教皇と瘴気魔獣
レオと心が通じたクオンは、戦の前に腹ごなしが必要だと、レオに頼んで食事を届けてもらうことにした。
外にいる見張りにレオが声を掛けると、見張りは驚いたようだったがすぐに食事が運ばれてきた。
「さあ、レオ、一緒に食べよう」
「えっ? 僕もですか?」
「そうだよ。一緒にここを出るって約束したでしょ。ご飯を食べないと力が出ないよ」
「は、はい。あの、ありがとうございます」
届けられた食事は豪華な一人分だった。
二人で食べれば腹八分目にちょうどいい量で、目を輝かせて食べ始めたレオが遠慮しないよう、クオンも料理を口に運びながら一緒に夕食を食べる。
(これで俺が起きたって連絡がいっただろうな……教会ということは、犯人は教皇様ってことなのかな?)
クオンは先日の祝賀会で感じた疑問を思い出す。
リヌス教皇はクオンの事情を知っていた。
それも、とても詳しくだ。
教皇は教会からあまり出ないと言われているのに、王城で働く者と繋がっていなければ知ることのできない情報まで知っていたのだ。不自然すぎる。
(やっぱり教会のスパイが王城にいるってことか……まあ、陛下もデーヴィッドも分かってるみたいだったもんな)
クオンの悪口を流していた使用人たちは解雇され、今は彼らの行動を見張っている状態だ。
きっと彼らは解雇された時点で終わったと思い、時間が経った今、油断していることだろう。
王城での解雇など醜聞でしかない、困ったことになったと元の雇い主のところへ駆け込むはずだ。
その拠り所こそが教皇の情報元なのではないかと、クオンはそう考えていた。
「もうお腹いっぱいです。僕、こんなにたくさん食べたの、初めてです……」
「お腹いっぱいになった? なら良かった。レオは成長期だもん、たくさん食べないとねー」
レオの年齢は十三歳だそうだ。
ニホンの十三歳ならば全く気にならない大きさだけれど、レオはこの国の子供たちに比べて小さく、細く、成長が遅いように感じる。
孤児だと聞いていたけれど、どうやらこれまで満足な食事などさせてもらえていなかったようだ。
教会が運営する孤児院と、王家が運営する孤児院があるらしく、レオの出身は当然前者。
そこではかなり貧しい生活を強いられていたらしく、その話を聞いたクオンは胸が痛んだ。
「クーオン様、宜しいでしょうか?」
ノックの音が聞こえた後、優しい声色で名を呼ばれた。
その声には覚えがある。
リヌス教皇、その人だ。
あからさまに顔色が変わったレオに「大丈夫だよ」と頷き、クオンは「どうぞ」と声を掛けた。
不思議なことに、教皇の行動を知ったばかりなのにクオンは怖さを何も感じなかった。
それはこの国の王族である、ヒューイットやデーヴィッドを信じているということもある。
それに、クオンの行方をジミーやホセがそのままにするはずがない。
城には友人となったアンセルやユーリもいる。
なにより、クオンはクレオの騎士としての優秀さを信じて疑っていなかった。
「クーオン様、目を覚まされたそうで、このような形で教会にお呼びして申し訳ありません」
「いいえ、レオが良くしてくれたので、問題ありません。僕とレオはすっかり仲良し、友達になりました。ね、レオ」
教皇が恐ろしいのか、レオはこくんと頷くに留める。
そのまま俯くレオは照れているようにも見えて、リヌス教皇は、良くやったと言うかのように満足そうに頷いた。
どうやらレオが自分の言った通りに行動し、クオンの心を手に入れたと、そう思っているようだった。
「あの、教皇様。何故僕をここに呼んだの? 理由、教えてもらえますか?」
「ええ……クーオン様、手荒な真似をして申し訳ありません。ですが、こうでもしなければ王家の者が邪魔をするのです。クーオン様とお話しする機会すら、我らは取らせてもらえなかったのですよ」
「そうなのですか……」
リヌス教皇の言葉が嘘だということは分かる。
これまで教会側が興味を示していたのは聖女であるアリスだけ、クオンではない。
ルキウス大司祭が起こした事件を思いだせば分かる。
教会側はクオンを「聖女のおまけ」か、あるいは邪魔者だと考えていたはずだ。
