クレオの遠征
「クオン、急ですが、私は来週遠征に行くことになりました」
「……えんせー? えんせ? えんせー何?」
自宅に戻ったクレオは自身の夫であり、大切な人であるクオンにまずは報告を行った。
家を空けるとなれば数日の遠征であっても秘密には出来ない。
クオンに心配を掛けたくなくてもだ。
出来るだけ驚かせないように、怖がらせないように、何でもない風に声を掛ければ、遠征の意味が分からないクオンは首を傾げた。
(くっ、遠征の意味が分からなかったか……仕事だと説明した方が良かっただろうか……)
だが、だからと言って、あのキーランに通訳を頼んで詳しい説明を行ってもらうつもりなどクレオにはない。
恋敵であるキーランに頼むぐらいならば、自分で何時間もかけてクオンに丁寧に説明した方がよっぽどいい。
そう思い「遠征とは……」と講義に近い説明を始めて見たのだが、目の前にいるクレオの愛しい人はだんだんと顔色が悪くなり、遂にはクレオの両腕を掴む行動に出てしまった。
「クオン? どうしましたか? 一人で残るのは不安ですか?」
クレオの腕を握り締め、俯くクオン。
一人が怖いようなら実家に預かって貰った方が良いだろうか?
もしかして私の説明の仕方が悪くて遠征が怖くなって泣いてしまったのだろうか?
そんな心配をしたクレオだったが、顔を上げたクオンはニコッと効果音が付きそうな良い笑顔を浮かべていた。
「クレオ、騎士、僕分かってる!」
「クオン?」
「クレオ、仕事に、ほこ、ほこ、誇り? ある。だから仕事が大事なのも、僕分かってる! 一人でも大丈夫!」
「クオン……」
拙い言葉でクレオの仕事を誇りある仕事だとそう言ってくれるクオン。
クレオが困らないようにと、心配な顔を見せないようにと、無理に笑顔を作っている姿も愛おしい。
(新人でも行ける安全な西の森への遠征であることは、今更言わない方がいいだろうか……)
クオンに心配してもらえることが嬉しくて、クレオは二泊三日の楽な遠征であることを伝えられなくなってしまう。
(もう少しこのままで……)
手を繋ぎ見つめ合う時間が愛おしく、クオンを安心させなければいけないのにそんなことを願ってしまう。
クオンに恋心を抱いてしまった以上、その気持ちは仕方がないこと。
大丈夫、心配いらないと伝えても、クオンはどこかせつなげで……
その姿が胸にきて……
このままこの時間がずっと続けばいいと、そう思ってしまうのだから恋心とは厄介なものだった。
「クレオ、僕も行く……ダメ?」
「クオン……クオンには癒しの魔法が効きませんし、今回の訓練は練習のようなものですから……」
「……でも、心配……」
クレオが遠征に行くということで、きっと王族であるデーヴィッドも参加するとクオンは気づいたのだろう。
だったら『王族扱い』な自分も良いだろうと、一緒に行きたいと願い出たクオンは、まるでクレオと片時も離れたくないと言っているようで、愛しさしかない。
けれどクオンの体は聖女とは違い、この世界に馴染んでいない体。
つまりは魔法も効かないし、薬だってポーションのような魔力が入ったものは殆ど効かないらしい。
それなのに野営に出るなど自殺行為に近い。
西の森は大丈夫だと言われているが、クオンが瘴気にあてられたらどうなるか……
どんなにクレオの傍に居たいとクオンが願ってくれたとしても、それだけは了承できないと首を横に振るしかなかった。
「クレオ、無事に戻ってくる? 絶対?」
「ええ、必ず。傷一つなく元気な姿で戻って来ると約束しますよ」
「……うん、分かった、僕良い子で待つね、約束」
そう言って笑ったクオンの笑顔は、クレオの心を温めるものだった。
「第三騎士団三部隊隊長、アンセル・ガルーラです。短い時間となりますが、本日よりオット様の護衛を勤めさせていただきます、宜しくお願い致します」
「同じく、第三騎士団四部隊隊長、ユーリ・ラグラスです。私もオット様の護衛を勤めさせていただきます、宜しくお願い致します」
クレオが遠征へ行く当日、屋敷に数日間の護衛が派遣された。
その相手を見て、クオンの目が輝く。
異世界ならではの髪色と瞳を持つイケメンの姿は、画面越しでしか見たことのないコスプレイヤーを目の前にしたような衝撃があった。
『おおぅ、派手髪のイケメン登場! 二人ともゲームのキャラみたいだね。カッコいいし、スタイルも良いし、メッチャ目の保養だよー!』
アンセルは緑の髪とグレーの瞳、その上容姿は彫刻のように彫が深く男らしい男性だ。
そしてユーリの方は薄いピンク色の髪に同じく薄いオレンジ色の瞳で甘いマスクを持っていて、優男風のイケメンだと言える。
ゲームの主人公のような男性二人の登場に、ゲーム好きだったクオンが興奮しないはずがなかった。
「クオン?」
「あっ! ごめんなさい。あー、僕はクオン・オオオトです。クオンと呼んでください、それと護衛よろしくお願いしまーす」
「「はい、クーオン様、どうぞ宜しくお願い致します」」
