クオンとクレオの新婚旅行
クレオの休みに合わせ、クオンとクレオは一泊だけの旅行に出発した。
初めての乗馬での旅。
車やバイクに乗ったことのあるクオンだけれど、乗馬での旅は当然人生初だ。
けれどそこは賢いドルチェのお陰もあって、危なげなく馬に乗れている。
「ううう、門の外早く出たい~」
「フフフ、クオン、もう少しですよ、頑張って下さい」
けれど街中だけは別だ。
人が歩いている為、クオンは緊張した面持ちになっている。
けれど今日は、先日キンリー侯爵家に行った時とは時間が違い、朝早く屋敷を出たためそれほど人通りは多くなく、困ったような言葉を吐きながらもクオンはこの前よりも余裕顔に見えた。
「やっと、門出たー、ドルチェ、ありがと」
「ヒュンッ」
王都の門の外へと出れば、クオンに笑顔が戻る。
アレは何? とよそ見をし、クレオに質問が出来るぐらいにはリラックスしている。
初めて見た街の外の景色に笑顔が多いクオンを見守りながら、クレオの心も当然弾んでいる。
楽しい思い出をと願っていたが、家を出た瞬間から楽しくて仕方がない。
新しいクオンの姿が見れる。
それだけでなんだか胸がいっぱいになるようだった。
「湖! 湖、見えたよ、クレオ!」
「フフ、ええ、本当ですね。今日は天気もいいですし、湖面が輝いていて綺麗ですね」
「うん! 綺麗!」
クレオの瞳に輝いて見える相手は、湖なのかクオンなのか……
通いなれた場所であり、何度も見てきたはずの湖なのだが、今日は何倍も美しく見える気がした。
「クレオ、ボートある、アレ、乗れる?」
「ええ、乗れますよ。ですが護衛もボートに乗るかもしれません……目に入りますが気にはなりませんか?」
「ん、大丈夫、僕の目、クレオだけ見てるから気にならない」
「……んんっ、そ、そうですか……それでは乗ってみましょうか」
「うん!」
出来るだけ二人きりの時間をということで、護衛たちは変装し陰から見守っているけれど、流石に湖に浮かんでボートに乗る二人を、陸から見守るだけという選択肢は護衛にはないようだ。
案の定、クレオとクオンの周りには三隻のボートが浮かんでいる。
それも無表情で全く楽しくなさそうな男同士がボートに乗り、クオンとクレオの動きをジッと見ているのだ。
シュール過ぎる状況だけれど、クオンはそれさえも楽しんでいるようで、護衛たちに「おーい」と手を振り楽し気だった。
「クレオ、そろそろお昼する?」
「そうですね、あちらに東屋がありますのでそこで食べましょうか」
「うん」
朝一緒に作ったサンドイッチを東屋に行って食べることにする。
クオンは護衛の食事も作ろうと思ったようだが、そこは大丈夫だとクレオが断った。
キンリー侯爵家から護衛の食事の用意は出来ているし、護衛対象と同じ食事を護衛全員が摂る訳にはいかないからだ。
「んん! クレオの作ったサンドイッチ美味しい!」
「フフ、有難うございます。でもクオンの作ったパンが美味しいからですよ。私は具材を挟んだだけですので、作ったとは言えません」
普段食べなれている食事も、外で食べると何故か十倍にも美味しく感じる。
クオンの料理は何でも美味しいが、今日は一緒に作ったということもあり感慨深く、一般的なサンドイッチなのに宝物のように輝いていて、一口一口がとても美味しい。
「クレオ、この後は、別荘?」
「そうですね、護衛たちもずっと外では大変でしょうし、別荘へ行きましょうか」
「うん、室内には室内の楽しみ方ある。今日はクレオとずっと遊ぶ、明日はゆっくり起きればいいもんね、グシシ、今夜は寝かさないよ」
「フフフ、はい」
夜通し遊ぶつもりなのだろう、クオンの顔を見ればそれが分かる。
クレオもきっと同じような顔をしているだろう。
この日が楽しみで仕方がなかったのだから。
