クオンの心配
「クーオン様、起きていらっしゃいますか?」
夜になり、クオンが布団の中でウトウトとし始めたころ、臨時の護衛を受け持ってくれているユーリから声を掛けられクオンは覚醒する。
「ん? 大丈夫、何かあった?」
「はい、キンリー侯爵様がお越しになられました」
「お父さんが? この時間に?」
「はい」
夜中と言える時間の訪問に、クオンの中で警戒音が鳴り始める。
普段から気遣い人といえる侯爵アトラス。
そんな彼の深夜の訪問。
もしかしてクレオに何かあった?
クオンの思考がそう行きつくのも当然で、クオンは飛び起きるとユーリからの静止も聞かず部屋を飛び出し、パジャマのままで階段を駆け下りた。
「お父さん!」
「クーオン様! せめてガウンは羽織ってください!」
「ユーリ! お父さん、どこ? おーせつしつ?」
「はい、応接室ですけどっ、って、ちょっと、クーオン様、まって! ガウン、ガウン!」
侯爵に会うのだからとユーリにガウンを羽織らされ、クオンはクレオの父アトラスがいる応接室へ入った。
「お父さん、お待たせです!」
「いいえ、クーオン様、夜分遅くに申し訳ありません……」
義父アトラスは王城へ登城できるような服装をしている。
そんな彼の様子に、クオンの心の中に恐怖が広がっていく。
やっぱりクレオに何かあった。
そんな嫌な考えが決定づけられた気がしたからだ。
「あの、お父さん、どうしましたか、何かあった?」
「ええ、はい……クーオン様、本来ならばこんな時間に押し掛けるべきではないのですが、その、実は少しばかり問題がございまして……」
「問題? クレオのこと?」
「……ええ、まあ、そうですね、クレオにも関係することでもありますが……ここでは……詳しいことは王城にて話します。ただクレオの命に問題はありませんのでそこはご安心下さい。ですが大問題が起きたことは、間違いないともいえます」
「?」
大したことのない大問題とは一体何だろう?
そんな疑問を浮かべながらも、アトラスの遠回しな言い方でこの場では話せないのだと悟り、クオンは頷き同意する。
「……分かりました、何があったか分からないけど、お城行きます。クレオ無事ですね? 怪我もない?」
「はい、怪我も無いのですが……ただそれが問題でもあったり致しまして……」
「ん?」
アトラスの貴族らしい笑顔が深まって行き、クオンは少しだけまた不安になる。
ただクレオが無事なことは本当らしいので疑問は飲み込んだ。
今はそれよりも城へ行く方が大事だ。
ここで話せないのならばさっさと城へ向かった方が良い。
とにかくクレオに何がったのかを早く聞きたかった。
「ではクーオン様の着替えが済み次第王城へ向かいましょうか、ここでは危険もありますので……」
「危険? ここが危険? えっ? 僕が危険?」
「はい、そうとも言えます……」
「?」
そうとも言えるというまたまた曖昧な答えに、クオンはまた疑問を感じたけれども頷いた。
この場も自分も危険だと言うのは、もしかしたら城へ向かう建前かもしれない。
それにクレオがいる王城へ早く向かいたい気持ちはアトラスと同じだ。
この場で問題を誤魔化すアトラスの話を聞いていても時間の無駄。
それにクレオの笑顔を見るまではやはり安心は出来ない。
クオンは簡単に身支度を整えると、アトラスが乗ってきたキンリー侯爵家の馬車に足早に乗り込んだ。
「クーオン様、急がせますので揺れますよ」
「ん、大丈夫!」
薄暗い夜道の中、馬を走らせるなど危険ではと心配になったけれど、そこは魔法のある世界。御者は難なく馬を操り、自身の馬に乗り馬車の脇を駆けるアンセルとユーリも何の問題も無く追随していた。
(クレオ、早く会いたい!)
