乗馬の練習
「あなたのお名前、何ですか?」
クオンは目の前にいる美しい白馬に話しかけた。
何かあった時のため、乗馬の練習したいとクレオに相談したところ、キンリー侯爵家にいたクレオの子供時代の愛馬を新居に連れてきてくれた。
幼い子供が乗っても安心できる気性の馬で、心優しく大人しい牡馬だそうだ。
今現在クレオの愛馬であり軍馬であるルナリアよりも一回り小さな白馬。
キンリー侯爵家で大事にされているのだろう、十五歳と年齢は高いが艶のある白毛を見ればそれが分かる。目の前にいる見知らぬクオンが気になるのか匂いをかぐためふんふんと鼻息を荒くしてはいるが、自分からはクオンに近付こうとはしない。きっと子供を怖がらせないようにと配慮しているのだろう。それだけで優しく頭のいい馬だと分かる。
ただクオンは成人した男性で子供ではないのだが、そこを突っ込むことはなんだか負けな気がした。
「クオン、この子はドルチェ。ドルとも呼ばれています。初めてできた私の親友なのですよ、可愛いでしょう?」
クレオがそう言ってドルチェを撫でると、ドルチェは気持ちよさそうにクレオに頬をこすりつける。
仕事に行く際にルナリア並ぶクレオには凛としたカッコ良さがあるが、今ドルチェの隣に立つクレオはまるで幼い子供に戻ったかのような優しい笑顔となる。
(うん、クレオはやっぱり美人だな~)
白馬が似合う美女が自分の妻であることに感動しながら、クオンもドルチェに話しかける。
「ドルチェ、クオンだよ、仲良くしてね」
「ヒンッ」
「僕、乗馬は初めてなんだ、宜しくね」
「ヒンッ」
私に任せなさいとでもいっているかのような返事が返ってくると、クオンは思わず笑ってしまう。
どうやらドルチェからすると乗馬初心者のクオンは大人であっても子供同然らしい。
ドルチェはクオンのことを自分の生徒か弟子だと認定したようで、胸を張って大きく頷いている。
「フフ、ドルチェ、クレオに似てるね、凄く賢い」
「そ、そうですか? なら嬉しいですね。ドルチェは私に乗馬の楽しさを教えてくれた先生でもありますから……ね、ドルチェ」
「ヒンッ」
ちょっと照れて頬を染めるクレオに馬への乗り方を教えてもらい、クオンはドルチェにまたがった。
乗馬をしてみると、その高さに驚き見晴らしのよさにも感動する。
「高いね、でも気持ちい~」
「フフ、クオン、怖くはないですか? ゆっくり歩かせますが」
「うん、大丈夫、クレオ、ありがと、宜しくね」
「はい」
クレオがドルチェの手綱を引き、庭をゆっくり歩かせてくれる。
クオンはまず馬の上に乗ることになれる練習ということで、今日は庭の中を歩くだけのようだ。
普段目線がほとんど変わらないクレオを見下ろしているのがなんだか新鮮で、前を見るべきなのだがクレオのほうへ視線が行ってしまう。
それにドルチェは本当に賢くて、クオンが落ちないようにとゆっくり揺らさないようにと歩いてくれていて、初めての馬上でも余裕が持てていた。
「ねえ、クレオ、ルナリアは軍馬でしょう? ドルチェと乗る感覚違う?」
「そうですね、街中を歩くだけであればそれほど違いはありませんが、駆けるとなるとルナリアに勝てる馬はこの国でも少ないと思います。ルナリアは負けず嫌いなのでスピード狂なところがありますから」
「僕もルナリアにいつか乗れるかな? 練習沢山したら」
「……乗ることは出来ると思いますが……軍馬を乗りこなすには普通の乗馬練習以上の訓練が必要になるのでお勧めできませんね」
「そうなの? ルナリア……怖いな……ねえ、ドルチェ、ルナリアもいい子になるように教育してよ」
「ヒンッ」
それは無理だと言ったのか、ドルチェは首を横に振った。
どうやらルナリアは一流指導者のドルチェが匙を投げるほどのわんぱく牝馬らしい。ちょっと納得だ。
そういえばユーリが言っていたけれど、クレオは学生時代無鉄砲な問題児だったらしい。
そんなクレオの愛馬であるルナリアは、似てはいけないところが似てしまったのだろう。
面白いなぁと思いつつも、二頭の馬からはクレオへの愛情が伝わってくる。
主人の賢さを真似たドルチェとカッコよさを真似たルナリア。
二頭とも大好きなクレオのことを良く見ていたのだろうなと納得できるものだった。
「やっぱりクレオはカッコいいね、馬たちにもとっても愛されてる」
「えっ? そ、そうですか? そう言って頂けると嬉しいですが……」
突然の誉め言葉にクレオの耳が赤く染まっていき、照れているのが分かる。
大人っぽい見た目で冷静沈着だと言われているクレオだけれど、祖母との確執があったからか褒められることになれておらず、少し褒めるだけでもどうしていいのか分からず、照れる姿は可愛くて仕方がない。
「フフ、クレオ、すっごく可愛い」
「えっ? な、何ですか? 急に、揶揄ってますか?」
