゃないが可愛らしいとは思えない。
抱き着いてクレオを心配するクオンには、クレオがどう映っているのか不思議でしょうがないほどだ。
「クレオ、いつもいい匂い、だから大丈夫! 今日も可愛い!」
「なっ! 何を言っているんですか、こんなところで! そ、それより無事で良かったです! 心配したんですよ! 本当に!」
抱き着いてきたクオンを離し、体の様子をクレオは確認する。
どこも怪我がないか、本当に傷ついていないか、小さな子供でも心配するかのような様子のクレオにクオンの笑顔が深まった。
「うん、クレオ、ありがと。来てくれると思ってた。クレオ、凄くかっこよかった、僕の自慢」
「そ、そんなことないですよ。騎士として当然のことをしただけです、全然普通です」
「そんなことないよ。僕の妻、素敵。思ってた。クレオの戦いに夢中だった、凛々しかった~」
「な、何を言っているんですか。もう、揶揄うのはよして下さい、クオン」
「揶揄ってない、本当のこと。僕のクレオ、世界一の騎士! 目に焼き付けた、絶対に忘れない、皆に話す」
「もう! またそんな事言って!」
「「……」」
イチャイチャし始めた新婚カップルを無視し、アンセルとユーリは教皇を始め、司祭たちの捕縛を始める。
クオンとクレオのじゃれ合いは、王太子が引き連れた第一騎士団が到着するまで続いてしまった。
その上教会の制圧をほぼクレオ一人の働きで成し遂げてしまったことを報告すれば、遅れてきた皆が皆クレオから視線を逸らし、驚きと恐怖をどうにか隠しきったのだった。
おはようございます、本日もお読みいただきありがとうございます。
もし少しでも面白いと思って頂けたら評価やポイントをいただけると嬉しいです。
クレオ無双。
アンセルとユーリが色んな意味でちょっと気の毒です。




