キーランとの勉強会
「おや……今日は彼女が屋敷にいるのですね……私とクーオン様の大事な大事な勉強会ですのに……貴女が何故ここに?」
クオンとクレオの屋敷にやって来たキーランが、迎えに出たクレオを見て毒を吐く。
笑顔を浮かべているため軽い冗談に見えなくもないが、今の言葉は彼の本音だろう。
なんでお前がいるんだ? 邪魔だ。
そう言っているのがクレオには分かる。
だって同じ気持ちだからだ。
「これはこれはキーラン様、ようこそ私たちの屋敷にお越しくださいました。今日はクオンにお願いされて大事な休みを貴方の訪問にわざわざ合わせたのですよ。それに貴方の指導内容も気になっていましたから、いい機会だと思い時間を作りました。いつも私の夫であるクオンがお世話になっております。クオンもそろそろこの世界に馴染んできましたし、貴方との個人授業は終了でも宜しいのではないでしょうか? そもそもキーラン様はとてもお忙しい方ですから、申し訳ありませんし」
「ほう……」
頂いた毒を三倍にしてクレオも返す。
クオンの本当の妻になった身としては、負けるわけにはいかない戦いだ。
恋敵を前にして大人しく黙っているつもりはない。
クレオの言葉を受けキーランはキラキラな笑顔を浮かべているが、不機嫌であることは良ーく分かる。
それはクオンの後ろに控えるホセとジミーにも伝わったようで、可愛そうになるほど顔色が悪くなる。
このまま血を見るような戦いになったら誰が止めるんだ? 俺達だよな?
そんなホセとジミーの心の叫びなど気にすることも無く、クレオとキーラン、二人はバチバチと視線をぶつけ睨みあう。
今現在既にクレオの方が妻として何十歩もリードしているのだが、きっとキーランは一生クオンを諦めることは無いだろう。
だからこそクレオもキーランのことがムカついて仕方がなかった。
「先生、ようこそです。フフフ、クレオと仲良し、いっつも楽しそうね~」
「……ええ、クーオン様、そうですね」
「……ええ、クオン、とっても楽しいですよ」
ニコニコと笑顔で見つめ合うキーランとクレオを見て、クオンは仲良しだといつも通りの勘違いをしている。
それもその筈、お互いにクオンにだけはこの醜態を気付かれないようにと、貴族らしい笑顔を浮かべ要らぬ努力しているのだ。優秀な二人にとっては簡単なことでもある、好きな相手の前だ当然の行動だといえた。
「僕、お茶を淹れてくるね」
そう言ってクオンが応接室から出ていくと、キーランとクレオから笑顔が消える。
キーランは訪問時にはクオンの手作りの品を欲するため、お茶を淹れるのもクオンであり、前日からキーランの為におやつや食事の準備をするのもクオンだ。
愛する夫が恋敵の為にいそいそと食事を用意する姿を毎回見なければならないクレオのことを思えば、嫌みも当然だと思う。
これまではそれでも似非妻であったため我慢している部分もあった。
けれど今のクレオはクオンと両思い。本物の妻だ。
堂々と嫌みを言う権利があるし、遠慮は投げ捨てた。
なので無意識ながらも『本物の妻だ』と勝ち誇った顔をしていたのだろう、キーランが「はぁ~」とクレオの顔を見ながら大きなため息を吐いた。
「まったく貴女のようなガサツな女性のどこが良かったのか……クーオン様の悪趣味には目を疑いたくなりますが、まあ、貴女の無鉄砲なところもたまには役に立ちますからね……クーオン様の為にその馬鹿力を役に立てなさい。貴女とクーオン様は本当の夫婦になったのでしょう?」
「えっ……?」
「クーオン様を見ていれば分かりますよ。貴女を見る目がこれまでとは違います。憎たらしいほどに甘い視線ですよ、首を絞めたいほどにね」
「ええっ?!」
まさかキーランにそんなことを言われるとは思ってもおらず、クレオの顔に熱が溜まる。
それもクオンがクレオを甘い視線で見ていたというのだ、照れるなという方が無理である。
きっと今は体中が真っ赤だろう。恥ずかしくて仕方がない。
「……先日の件もありましたし……まあ、許可してさし上げてもいいですよ」
「えっ?」
「はぁ~、貴女は本当に鈍い人ですね! 西の森で私を助けようとしたでしょう? なのでクーオン様の妻として認めることで相殺です。お礼は言いませんからね!」
「キーラン様……」
フンッと言って視線を逸らすキーランが子供っぽくって笑ってしまう。
どうやら西の森での出来事を、彼なりに感謝してくれていたようだ。
こんなお礼の言い方もプライドの高い彼らしいというべきだろうか。
クオンの前では大人ぶっているキーランなのだが、拗ねる姿は子供のようだった。
「まあ、結婚したからと言ってずっと良い仲が続くとは限りませんし、私も諦めたわけではありませんけどね」
「えっ?」
「私は体の繋がりなどには興味はありません、問題は心の繋がりです。いつか必ず貴女よりも私が良い相手だとクーオン様に思わせてみせますよ。何年かかってもね……」
「キーラン様……」
せっかく感動していたのに、今の言葉で全てが台無しだ。
それにクオンよりもクレオよりもキーランは年上。
なのにクレオの方が先に虹の端を渡ると思っている様子が言葉でわかる。
(やっぱりコイツは敵だ!)