(この時間がずっと続けばいいのに……)
そう願ってしまうほど、今、この瞬間が楽しくてしかたがなかった。
夕方になり、クレオは湯あみを済ませるため、荷物を開けて母と姉から渡された寝間着と向かい合う。家に置いてきたはずなのに……
何を思ってこれを母と姉が用意したのかは分からないが、父は関わっていない、それだけは確実だ。
用意された寝間着は、着ていても肌が透ける素材に、胸と足が見えそうな際どいカット。
それに足元を隠す布は長いけれど切れ目が入り、歩けば腿まで足が見えてしまう不思議な一品。
「こんなもの着れるかっ!」
もう一度言うが、自宅に置いてきたはずなのに! 何故か荷物の中に紛れ込まれていたこの摩訶不思議。
誰の仕業なのかは聞かなくても分かる。
きっと家政婦のエラがクレオが忘れていると気を使ってくれたのだろう。
旅行へ行くからと母と姉が気を回してくれた寝間着だろうが、余計な気遣いだ。
クレオが着るはずがない。
永遠に縁がない一品、燃やしてもいいぐらいだった。
「クオンの髪色を選んでいるところもわざとらしいっ!」
クレオは毒を吐き、クオンの髪色と同じ黒の寝間着を丸めて鞄に突っ込むと、普段着である無難なシャツとパンツスタイルを選び湯あみを済ませた。
今日は別荘の使用人はいないため、本当にクオンと二人きりだ。
勿論護衛はいるが皆別荘の外、野外で待機してくれている。
別にクオンと二人きりというのは自宅でも同じことなのだが、旅行ということでなんだか少しそわそわしてしまい、クレオは着替えた服装を見下ろして呟きを漏らす。
「くっ、やっぱりワンピースの一枚でも持ってくるべきだったか……」
湖畔の別荘。
それもクオンの護衛を兼ねているという理由があったため、クレオは今回女性らしい衣装は選んで持って来なかった。
けれど夕食時だけでも女性らしい格好をするべきだったかと悔やまれてならない。
いいや! そんな煩悩は必要ない! と騎士のクレオが心の中で叱責するが、女性のクレオはクオンに少しでも可愛く見られたかったと後悔が募る。
そんな二つの気持ちに揺さぶられながら食堂へ降りていくと、クオンが食卓を整え待っていてくれた。
「クオン、すみません、お待たせしました」
「ううん、全然、準備してただけ、待ってないよ」
別荘近くのレストランから届けられた食事は、父の配慮なのか豪華なものだった。
何品も並ぶ料理を見てクオンが「美味しそうだね」と微笑んで、それだけでクレオは幸せでお腹がいっぱいになりそうだ。
「クレオ、今日ワンピースじゃないね」
「あ、はい、何かあっても動けるようにと普段着を選びました、すみません」
やっぱり女性らしい服装にすれば良かったかと、クレオはついつい謝ってしまう。
だけどクオンは笑顔で首を振る。
「ううん、僕守るためでしょう? それにワンピースの時のクレオ可愛いけど、普段着のクレオはカッコいいから、僕好きー」
「そ、そうですか……ならいいのですが……」
クオンの笑顔を見れば嘘偽りのない言葉だとは思うが、きっと気を使ってくれているのだろうとそう思えて仕方がない。
「さ、食べよ」
「ええ、お腹がすきましたよね」
「うん」
テーブルを挟んで座り、食卓を囲む。
マナーなど気にせず好きなものを選んで分け合いながら食べ進め、美味しいねと笑い合えば、仮であっても大好きなクオンとは夫婦なのだと、家族なのだと実感する。
「このデザート美味しい、クレオ、赤いのなんだろ? 苺?」
「何でしょう……チェリーでしょうか? この辺りで有名なチェリーがあったはず……記憶が曖昧ですが……」
「チェリーかぁ、食べたことない味、今度来た時一緒にチェリーみよ」
「……ええ、そうですね、次を楽しみにしましょうか……」
「うん、約束ね」
「はい、約束ですね」
また次がある。
また一緒に来れる。