「急じゃないよ、からからってもない、僕、クレオ可愛いっていっつも思ってる、嫌だった?」
「い、嫌じゃないですけど……その、言われ慣れなくて……」
「言われなれてないの? じゃあ、僕、毎日クレオ褒めなきゃね」
「クオン、もう、やめてください」
耳だけではなくクレオの首や頬まで赤く染まる。
本当に可愛い人だなと口元がにやけていると、ドルチェが呆れたように「ヒンッ!」と鳴いた。
「クオン、ほら、ドルチェが真面目に乗りなさいと言っていますよ」
「真面目乗ってるよ、クレオが可愛いのがいけない、僕ホントのこと言っただけだもん」
「ほら、また揶揄って……」
「からからってないよ、ほんき」
「ヒンッ!」
遊んでないで真面目に練習しろとドルチェは怒っているらしい。
並んで歩くクレオに呆れたような視線を送っているのは気のせいではないようだ。
「ドルチェ、すみません、でもクオンが悪いのですよ」
「ドルチェ、僕悪くない、真面目ないい生徒」
「ヒュ~ン……」
人間のような呆れた溜息を吐いたドルチェに、クオンとクレオは思わず目を合わせ笑ってしまう。
どうやらドルチェは本当にいい教師のようだ。
それに人間の言葉も理解しているらしい。
「ドルチェ、僕頑張るね」
「ヒンッ!」
ドルチェに当たり前だと言われた気がして、クオンは気合を入れ直したのだった。
「クオン、初めての乗馬はどうでしたか?」
「うん、楽しかった。でも太もも変、足ガクガクする」
「ああ、それは仕方がないですね、初乗馬ですから、良くあることです」
時間にして一時間程度だろうか。
それでも初めての乗馬は普段使わない筋肉を使ったようで、ドルチェから降りた今でも馬に跨っているような感覚が腿にある。
明日は久しぶりの筋肉痛に襲われるかもとそんな不安も感じるぐらいだ。
体力や運動神経には自信があったクオンだったけれど、改めて馬を乗りこなす騎士の凄さが分かった気がした。
「それにしても、クオンが乗馬をしたいというだなんて驚きました、馬に乗って何かしたいことでもあるのですか?」
「フフ、うん、上手に乗れるようになったら、クレオとどこか行きたい」
「私と?」
「うん、そう、旅行、二人で、きっと楽しいと思う」
「フフ、そうですね、それはきっと楽しいでしょうね……」
頑張る! と決意あるクオンの様子をみて、クレオは自分の心が喜んでいるのが分かる。
自分とのお出かけを楽しみに乗馬の練習を始めたクオン。
それはまるでデートに誘われているかのようで、口元が緩むのを止められない。
ならばユーリかアンセルに聞いて、乗馬で出かけるに丁度いい場所を調べておくべきかもしれない。
異性との付き合いが多いユーリならば、デートに良い雰囲気のある場所を知っているだろう。
どこに行こうか、そんな楽しみな未来を思い浮かべていると、夕飯の準備を始めたクオンに声を掛けられた。
「クレオ、乗馬、どれぐらいで僕出来る?」
「うーん、そうですね……クオンは運動神経もいいですし、少し近場に出かける程度ならば一か月もあれば十分ではないでしょうか? 私が仕事の時はホセとジミーが教えられますし、集中して習えば予想よりも早いかもしれません」
「そうか、一ヶ月か……」
「どうかしましたか?」
「え、うん……」
一ヶ月と呟き何かを考え出したクオンを見て、クレオは不思議に思い声を掛けた。
クオンは言っていいのかどうか悩むような様子を見せ少し言い淀むと、やっと言葉を吐いた。
「あー……その、アリスがいつ浄化行くか、僕、心配で……」
「ああ、確かにそれは心配ですね。ですが今は陛下のご病気が治ったばかりですから、アリス様が城を出ることは無いと思いますよ」
「そうか、そうだよね……」
「ええ」
ホッとした様子のクオンを見て、クレオは姪想いの良い叔父だなと改めてクオンの優しさに感動する。
いつだってクオンは人の心配ばかり。
姪のアリスは当然として、デーヴィッドやアイラのことも自分の弟妹のように考えているし、クレオの実家の家族や、屋敷に勤める使用人でさえ、自身の本当の家族であるかのように心配してくれている。ほんの数か月の付き合いでしか無いのにだ。
それに勿論、偽の妻でしかないクレオのことも、誰よりも心配してくれているとそんな自負があった。
「クオン、乗馬の練習頑張りましょうね」
「うん! 頑張る」
「一緒に出掛けるのを楽しみにしていますね」
「うん、クレオ一緒、僕も楽しみ!」
「フフフ、ええ、私もですよ」
気合を入れたクオンが本当は何を思って乗馬を始めたのか、この時のクレオは全く気づかなかった。
こんにちは、夢子です。
本日もお読みいただき有難うございます。
またブクマなど応援も有難うございます。
ルナリアはお転婆な女の子で赤毛の馬。
ドルチェは紳士な白馬。
そんなイメージでおります。
クオンとクレオの無自覚なイチャつきにドルチェは呆れています。




