お留守番
クレオが遠征へ出発する日を迎えた。
いつもよりも少し早い時間帯での王城への出勤に、違和感のような寂しさのような不安な気持ちを抱えながらも、クオンはクレオを心配させないようにと精一杯の笑顔で見送る。
「クレオ、気を付けて、怪我しないでね」
「ええ、勿論です。クオンとの約束ですから、怪我一つせずに帰ってきますよ」
「うん、約束だね」
「はい、約束です」
エラやアルマン、そして護衛のホセとジミーが見守る中、二人は笑顔で別れのハグを交わす。
以前ならば恥ずかしかったこんなやり取りも、二人の関係が友情以上の物に進んだことでぎこちなく行えていて、周りからは夫婦らしく見えていた。
無事に帰ってきて欲しい。
その約束と願いがあるからか、お互いが相手をギュッと抱きしめる。
「では、クオン、行ってきます」
「うん、クレオ、いってらっしゃい、ルナリア、クレオを宜しくね」
「ヒンッ」
当たり前だと答えた様子の愛馬ルナリアに乗り、門を出ていくクレオをクオンは両手を振って見送る。
毎日一緒にいたクレオが数日いないと思うだけで、一人ぼっちの世界に取り残されたかの様な感覚を覚え、寂しさで胸が詰まり自分でも分かるほどの心細さを感じる。
(情けないな、クレオと両親は違うのに……)
幼いころの別れを思い出し、クオンの心にはどうしても不安が付きまとう。
だからだろう自分がどれ程クレオに依存し甘えているかが分かるが、「それは仕方がない」とクオンは開き直ることにした。
それにクレオとは結婚しているのだから心配して当然、甘えても良いじゃないか。
その分クレオが無事に帰ってきた時にはお返しに美味しいものを用意する。
それがクオンの今の仕事だ。
自分達夫婦はそれでいい。
あの日の夜、月を見ながらお互いの気持ちを確かめ合ったからこそ、クオンはそう思えていた。
「クーオン様、西の森には大した魔獣はいません。一流の騎士であるクレオ様なら何の問題もないです、大丈夫ですよ」
「そうですよ、それに二泊三日の遠征なんてあっという間です、だから俺たちと遊んで待ってましょっ、ねっ、クーオン様」
「……うん……ありがと」
クレオが出発し、いつもの笑顔に陰りが出て見るからに寂しそうなクオンにホセとジミーは声を掛けた。
クレオを見送る時は元気だったクオンだったが、朝からエラと一緒に屋敷の仕事を慌ただしく終え、クオン自身でお茶を淹れると「ホセとジミーも一緒に」といつものように声を掛けられたのだが、ホッと息を吐いたクオンは憂い顔だった。
「あ! あの、その、そう! このお菓子、美味しいですね!」
「本当だー、滅茶苦茶美味しい! 俺幾らでも食べられそうだなー、アハハハハ」
「うん、ありがと、ホセ、僕のも食べていいよ」
「「……クーオン様」」
笑顔を浮かべてはいるがクオンは沈んで見えて、屋敷の門が見える窓を見ては小さな溜息を吐く。
聖女に似た顔で憂うその顔には同性から見ても可愛らしいものがあり、不謹慎ながらも惹かれてしまう魅力もあって、見てはいけないものを見てしまったようにも感じていた。
「ああ、そうだ! クーオン様、今日は夕方からアンセル様とユーリ様が来ますので、クレオ様のお話でも聞いたらいかがですか?」
「……うん……そだね」
「そ、そうですよ、クーオン様、お二人ならきっと王城でのクレオ様の様子とかにも詳しいし、学生時代の話も沢山聞けるんじゃないですか、楽しみですねー」
「……うん……そだね」
「「……」」
クレオがいない間、クオンの護衛は昼間の時間はホセとジミーが受け持ち。
夕方から翌朝にかけてはアンセルとユーリが受け持ってくれる。
クレオの昔話や仕事中の様子などが聞けることは嬉しいし楽しみでもある。
だけどいくら危なくない森への遠征だと言われても、クオンの心が晴れることはない。
クオンの感覚ではライオンやクマやイノシシが出る森へ進んで行くようなもの。
いくらクレオが鍛えた騎士であり、魔法も使える高位の騎士だと分かっていても危険しか感じない。
クオン的には無傷で帰ってくるなど奇跡に近い感覚だ。
だからクレオを心配しないなど無理だった。
少しでも時間が空けばついついクレオのことを考えてしまう。
どうか無事で……
何事もありませんように……