(掌返しをしたのは俺が陛下の瘴気を払ったから? それとも魔石のせいなのか? まあ、両方かもしれないけどな……)
クオンは「王族がそんな酷い人たちだなんて……」と少し残念そうな顔をしながら、教皇の言葉を待つ。
教皇の後ろに控える司祭たちの視線が、クオンを舐め回すようで気持ち悪い。
彼らの酷い顔を子供には見せたくないと、クオンは自然とレオの手を握っていた。
「クーオン様、実は王家は略奪者なのですよ」
「えっ?」
「前の聖女様は教会におられました。ですが王家の者は聖女様の優しい心を利用し、教会から聖女様を奪ったのです。当時第二王子だった男が聖女様を無理矢理妻にし、欲のままにガルデン公爵家を興したのですよ。計画的な強奪です……王家と名乗るのも恥ずかしい愚か者たちなのですよ……」
リヌス教皇は、まるでそれが当然のことだと言うように語り続ける。
自分の言葉こそ正しく、歴史は嘘で塗り手繰られている。
そんな自分の言葉に酔っている教皇は奇人そのものだった。
「ですから我々も同じことをするだけです。奪われたものは返してもらう。それこそが物の道理。あの王家は罪人に等しい。神に唾を吐く行為を行ったのですから、罰を与えられて当然です」
王家での教育では、前の聖女は第二王子と恋に落ち、自ら望んで聖女の座を降りたと聞いている。
けれど教会では、そんな認識ではなかった。
大事に育てた聖女を奪われた。
それが教会側の主張なのだろう。
その上、その聖女の血を引く者は王家に従っている。
そして今回、その家の者が聖女召喚を成功させた。
それも教会には何の相談もせずに、無断でだ。
教会の怒りや恨みは、すべて王家へ向いたのだ。
クオンはすべてが分かった今、陛下に瘴気を仕掛けた犯人が誰なのかも分かってしまった。
「教皇……あなたが陛下に瘴気をぶつけた?」
クオンの言葉を聞いた瞬間、手を繋いでいるレオがピクリと動く。
それだけで答えは分かった。
けれどリヌス教皇の自慢げな笑みが、その答えを確定させた。
「あの男に瘴気を与えるのは簡単でした。下賤なものに対して良いところを見せようとする男ですから。あの男は孤児院に良く足を運んでは、孤児の作った菓子などを口にしていたのですよ、信じられない行為です。汚らわしい……」
「菓子?」
「ええ。それに孤児の出す飲み物も飲んでおりました……多少おかしな味がしても、あの愚かな男は笑顔で飲み切っていましたよ。笑える所業ですよね、どんなものが入っているのかも分からないのに調べもしない。王族に相応しくないと、己でそう示しているような行動です、恥ずかしい……」
陛下を貶める言葉を吐いたリヌス教皇は楽しそうに笑う。
「フフフ、その点アレとは違い我々は聖なる方に仕える者。下々の者と触れ合うなど俗悪過ぎてあり得ません。それに私どもは瘴気の扱いにも、研究にも力を注いできた。我々は神の力を借りて瘴気を物体化させ、人に取り込むことを可能にさせたのです。クーオン様の寄子に相応しいものは我々なのですよ……」
そう言ってリヌス教皇は、小さな小瓶を取り出した。
そしてその瓶をクオンの前で掲げて見せる。
中に入っているドロリとした黒い液体は、クオンが見ても禍々しいと分かるほどの気持ち悪さを放っている。そんな危険な薬を陛下が孤児院へ行くたび、飲み物や食べ物に注いでいたのだとしたら。
陛下が徐々に瘴気によって蝕まれてしまったことも納得できた。
「教皇様、教会は酷いことをするのですね……神様に仕えているのに……」
「ハハハ、クーオン様、違いますよ。神の望みを我々が叶えただけです。王家の人間すべてがこの国には必要ない。神はそうおっしゃったのです。それに勿論聖女を奪ったガルデン公爵家も邪魔ものなのです……」
リヌス教皇の目には、狂気じみた光が宿っている。
神の意志を継ぎし者。
その言葉に酔っている教皇は気味悪さを感じさせた。
「クーオン様、神が望んだからこそ我々が実行したのです、そこを勘違いなさらないで下さい」
「……」
王族をすべて消し去り、教会はこの国を手中に収めたかったのか。
そしてその旗頭として神の使いであるクオンが必要だったのだろう。
