祝賀会
クオンへの褒章授与が終わり、そのまま大ホールへ移動すると祝賀会が開かれる。
結婚式の立食パーティーのような会場内に、クオンも内心興奮気味だ。
どんな美味しいものがあるのだろうか?
食べている時間は無いかもしれないけれど、それでも食文化の発達した国出身の者としては気にならない訳がない。
あとでデーヴィッドにメニュー表でも貰えないかな?
そんなことを考えていると、クオンの下に貴族たちが集まって来た。
「オット様、この度はおめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
話したことの無い貴族から気軽に声を掛けられ、クオンはなんとか笑顔を保ちつつ礼を言う。
爵位を貰ったクオンはもうこの国の貴族。
少しでも仲のいい貴族家を作ろうと笑顔を振り撒いて答えているが、横に立つクレオは目を光らせ声を掛けてきた貴族家をしっかりと見張っている。
『うちのクオンに失礼なことをしたら切り捨てますよ』
そう言っているようなクレオの姿を見て、低位の貴族家たちは挨拶をしただけでその後はクオンに近づきもしない。
今はまだ伯爵位であるクオンは縁を結びやすい位置にはいる。
けれどいずれ公爵になるのだと国王がにおわせたことと、キンリー侯爵家が後ろについているという事実。そして守護騎士そのままのクレオが何よりも怖く、身を引いてしまうものが多かった。
「いやー、オット様、実はですね、ウチの娘は丁度成人したばかりでして、春の小川のような女性だと評判を頂いているのですよ」
「はあ?」
「実は今日はたまたま娘をこの会場に連れてきておりまして、オット様にご挨拶したいと……サラサ! さあこちらに来なさい!」
「はい、オット様、初めまして……サラサと申します」
「はあ……」
上目使いにクオンを見つめる少女。
確かに可愛らしい少女ではあるが、クオンは何故この場で娘を紹介されたのか分からない。
それに成人したばかりということは、サラサという名の少女はアイラやアリスと変わらない年頃ということ。
そんな相手に対しクオンが女性として興味など持つわけもなく、目の前の伯爵とも特に縁を結びたいとも思えない。
その上領地は王都から遠いらしく気軽に行ける距離でもない。
興味の沸かない伯爵家の娘に対しクオンは「どうも」とだけ言葉を返す。
(先生が興味のない人には「どうも」だけの挨拶で良いって言ってたもんな……)
クオン自身が名を名乗れば「縁を結びたい」との意思表示になるのだとキーランに習ったためそう返したのだが、伯爵は女の子らしい娘にはクオンが興味を示さなかったと受け取ったらしく、次の行動に出た。
「オット様、我が家には自慢の息子もおりまして!」
「はあ?」
だから何だろう?
この人は何がしたいの?
子供自慢?
クオンが子供を紹介し続ける伯爵に興味無く返事を返していると、クレオがキレッキレな笑顔を浮かべ伯爵に答えた。
「残念ですね、伯爵。今夜の貴方の行動のお陰で、今後ご息女ご子息には良い縁は訪れないことになりそうですよ……」
「はぁ? 騎士のお前が何を言う! それに私は直答を許してないぞ! オット様との仲を邪魔するな! 騎士は黙って後ろに控えていればいいんだ!」
クレオをクオンの護衛騎士だと勘違いした伯爵が、言ってはいけない言葉を言う。
まあクレオが誘導したと言ってもいいが、会場中の視線が集まっていることに伯爵は気づいていない。
愚か者だなと内心笑いながらクレオは威圧を込めて伯爵を睨み、クオンの前に進み出た。
「ええ、私は騎士ではありますが、クオンの妻です」
「はっ?」
聖女のお披露目会の時とはあまりにも違うクレオの姿に、クオンの妻だとは気づかなかったのだろう、伯爵は一瞬で青い顔になる。
「そんな私の前で娘と息子を夫に勧める……? 祝いの席でなければ首を落としているところですよ、伯爵殿? それに私にはそれが簡単に成しえますし、陛下からの許可も簡単に出していただけるでしょうしね……」
腰の剣に触れ伯爵の首を見つめる。
どうやら伯爵はクレオが何者なのか今頃気付いたようだ。
祝賀会の前にあった褒賞式に参加していなかったのか? はたまた遠くからしか見ることが叶わなかった立場なのか? いや、夜会の美女とクレオが繋がっていない時点で愚かすぎる所業だが、だからこそこの場で娘や息子をクオンに紹介出来たともいえる。
伯爵はごくりと喉を鳴らし、後ずさる。
その顔は先ほどまでとは違い、顔色が悪く自信満々な姿は消えている。
すると父を心配した娘がクオンに助けを求めた。
「オット様、父をお助け下さいませ! 私が貴方の言うことを何でも聞きますから!」
