王太子の告白
祝賀会が終わった翌日、アリスはいつものように「お茶でも飲まないか」とデーヴィッドに声を掛けられ頷いた。
この世界に来てからの長い時間、デーヴィッドは常にアリスの気持ちを優先してくれて、聖女ではなく魔力を持たないクオンのことも大事に扱ってくれた。
だからデーヴィッドに対し友達以上の気持ちは確かにあると思う。
彼の真摯で真面目で一生懸命な姿は好感が持てるし尊敬している。それに王太子として懸命に執務に向かう姿は同級生たちよりもとても大人で、アリスを守ると約束してくれたことを一生懸命に果たそうとしてくれているデーヴィッドの姿は、単純に素敵だなと思えた。
そんな中でデーヴィッドがアリスを女性として大事にしてくれて、好意を向けてくれていることも分かっている。
だけど、だからこそ……
いいや、だからと言って、その好意を軽々しく受け入れてはならないとアリスは思う。
彼の、デーヴィッドの結婚相手は王妃となる立場だ。
今のアリスにその覚悟は無い。
それに夜会に出席したので分かる、デーヴィッドの心を掴もうと競い合う女性たちは皆とても美しく、自分磨きに余念がなかった。
聖女だからという立場しか持っていないアリスとは違って、女性たちは皆品があり、所作も落ち着いていて、皆が皆王妃に相応しい女性に見えて心が苦しかった。
だけど今のアリスに彼女たちと戦ってまで「結婚したい」と思う気持ちはない。
まだ十六歳、二ホンでは学生で成人していない子供だ。
将来の自分を思い浮かべることはあっても、真剣に結婚を考えたことなど一度も無かった。
だからどんなにデーヴィッドが素敵な人であっても、そんな自分はデーヴィッドに相応しい人間には思えなかった。
「ディ、お疲れ様、お父さんの様子はどう?」
「ああ、アリス、私から誘ったのに待たせて済まない。父はすっかり元気になったよ、これも君とキーランの癒しのおかげだな、食欲もだいぶ戻ったようだし、執務も少しずつ担ってくれそうだ」
「そうなの? なら良かった。病気の後お父さん凄く痩せてたから、それに昨日も無理して壇上に出ていたし、心配だったから……」
「ああ、そうだね。でも昨日は国王としてクーオン様に皆の前で礼を述べる必要があったから、無理は必要なことだったんだよ」
「うん、分かっているけどね、でも無理している姿はやっぱり心が痛むよ」
デーヴィッドが部屋へ来たのでアリス自らお茶を淹れる。
使用人に任せればいいとデーヴィッドは言ってくれたけれど、クオンの毒の事件があってからアリスは自分で淹れることが出来る時は自分でお茶を淹れるようにしている。
それに「何かデーヴィッドにしてあげたい」とそう思ってしまうのだ。
気づかない振りをしているけれど、自分はかなり重傷ではないかと思い始めている。
「アリスのお茶はホッとするな……」
「ほんと? なら良かった。ディは頑張りすぎだもん、少しでもリラックスして休憩して欲しいからね」
「うん、そうか……有難う……アリスはやっぱり優しいね……」
口元を少し緩ませ、デーヴィッドは嬉しさを我慢するようにぎこちなく笑う。
王太子としてのデーヴィッドは誰の前でも穏やかな笑顔を浮かべ、こんな風に不器用な素を出して笑うことは無い。
それだけアリスに心を許してくれているのだと実感出来て、心がキュンッとときめいてしまうのだが、ニホンに帰ると決めた今、その気持ちには気付かないのだと決めていた。
デーヴィッドに恋をしてはいけない。
クオンのようにこの国に残ると決められない自分は、そんな立場に無いからだった。
「……ねえ、ディ、瘴気での魔獣化は何が原因なのか分かったの?」
「いや、まだだ……だが陛下よりももっと瘴気が強い森へ足を運ぶものは多くいる、そんな中で陛下だけが魔獣化するという不自然な現象は作為的なものでしかないと思っている……それに……」
「それに?」
「もし魔獣化を作り出した者がいるのならば、その人間は陛下と直接会える立場の人間……きっとそうなるだろう……」
「デーヴィッド……」
王太子として身内をも疑わなければならないということは、優しいデーヴィッドには辛いことだろう。
けれどデーヴィッドはそんな仕事からも逃げたりはしない。
ちゃんと自分の立場を理解し立ち向かっている。
多分デーヴィッドは妹のアイラのことだって疑うことが出来るだろう。
デーヴィッドは王になる自覚がある立派な人だからだ。
だけどアリスにはそんなことは出来ない。
仲良くなった相手を疑うなんて無理だしやりたくもない。
きっとそんな部分もデーヴィッドへの気持ちを迷う部分だと思う。
それに何よりこの世界が単純に怖い。
剣を持ち、人を簡単に処分し、人を襲う魔獣がいるこの世界が、アリスはどうしても怖かった。
「アリス……国に戻る気持ちは変わらないかい?」
アリスの瞳をデーヴィッドの青空のような青い瞳が見つめてくる。
この瞳をアリスは良く知っている。
この世界に来て初めて声を掛けてきたデーヴィッドは、今と同じ真摯な瞳をアリスに向けていたからだ。アリスはデーヴィッドに嘘はつきたくないと正直に頷いた。
「うん、帰ろうと思う。私はまだ学生だし……それにパパとママも待っているし、心配してるって思うと帰りたいって気持ちが強いかな……」
「そうか……」
最初のころに比べて父や母を思い出し泣くことは無くなったし、クオンがいるからそれほど寂しい気持ちは無いといえる。
けれどやっぱり両親のことは恋しいと思うし、自宅へ戻りたい気持ちも強いし、学校へも行きたい気持ちも強い。
「……それはクーオン様に言われたからではなく?」