そんな些細な約束が嬉しくてたまらない。
だけどクオンと夫婦で居られる時間は、後どれ程かは分からない。
瘴気が片付けば、クオンはきっと元いた世界へ帰ってしまうだろう。
それでも今だけはこの楽しい時間を味わいたい。
楽しい時間に喜びながらも、クレオの心は少しだけチクチクと痛んで仕方がなかった。
「クレオ、お酒まだ飲める? 僕、テラスで星みたいけど」
「テラスですか? 余り外へは出ない方が良いのですが……」
きっと自宅で星を見た時のように、テラスでゆっくり話をしようとクオンなりの配慮なのだろう。
あの日の楽しい思い出と、泣いてクオンに抱き着いてしまったことを思えば恥ずかしさが込み上げてくるが、今はそれよりもこの旅行を楽しみにしていたクオンの望みをどう叶えるかだ大事だ。
この別荘のテラスは見晴らしが良い。
つまり外からは狙いやすいということでもある。
クレオは少し考えてから、期待が籠った瞳を向けているクオンに代替え案を出すことにした。
「クオン、良ければ屋根裏部屋に行きませんか?」
「えっ? 屋根裏部屋? 屋根裏部屋があるの? ここ?」
「フフ、はい。私が子供の頃よく隠れた屋根裏部屋があるのですよ。そこからは星が良く見えますから、きっとクオンも驚くと思います。良ければそちらに行ってみませんか? お酒を持って……」
「行く!」
二人でお酒とちょっとのおつまみを持って屋根裏部屋に向かう。
秘密基地に向かうようで自然と笑みがこぼれてしまう。
別荘の三階、その通路の奥、普段は分からないけれど上を見上げればそこには確かに扉があった。
廊下に立てかけられている棒を使い、クレオは廊下の天井にある取っ手にそれを引っかけた。
すると扉が開き、折りたたまれていた階段が自ら下りてきた。
「なんかワクワクする、すっごい楽しみ」
「そうですか? なら良かったです。ただちょっと狭いかもしれません。ですが星は近くに感じられるはずですよ」
「うん! 楽しみ!」
階段を上がって屋根裏部屋へ入れば確かに狭い。
天井の高さはクオンより頭一つ分あるぐらい。
部屋の広さはキングベッドニ、三個分と言ったところだろうか。
本当に小さく狭い屋根裏部屋。
クレオの話では本来ここは物置に使うものらしいが、クオンはワクワクして仕方がなかった。
「私がここへ来るたびにこの場に潜り込んでいたので、父が物を置かないように配慮してくれていたのかもしれません……」
「そうか、お父さん、優しいねー」
「ええ、そうですね……」
それは今だから気づけたこと。
子供の頃はそんな父の気遣いになど気づけず、祖母から逃げることに精一杯だった。
「クオン、ここを開けると空が良く見えるのですよ」
「わー! 本当だ! 星が近い! 凄い迫力だね!」
「はい」
屋根に沿って作られている格子窓を開けると、星が手に届きそうな位置にあるように感じる。
満天の夜空がクオンの瞳に反射して映り、今まで見た中で一番美しい星空だとクレオは感じた。
「このラグを敷きましょうか」
「うん、そうだね、もう一回、ここで乾杯だね」
ラグを敷き、二人で並んで座り星空を見ながら「乾杯」とグラスを傾ける。
もうそれだけで十分に幸せだ。
今回の旅行は大満足。
クレオにとってこの別荘はいい思い出に変わった。
「楽しいね、クレオ」
そう言って笑うクオン見ると、愛しいと、大好きだと、クレオのギュッと痛む胸が正直に答えているようだった。
おはようございます、夢子です。
久し振りに朝の投稿です。
もしかしたら明日明後日はお休みするかもしれません。
なるべく投稿をと思っておりますが、出かける予定がありますのでご了承ください。
クレオがネグリジェだと思っている寝間着は、ナイトドレス。
夜伽用の衣装。それも高級品。
母と姉の心優しい気遣いです。w




