星に願いを……
「クレオ、見て、見て、流れ星!」
「ああ、本当ですね、とても美しいですね」
「うん」
二人で星空を見上げながらお酒を口へ運ぶ。
子供の頃は逃げ場として使っていた屋根裏部屋は、クレオにとって悲しい思い出ばかり。
幼い頃この部屋に逃げ込んだクレオは、涙を堪え一人で星を見上げては辛さや孤独を飲み込んでいた。
祖母にとってはそんな姿さえ可愛げなく映っていたのだろう。
もしかしたら子供らしく泣いて喚けば良かったのかもしれないが、クレオには出来なかった。
(私は本当に祖母の望む孫の姿とは違ったのだろうな……)
そんな幼い頃のクレオを慰めるように、今クレオは世界で一番大切なクオンと共に星を見上げている。
それも本来は出会うはずの無かった相手。
『貴女にはこんな幸せな未来が待っているのだよ』と幼い頃の自分に伝え、癒して上げているような、不思議な感覚を覚えた。
「ね、クレオ、知ってる? 流れ星、三回願い思うと、叶うんだよ」
「えっ? 流れ星に願うのですか? 自分の希望を?」
「そう、消えるまでに願うの、流れ星早いから難しいけどね~」
「ええ、確かに、一瞬で消えてしまいすものね……」
流れ星が流れる時間はかなり速い、ほんの一瞬だ。
その間に願える夢や希望など、かなり限られるだろう。
クオンの友人は「金、金、金!」と声に出して願っていたのだと、笑いながら教えてくれる。
子供の頃に学校行事で星を見たのだと、クオンは懐かしそうに微笑んでいるが、その姿を見るとクレオの胸はチクリと痛んだ。
「クオンは……元いた国へ帰りたいですよね……」
「ん?」
当たり前すぎる言葉がポロリと出てしまい、慌てて何でもないと首を振った。
クオンの答えは聞かなくても分かっているけれど、願いが叶うと聞いて思わず呟いてしまった。
今のクレオが流れ星に願う願いは一つだけ。
ずっとクオンの傍に居たい。
それだけだった。
「クオン、ほら、また流れ星ですよ! お願いしないと!」
「えっ? あ、うん!」
自分の吐いた馬鹿な言葉を誤魔化すように、クオンの意識を星の方へ向ける。
クオンは慌てた様子で手を組むと、目を瞑って祈り出す。
その姿はとても成人男性には見えない可憐な姿で、『聖女様の叔父上』その言葉がぴったりな容姿だ。
今のクオンの姿は教会の人間には絶対に見せてはいけないだろう。
神子と言える神秘的なクオンの姿を見れば、何をしてでも手に入れようと聖女を信仰する教会の人間ならば手を出しそうで怖かった。
(もしかしてクオンは……故郷に愛する人がいたのだろうか……)
そんな考えに行きつくと、胸がジュクジュクと気持ち悪く疼き出す。
クオンはこれほど可愛い姿であっても成人男性。
それも幼く見えても二十八歳なのだという。
クレオには十歳以上若く見えるが、それはこの世界だからのこと。
怖くて聞けないが元の世界では婚約者がいても可笑しくない歳だし、結婚していたって不思議ではない歳だった。
(いやそこは仮の妻である私が踏み込んでいい場所ではないな……)
クレオとの結婚は王家からの願い。
いくらクオンと親しくなったとはいえ、クオンからしてみればクレオは友人と言ったところだろう。
そもそもこの結婚はアリスやクオンの立場を守るべきものであり、白い結婚であることは十分に分かっている。
だけどクオンと長く一緒の時間を過ごし、彼の優しさや愛情深さに触れ、クレオはクオンとの嘘の結婚がだんだん苦しくなってきた。
(クオンが私を好きになってくれたら……この世界に残ってくれるだろうか……)
クレオのことは人として好きだと、とても大事だと、クオンにそう言われ、あまりにも嬉しくて、心が浮かれ、クレオの中で女性として愛されたいとそんな欲が広がってしまった。
白い結婚を望んでいるクオンに自分の欲望をぶつけるべきでないことは分っているけれど、女性として見て欲しいと、可愛い女の子だと思われたいと、これまでの人生では考えられないことを願ってしまうのだ、クレオの恋心は重症だと言えた。
「クオン、何を願ったのですか? あ、こういうことは聞いてはいけないのでしょうか?」
見つめているとクオンが願い終えたのだろう、目を開けクレオと視線を合わせた。
その瞳が余りにも真摯に見えて、ドキリと胸が鳴ってそんな言葉を吐いてしまう。
「……僕ね、クレオと結婚したいって、お願いした」
「えっ?」
「だから、僕、クレオと結婚したいって、星に願ったの」
「えっ……いや……」