「うん……そうだね、くう兄に言われたから素直になれたって感じかな……? くう兄を残して帰るのは心配だけど、くう兄にはクレオ姉様がいるし、キンリー家のご家族もいるから、安心して帰れるって思えたのも理由の一つにあるかもしれない……」
「そうなのか……」
あとはクオンが百パーセント帰れると心強いことを言ってくれたから、というのもある。
その上キーランもそうできると肯定してくれて、怖がりのアリスでも一人で帰ろうと思える後押しを二人がしてくれた。
だからこの国への未練は捨てて二ホンへ帰る。
デーヴィッドやアイラにはもう会えなくなるかもしれないし、クオンのことを全く心配しないなんてそんなことは無理だけど、それでもアリスにはまだ二ホンで学ぶべきことがある。
だからデーヴィッドに引き留められても断ると、そう決めていた。
「十年……」
「えっ……?」
「私が父のような国王になるにはまだ十年はかかる。父が病んでいた間父の仕事を肩代わりしていたが、偉大さを改めて感じて己の不甲斐なさが良く分かっただけだった」
「そんな、ディはキーラン先生が認めるぐらい頑張ってたじゃない」
「うん、有難う。だが私にはまだ足りない部分が多くある……アリスもきっと同じなのだろう? アリスには学ぶべきことがあると、クーオン様もそう言っていた」
「……うん……そうだね……でもディは、デーヴィッドは立派だったよ。お父さんの代わりをちゃんと出来てたと思う。私ずっと近くで見ていたから分かるの、だからデーヴィッドはもっと自信を持っていいと思う」
「そうか? 有難う。アハハハ、アリスにそう言ってもらえると嬉しいものだな」
「もう、本心なんだよ、お世辞じゃないからねー」
「ああ、有難う……とても嬉しいよ……」
きっとデーヴィッドの言う通り、アリスが分かっていないだけで、国王の仕事というのはそう簡単に出来るものではないのだろう。
だけどデーヴィッドは十分に頑張っていた。
それはアリスだけでなく、クオンだって、アイラだって、皆思っていたことだった。
デーヴィッドは今の自分が出来る限りのことをしていた。
大切な友人にはもっと自信を持って、笑顔でいて欲しかった。
「アリス……十年後……もう一度会わないか?」
「えっ……?」
「君が大人になって、私も王太子以上の仕事を覚えて……その時にもう一度君に会いたい。そう願ってもいいだろうか?」
「デーヴィッド……」
十年先の約束。
それはきっととても長い年月になるだろう。
その時アリスはもう聖女ではないかもしれない。
それにデーヴィッドの好む女性になっているとは限らない。
それでもデーヴィッドはアリスに会いたいとそう思うのだろうか?
それに何より何度も異世界の人間を呼び寄せることなど出来るのだろうか。
疑問は膨らんでいく。
「アリス、クーオン様にもまた会いたいだろう?」
「えっ?」
「君たちは仲の良い家族だ。もう二度と会えないなんてそんな悲しいことは受け入れられないだろう? だけど十年後に会える、そんな希望があればこの先の生活も寂しくないのではないだろうか?」
「デーヴィッド……」
無理をしてでもクオンと会わせて上げたいと、そう願ってくれるデーヴィッドの優しさがアリスの胸を打つ。
きっとこんな素敵な人は他にはいない。
それは分かっているけれど、今の自分には別れることしか決断が出来なくて辛い。
(もっと大人だったら良かったのに……)
そんなことは無理だと分かっていても願わずにはいられない。
せめて高校だけでも卒業していたら。
出来ない願いを思い浮かべてしまうほど、デーヴィッドとの別れは悲しいものだった。
「……これは正直言って、言い訳なんだ……」
「えっ?」
「本当は私がアリスに、君にまた会いたいだけなんだ……」
「デーヴィッド」
「アリス、私は君が好きだ。君の優しいところや、なんにでも一生懸命なところ、それに前向きで穏やかなところも、あと私の話をきちんと聞いてくれるところも、全部大好きだ。この気持ちは十年後も変わっていないと約束できる」
「デーヴィッド……」
この国の男性は直接的な告白などしないとキーランから聞いていた。
アリスも夜会で声を掛けられた男性には「闇夜の乙女のようだ」とか「光の国の妖精のようだ」とか良く分からない誉め言葉を沢山もらった。
けれどデーヴィッドはアリスの常識に合わせ、精一杯の告白をしてくれているのだろう。
頬を赤く染め言いなれない言葉を使い、アリスに自分の想いを伝えようとしてくれている姿は、とても嬉しいものだった。
「デーヴィッド、有難う。私も、私もデーヴィッドのことが好きだよ」
アリスのことが本当に好きだとそう言ってくれて、嬉しい気持ちが心の中に広がっていく。
「ああ、有難う……それだけで十分だ……とても嬉しいよ、アリス」
お互いに今はこれ以上の関係になれないことは分っている。
だからこれは友人としての告白、そう受け止める。
十年後。
本当に会うことが叶ったら……
デーヴィッドに恥ずかしい姿なんて見せられない。
アリスは絶対にカッコいい女性になろうと誓う。
デーヴィッドに笑われないように、自信をもって会いに来れるように。
憧れの姉であるクレオのように、独り立ちしたカッコいい女性になろう。
心の中でそう誓ったアリスだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
デーヴィッドとアリスは両思い。
けれど今は友人という関係で終わりを迎えました。
また会えると良いなと作者も願っています。