涙目になり手をさし述べて来たサラサの手を、クオンはサッと避ける。
クレオの言葉を聞き、やっと伯爵が何を望んでいたのか分かったらしい。
先ほどまで浮かべていた優し気な笑顔を消して、クオンは伯爵親子を見つめる。
「僕の妻、クレオ一人! クレオ以外の女の子いらない! もう近寄らないで! フンッ!」
クオンはクレオの肩を抱き、ムッとした顔を隠すことなくその場から離れていく。
当然その様子は国王陛下やキンリー侯爵家の皆も見ていて。
あの心優しいクオンを怒らせた。
その瞬間はしっかりと把握されており、伯爵は娘と息子を連れて会場から逃げ出した。
ただクレオの言う通り、娘と息子への縁談の話はぱったりと来なくなった。
彼らの婚姻は伯爵の愚行のせいで難しくなりそうだった。
「ラグラス伯爵、ガルーラ子爵」
クレオが声を掛けた相手はアンセルとユーリの父親だ。
クオンがアンセルとユーリには沢山お世話になったので挨拶をしたいと願ったため、クレオが声を掛ける。
すると事情を知らない二人は、近づいてくる今夜の主役を見て緊張が隠せない面持ちとなった。
「こ、これはキンリー侯爵令嬢、いつもウチの息子がお世話になりまして……」
「いいえ、ガルーラ子爵、アンセルにお世話になっているのは私の方です。それと私はもう侯爵令嬢ではないのでクレオと気軽に呼んで下さい。勿論ラグラス伯爵もですよ」
「いや、そんな訳には……」
「ええ、その通りです。ええっと、あの、そうですね、オット伯爵夫人? と、そうお呼びいたしましょうか……」
ラグラス家とガルーラ家は伯爵家と子爵家の中でもあまり立場が高くなく、領地も小さな弱小貴族。
なので二人は目を泳がせながらそんなことを言う。
クレオと息子たちが友人であり仲がいいことは知ってはいたが、まさかこのような場で声を掛けられるとは思っていなかったようだ。
これまでクレオは殆どの夜会に出席して来なかった。
なので夜会でアンセルとユーリの両親に声を掛ける機会などある訳がなく。
夫であるクオンに願われての気の利いた行動だが、クレオだけの出席であれば誰にも声を掛けていなかっただろう。
アンセルとユーリの親に対し悪い印象などある訳が無く、クオンが喜ぶのならと受け入れた行動だと言えた。
「フフ、ラグラス伯爵、ガルーラ子爵、本当にクレオで構いませんよ。アンセルとユーリも私のことをそう呼んでいますし、遠慮はいりません。それより私の夫を紹介させて下さい。クオン、こちらが会いたがっていたアンセルとユーリの御父上ですよ」
「初めましてー、クオン・オオオトです。アンセルとユーリにお世話になってます」
「い、いえいえ、そんな」
「息子が、お役に立てているのなら、幸いでございます」
深く頭を下げようとした二人を止めるようにクオンは手を差し出す。
ニコリと笑うクオンを前に、茫然としたまま二人はクオンの手を取った。
「アンセルとユーリ、とっても面白いの、クレオだけでなく、僕のことも大事にしてくれました、もう友達です」
「そ、そうでございますか?」
「なら安心いたしました……が……」
高位の騎士になった息子はそれだけで親孝行だと思っていたが、まさかこんな展開になるだなんて……ラグラス伯爵とガルーラ子爵は驚きしかない。
「お二人とも、今度ウチに遊び来てください。そうだ、アンセルとユーリも一緒に、あ、あと領地のとくさんひん? あったら教えてほしいです、僕、とっても気になります」
「は、はい、有難うございます」
「是非、お邪魔させて下さい」
社交辞令かもしれないが、クオンに直接誘われたというだけで十分だった。
暫くはクオンと話をしたことがある、それだけで夜会で注目を浴びるだろう。
意図したことではないが、クオンはラグラス伯爵家とガルーラ子爵家の評価を上げていた。
「ああ、クオン、騎士団長の奥様があちらにいらっしゃいます、紹介しますね」
「うん、クレオの上司の奥様、僕ちゃーんと挨拶するね」
「はい、私の夫としてお仕事お願いしますね」
「うん、任せて」
握り拳を作り気合を入れるクオンを連れ、クレオは職場関係の知り合いに声を掛けて行く。
そんな二人の姿には当然会場中の視線が集まり、騎士の子供を持つ親たちは期待の籠った視線をクレオに送るが、クレオを「男女」だとか「実家の力を借りて騎士になった大女」などと言って馬鹿にしていた者たちの親に声を掛けることなどあるはずがなく、クレオは自身の知り合いだけにクオンを紹介したのだった。
「クーオン様」
「あれ? リヌス教皇様?」
「はい、本日は叙爵おめでとうございます。遅ればせながら叙爵の挨拶を述べにやって参りました」
「わぁー、わざわざ来てくださったんですか、ありがとうございます」