王城で毒を飲まされた経験が、この世界の命の軽さを実感させる。
明日も無事だという保証はどこにもないのだと、幼いころの経験が不安を掻き立てる。
そしてそんな危険な世界へまだ成人前の姪っ子が聖女として呼び出されたことに対し、クオンは理不尽さも感じていた。
「クーオン様、本日から宜しくお願いします」
「クーオン様、私たちが来たので安心して下さいね」
「アンセルさん、ユーリさん、お世話になります、宜しくお願いします、です」
「「はい」」
夕方になりアンセルとユーリがやって来た。
お客様ではないので接待をするべきではないのだろうけれど、クレオの友人だと思うと何かしてあげたいとクオンは思ってしまう。
それに何かに夢中になっている方がクオンとしても気が紛れて丁度いい。
前回の訪問でアンセルもユーリも屋敷内はホセとジミーの案内で把握しているだろうが、手持ち無沙汰なクオンは二人を連れて屋敷内の説明をもう一度行った。
「あー、僕、何か気を付けることある?」
「いえ、クーオン様は普段通り生活していただければ大丈夫です」
「うーん、そうですね、強いて言えば行動範囲を普段よりも抑えていただけると助かるぐらいですかね? 夜は庭に出ないとか、出来るだけ窓辺に近付かない、就寝後は夜が明けるまでは部屋から出ない……ぐらいですかねー」
「うん、分かった、僕いい子にしてる。アンセル、ユーリ、宜しくね」
普段通りで良いと言われ、案内を終えたクオンはいつも通りキッチンへ向かう。
昼間のうちにエラと夕食の準備は殆ど終えているので、後は温めるだけ。
夕食はビーフシチューだ。
ただビーフシチューはクオンがそう思っているだけで、違う肉の可能性もある。
牛肉に似た何か……かもしれない肉な気もするがそこは詳しく聞かずに済ませている。
「アンセル、ユーリ、ご飯は?」
「我々は済ませて参りました」
「あー……でも、俺は全然余裕がありますけどね」
「おい、ユーリ!」
護衛として一定の距離を作ろうとするアンセルと、クオンが気になるのか軽口で近づこうとしているユーリ。
どっちも騎士として、いや、クレオの友人として当然の行動に思えて微笑ましい。
(流石クレオのお友達だね、優しさがメッチャ分かるよ)
アンセルはキーランの言葉を気にしているのか、クオンに誤解を招かない行動をと心がけているように感じるし、ユーリはユーリでクレオのことを心配しクオンの人柄を探ろうとしている。そんな様子に見えた。
「フフ、二人は優しいね。良かったらご飯食べて、順番こ、ホセとジミーもそうしてる」
「いえ、それは……」
「有難うございます! いい匂いしてたんで、嬉しいです」
「ユーリ、おまえなぁ」
「アンセル、美味しいご飯に罪はないって、なっ!」
「……」
お酒は流石に出すわけにはいかないため、先にクオンとユーリの食事と飲み物を用意する。
キッチンでビーフシチューを皿に盛り、パンを薄くスライスし、盆に乗せて食堂へ向かう。
そして先に食べるユーリと向かい合って座れば、普段の日常が戻ったような感覚になる。
クレオの居ない夜に一人で食事を摂るなど寂しさしかないため、ユーリが席に着いてくれて嬉しかった。
「ユーリ、ありがとね」
「えっ? いえいえ、お礼を言うのは俺の方ですよ、シチュー凄く美味しそうですし、食べるのが楽しみです」
「フフ、ありがと、僕作った、食べてもらえると嬉しい」
「ああ、やっぱり! クーオン様の手際が良いのでそんな気がしてました。それはクレオが惚れるはずですね、美味しいご飯は最強です、独り身の俺にはその気持ちが分かりますよ」
「フフ、ユーリ優しー、クレオの友達って感じ、二人よく似てる」
「えっ? 俺あんなに無鉄砲じゃないですよ、冷静沈着って有名なんですから」
「フフ、クレオ無鉄砲?」
「はい、クレオはある意味最強の危険人物ですよ、侯爵令嬢ですから」
「フフ、クレオ帰ったら言ってみよー、喜ぶかな」
「えっ?! クーオン様、絶対に言ったらダメですよ! 俺殺されますから!」
ユーリとの会話を楽しみながら食事を進めていくと、ユーリはあっという間にシチューを食べ終えた。そして食堂の扉付近で護衛を行うアンセルに声を掛け交代を促す。
