国王陛下
クレオと共に王城へと泊まったクオン。
夜半になると指示された通り、一緒の部屋にいるクレオと部屋を抜け出した。
「クーオン様、こちらです」
「うん……」
待ち構えていたデーヴィッドの小声での指示に頷き従って行く。
そしてデーヴィッド、キーラン、アトラスと共に城内にある王族優先の道を使い、城の奥深くに進んで行く。
(ちょっとかくれんぼみたいだな……ドキドキする)
王族の住まう区画の為下手な使用人はこの場に居ないが、念には念を入れての行動にクオンは少しだけ子供の頃の遊びを思い出していた。
「こちらから入ります」
多分国王陛下の執務室だろう。
席の後ろ、陛下の肖像画が横に動きそこに隠し通路があった。
小さな入り口を通り中へ進めば、窓もなく光が届かない通路が続いている。
埃っぽいからとかではなく、体に圧し掛かるような重い空気をクレオだけでなく通いなれているデーヴィッドたちも感じているようだ。
「空気悪いね、掃除したいぐらい」
埃っぽさは感じているのかクオンがそう小さな声で呟いた。
けれどクオンは廊下に漂う空気の重さや異様な雰囲気には気づかないようで、通路の奥から発せられる強い瘴気さえも感じていないようだった。
ただクレオはそのことにホッとしてもいた。
魔力がなく、魔法が使えないクオンには瘴気が強く影響するのではないかと不安だったからだ。
でも実際目の当たりにしてみれば、クオンはクレオたちよりもよっぽど平気そうで、余裕だと分かり肩の荷が下りたような気分だった。
「ここに、父がいます……」
デーヴィッドが止まった場所は、厳重に鍵がかけられた重厚な鉄の扉の前。
魔法の鍵もかけられているのだろう、キーランが扉の前で何か呪文を唱え始める。
そしてデーヴィッド、キーラン、アトラスのそれぞれが鍵を取り出し、扉の鍵穴にさせば、やっと扉の鍵が開き扉が動き出す。
部屋に入るとすぐ、男性の小さな声が聞き取れた。
「ううう……デー、ヴィッド、か……」
「父上、お加減はいかがですか?」
天蓋のある大きなベッドへ向け、デーヴィッドが駆け出して行く。
王のいる部屋でありながら使用人はたった一人。
老紳士と思える執事がクレオたちへ向け小さく礼をすると、デーヴィッドの為にベッドのカーテンを捲る。
「デー、ヴィッド、聖女様、には、十分な対応を、心がけて、いる、か……」
「はい、父上、勿論でございます。聖女様もここでの生活にだいぶ慣れ、この国の為浄化の旅にも出て下さると仰っていただけております」
「そうか……それは、有難い、ことだ……」
天蓋の外にいるクレオたちには王の声だけは聞こえてくるが、その様子はハッキリとは分からない。
けれど部屋に充満する瘴気はかなり重く、王の声は途切れ途切れで、苦しげなもの。
この瘴気が王の体から発せられているものだと思うと、魔獣化がかなり進んでいるだろうとクレオには分かる。
そして聖女召喚をデーヴィッドが行った理由も、本当の意味で分かった気がした。
国にはびこる瘴気はそこまで重いものではない。
きっとキーランが国中を回れば、彼の力だけでも瘴気を消すことは簡単に出来るだろう。
だが国王の魔獣化は別だ。
前聖女の血を引くキーランであっても、陛下の浄化は出来なかったのだろう。
遠征での彼が発した言葉を思い出せば分かる。
キーランの魔法ではあの魔獣を倒せないと、彼はそう言い切った。
それは国王陛下の症状を癒せないから出た言葉だったのだろう。
抱えていた秘密の重さを知った今、彼の苦悩には同情さえもしてしまう。
国一番の魔法使いであり、聖女の末裔であっても、役に立たない苦悩。
ただだからと言ってクオンを狙うことだけは別問題。
クレオがキーランに心を許す日は、一生来ない気がする。
「……実は陛下がどこで瘴気を受けこのような状態になったのかは未だに分かっておりません。陛下を全ての危険からお守りしてはいますが、流石に絶対とは言い切れませんので……」
「……」
キーランの言葉にクレオは頷く。
陛下は国民を安心させるため自らの足で視察に出る機会も多く、瘴気の場へ足を運ぶこともあったはずだ。
その為、陛下は多くの者と触れる機会があった。
国民を己の行動で安心させる、それが陛下の方針でもある。
