襲撃
「襲撃だー! 隊員陣形を保て!! あちらからの攻撃がない限り応戦はするな! 未知の魔獣だ! どんな攻撃があるか分からん! まずは敵を囲め!!」
「「「ハッ!」」」
安全ともいえる西の森で、まさか未知の生物とも言える魔獣と遭遇するなど誰が予想できただろうか。
王太子の遠征に付いてきた騎士は第二隊のみ。
この国最強の魔法使いであるキーランがいることから少数精鋭で出立したという理由もあるが、西の森に脅威がないとそんな考えと共に、王太子と王女が居る遠征で目立ちたくはないという理由が強くもあった。
まさかそれが裏目に出て、今まさにこんなにも危険な状況を生み出しているなど誰が信じられるだろうか。
最悪でも王太子の命だけは守らなければならない。
国の宝である王太子と王女が居るからこそ騎士たちの緊張は相当なものだった。
「グガーーーーッ!」
「盾を構えろ! 攻撃が来るぞ!」
黒く伸びる腕を魔獣らしき生物が振り回す。
その一撃がとても重く、鍛えられた騎士たちに焦りの色が見える。
「次に備えろ! 魔法も使うかもしれない!」
未知の生物である魔獣だ。
相手の力量がまったく分からないためどう判断して良いのか分からず、魔法攻撃を仕掛けていいのかも判断できない。
成人男性以上の大きさの魔獣だと考えれば、この場にいるもの全てが命を失っても可笑しくはない魔法を使う可能性もある。
王太子であるデーヴィッドにはこの場に戻って来て欲しくはないと思いながらも、一緒に出掛けたキーランの力は欲しく早く戻って来て欲しいと願ってしまう。
この遠征を取り仕切る第二隊長ジェームズの剣を持つ腕にはグッと力が入る。
「姫様の下へは絶対に向かわせないぞ! こちらへ気を向けさせろ!」
「「「ハッ!」」」
だがどうやって気を逸らさせるか。
それが問題だ。
魔獣寄せの笛を吹きこちらに注目を集めさせることも出来るが、あの生き物に笛が効かず、その他の魔獣がこの場に現れては、この人数ではもう対処など出来なくなる。
魔法を使い威嚇をしてもいいが、動き方が読めない状態では難しい。
対策によってあの生き物がアイラ側へ逃げてしまっては本末転倒、意味がない。
とにかくあの生き物を囲み何かあってもすぐ動けるようにと団員たちに指示は出したが、第二隊長ジェームズの不安は消えなかった。
(クレオ、姫様を頼んだぞ!)
「クソッ、アイラ様!」
クレオは自分の甘さを悔いながら、アイラのいるテントへ向け全速力で走っていた。
新人研修用の西の森という通いなれた場所が油断を生み出したと言ってもいい。
それに最強魔法使いキーランの存在も慢心に繋がったと言える。
アイラを守るべきは自分だった。
団員たちにも経験をと思い軽く声を掛け、報告の為隊長自らデーヴィッドの下へ向かったことは怠慢だった。
この場が安全ともいえる西の森であったから出た油断、大失態だ。
アイラの下には自分こそ残るべきだった。
これは隊員の実力を信じていないとかの話ではない。
王女の安全を守る。
それが第五部隊に与えられた使命ならば、クレオは離れてはいけなかったのだ。たとえ演習であったとしてもだ。
アイラの疲れが取れやすいようにと慣れ親しんだ使用人だけを残し、テントを抜け出したことが仇となったと言える。
その甘さが戦場では隙になると学んでいたはずなのに、クレオは騎士であるはずの己の甘さが恥ずかしかった。
「グガーーーーッ!」
「ーーっ!」
あの生き物がまた吠える。
威嚇と言える咆哮。
その度にビリビリと体に響くような衝動が当たる。
声にも魔力が乗っているかのような衝撃だ。
(あんな魔獣がいるなど聞いたことも無い!)