騎士として働いているからかユーリは丁寧な仕草だが食べるのがとても早く、クオンが半分も食べ終わらないうちに食べ終えてしまった。
それにここに来る前に夕食を食べてきたとは思えないペースでの食べっぷりには感服しかない。自分との体格の違いにも納得できる姿だった。
「クーオン様、俺、アンセルの分よそってくるんで、ちょっと離れますね」
「うん、分かった」
「おい、ユーリ!」
「アンセル、すぐ戻るから、クーオン様のこと頼むぞ」
「おい! ユーリ、俺は良いって!」
アンセルが止めるのも聞かずユーリが部屋を出ていくと、アンセルは少し気まずそうな顔となる。
護衛対象者を置いて別部屋に行った同僚に呆れている顔にも見えるが、何となく違うようにも感じる。
クオンに何か聞きたいことでもあるのか、それとも言いたいことでもあるのか……
異世界人と結婚した友人を心配しているようなそんな様子にも見えた。
「……あ、あの、クーオン様……」
「ん? アンセル、どした?」
「……クーオン様は、その……」
「ん? なに?」
「いえ……あの……ク、クレオとの結婚生活は幸せですか?」
「えっ?」
「ほらアイツ、侯爵令嬢な様子なんて微塵もないし、男っぽいし、キレやすいし……見るからに怖い女って感じですし……その……」
言葉ではクレオを下げているようだが、アンセルの顔を見れば分かる。
クレオのことが心配で仕方がないと、そう言っている顔だ。
クオンは笑顔を作り頷いた。
異世界に来てクレオ程頼りになって可愛らしくて綺麗な女性に会ったことはない。
その気持ちをアンセルに伝えたかった。
「うん、僕すご~く幸せ、クレオ優しいから、心配いらない」
「そ、そうですか……なら、良かったです……その、アイツのことをちゃんと分かってもらえて、俺も安心しました」
「うん、アンセルの気持ち分かる。クレオ、可愛いから心配だよね」
「……いや、可愛いは流石に言いすぎな気もしますけど……」
疑問の言葉を吐きながらもホッとしたような表情を見せるアンセルを見て、クレオをどれ程心配していたかが分かる。
アンセルはもしかして……
そう思った時、ユーリが丁度良く戻ってきた。
「アンセル、待たせたな。ほら俺がそこ変わるから、食べさせてもらえよ」
「ユーリ、おまえなー、満腹で眠くなったらどうするんだ、護衛の意味が無くなるだろう」
シチューを大盛によそってきたユーリを見てアンセルが苦笑いを浮かべる。
お腹いっぱいになったら眠くなる。
そんな当たり前のことに気付かず食事を勧めたクオンは申し訳なさが溢れた。
「ああ、ごめんなさい! 気づかなかった! もし眠くなったら僕代わる! 玄関立つから!」
「クーオン様、何言っているんですか、護衛される者が護衛騎士を護衛するなんてあり得ませんから!」
「アハハハ、いいじゃんかー、アンセル、クーオン様に守ってもらえよ。クレオが帰ってきたときに俺が報告するからさ!」
「ユーリ、おまえ……俺に死ねと言ってるだろう……?」
「アハハハハ、まあ、そう怒るなって、クレオも分かってくれるさ」
「そんな訳あるか!」
クレオのいない最初の夜は、アンセルとユーリのお陰もあって思ったよりも賑やかで楽しい時間となって過ぎて行った。
だけどクレオたちの遠征は想像とは違うものになっていて、この時のクオンは当然そんなことに気づけるわけがなかった。
皆さまこんにちは!
投稿を長い間休んでしまい大変申し訳ありませんでした!
最初は体調不良から始まり、仕事を休むほどではないため頑張っていたのですが、自宅へ戻ると疲れで何もできず、気が付けば一週間が過ぎ、そして仕事の忙しさで二週間が過ぎ、気が付けば今日を迎えておりました……
体調を崩すと心も落ち込んで、やる気も失いますよね……
(言い訳……)
でも残念ながらもう暫く忙しい日々が続くので、投稿が不安定になりそうなのですが、お付き合い頂けたら有難いです。
自分の予定では九月からはレイ君の続編を始めたいと思っているし、短編も書きたい話があるのですが、希望通り進むか不安になってきました。
長い小説も書きたい気持ちもありますがどうなるか……
取り敢えず無理せず書いていきますのでお付き合い頂けたら嬉しいです。
魔力塔も今週中に一話は投稿したいと思います。
夢子