なのでその行動を危険だと止めることは側近に出来る訳もなく、国王陛下もまたそれを許さなかった。
「ポーションも癒しの魔法も一瞬しか効かないのだよ……すぐに瘴気が体に集まってしまうのだ……」
アトラスの苦し気な呟きが聞こえる。
アトラスと陛下は友人だ、この状態の友を見て胸を痛めないはずがない。
国王陛下に飲ませるポーションはきっと特級品であったし、癒しの魔法もキーラン自ら掛けたものだっただろう。
けれどあの戦いでも分かるように、キーランの攻撃魔法はあの魔獣には効かなかったと言える。
一瞬だけその姿を弱めることは出来たけれど、アレはすぐに復活し、その上危険分子であるキーランを狙うような様子も見せていた。
もしあのままキーランが攻撃されていたら……
盾になろうと突っ込んだクレオは今この場に居なかっただろうし、キーランだって生き残れたかも分からない。
クオンの魔石があったからこその生還、それを実感させられる。
そして奇跡の出来事を受け、デーヴィッド達の希望がクオンに集まるのも当然だった。
「あの、先生、僕触って、王様パッと消えたりしない? 体大丈夫?」
クオンが不安げにキーランへ問いかける。
あのペンダントの軌跡を見ていないクオンは、魔石に触った時と同様、陛下自体が全て消えて無くなってしまうか、陛下の魔力が消えてしまうかもと、不安があるようだ。
キーランは心配げな様子のクオンに慈愛の目を受け笑いかける。そして必要も無いのに手を握り頷いた。
「クーオン様、大丈夫ですよ。陛下はまだ魔獣化しきっておらず人間の身です。クーオン様のお力で悪い瘴気を飛ばすことはあっても、陛下自体が消えて無くなることはございません。それにもし魔力が無くなったとしても構いません、魔力は命あってのものです。このまま瘴気に侵され人間としての尊厳を失うぐらいであれば、陛下は魔力無しの人生を選ぶことでしょう」
「それなら、良いんだけど……ちょっと心配だった」
大丈夫、安心して下さいと言ってキーランはクオンの肩を抱き、自分の方へとその身を寄せさせる。
友人が友を慰めるために肩を抱いているように見えなくもないが、クレオにだけはキーランの下心が見えるようだった。
(本当にこの人は油断も隙もない……)
この場が陛下の御前でなければ、クレオは確実にキーランの手を叩いていただろう。
クレオを見てニヤリと笑うキーランの横顔を、殴りたくなる衝動をどうにか抑えたクレオだった。
「本当は聖女様の教育が終わり次第、聖女様に陛下の体の浄化をお願いしようと思っていたのですが……今の陛下の状態は女性には中々に厳しいもので……デーヴィッド様も打ち明けるべきかどうかと悩まれていたのですよ……」
クオンやアリスのいた世界では人の死や怪我が身近にあるものではない。
戦いがない国で育ったアリスだ、瘴気に犯された陛下の姿を見て傷つく可能性は高かった。
何よりクオンが毒を盛られた際、アリスが酷く取り乱し心を病んでしまいそうになったことも、デーヴィッドが戸惑う理由になった。
『軽い毒を盛られただけ』
励ましの言葉は全く励ましにならず、却ってアリスを不安定にさせるだけだった。
そんなアリスに瘴気で犯されている陛下を会わせることは出来なかった。
クオンに魔力がないと分かったこともあり、もしかしたらクオンの体はこの国に馴染まず瘴気に一番影響を受けるかもしれないと、そんな不安な報告も重なったこともある。
ギリギリまで様子を見て、アリスが浄化の魔法になれてから話をしてみよう。そんな考えがあったのだが、今回の遠征でクオンこそが瘴気を強く弾く。そのことが分かって希望が見えたと言える。
「キーラン、クーオン様をこちらへ」
「はい。さ、クーオン様、私と共に参りましょう」
「うん」
陛下への報告と説明を終えたデーヴィッドからキーランへ声がかかる。
クオンはキーランにエスコートされ、天井からかかる厚手のカーテンの中へと足を踏み入れる。
「陛下、クーオン様です」
「……あ、ああ……」
クオンが天蓋の中へ入ると、キングベッドよりも大きなベッドに一人の男性が横になっていた。
陛下と呼ばれる彼の手足は黒ずんでおり、ところどころがドロドロのヘドロのように溶けているようだった。
首には波の形に近い瘴気だと思われる、黒いものが体を這っているように見える痣があり、まるで呪いを受けたかのようで痛々しい。
