クオンの行方
少し暴力的なシーンがあります。
クオンが待つ自宅へ一秒でも早く戻るため、クレオが面倒な書類仕事をハイペースでこなしていると、キンリー侯爵である父がクレオの仕事場へ顔を出した。
「クレオ」
「父上、どうかしましたか?」
「ああ、今すぐ一緒に来て欲しい。急ぎだ」
「――っ! はい、すぐに参ります」
いつも通りに装いながらも、額にうっすらと浮かぶ汗と、息づかいを落ち着かせようとしている父の様子に、クレオはすぐに反応した。
そして隊員たちに、仕事が終わり次第帰宅するよう声を掛けると、父に続いて廊下へ出る。
帰宅時間を過ぎ、静まり返った騎士塔の中。
周囲を確認した後、父が小さく囁いた。
「クーオン様が攫われた」
「なっ!!」
「既に王家の者とウチの者たちが動いている。屋敷に忍び込んだ間者のうち、二名を拘束した。間もなく王城にそれが届く。話を聞くぞ」
「はい!」
どうやらクレオとクオンの不在時を狙って、屋敷に忍び込んだ賊がいたらしい。
屋敷内にいたエラを拘束して閉じ込め、帰って来たばかりのクオンを攫って行ったようだ。
アルマンは馬場で背後から襲われたらしいが、クオンの守りが発動し、その者は吹っ飛んだそうだ。
そしてもう一人の間者は、ドルチェによって蹴り飛ばされたらしい。
一般的な馬であれば刃物を怖がり、間者に近付くこともしなかっただろう。
だがドルチェは教育馬となれるほどの知能があり、その上、屋敷には守るべき相手であるクオンがいた。
問答無用で攻撃を仕掛けるのも当然で、屋敷に戻ったら「良くやった」と褒めなければとクレオは固く誓った。
「ここだ」
王族の住まう区画の地下にある、窓もない囲われた部屋へと向かう。
するとそこには国王ヒューイットと王太子デーヴィッド、そして筆頭魔法使いであるキーランが揃っていて、第一騎士団長ジャックス・ロスの姿もあった。
皆が皆、緊張した面持ちで、クレオとアトラスが部屋へ入ると、無言のまま頷いてくれた。
「クレオ、済まない。我々王家の落ち度だ」
「いいえ、陛下。爵位を頂いてから使用人を増やそうとしていたキンリー家の落ち度です。クーオン様にはあの屋敷でもう暫くのびのびと過ごして欲しい。そう思っていたことが仇となりました」
父が頭を下げると同時に、クレオも頭を下げる。
騎士であるクレオがクオンの傍に居て常に守っている、だから大丈夫。
そんな気持ちもあった。
だが何より人を増やすことで余計な者を屋敷に招き入れてしまうことが怖かった。
クオンを狙うものは多い、使用人の人選に時間を掛けていたともいえる。
それにクオン自身が出来るだけ普通に過ごしたいと思っていた、という理由もある。
その上今はクオンの王城通いが始まったことで、城での護衛に意識が行き過ぎていた、という理由もあった。
それにクオンの行動は一部の者しか知らない。
そんな中、まさか帰宅直前に屋敷に忍び込まれるとは考えてもいなかった。
「連れてまいりました」
クオンを良く知り、関わりのあったアンセルとユーリが指名されたのか、間者だと思われる男を連れて部屋に入って来た。
その瞬間、クレオは素早い動きで男に近付いた。
陛下の御前だとか、上司や父が見ているなどということは頭から吹き飛んでいた。
クオンの敵。
そう思った相手に、憎しみが溢れていた。
ドカッ!