第二隊の隊長ジェームズも、クレオだって高位の騎士として魔獣については深く学んでいる。だからこそ未知の魔獣を見てこの場の危険度は最上級と言えた。
あの魔獣の体は人の様であり、二足歩行で動物とは思えない動きをしていた。
その体の色は黒く、ドロリと溶けた溶岩の様で霊体とも違うものだった。
真っ黒に溶けた顔には目鼻口があるようにも見えたが、それが本当に目鼻口なのかも分からない。
手も足も溶岩のようにドロドロに溶けているのだが、何故かちゃんと体を保っていて人間だと分かるもの。まさに摩訶不思議な生き物、そんな状態だ。
『クオン、約束します、傷一つ作ることなく戻ってきますよ』
脳裏に一瞬、クオンとの約束が過る。
走馬灯のような現象に、それだけ自分が危機的状況にあるのだと嫌でも感じてしまう。
あの生き物の攻撃はどのようなものかは分からないが、きっと厳しい戦いになるだろうと、そんな嫌な予感がした。
今まで鍛え上げてきた騎士としての察知能力。
だからこそクオンにもう会えないかもしれないと悟ってしまう。
今まで持つことのなかった戦いでの怖さを心の中で感じ、クレオは自分の弱さを実感せずにはいられなかった。
(クオン、約束を守れなかったらごめんなさい……)
「アイラ様!」
「クレオ!」
覚悟をもってアイラの下へ駆けつければ、アイラは自身のテントから出て第五部隊の面々に守られながら、あの生き物に気付かれないようにゆっくりと移動しているところだった。
「アーシャ!」
「隊長!」
アイラに傷が一つも無いことを目視で確認し、クレオは副隊長のアーシャにまずは声を掛ける。
アーシャは状況を冷静に判断し、テントの中には残らず、あの生き物から出来るだけ離れることを選択したようだ。彼女の判断に頷きつつ、クレオは指示を出す。
「皆、馬は恐慌状態に陥っている可能性もある、まずは身を隠せるところを探し、アイラ様の安全を第一に行動しろ! 私はこれからアレの下に戻る! 第二隊だけでは戦うには人数が少なすぎる! 突破されればこの場が危ない!」
「隊長、承知いたしました! 出来るだけアイラ様をこの場から遠ざけます! アイラ様、急ぎましょう!」
「え、ええ……」
青い顔のアイラにアーシャが声を掛ける。
頷きながらも不安そうなアイラの瞳がクレオに向いた。
「クレオ、無理をしないで……」
「アイラ様、大丈夫です、この場は任せて下さい。こう見えて私は強いのですよ」
アイラを安心させるためクレオは笑顔を作る。
クオンと知り合ってからというもの、笑顔を作ることは苦ではなくなった。
だからだろう、アイラはクレオの笑顔を見ると小さく頷き、アーシャの指示に従って大人しく歩き出す。
本当ならばクレオも一緒に付いていくべきなのだろうが、あの魔獣らしき生き物がこの場に近い場所にいる為、誰かが食い止めなければならない。
第二隊が命を懸けてデーヴィッドを守るのならば、クレオがアイラを守るべきだ。
クレオは意味の分からぬ動きを続ける生物に駆け寄り後方から剣を向け、ここから先は通さないと覚悟を持って睨みつけた。
「グ、ガ、セ……セイ……ガ、ガ」
「?」
未知の生き物が叫びとは違う声を出す。
言っている言葉は分からないが、先ほどの雄叫びとは違い、元人間だったのではないかと思わせる声色だ。
(言葉を使っている? 一体こいつはどんな存在なんだ?)
クレオの中、疑問は大きくなるばかり。
戦う相手のことを知らなければ対応は難しい。
どんな攻撃を仕掛けてきても冷静に対応しよう、そう思った矢先、未知の生き物が狂ったように動き出した。
「ンガーーーーーッ!」
「ーーっ!」
ドロドロの状態の腕が伸び、周りにいる騎士へと向け振り回される。
勿論後方にいるクレオにもその攻撃が飛び、ジェームズの「クレオ!」と名を呼ぶ焦る声が聞こえてきた。
剣で受けるべきか、盾で受けるべきか、それとも避けるべきか。
一瞬の判断が生死を分ける。
クレオは敵の腕が飛んできた瞬間、飛んで避けることを選択する。
未知の生物の攻撃により剣を弾かれた者が、黒腕からあふれ出た液体を浴び火傷のような痛みを感じているさまが見え、自身の判断が間違いで無かったことを知る。
「アレに当たるな! 体全てが瘴気で出来ているかもしれない!」
「「「ハッ!」」」
もしあの生き物の体が全て瘴気だったとしたら。
そう思うだけでクレオの体にゾクリと悪寒が走る。
瘴気の塊が一人でに動くと世界中に知られたら……
世界は恐慌状態となり、人々は冷静な判断が出来なくなるだろう。
そんな恐ろしい考えに行きついた騎士たちの前、突然明るい光が放たれる。
「シャインアロー!」
「キーラン様!」
防戦一方の状態になっていた戦いの場に、キーランが現れ光魔法による攻撃を行う。
光の矢が未知の生物に降り注ぎ体の半分が消えていくと、強張っていた騎士たちの顔に笑顔が戻る。
だがその効果は一瞬だけ。
周りにある瘴気を回収するかのように未知の生物の体はすぐに再生し、また人間と同じほどの塊となっていく。
「なんなんだアレは……」
気味の悪さに騎士たちから固唾をのむ音が聞こえるが、それを止めるかのようにキーランの言葉が戦場に響いた。