「い、嫌?」
言葉の意味は分かったけれど、意味が分からず動揺が口から出てしまう。
私たちは既に結婚していますが。
本来はそう言いたかったのだが、クオンの熱い眼差しを見て意味が違うのではないかと期待してしまう。
『うん、そうか、いや、嫌か……当然だよね、クレオは俺と違ってカッコいいし、それに俺はどう見てもこの世界では子供っぽいし、頼りないし、稼ぐ力もないし……今も既にキンリー侯爵家におんぶにだっこ状態だし、ハッキリ言ってクレオの紐状態だし……俺なりに先生に師事して頑張ってるけどこの世界の言葉だってまだたどたどしいし……うん、プロポーズなんて出来る立場じゃないことはじゅーぶんに理解してるんだけど……でも! でもね! 俺、クレオを誰かに取られるのは絶対に嫌で……ほら、ユーリもアンセルもめっちゃカッコいいじゃん? それにいつも傍にいるホセやジミーだって俺よりすっごくカッコいいし、胸板も厚いし、腕も太いし、筋肉ムキムキだしさぁ……だから俺、心配で……ううん、そうじゃなくって! その、まずはクレオに男として意識して欲しいって言うか、そっからなんだけど……出来れば結婚を前提に付き合って欲しいというか……欲を言えばこのままクレオと本当の結婚をしたいって言うか……家族になりたくて……』
「クオン? クオン、落ち着いてください、あの、言葉が、クオンの世界の言葉に戻ってて、名前以外何を言っているのか分からないんですが」
「えっ?」
クオンの故郷の言葉『ニホン語』で話し出したクオンは、とても早口で何を言っているのか分からない。
一生懸命に何かを説明をしているようだが、クオンの故郷の言葉はとても難しくて、人の名前以外聞き取れず、正直まったく分からない。
ユーリかアンセルに白い結婚を諭され、結婚して下さいとちゃんと言えとでも言われたのだろうか?
それともホセかジミーに白い結婚だとバレて本当の結婚をするべきだとそんな脅しを受けたのだろうか?
四人の男に殺意が芽生えだしたクレオの目の前で、クオンは「ああ! ごめん!」と謝るとポケットを探り出す。
ああ、そこに指示を出した男の名が書かれた紙があるのですね?
ならば処刑決定、そう思って冷めた目をするクレオの前、クオンは少し怯えながら装飾品を入れるような小さな白い箱を差し出した。
「……あの、クオン、これは?」
「うん、あのね、僕、出来ること少ない、だからクレオに贈れるものこれだけ、ごめんね」
「えっ?」
殺意の籠った瞳のままクオンに差し出された白い箱を開けて見る。
するとそこにはクオンが魔力を抜いた魔石、透明な魔石が四つも入っていた。
ユーリ、アンセル、ホセ、ジミー。
うん数は丁度合う。
もしかしてこれはアイツらに贈るものか?
そう気づくとクレオは殺意どころか長く苦しめばいいと、なんだか呪いたくなってきた。
もしかしてクオンの作った魔石が欲しいと、アイツらに願われたのだろうか?
いや、男は単純だ、彼女に贈る魔石を用意して欲しいとか優しいクオンにそう願ったのかもしれない……
突然の出来事に理解が追い付かずいろいろな勘違いを脳内で繰り広げるクレオは、美しく恐ろしい顔つきとなっていく。
そんなクレオの前、クオンは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん! 僕じゃ、クレオと不釣り合い、分かってる!」
「えっ? クオン? 何を?」
「それでも僕、クレオと本当の結婚したい、本当の夫婦になりたい、そう願った」
「えっ……?」
「これ、この魔石、クレオ守る魔石、装飾品用。ピアス、指輪、ペンダント、四つあれば作れる、僕の力でもクレオ守れる、それしたかった」
「クオン……」
もしかしてクレオは都合のいい夢を見ているのだろうか。
今、人生で初めて好きになった異性に告白され求婚されると、そんな勝手で都合のいい夢を見ているのかもしれない、そうとしか思えない。
「お父さんに許可ないと、クレオ返事できない、分かってる。だけど、僕がクレオ好き分かって欲しかった。クレオ居ないとき、僕不安だった。クレオ危険かも思って一番大事だって気づいた。僕、クレオを女性として好き、抱きしめたい思うし、キスしたい思うし、それ以上のこともしたいって思うの」
「ク、クオン?」
「あ! ご、ごめん、大丈夫! 許可なく触らない! 僕変態ない、僕違う!」
「変態って、フフフ……」
変態なんて言葉を誰に教わったのか、聞かなくても犯人は分かりそうだが、それよりもクレオは嬉しくて自然と笑みが出てしまう。