普段よりも大きく揺れる馬車の中、クオンは自身の心配よりも大事な妻の安否ばかりが気になっていた。
「くう兄!」
「アリス? どうした、大丈夫?」
案内された応接室に着くと、アリスが一人ソファに座り待っていて、クオンの顔を見た瞬間に飛びついてきた。
その顔には怯えのような色が浮かび、クオンを見たことで安心したのか涙目になっているように見える。クオンは抱き着いてきたアリスを抱きしめ安心させると、震える声で話し出したアリスの言葉に耳を傾けた。
「私、私ね、アイラも一緒だって知らなくって、ディたちは、デーヴィッドたちは無事だったけど、アイラは顔が真っ青でね、今にも倒れそうで怖くって……」
「うん、アリス、アリス、落ち着こ、話ちゃんと聞くから、ここ座って」
「……うん……」
アリスは遠征から戻ってきたデーヴィッド達とはもうすでに顔を合わせたようで、城に居ると思っていたアイラも遠征に一緒出かけていたことを知りショックを受けたようだった。
それもそのはず、アイラがアリスのためにと言い出し遠征に向かったことを、アリスは今夜初めて知ったそうだ。
何も知らなかったアリスの動揺はかなりの物で、王女として危険とは遠ざけられているはずのアイラが自分のせいで危険な目にあってしまったと、そう思い込んでしまっているようだった。
「アリスのせいじゃないよ、アイラちゃんが自分で望んだこと」
「うん、うん、分かってるけど……でも……」
動揺し、不安になっているアリスだったけれど、報告に来てくれたデーヴィッドとアイラの姿を見て二人の前では気丈にふるまっていたようだ。
けれど兄役であり叔父であるクオンの前では、頑張っていた建前が消えてしまったのだろう。
震える手をクオンが握れば、やっと気持ちを落ち着かせることが出来たようだった。
「デーヴィッドとアイラちゃんは?」
「うん、さっきまでは居たけど、今着替えに行っているの、結構服も汚れてて……」
「そうか、そうだよね、森に行ったんだもんね」
「うん……」
二人の様子を思い出したアリスの肩がまた少し揺れる。
でも二人とも無事で良かったと声を掛ければ、うんと頷きどうにか笑顔を作ってくれた。
デーヴィッドとアイラは各自の部屋に戻り身支度を整えているようだ。
旅装だったこともあるだろうが、着替えなければならない程の酷い状態だったと言える。
「アイラは、いつだって王女様らしくちゃんとしてるのに、今日は小さな女の子みたいで……」
「そうか……」
何があったのか、遠征から戻ってきたアイラの顔色は物凄く悪かったようで、彼女にはアリスが癒しの魔法を掛け、このまま応接室には戻らず部屋で休むようにとデーヴィッドが指示を出したらしい。
アリスは友人の体調を心配していたが、恐怖を目の当たりにしたアイラの心を何よりも心配しているようだった。
「アイラってば、お城から殆ど出たことも無いのに、私の為に遠征に参加して……聖女の私が無理せず旅が出来るようにって、友達だからって心配してくれて……」
「うん……うん……よし、よし……」
アリスの話では一緒に戻ったクレオたちも今は騎士塔へ行き、仲間たちと共に身を清めているようだ。
どうやら近場の遠征だったのだが思わぬ強敵が出たらしく、予定を繰り上げ城へ戻って来たらしい。
幸いなことに怪我人はいないらしいが、皆が皆ボロボロの姿だったのだとアリスが教えてくれた。
「アリス、お茶飲んで、落ち着こ」
「うん……」
出され温くなったお茶が今のアリスには丁度いい。
半泣きのアリスからの説明を聞き、クレオが無事であることは安心したけれど、クオンの心の中からは不安が消えない。
(クレオの仕事が騎士だって分かってるけど……)
それと心配しないという気持ちは別だ。
たとえこの後顔を合わせクレオの無事を自分の目で見たとしても、この不安な気持ちは消えることはないだろう。
彼女が誇りある騎士であり、剣に命を懸け国を守ってていると分かっていても……
それでもどうしても危険なことは止めて欲しいとクオンは願ってしまう……
それは、クレオが既にクオンの中で大事な人だからだ。
(クレオには安全な場所にいて欲しい……)
その言葉は絶対に言ってはいけないと分かっていても、クレオに騎士を辞め自分の傍で笑っていて欲しいと願ってしまう。
アリスの不安そうな顔を見ていると、ダメだと分かっていてもそう願わずにはいられなかった。
「失礼致します」
「クレオ!!」
ノックと共にデーヴィッドとキーランそしてクレオが部屋に入って来た。
その瞬間、今度はクオンがクレオに向けて飛びだして行った。
まるで子供であるアリスそのもののような行動だが、クレオしか目に入っていないクオンはそんなことはどうでも良かった。