「アレは人間が魔獣化したものです! その元は瘴気と言えます! アレは強い瘴気を浴びた者が陥る恐慌状態です! 周りの瘴気すべてを浄化しなければアレを倒すことは出来ません!」
「そんなっ!」
キーランの顔を見れば普段の余裕は無く、聖女の血を引く自身の魔法であってもどれ程アレに効くか、倒せるかも分からないと言っている。
つまり今この場に聖女がいなければアレを倒す完璧な手段はない。
救命信号は城に届いたとは思うが、王城内で大切にされている聖女がこの場に駆けつける可能性はとても低い。
そうなればこの戦いはどこまでも長引くし、下手をしたら全滅となる可能性もあるだろう。
その現実に気付き、クレオは自分の喉がごくりと鳴ったのを感じた。
「グガーーーーッ!」
「また攻撃だ! 全員避けろ!」
ジェームズの指示が聞こえ、騎士たちは盾を構えるよりも避けることを選択する。
アレの元が瘴気だと分かった以上、盾を構えても意味がない。攻撃からは逃げ一択だ。
だが元人間だからか、アレにも学習能力があるようで、この場で自分にとって一番危険な人物は自身を消し去る魔法が使えるキーランだと気づいたようだ。
アレはビリビリと体が震えるような怒りの咆哮を上げるとキーラン目掛け手を振りかぶった。
「くっ、ライトウォーー」
「キーラン様!!」
クレオは正直クオンを狙うキーランなんて大っ嫌いだし、ハッキリ言って顔も見たくない存在だ。
けれどキーランに迫る危機に対し体がとっさに動き、彼の体に向け盾になるよう飛び込んでいた。
キーランがいなければもうこの戦いに勝利することは難しい、いや、勝てなくとも街へアレを向かわせないだけでもキーランは必要、そんな思いもあったのかもしれない。
魔法の発動が間に合いそうにないキーラン向けてクレオがアレの攻撃から庇うように身を挺して飛び込むと、突然胸元から眩い光が溢れ出した。
「ーー?!」
それはクオンの贈ってくれたペンダントの光だった。
クオンからは魔法を弾くものだと聞いていたけれど、まさか魔獣化した人間の攻撃をも弾くだなんて思ってもいなかった。
クレオの危機を察知し、まるでクレオを襲う敵を悟ったかのように、ペンダントの光は魔獣に向け激しい光を放ち飛んでいく。
だがその光はどこか温かく、まるでクオンそのもののように優しくて。
自分の身に起きた現象が何かも分からないまま、キーランを抱きしめ立ち尽くすクレオの耳に、アレからは断末魔のような大きな叫びが聞こえてきた。
「グギャーーーーッ!!!」
「……!」
ペンダントの光はアレの体を包み込み、すべての瘴気を排除する。
ドロドロの黒い体は灰のように掠れていき、黒い靄が空へ向けて飛んでいく。
「……」
一体何が起こったのか、誰にも分からない。
ただ魔獣化した人間らしきものは全て消え、その場にはいつも通り、何事もなかったような時間が戻ってくる。
クレオの前にはただ美しい森が存在するだけ、穏やかな日常のみ。
クオンの魔石により恐怖は全て消えて行ったが、困惑だけは広がって行った。
「ゴホンッ!」
「えっ?」
キーランにペシッ! と手を叩かれ、クレオはハッとする。
キーランを守ろうと彼の体をきつく抱きしめていたため、非力な彼は身動きが取れなかったようで、あからさまに機嫌が悪い。
それも当然、相手はキーランが嫌うクオンの似非妻クレオだ。
キーランがクレオに向ける顔には、何とも言えない恐ろしいものが浮かんでいた。
「んんっ、全く、想像通りの馬鹿力ですね、貴女は……」
「ああ、すみません、キーラン様。咄嗟のことで力を入れ過ぎたようです、失礼致しました」
「……」
不機嫌なキーランからサッと離れ、クレオは頭を下げる。
立場的にはキーランが絶対に上だ。
守るためとはいえ異性に許可もなく触れたのだから怒られて当然。
それもキーランにとってクレオはいわば恋敵。
一番守られたくない相手だったろうし、絶対的強者のプライドを傷つけた可能性もある。
恐る恐る顔を上げてみれば、そこには笑顔ながらも怒っているという、恐ろしいく゚らいに美しいキーランの顔が待ち構えていた。
「さて、第五部隊長殿、今の現象について正直にお答えいただけますか?」
「……えっ……?」
「貴女から放たれた今の光は私の知らない魔法の様でしたが……何故報告されていないのか……じっくりと話を聞かせていただきましょうかねぇ……第五部隊長殿……」
「……へっ?」
確かクオンからこのペンダントを渡された時、キーランと実験したとそう言っていたはずだ。
二人きりの月見酒での愛しい出来事を、クレオが忘れたり間違えたりするはずがない、確実だ。
この場にいる騎士皆の視線が集まる中、クレオこそがキーランに「話を聞かせろ」と問いかけたい気分だった。
けれどそれをあからさまに作った笑顔で飲み込み、「畏まりました」とどうにか答えられたクレオだった。
こんにちは、夢子です。
長くお待たせして申し訳ありませんでした。
今月は忙しく、あっという間に過ぎ去っていきました……
もう七月が終わるだなんて、信じられません。
なるべく八月中に連載を終わらせられるように頑張りますが、気を長くしてお待ちいただけると有難いです。m(__)m
ちなみに王太子デーヴィッドは危険から遠ざけられています。
出番なし。