そしてきっとデーヴィッドやアイラに似ていたであろう顔つきは、炎で焼かれたように判別できないほどの状態だ。
もしデーヴィッドからの紹介でなければ、今の陛下はこの世界の魔獣か悪魔か何かだろうと勘違いしたかもしれない。
痛々しく、そして恐ろしく、目を逸らしたくなるほどの陛下の状態に、アリスに話せなかったというデーヴィッドの心遣いがクオンには有難かった。
「クーオン様、こちらへ」
「うん……」
今度はデーヴィッドに促され、クオンは見下ろす形で陛下の横に立つ。
陛下は目を開けクオンを見つめた後ぱちりと瞼を閉じた。
声も出すのが辛い中、どうにか挨拶をしてくれたようだ。
クオンはなんだか涙が出そうになりながら、それに応えるように「初めまして、クオン・オオオトです」と自己紹介のような挨拶を返す。
「クーオン様、お願いします」
「うん……頑張ってみます……」
横にいるデーヴィッドへ視線を送れば、期待を持った瞳をクオンに向けている。
そしてクオンの肩に触れているキーランは、クオンを安心させるためかいつもの余裕ある笑顔を浮かべている。
上がっているカーテンの外に見えるクレオとアトラスは心配げな顔でクオンたちを見つめ、老執事は祈るように少しだけ頭を下げていた。
(俺にどれだけのことが出来るか分からないけれど、出来る限りのことはしたい!)
魔石の魔力を弾くとき、クオンは特に何かを願うことはない。
無意識化の単純作業と言える。
けれど陛下の瘴気は別だ。
どうか元気になって欲しい、瘴気が消えて欲しい、元の姿に戻って欲しい。
そう願いながらクオンは陛下の手にそっと触れる。
自分には出来ないかもしれないとか、何も起きなかったらどうしよう、という不安はとっくに消えていた。
ただ陛下には、心配する家族の下に帰って上げて欲しい。
そんな思いだけが今のクオンの心を占めていた。
「ーーっ!」
クオンが陛下の手に触れると、そこから明るい光が溢れ陛下を包み込む。
黄色く温かなクオンの光。
その光が陛下の中にある瘴気を敵と見なし、全てを消し去るように黒い靄を体の外へと追いだしていく。
時間にしてほんの数秒。
クオンには一瞬に感じた。
光の中、眩しくて目を閉じたクオンが次に目を開けば、陛下の体を蝕んでいた瘴気はすっかり消え、ただ痩せている男性がベッドに寝ているだけだった。
その眠る顔はとても穏やかで、デーヴィッドやアイラに良く似ている顔つきだ。
「ああ! 父上! 父上!」
寝ている陛下を起こさない為か、デーヴィッドはその場にしゃがみこみ声を上げる。
普段穏やかな笑顔を浮かべているデーヴィッドが声を上げて泣いている姿はクオンの胸を打ち、クオンはデーヴィッドの横へしゃがむと小さな子を慰めるかのように背中を摩る。
「クーオン様、有難うございます! 本当に、本当に……なんとお礼を言っていいか!」
「ううん、僕役に立てて嬉しい、ずっとデーヴィッドにお世話になってた、だから、役にたてて良かった。お父さん、早く元気になるといいね」
「はい……はい……有難うございます……」
王太子として国を背負うデーヴィッドだけれど、年齢はまだ二十歳と若い。
体はクオンよりも大きく、見た目もクオンのいた国の男の子たちよりも大人にみえたとしても、デーヴィッドはクオンからしたらアリスと同じ子供に近い感覚だ。
そんな彼の肩に、この国の未来と、陛下の病気という大きなものが突然圧し掛かった。
けれどデーヴィッドはその重圧を表に出さず、常に笑顔で、アリスやアイラにも自身の不安を伝えず、その胸に隠し通した。
これは王太子だから当然だ、とそんな言葉で片付けて良い物ではない。
デーヴィッドの葛藤は計り知れないものだったはずだ。
クオンは涙を流すデーヴィッドを抱きしめ「よく頑張ったね」と頭を撫でて、泣き止むまで褒め続けた。
こんにちは夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
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国王陛下のお名前はヒューイット・ウィズダムです。
友人アトラスとは幼馴染でもあります。