少しでも近くでクレオの無事を確かめたい。
今、クオンの思考のすべてがクレオで占められていた。
「クレオ、怪我無い? 痛いとこ無い?」
クレオの傍に行きクオンはその手を取る。
そして顔や体を見て怪我や傷がないか確認し、クレオの変わらぬ瞳を見つめホッと息を吐く。
「クオン、私は大丈夫ですよ」
「うん! うん! クレオ! 良かった! 無事だった! 僕安心した!」
「はい、クオン、あのーー」
約束を……と言いかけたクレオの腕を引き、クオンはギュッとその身を抱きしめる。
クレオの温かな体温を感じ、生きていることを実感出来ると、やっと心から安心出来た気がした。
「クレオ、無事で、ホントに、良かった……」
「はい、クオン、あの、心配をかけて……その、私は、大丈夫ですから……」
「うん、うん、うん……」
部屋にいる皆の視線が、抱擁を交わすクオンとクレオに集まる。
だがクオンがクレオを離す様子は全くない。
良かったと何度も呟きクオンはクレオを離さない。
クレオを離したら危険な目に合ってしまう、そう思っているかのようにギュッときつく抱きしめる。
「くう兄……」
アリスだけはクオンのその様子の意味が分かっているようで、涙を流し見守っている。
クオンが大事な誰かを失うことに対し、大きな恐怖を感じる意味を、アリスは知っていた。
まだクオンが幼いころ、クオンの両親は事故に合い亡くなった。
穏やかで平穏な日常の中の一瞬の出来事だった。
それからは年の離れた姉と二人、祖父母の下で暮らすことになった。
祖父母は優しく幸せに過ごしていたが、あの日亡くなった両親の手の冷たさをクオンは今でも忘れられない悲しい記憶として心の中に残している。
「クレオ、クレオ、良かった……クレオ無事で、ホッとした……」
クオンはクレオの名を何度も呼び、きつくきつく抱きしめる。
生きていてくれて良かった。
無事な顔が見れて良かった。
安全な遠征だと言ってはいたが、出かけてからずっと不安だった気持ちが、クレオを見て爆発したと言える。
何があったのかはアリス経由でしかまだ聞いてはいないが、こんなにも早い帰還なのだ危険な目に合ったことは間違いない。
そうでなければ忙しいアトラスがクオンを夜中に呼び出す理由もないし、遠征が途中で中止になりクレオたちが帰ってくるはずがない。
「クレオ……」
だからこの場がどこであるかも忘れ、クオンはクレオを抱きしめ続けた。
皆の生暖かい視線が集まる中、真っ赤な顔となったクレオに気付かぬまま、きつくきつく抱きしめる。
「んんんっ! あー、あの、クーオン様?」
「えっ、あ、お父さん、クレオ、無事だった! 僕、嬉しい!」
居た堪れないほどの甘い空気の中、勇気を出したアトラスの突っ込みにクオンは照れた様子など見せず、嬉しそうな笑顔を振りまいた。
クオンは当然顔でクレオの身を離すことはせず、抱きしめたままアトラスに笑顔を向けている。
娘のこんな表情は見たことは無いと、アトラスは苦笑いだ。
「ええ、そうですね、有難いことです。ですがそろそろ、あの、その……出来ましたらお席に……クレオも疲れていますでしょうから……」
「あっ! ああ! そうか、クレオ、ごめん、疲れてるよね!」
「いえ! あの、全然、全然です! その、私は怪我もありませんし……」
クオンからの熱烈なハグにクレオは動揺しているのだろう、普段見せないような少女のような表情を浮かべ俯いている。
鉄壁、鉄の女騎士とも呼ばれるクレオに、こんな表情をさせられるのはこの国ではクオンぐらいだろう。
部屋にいる皆がクレオを見ていいのかと悩むぐらい、クレオは可愛らしい女の子といえる顔になっている。
(クレオ……父もどうしていいか分からぬ、すまん……)
アトラスが娘に同情する気持ちになっていると、クオンは普段とは違うクレオの様子にやっと気付き慌ててしまう。
「ああ、でも! クレオ顔赤い! 無理してる?! もしかして熱ある?!」
「いえ! いいえ! 熱はないです! 本当に! あの、クオン、私は大丈夫ですから!」
「でも……体も熱いし……耳も首も……」
「んんっ! 本当に全然! 余裕ですから!」
クオンに心配してもらえるのは嬉しいが、クレオは恥ずかしくて仕方がない。
部屋に父がいるからとか、友人のアンセルとユーリもいるからとか、クオンの姪っ子アリスも見ているからとか、理由は沢山あるが、何より己が好意を抱くクオンに抱きしめられたままでは落ち着かないし、とにかく顔が近すぎる。
だけど一番の理由は、自分の心の中をこの場にいる皆に見透かされているような気がする、というものだった。