どうやらクオンはクレオを望んでくれているらしい。
白い結婚ではなく、本当の意味で結婚したいとそう言ってくれている。
その上、異性として意識しているし、抱きたいとも思ってくれているらしい。
それはクレオと同じ気持ちだ。
嬉しくてたまらない。
「クオン、前も言いましたが、私もクオンのことが好きですよ」
「違う! そうじゃない、僕の好きは、女好き! クレオのこと、いせーとして好きなの、お願い、分かって!」
「フフフ、女好きって……だったら私は男好きでしょうか? クオンのことをちゃんと好きなんですよ、信じて下さい」
「えっ?」
「それに私だって……クオンに触れたいと……そう思っているんですよ……」
「へっ?」
最初に「いや……」と呟いてしまったせいか、クオンはクレオの言葉に半信半疑な様子だ。
今も言われた言葉が分からないような、ポカンとした可愛い顔をしている。
そんなクオンの頬へクレオはそっと口付けを落とす。
嬉しくて勢いで口付けをしてしまった。
人生初の口付けは甘酸っぱくも無く、レモンの味でもなく、大人仕様でお酒の味だった。
「……クオン、有難うございます、この魔石大切にしますね」
「ク、レオ……?」
「フフ、今日からクオンは本当の意味で私の夫になるのですね、嬉しいです……宜しくお願いしますね、夫君」
照れながら笑って見せればクオンもやっとプロポーズを受け入れてもらえたと分かったようで、クレオに手を差し出し体を引き寄せ抱きしめる。
お互いの体はいつもよりも体温が高く、この先のことを意識し合っていることは分っているけれど、クオンは「ありがと」とそう呟くと、クレオの身を離し少しだけ距離を取る。
「クオン?」
「これ以上は、危険、僕、魔獣違う」
きっと父の許可が下りるまではクレオに手を出さない、クオンはそんな決意を持っているのだろう。
けれど父はとっくにクレオがクオンの物だとそう思っている。
偽装結婚だろうが何だろうが、嫁に出した娘なのだ、クオンに手を出されても父は何も気にしないだろうしそれを望んでいる気がする。あの寝間着が良い例だろう、母と姉が張り切る姿を父が気づかないはずがなかった。
(あの寝間着を着る日が来るのだろうか……)
勿論恥ずかしくてそんなことは言えないが、だけどちょっとは期待してしまう。
クオンに触れて欲しい。
そう願うことは可笑しなことではないだろう。
だって私たちは夫婦なのだから……
「クオン……あの、キス、しないのですか?」
「えっ……」
恥ずかしくてクオンの顔を見ないまま、そんな言葉を吐いてしまう。
きっと今のクレオは可愛くない女に映っているだろう。
顔は赤いし口は尖っている気もする。
だけど抱きしめるだけで終わりだなんてそんなのは酷い。
両想いになったのだ、愛されている証が欲しい。
そう願うクレオは我儘じゃ無いはず。
だってクオンもクレオのことを望んでくれているのだから……
『ヤバイ、クレオが可愛すぎる……』
「えっ?」
異国の言葉を呟いたクオンがクレオをまた引き寄せ抱きしめる。
そして耳元に唇を寄せ小さく囁いた。
「クレオ、煽ったね、後悔しない? 僕、もう我慢しないよ」
押し倒され、クオンの顔が物凄い近くにあって、クレオの心臓がドキドキと五月蠅く騒ぐ。
星が浮かぶ夜空のようなクオンの瞳。
今そこにはクレオしか映っていない。
クオンが望む願いはクレオだけ。
それが何よりも嬉しかった。
「後悔なんてするわけないじゃないですか……」
クオンの本当の妻になりたい。
そう星に願った。
今それが叶う。
「我慢なんてしないで、クオン……私はクオンが大好きなんです……だから、望むところなのですよ……」
「クレオ……」
「んっ」
クオンからの口付けはその見た目とは裏腹にとても熱烈で、ドクドクと五月蠅いクレオの心臓はいつまで持つかは分からない。
けれどこの日の出来事は、きっと一生忘れない思い出となるだろう。
甘く強烈な二人だけの記憶。
流れ星に願った願いは必ず叶うのだと、クレオが学んだ日にもなったのだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、良いね、評価、誤字脱字報告など応援もありがとうございます。
朝投稿していい話か悩みました。
そして全年齢対象……どこまで書いていいのかも悩みました。
二人の進み具合はご想像にお任せいたします。