「うん!」
クレオが留守の間、ホセとジミーと共にクオンの護衛についてくれる騎士はクレオの友人であるアンセルとユーリとなった。
以前からアンセルとクレオの仲を疑うキーランの嫌がらせのように思えてならないが、彼らの実力は確かなもの。
それにアンセルとユーリならば安心してクオンを任せられるとクレオとしても喜ぶべきことなのだろうが、わざわざ二人を連れて屋敷に来たキーランの嫌みの籠ったような笑顔を見ると、何故か素直に喜べない。
まるで今回の遠征に誘った仕返しのように感じる笑みだからだ。
「クーオン様、この二人は彼女の親しい友人であり、同期でもあり、深い仲の様なのですよ」
「深イイ仲?」
「キーラン様?」
優しい笑みでクレオとアンセルたちの関係を紹介するキーランの言葉にはやはり悪意がある。
その紹介ではまるでクレオが二人と恋人の仲でもあったかのような言い方だ。
なのでクレオはクオンの前で何を言うのかとムッとし、アンセルとユーリはどんな紹介だよとギョッとしてた。
けれどクオンだけは一人違い、キラキラした瞳をアンセルとユーリに向けた。
「クレオのお友達ー? 嬉しい、初めて会えた、二人とも仲良くしてねー」
手を差し出しアンセルとユーリに握手を求めるクオンには嫉妬の感情はまったく見えない。
それも当然、クオンがクレオに向ける情は友情のみ、クレオだってそれぐらいは分かっている。
だからきっとそこは、女扱いされていない事実に傷つくべきなのかもしれないし、男と仲のいい女だと受け入れられたことに傷つくべきかもしれないが、「クレオの話聞きたい!」と楽しそうにするクオンを見ればそんな感情は沸かなかった。
母と姉が屋敷に遊びに来た時も、クレオの幼いころの話をせがんでいたクオンなのだ。クレオのことをもっと知りたいと純粋にそう考えているのだと分かると、悲しみなど無く嬉しさしか沸かなかった。
「ねー、クレオ、学生の時、どんなだった? やっぱり可愛かった?」
「「……可愛、かった……?」」
アンセルとユーリの顔に困惑が浮かぶ。
どう見ても可愛いという敬称が似合わないクレオは、学生時代も同じ、無表情で無口なまったく可愛げのない女子生徒だった。
けれどクオンの中ではクレオは可愛い女の子のようだ。
以前も「僕の前だけは可愛い女の子」と言ってくれていたので、クオンにはクレオが可愛く映っているのだろう。
頬が染まり口が緩みそうになるのをどうにか堪え、クレオを見るアンセルとユーリを睨みつける。
何か問題が?
その言葉は視線だけでも十分に伝わったようで、アンセルとユーリはサッとクレオから視線を逸らすとクオンに向け頷いて見せた。
けれどキーランだけは作戦が失敗したことに悔しそうで、笑顔でクレオを睨みつけるという器用な様子を見せていた。
「えー、あー、クレオは今とあまり変わりません。真面目で頑固者で、でも優秀で、俺たち、いえ、我々同期の中でもクレオは目立つ存在でした」
「うんうん、分かる、分かる。クレオ、目立つ美人、カッコいいからねー」
妻自慢のような言葉を堂々と吐くクオンにアンセルの顔が赤くなる。
異性を率直に褒めることがあまりないこの国での友人の精一杯の誉め言葉は、くすぐったく甘い拷問の様だったらしい。クレオは友人に対しこの上ない申し訳なさを感じていた。
「クレオはいい意味でも悪い意味でも目立ってましたねー。女だからとそんな理由で馬鹿にするやつを遠慮なく殴ってましたし、剣でも遠慮なく打ちのめしていましたからね。まあある意味問題児ですよ、ハハハハッ」
「ユーリ……」
ユーリがニヤニヤしながらクレオの黒歴史をクオンに伝える。
確かに学生時代は無鉄砲なところはあったと思うが、乱暴者で喧嘩っ早い女であるようなことをクオンには言わないで欲しかった。そもそも喧嘩になったのは相手が悪い。クレオから吹っ掛けた喧嘩など一度もないはずなのだ。
(クオンには女性として見て欲しいのに……ユーリ、貴様覚えていろよ!)
ついついユーリを見る目に力が入る。
いつか必ずやり返してやる。
だがそんなクレオの考えは、残念ながらこちらを見ようとしないユーリには伝わらなかったようで、クオンにクレオのパンチは半端ないとそんな余計なことまで伝えていた。
「おおお! クレオ、武人ね。やっぱりカッコいいー、流石僕の妻! 最高ねー!」
「クオン……有難うございます……」
「「……」」
ニッコニコ顔で褒めてくれるクオンの言葉は嬉しい。
嬉しいのだが!
クレオの過去の行動を知る友の前でだけはやめて欲しいと、そう願ったクレオだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
また皆さまからの応援も感謝しております。
アンセル、ユーリ、クオンと会いました。
べた褒めするクオンに少したじたじです。
キーランは仕返し失敗でした。
異性の友人がいる嫌悪感がないので当然ですね。w