クオンに会えて嬉しくて、抱きしめられてもっと嬉しくて、このままずっと抱き着かれていたい気持ちもあるが、そんなクレオの気持ちを部屋にいる全員に知られてしまった気がして、とにかく居た堪れない。
クオンの向ける心配は、まるで全身を羽毛でくすぐられている拷問の様で……味わったことのない不思議な感覚に陥ってしまい、いつも通りの無表情でさえ今は作るのが無理だった。
「ゴホンッ、クーオン様、もしかしたら彼女は湯上りで熱いのかもしれませんよ」
「キーラン先生?」
「席に着いて、少し冷たいものでも飲めば顔の赤みも落ち着くと思いますよ」
「先生、本当……? クレオ、熱いだけ? あ! そういえば、前お風呂上り、一緒の時も顔赤かった、ね」
「……ク、クオン……」
「「「……」」」
クオンと一緒にお風呂に入ったことなど一度もないのだが、クオンの話を聞き壁際に立つ友人、アンセルとユーリがクレオから顔を逸らす姿が目の端に映る。
どうやらクオンの今の言葉でせいで、立派な騎士二人が護衛対象から目を逸らしたくなるほどの大きな誤解を生んでいるようだ。
それにクレオの父アトラスも何とも言えない顔をして部屋の壁に視線を送っている。
普段しかめっ面が多い父なのだが、今は夜会に出席しているかのような貴族らしい笑顔を浮かべ、壁のシミでも探すようなそんな様子を見せていた。
「コホンッ、では、すぐに冷たい飲み物を持ってこさせましょう」
「先生、レモン水、クレオお風呂上りはいつも一緒、それ飲むの」
「……そうですか……」
助けるような言葉を掛けてくれたキーランにクレオは初めて感謝したい気持ちになったが、何と言ってもクオンに掛けた言葉が悪かった。
クレオのお風呂上りを常に一緒にいて知っているかのようなクオンの口ぶりは、この場にいる皆に変な誤解を生んでしまったようだった。
(この二人白い結婚のはず、ですよね?)
他にも人がいるからそんな言葉は吐かないが、クレオに向くデーヴィッドの疑惑の視線が痛くて仕方がない。
(クレオもしかして、貴女我慢できずにクオンに手を出したのですか?)
視線でデーヴィッドにそう言われている気がして、動揺が隠しきれないクレオだった。
「あの、クオン、私は本当に大丈夫ですから……その、皆様も待っていますし、まずは席へ着きましょうか」
「……うん、そうだね、クレオそういうなら、分かった……」
クレオの手を握ったままクレオを座らせその横へ座ったクオンは、クレオの手を絶対に離すつもりはないようで、エスコートの時よりも手に力が入りギュッと握ってくる。
それにクレオを見つめるクオンの目はどこまでも甘く優しいもので、クレオに落ち着けと言うのは無理だった。
「んんんっ、では、殿下、ご報告を願いします」
アトラスの声掛けにデーヴィッドはハッとし動き出す。
その横に座るアリスはどこか楽し気で、先ほどまでの涙は消えていた。
「ああ、そうだったな、分かった。アンセル、ユーリ、済まないが暫く部屋を守っていてくれるか」
「「はっ、失礼致します」」
アンセルとユーリを外に出し、デーヴィッドはやっとクオンやアトラスと向かい合う。
そして王太子として話し出した内容は、驚きしかないものだった。
「実はこちらが、今回の遠征での立役者なのです……」
「これは?」
「僕、クレオに上げた、ペンダント?」
「はい、今回の遠征はクーオン様に助けていただいた……と言えるのです」
「「?」」
クオンの作ったペンダントが魔法を弾く実験はキーランと何度も行ったため知ってはいたが、まさか瘴気まで払うとは知らなかった。
それも今回の遠征では魔獣化した人間の瘴気を全て払ったというのだから、クオン自身も驚きしかなかった。
それに瘴気に包まれ人間が魔獣化するだなんて聞いたことも無く、まさにファンタジーの世界にいるのだと実感をし、それと共にこの先瘴気の浄化へ向かう聖女である姪っ子のことが心配でたまらなかった。
「それで、クーオン様、実はお願いがありまして……」
「お願い? 僕に?」
もしかして魔石を空にする作業をもっとやって欲しいということだろうか、それともクレオへ上げたペンダントと同じものを作って欲しいという願いだろうか。
何だろうと首を傾げていると、デーヴィッドが重い口を開いた。
「クーオン様に、父に……陛下に会って頂きたいのです」
「へいか……? デーヴィッドのお父さん?」
「はい、そうです。実は父も、瘴気の影響で、魔獣化が進む一人でもあるのです……」
「えっ……?」
デーヴィッドの衝撃的な言葉に、クオンだけでなく、クレオとアリスも息を呑んで固まったのだった。
イチャイチャを書きたかったのですが……
長くなってしまいました。
二話に分ければ良かったかなぁ……
本日もよろしくお願いいたします。
夢子