クレオの中でキーランは敵だと再認定する。
「お待たせでーす」
笑顔のクオンがワゴンを押し部屋へ入ってきて、クレオとキーランに笑顔が戻る。
可愛いクオンの前で醜い争いなど出来る訳がない。
そこだけは意気投合する二人、クオンが仲良しだと勘違いするはずだ。
「私は全く待っていませんよ、クーオン様、お茶を有難うございます」
「クオン、有難うございます。私がお手伝い出来ることはありますか?」
クオンに向ける二人の笑顔と声が揃うとクオンがクスクス笑い出す。
どうした? という表情までキーランと揃っていたからだろう。とても楽し気だ。
「フフ、やっぱり二人仲良し、面白~い」
「「……」」
クオンにお友達認定されてしまったようだが、仲が悪いと思われてクオンが困ってしまうのも嫌なので黙るしかない。
ニコニコ顔のクオンが淹れてくれたお茶を飲み一息つくと、クオンが今日キーランとクレオを会わせたかった理由を話し出した。
「先生、僕、アリスの代わりに浄化をしたい」
「クーオン様」
「クオン?」
クオンの突然の告白に、クレオとキーランの声がまた揃う。
何故そんな危険な思考に陥ったのか、クオンを見る二人の目つきが変わる。
「あのね、アリスは僕の世界ではまだ子供、守るの大人な僕の役目」
「「……」」
「僕、浄化できる力ある分かった。だったら浄化僕の仕事。アリスにはさせない、ううん、僕が叔父としてさせたくない。代わりに僕が旅に出る、それ分かって欲しい」
「クーオン様……」
「クオン……」
クオンのいる世界では、アリスの年齢ではまだ学生で成人していない子供だと聞いている。
そのことはデーヴィッドも気にしていたけれど、浄化の旅へ出ることにアリスが前向きだったため、あまり気に留めてはいなかった。
この世界では十六歳は立派な大人であり、結婚も出来る歳のため、感覚が違うという理由もあっただろう。
キーランだってクレオだってアリスの年齢の時は学生であっても大人扱いだった。
そんな常識がクオンとは違う世界の者だと実感させられる。
異世界から来たクオンからすれば、アリスはまだ子供でしかない。
肉親だからという理由がなくとも、子供を危険な旅に出すなど心優しいクオンが出来るはずがない。
デーヴィッドやアイラとの接し方でも分かったはずだ。
クオンから見れば彼らもまだ子供の部類。
デーヴィッドの頭を撫でたり、アイラとの結婚を渋ったり、クオンの常識を理解する機会はあった。
『だからこそ大人な自分が浄化へ行くべき』
そう言いだしたクオンに返す言葉が見つからない。
自分達がもっとアリスやクオンの心を察するべきだったのだろう。
だが、クオンが浄化できることは分っているが、それでも不安は強い。
何故ならクオンには癒しの魔法が効かないからだ。
旅に出て体調を壊したり、魔獣に襲われた時、クオンがどうなるか。
クレオの抱える不安はキーランも同じようだった。
「……クーオン様、確かにクーオン様は浄化が出来ますが……クーオン様の旅は聖女様の旅よりも危険な物になります……それをきちんと理解されていますか?」
「はい、勿論です。でも薬もある、ポーションもちょっとは効く。それにまず魔石で浄化して、それでも無理なとこだけ僕が行くことにすれば、数がかなり減る。それに僕はここに残る決めた。クレオの傍に残る決めたから、僕はこの国の人間、アリスとはそこも違う」
「クーオン様……」
「クオン……」
「アリスはこの国の子供じゃない、なのに仕事頼むの可笑しい。だけど僕はもうこの国の人間。結婚もしてるし、大事な人増えた。愛する妻のクレオや大事な人たち守るためなら僕何だってやる。乗馬も覚えた、準備万端。だから浄化の旅、僕に行かせてほしい。先生、クレオ、お願いします、です!」
「クーオン様……」
「クオン……」
クオンの決意は固いようで、絶対に譲らないとその瞳が言っている。
浄化の旅にクオンが出ることは心配でしかないが、それでも確かに魔石を使えば大部分の浄化を魔石で補うことが出来るだろう。
クオンが行かなければならない酷い瘴気など、穏やかな今の時代では数えるぐらいしかない。
ならばクオンが旅に出てもいいのではないかと、二人の心は揺れ動く。
「あと、先生」
「……はい、何でしょうか? クーオン様」
「僕居ると、アリス国に帰れる、違いますか?」
「……」
えっ? と驚くクレオの前で、クオンとキーランが見つめ合う。
黙っているキーランは答えが分かっているような顔だが、素直に頷けないようだった。
「クーオン様、確かにクーオン様の弾く力があれば、アリス様をお国元へ帰すことは可能でしょう」
「やっぱり!」
「ですが! 前例がありません。それにクーオン様のお体にどう影響するかも分かりません、とても危険な実験となるのです。それもぶっつけ本番でです……」
「はい、それ、分かっています。でも、アリスはまだ学生、戻してあげる権利ある。だったら僕はアリスを帰してあげたい。あの子はいい子だから、優しい子だから、我慢して本音言わないだけ、あの子の家族待ってる、寂しい思いさせたくない」
「クーオン様……」
「クオン……」
クオンのアリスへの思いは固まっている。
ならばキーランが出来ることは希望を叶えることのみ。
けれど先ずはアリスの気持ちを聞いてからだろう。
アリス自身がこの国に残りたいと願うのならば、クオンだって止めることはできない。
話し合いの結果そんな結論となったけれど、もしアリスがこの国に残ると選択しても、浄化の旅はクオンが向かうだろう。
ならばクレオはそれに同行するまでだ。
父に頼んででも、デーヴィッドに頭を下げてでも、クオンの傍に居よう。
自分の夫の頼もしく愛情深い姿を見て、そう固く決めたクレオだった。
おはようございます。夢子です。
私は今日は仕事です……
ううう……頑張ってきます。