「とんでもございません」
突然の教皇の登場に会場内がザワつき始める。
先日のお披露目会こそが異例であり、本来ならば教会から出ることが殆どない教皇がクオンの為にやって来た。その驚きは否めない。
「陛下もすっかりお元気になられたようで……クーオン様のお力は素晴らしいものですねぇ」
「はい、陛下元気になって良かったです。でも僕よりキーラン先生が……あ、キーラン・ガルデン様が頑張ったと思います」
「そうですか、そうですか、あの状態を守り切ることが出来るとは……ガルデン殿にもそれなりに聖なる力があるようですねぇ」
「ん?」
聖女の末裔であるキーランのことが気に入らないのか、それとも教皇という立場が言わせる言葉なのか、どこか棘があるように感じる言葉にクオンの中で疑問が浮かぶ。
「ああ、クーオン様、そんな事よりも私の弟子たちを紹介しても宜しいでしょうか?」
「お弟子さん?」
教皇の後ろへ視線を送れば、見たことの無い司祭たちが頭を下げる。
いつもならば大司祭の地位に就く者を連れて来るところなのだが、今日は別の者たちを連れてきたようだ。
これも教会の修行の一種なのか、それとも王家との繋がりを作る為なのか、教皇はこの場に相応しくないまだ若いと思われる者までも連れて来ていた。
「はい、まず、この者は司祭のマルクスでございます」
「マルクスと申します。クーオン様初めまして」
デーヴィッドに負けない顔立ちの美男子が頭を下げる。
年齢はクレオと同じぐらいだろうか、映画俳優っぽいなとクオンはそんな感想を持った。
「……その次に同じく司祭のシリキでございます」
「シリキと申します、クーオン様どうぞ宜しくお願い致します」
シリキと紹介された女性は、この世界では珍しくショートボブぐらいの髪の短い女性だった。
見た目は清楚な様子でアイラやアリスとあまり変わらないぐらいに見えるが、教皇に付いて来るぐらいなのだ、若いけれど優秀なのだろうなという印象だった。
「……最後に修道士のレオです。まだ十三歳と歳も若いのですよ」
「レ、レオです。クーオン様どうぞよろしくお願いします」
十三歳だと言われた少年レオは、まだ声変わりもしておらず年齢よりも幼い印象だ。
緊張しているのか声が震えているし、クオンと視線も合わせようとしない。
可愛い子だなとそんな印象だったが、なんだか倒れそうで心配になってしまうか細さだった。
「どうでしょう、クーオン様、この者たちをどう思われますか?」
「えっ?」
神に使える者の印象を聞いているのか、教皇が笑顔をクオンに向ける。
年上の二人はともかく震えるレオのことが心配になりながら、クオンは教皇の問いかけに答えた。
「良い人たちみたいですね、頑張って教皇様を支えて欲しいです」
「……それだけですか? 浄化の旅に出る際、供にしたい者はこの中におりませんか?」
どうやら教皇は浄化の旅に出るクオンを心配し、教会から優秀な者を選んでこの場に連れて来たようだ。
だけどクオンは「いいえ」と首を横に振る。
浄化の旅にはクレオが騎士として付いて来てくれる。
クオンにはそれだけで十分。
他の供は先導するクレオが選べばいい、そう思っていた。
「大丈夫です。僕は僕で頑張りますから」
「……そうですか、それは残念ですね。教会でも選りすぐりの者を選んできたのですが……」
「お気持ちだけ、有難うございます」
「……そうですね……ですがもしクーオン様のお気持ちが変わりましたら、遠慮なくお声がけ下さいませ」
教皇はそう言い残すと、頭を下げてクオンから離れて行った。
クオンは離れていくレオの顔色が少し戻るのを見て、旅に出るのが嫌だったんだろうなとそう思ったのだが、そこで気づく。
教皇はいつクオンが浄化の旅に出ると知ったのだろうか? 陛下が伝えた? 誰かに聞いた? そんな疑問が残ったが、次の挨拶でそんな考えは消えて行った。
「あんっのクソじじい……」
小さくクレオが呟いた言葉にクオンは気付かない。
供という名の慰め相手をクオンに紹介しようとした教皇の行いを、クレオはしっかりと分かっていた。
立場が上の相手の為、伯爵の時のように言葉を挟むことは無かったが、それでも怒りは残る。
「あのクソじじい、次があったら絶対に許さないからな……」
嫉妬深くクオンを何よりも大事と思うクレオの怒りをしっかりと買っていることに、残念ながら教皇は気づかなかった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
思ったよりも長くなってしまいました。
教皇が三人も紹介するからですよ!
レオは本来夜会に出れる年齢ではないのですが、教皇のお供の為許されました。




