アイラの呼び出し
聖女のお披露目会も無事に終わり、クレオの日常が戻ってきた。
『おまけの男』と噂され毒を盛られるという危険な目にあったクオン。
なのでクレオとクオンの結婚は秘密裏に行われ、結婚相手のことは友人には話すことも出来ないだろうと思っていたクレオだったが、今回のお披露目会のお陰でもうクオンのことは隠さなくても良くなった。
ただクオンの能力については、誰に聞かれても話すことは出来ない。
それはクオンを守るための処置であるが、クレオ自体がクオンの能力を誰かに知られ興味を持たれることが嫌だった。
だが一番面倒で最もイラつく相手であり、出来ればクオンのことなど忘れて欲しい相手筆頭のキーランだけには隠すわけにはいかない。残念ながら彼がクオンの家庭教師であり、クオンが信頼を置く人物の一人でもあるからだ。
(お披露目も終わったし、キーラン様はもう我が家に来なくてもいいのではないか?)
本気でそう思うし、クレオが言葉を教えるのでと言って訪問を断りたいが、新たな能力が見つかった以上そうもいかない。
クオンの家庭教師であるキーランは、どんな些細なことでもクオンのことなら知りたがる。
あからさまな態度や言葉でクオンを可愛がっているが、クオンだけがそのアプローチに気付いていないのが救いだった。
(キーラン様を相手に頬を染めるクオンなど絶対に見たくは無いからな!)
そんな考えが浮かび、クレオは苦笑いになる。
朝起きてからというもの、考えることと言えばクオンのことばかり。
何を考えていても最後にはクオンのことに辿り着くのだから笑えてしまう。
「はぁ~、私は意外と嫉妬深いのかもしれないなぁ……」
異性に想いを持つことなど人生初めてのことで、クレオは自分の感情が上手くコントロール出来なくてもどかしい。
これまで冷静で感情に起伏があまりなく可愛げのない女だとそう言われてきたクレオは、自分自身でさえ己のことをそんな人間だと思っていた。
だけどクオンの前ではそんな自分が良い意味で壊れてしまう。
クオンの姿を見ると心が温かくなり口元も緩んでしまうのだから不思議だ。
恋は人を変えると聞いてはいたが、本当なのだと初めて知った。
(まさか自分がこんなにも単細胞で愚かしい女になるとは……)
そしてそれが嫌ではないのだから、恋とは可笑しいものだった。
「フフッ、全てクオンのお陰だな……」
クオンに贈られたペンダントを服の上から触る。
仕事中も付けていられるようにと、華美ではない装飾品。
一般の令嬢には武骨な品であっても騎士であるクレオには良く似合っていて、クレオ自身もお気に入りのペンダントだ。
祖母に掛けられた呪いも、このペンダントのお陰で浄化されたような気までする。
クオン自身と共にこのペンダントのことも一生大事にしたいとクレオは思っている。
きっとこれから先もクオンの傍にいれば、宝になる想い出が増えていくだろう。
それが嬉しかった。
「隊長、何かいいことありましたぁ?」
「えっ? いや、別に……何もないが?」
「本当ですかぁ? でも笑ってましたよ、それも良い笑顔で」
「……私が笑っていた?」
「ええ、あっ! もしかして思い出し笑いですか? ウフフ~、流石新婚さんですねー。もう、見せつけるなんて酷いなー」
「いや、そんなつもりは……」
「ウフフ、冗談ですよ、じょーだん」
どうやらクレオは無意識のうちにまた笑っていたらしい。
今は休憩中とはいえ少し情けない。
きっとクオンが可愛過ぎるのがいけないのだろう。
帰ったら「あまり可愛いことを言わないで欲しい」と注意しなければならない。絶対にだ。
だけどそのせいでまたクオンが口を尖らせる姿が思い浮かんでしまい、ついつい笑いそうになって口元を押さえる。
どうやら少し気が緩んでいるようだ。
クレオは自身に活を入れなければと反省をした。
「クレオ」
「はい、第一騎士団長、どうしましたか?」
「休憩中に済まないが団長室に来て欲しい、急ぎだ」
「承知致しました」
クオンの作ってくれた弁当を仕舞い、クレオはジャックスに続いて行く。
ジャックスに呼ばれたため第一騎士団長室へ行くと思っていたのだが、その進みは王城内、王族の居住区へ向かって行く。
きっと団員達には聞かせたくは無い話だったのだろう。
クレオは嫌な予感を抱えながらも、ジャックスと共に王太子の執務室へ入った。
「クレオ、済まない、よく来てくれた」
「デーヴィッド様、いえ、ですが、何かあったのでしょうか?」
デーヴィッドの横には常に一緒にいるアリスではなく、妹のアイラが座っていた。
アリスに話せない内容なのか、それともアリスには秘密にしたい話なのか、クレオは勧められるまま二人の前の席にジャックスと共に座る。
「聖女様の教育が済み、各地へ浄化へ向かう話はクレオも知っていると思うが、そこは大丈夫だな?」
「はい、勿論存じております」
デーヴィッドの言うことはお披露目会があった時点で分かるものだが、デーヴィッドからもジャックスからも第五部隊長として夜会以前に話は聞いている。
正直、何故今更確認を? と思ってしまうぐらいだ。
「実は、アリス様が各地へ向かう前に確認をしておきたいことがあり、アイラの共をクレオたち第五部隊の者に願いたいのだ」
「アイラ様のお供ですか? アリス様のではなく?」
「ああ、アリス様がこちらの移動に耐えられるのか、アイラが自身の身で確認したいと言ってくれたんだ」
「ああ、なるほど……」