この国から帰ろうとしているアリスではなく、残ると決めたクオンを教会は選んだのだ。
いや、瘴気を弾き飛ばすことのできるクオンが必要だったのかもしれない。
瘴気で誰かを脅せば、治すための薬が必要になる。
つまりクオンを多くの貴族を味方につけるための切り札にしたいのだろう。
勝手すぎる考えに、クオンは気持ち悪さしか感じなかった。
「さて、まずはクーオン様に、これを飲むとどうなるのか見ていただきましょうか」
教皇が指示を出すと、紐で縛られた男たちが連れてこられ、そのうちの一人だけが前に出された。
男たちは猿ぐつわをされていて、叫びたくても叫べない。
けれど、これから何が起きるのか分かっているのだろう。
その姿からは、ハッキリとした恐怖が感じられた。
「クーオン様、見ていてくださいね。この原液の力を」
クオンの答えを待つことなく、教皇は司祭に指示を出した。
司祭は男の猿ぐつわを外させると、薬を無理やり口内へ流し込ませる。
男は必死に抵抗した。
それでも薬は喉を通ったようで、男は胸を押さえながらその場に倒れ込む。
すると――
男の体が、ドロドロと溶け始めた。
人間の形をした泥人形のように、その姿を変えていく。
「……っ」
一瞬で姿を変えたその恐ろしさと気持ち悪さに、クオンはレオを庇いながら後ずさった。
これが神のための所業だと言うのならば教会は腐っている。
人間ではなくなる男を見ながら、そうとしか思えない。
特にリヌス教皇は恍惚としていて、まるで全世界を支配する力を手に入れたかのように、嬉しくてたまらないといった顔をしていた。
「ああ、素晴らしい! これこそ神の奇跡ですよ! クーオン様!」
リヌス教皇は喜び、「もういいでしょう」と司祭に指示を出す。
すると瘴気魔獣になりかかっている男の首を、教会の騎士が跳ね飛ばした。
まだ魔獣になる前。
半分は人間の状態だったからか、首が飛ぶと瘴気は男の体から離れ、やがて霧散して消えていった。
けれどこのまま放置していればどうなるのか。
クレオたちの遠征の話を聞いていたクオンには、すぐに分かった。
「さて……クーオン様。神の力を目の当たりにした今、我々に付くと決めていただけたでしょうか?」
脅しのような言葉を吐き、リヌス教皇が笑顔を向ける。
その狂人じみた笑みには、イエスしか認めないという恐ろしさがあった。
「……もし僕が断ったら、どうなりますか?」
「ふむ。それは選んで欲しくない答えですが……そうですね……」
リヌス教皇は少し考えるような素振りを見せる。
とても愉快そうな姿は、教会に勤める者の顔ではない。
「その場合は……クーオン様のお世話をする人間を一人、一人と、瘴気魔獣に変えていきましょうか……?」
ニタリと笑いリヌス教皇の視線がクオンの後ろにいるレオへと向く。
王族を皆消し去ると宣言しているリヌス教皇だ、子供であるレオを始末することなど簡単なのだろう。
そしてその後は、クオンの知り合いを次々と瘴気魔獣に変えていくつもりなのだ。
それは陛下だったり……
デーヴィッドだったり……
キンリー家の家族だったり……
友人や使用人だったり……
そして当然、妻のクレオのことも――。
「さあ、クーオン様。お返事を聞かせてください」
「……」
絶対にこんな奴の言うことなど聞かない。
そんな怒りが、クオンの胸の奥から込み上げてくる。
怒鳴ってやるか、殴ってやるか……そんなことを考えたその瞬間。
「クオン! どこですか! 返事をしてください!」
大好きな妻の大声が響いた。
「……!」
(クレオだ! クレオが助けに来てくれた!)
その声を聞いた瞬間、クオンの胸にあった恐怖も怒りも、一気に吹き飛んだ。
クレオが来てくれた。
それだけでもう、百人力の力を得たような気持ちになれた。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
また少しでも楽しいと思って頂けたら、良いねなど応援いただけると嬉しいです。
お昼にファミレスに行きました。
調子こいてコーヒーゼリーまで食べました。
16時……
お腹が痛くなりました。
後はご想像にお任せします。
クレオ、教会へ到着です。