「「クレオ!」」
「クレオ、待ちなさい!」
敵の一人を殴った瞬間、父やアンセル、ユーリの慌てる声が聞こえた。
「申し訳ありません。ですがこれは妻として夫を心配して出た張り手です。か弱い女性の一矢ですもの、お見逃し下さいませ」
嫋やかに頭を下げるクレオを見て、皆が言葉を失い、茫然としている。
それもそのはず、吹っ飛んだ男は白目をむき気を失っているからだ。
申し訳なさそうなクレオの顔には「令嬢のビンタで倒れてしまうだなんて……」と全く思っていないだろう言葉が浮かんでいた。
「いや、か弱いって……壁まで吹っ飛んだし……」
「一矢って……腰が入ってメチャクチャ良いパンチじゃないか……アイツ死んでないよな……」
アンセルとユーリが倒れた男を確認しながら、何かを呟いている。
クオンを攫った者たちの仲間だ、多少痛い思いをしても何も問題ないだろう。
それに間者はもう一人いる。
一人倒れても何とでもなる。
そんな危険思考に陥りながら、クレオは笑顔のままもう一人の男へ視線を送った。
「私の大事な夫をどうしたのか……話してもらいましょうか……」
「ヒッ……」
素直に話してもらおうと優しい笑顔を向けたはずなのに、間者は後ずさりし、青い顔になる。
するとそんな様子が面白かったのか、ヒューイットが笑い出した。
「ハハハ、流石クーオン様の奥方殿だ。クレオ、いや、オット夫人。そのか弱い力で好きにするがいい。話が出来ればその男はどうなっても構わん。この私が許可しよう」
「陛下、ありがとうございます。未熟ながら、貴族女性として精一杯の務めを果たさせていただきます」
クレオはナイフを取り出し、ニコリと笑って男へ向ける。
今は騎士ではなく、夫を心配する貴族の夫人。
クレオの行動は騎士道に反するものではない。
クオンは無事だろうか……
どこか怪我などしていないだろうか……
不安になっていないだろうか……
男と向き合いながらそんな考えが浮かべば、男のあちこちへナイフを刺してやりたい気持ちになる。
目か、耳か、それとも鼻か……
いや指が良いか……足を入れれば二十本あるからな……
いっそのこと男の一番大事な部分でも良いかもしれない……
クレオの視線がそっと男の中心へ向くと、間者が叫び出した。
「うわー! やめてくれ! 何でも話す! だから、その恐ろしい女を止めてくれ!」
「恐ろしい女? はて? そのような者はここにはおらぬが?」
「陛下、もしかしたらこの者は頭がおかしくなっているのかもしれません。少し血を抜いてみましょうか? 意識がハッキリすることでしょう……」
「うむ、流石クレオ、良い提案ではないか。ではこの者の頭にナイフを刺してみるか?」
「陛下、有難うございます。非力ではありますが精一杯の力で臨んでみます」
「うむ」
悪ノリするヒューイットとクレオの前で、男はぶるぶると震え「話す! 話す!」と叫び出す。
仲間が簡単にのされてしまい、生きているかも分からない状態。
そんな中、目の前のか弱き女性は自分を見つめ、恍惚とした笑みを浮かべている。
いたぶる気満々のその笑顔に、間者は恐怖しか感じなかった。
「司祭だ! 教会の司祭に手伝えって、頼まれたんだ!」
「ほう……今度は神に仕える方々を侮辱するのか……もうその口は必要ないな、クレオ、まずは口だ」
「ま、待ってくれ! 本当だ! 証拠だってある! 俺のズボンの中に手を入れてくれ!」
騒ぐ男に笑顔の消えた、クレオの冷めた視線が向く。
レディに向かってズボンの中に手を入れろという男の言葉が意味不明の言葉に聞こえ、自然と睨みが鋭くなった。
「……陛下、やはりこの男、ヤッてしまっても宜しいでしょうか?」
「そうだな……変態は危険だ。もう一人の男をキーランに覚醒させてもらうとしようか」
「ま、待ってくれ! 違う、ポケットだ! 俺のポケットの中を見てくれれば分かる!」
男を揶揄いながら、ヒューイットとクレオは人の悪い笑顔を浮かべる。
気の毒になったユーリが男のズボンのポケットを探ると、教会の紋章入りの巾着が出てきた。
中には真新しい金貨が入っている。
それを掲げながら、ユーリが呟いた。
「……教会の者は馬鹿なのでしょうか? 証拠を残すなど、普通はあり得ません」
「うむ、そうだな。やはりこ奴が我々を騙そうとしているのではないか? 教会と王家を敵対させたい者の仕業かもしれんなぁ」
「ほ、本当だ! 信じてくれ! あいつら世間に疎いから常識がないんだ! 巾着が証拠になるだなんて、そんなことに気付いてもいない! 俺たちに会いに来るのも、平気で司祭の服を着てきてたんだからな!」
男の証言や行動を見ていると、嘘はない。それが分かる。
教会が何のためにクオンを攫ったのか……
これまでの言動や行動を見れば、思い浮かぶ理由は沢山ある。
クオンのその姿だけでも教会の者たちを惹きつけるだろうし、クオンだけに起こる不思議な現象もその魅力の一つだろう。
聖女が手に入らないならば、クオンを手に入れよう。
単純にそう考えてもおかしくはない。
それに今のクオンならば、教会にいてくれるだけで良きシンボルになってくれるはずだ。
けれど流石に疑問はある。
どう考えても犯人が教会だとばれる可能性があるずさんな犯行だからだ。
世間を知らない、それだけでは言い表せない程の堂々とした犯行に見えた。
「……ふむ、まるで、バレてもいい。そう考えているような行動ですね……」
キーランの言葉に、この場にいる皆が頷いた。
クオンさえ手に入れられれば、後はどうにでもなる。
強気な彼らの望みは一体何なのか……
静まる室内で皆が疑問を浮かべる中、クレオが動いた。
「愚か者の考えなど今はどうでもいいことです。それに後で教会の者にじっくり聞けばいいだけですので」
「クレオ……ふむ、確かにその通りだな……」
「陛下、私は教会に向かいます。妻として私の大事な夫を返してもらわなければなりませんからね」
クオンを物のように扱い、所有して栄光や繁栄を期待している教会に対し、クレオの怒りは頂点に達していた。
鬼神のような圧を発するクレオを前に、クオンの敵にだけは回らない方が身のためだと、この場にいる皆が思ったのだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
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クレオ怒りマックスです。
そして陛下ノリノリです。w