そこでデーヴィッドの言いたいことがやっと分かった。
アリスは聖女として各地の浄化に向かう気持ちが高いようだが、聖女の居た世界はこちらよりも発展していると聞いている。なのでデーヴィッドの提案には納得だった。
クオンの作る料理を見ればその発展度は分かるが、きっとクレオが想像する以上の物なのだろう。
アリスやクオンの手や足の形を見れば分かる。移動も馬車や馬ではないはずだった。
それに長旅は男性王族でも辛いものだ。
それも今回は浄化という、野営も含まれる大仕事。
女性の、それもクレオとは違い、鍛えていない女性であるアリスがそんな旅に耐えられるのか、デーヴィッドは心配過ぎてアイラで実験しようとしているのかもしれない。
この場にアリスがいたら確実に止めるだろうことだ、いない理由が良く分かった。
「クレオ、これは私が言い出したことでもあるのよ……」
「アイラ様……」
クレオの頭の中を呼んだかのように兄を擁護するアイラ。
第二妃の娘アイラは、自分の立場をちゃんと分かっている女性だ。
王族として生まれた以上、国の役に立つ仕事をするべきだという信念がある。
本当は『おまけの男』を支え国の役に立とうとしていたのだろうが、クオンの結婚条件に当てはまらず諦めるしかなかった。
ならば何をするべきかと考え、アリスの力になりたいと思ったのだろう。
彼女の旅が少しでも快適になるようにと、自ら経験し兄の役に立とうとしているアイラのその姿は、戦う女性だと思わせるものだった。
「王城から近い西の森へ二泊三日の野営へ向かいたいと思っていますの、でも私の専属が付いていけば私を守ろうとしますもの、野営も何も無くなるでしょう? ですからクレオに護衛をお願いしたいのです。アリスが浄化の旅に出た場合どんなことがあり得るのか、野営を通して噓偽りなく教えていただけたらと思います。クレオ、お願い致しますわ」
「アイラ様……」
王族であるアイラがクレオに向け頭を下げる。
アイラ付きの専属護衛や侍女が野営に付いていけば、何かにつけて口を挟み、行くことさえ止めに入るのは必然。
もし出かけられたとしても野営どころか、部屋での生活が馬車の中での生活に変わっただけ、そんなありさまになるだろう。
それに森の中を自身で歩くなどの行為も止めるはずだ。
嫁入り前のアイラは王家の宝も同然。
小さな傷一つ付けられないと、馬車を降りることさえ許さないかもしれないし、騎士の前に顔を出すことも許さないかもしれない。アイラも彼らの(姫様を守る)という想いを知る以上、無下にも出来ない。
クレオにはそんな未来が簡単に想像出来た。
貴族令嬢とは家の物。
王族となればそれは国の物に変わる。
貴女がやることではない。
そう言って最初から止められるだろうことも想像が付いた。
「これは命令ではないし、私からのお願いなの。それにクレオはまだ新婚ですもの、断ってくれても構わないわ……」
もしアイラに何かあった場合、クレオは責任を取ることになるだろう。
小さな傷でも出来れば、たとえアイラが止めたとしても、第二妃側の貴族からは陰口を言われる可能性もある。
それにクオンのこともだ。
護衛のジミーやホセたちとの生活も慣れてきたし、お披露目も終わり心配も減ったかもしれないが、クオンは今度は良い意味で目立つ人間となってしまった。
安全な場所には居るが、クオン欲しさにクレオが留守の間に狙う者がいないとも限らない。
それが分かった上でのクレオへの願いということは、クレオがそれだけ信頼されている証であり、アリスの為ならばクレオはしっかりと仕事をこなす、そう思われているということだった。
「クレオが留守の間、お兄様がクオンの護衛は増やしてくれます。それとこれは私の我儘なのだけど、初めてできた友人の為に、私が何かしたいとそう願ったのよ……」
友を想うアイラの気持ちが理解でき、クレオは頷いた。
クレオだってクオンの為になることは何でもしてあげたいと思うのだ、アイラの気持ちが良く分かった。
「畏まりました。我々第五部隊がアイラ様の野営にお供させていただきます」
「クレオ、有難う、感謝いたしますわ」
その後、アイラに野営での服装のことや、乗馬の横乗りでは無い練習をクレオは願った。
そしてもしもの時に備え、最低限の荷物を持つ体力を付けて欲しいことも願う。
森の中でアイラを一人にすることは無いが、絶対とは言えない。
最低限の装備は必須、そのことも伝えた。
「分かったわ、他に必要なことはないかしら?」
「そうですね……ではキーラン様も一緒に参加していただけたら嬉しいですね」
「キーラン? キーランも?」
「ええ、聖女様の浄化の旅にはキーラン様も付いていくでしょうから、是非ご教授頂きたいと思いますので」
「ああ、確かにそうね。聖女様に一番詳しいのはキーランですもの、彼にも同行を願いましょう」
「有難うございます、アイラ様」
クレオの留守中にクオンに何かあってはたまらない。
一番の敵ともいえるキーランを、クオンからは絶対に遠ざけたいと願うクレオだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
こちらは雨です。
梅雨入りしたから仕方ないですけど、雨の日は眠くなってしまい辛いです。w
だからと言って夏の炎天下が好きかと言われると……
アイラとアリスは親友です。
アイラとデーヴィッドは普通に仲のいい兄妹です。




