おまけの男
ウィズダム国内の貴族に宛て、聖女のお披露目会の案内が届いた。
聖女召喚が成功した噂は、貴族であれば掴んでいる常識。
聖女がこの国に現れた際、王城上空に眩い光が放たれたのだ、気づくなと言っても無理がある。
なので貴族だけでなく平民でさえも聖女が現れたことを知っており、国中に広がりつつある瘴気への不安は安堵へ変わる。
だがそんな中でも王家に不満を持つものは必ず出る。
聖女を召喚したのであれば、早く我が領を癒して欲しい。
被害のある自分の領地こそ一番に来るべきだ。
聖女の恋人に、友人には我が息子、娘を。
まだ聖女の教育が住んでいない時点であるのに、そんなことを言いだす者も多くいた。
そしてその筆頭こそが、教会だった。
聖女召喚に何故自分たちを呼ばなかったのかという勝手な文句から、聖女の教育は自分たちが行うべきだという主張。
これまで聖女を自分たちが崇める神の化身だとそう信じていた教会の主張は激しく、仲がいい訳ではないが、敵対していた訳でもなかった王家と教会だったが、聖女召喚を境に微妙な関係になっていったと言える。
そしてそんな中、聖女召喚に勝手についてきた『おまけの男』の存在は、世間を教会側へと向ける良い材料となった。
聖女とは違い魔法も使えず、言葉も話せず、何の価値もない男。
ならばせめて聖女の国を知るための実験台となればいい。
『おまけの男』が王城で、この国中で、肩身の狭い思いをすればその願いは叶う。
そんな程度の気持ちで『おまけの男』の悪い噂は流れていった。
聖女を常に傍に置き王城内を歩くさまは、一部の使用人から噂を欲しがる貴族家や教会へ流れていき、『おまけの男』の噂には拍車がかかり、酷いものも増えていった。
だからだろう。
今日の夜会で聖女よりもクオンの登場に、皆驚いたと言える。
聖女の叔父だと紹介されたその男性は、まだ少年と呼べるような可愛らしい容姿。
その上自然な笑顔を浮かべ、パートナーとされる女性と親し気に話し、見つめるその目はどこまでも優しいもので、傲慢な様子は全く見えない。
何よりも聖女そっくりなその面。
『おまけの男』など、侮辱する言葉は似合わない程美しい姿形。
何より純真無垢な少年と呼べるほど可憐な青年だった。
登場した『おまけの男』は、とても怠慢で傲慢で醜悪な男になど見えず、聖女と並べばあたりが浄化されているような錯覚まで起きそうなほどだった。
噂を信じ、楽しむように尾ひれを付けて噂を回していた貴族家の顔色は悪い。
聖女の叔父上を卑下し続けていたのだ、瘴気が溢れたとしても自領に来てもらえないかもしれない。
そう考えが行きつくのも当然のことだった。
「聖女様、叔父上様、私は教会で教皇の役に付いておりますリヌスと申します。本日はお披露目会、誠におめでとうございます。心からお祝い申し上げます」
「教皇様、ご挨拶を頂き有難うございます。聖女のアリス・イドウです。どうぞ気軽にアリスと呼んで下さい。実は浄化の魔法についてはまだなれないことも多いので教えていただけると嬉しいです」
「ええ、アリス様、いつでもお声がけ下さい。私に出来ることがありましたら、どんなことでも協力させていただきますよ」
「教皇様、有難うございます。心強いです」
教皇が聖女に礼を取り、会場にいる皆の視線がそちらへと向く。
夜会の場に教皇が自ら足を運ぶなど初めてのこと、その上大司祭も連れての参加は教会が王家と共に聖女を応援すると言っているようなもので、対立も嘘だったのだろうとそう思わせるものだった。
「聖女様の叔父上殿、教皇リヌスでございます。どうぞお見知り下さいませ」
「教皇様、初めまして。僕のこと、クオンと呼んでください、アリスのことどーぞよろしくお願いいたします」
「ええ、勿論でございますとも、聖女様のことは我々が命に代えてもお守り致しますよ」
「皆さん、頼もしーです。ありがとうございます」
クオンが嬉しそうに微笑むと、教皇も後ろに控える二人の大司祭も息を呑む。
成人男性とはとても思えない可愛らしい仕草の上に、聖女に良く似たその笑顔は教会の者には衝撃が強かったようで、息が出来ているのか心配になるほどだった。
「処分は正しかったようだな……」
教皇のその呟きは笑顔の仮面の上でのもの、後ろに控える大司祭にしか聞こえない。
四人いる大司祭のうち、今日この夜会に出席出来た者は二人のみ。
前回の話し合いの際、王城へ顔を出したルキウスとイリスの参加はない。
本日参加の大司祭ユリシスとエリシウスは、彼らが神の国へ渡ったことを知り、当然だと頷く。
妬みや嫉妬、そして自身の出世を望み、あらぬ噂を教皇へ吹き込み、聖女の叔父上を貶めた罪は重い。
それが教会で大司祭の地位に就くルキウスとイリスの仕業なのだ、尚更罪は重くなっただろう。
「……アリス様とクーオン様とは友好な関係を目指しましょうか……」
まずはそこからだ。
聖女の信頼を勝ち得、今後教会へ足を運んでもらえる関係になるのはそれ以降。
そしてその後は……
したたかに状況を判断しようとする教皇の顔には、何かを企む軍師のような笑みが浮かんで見えた。
「アンセル、大丈夫か?」
「……ユーリか……? ああ、何も問題ない、少し疲れただけさ……」
「そうか」
聖女のお披露目会。
要人の警護を受け持つ第三騎士団のアンセルとユーリも、当然騎士として夜会に出席していた。
王城内で聖女召喚が成功し、聖女が教育を受けていることは知っていた。
それに聖女に付いてきた『おまけの男』の噂も聞き及んでいて、なんて酷い男なのだと正直同じ男として見下していたと言える。
なのに……
よりにもよってそんな男がクレオの結婚相手だったなんて……
夜会に登場したクレオを見て、アンセルは自身の目を疑った。
男女。
そんな噂が立つ友人の姿はそこにはなく、ただ一人の美しい女性が『おまけの男』と親し気に歩いていた。
ダンスを踊る姿は可憐で美しく、騎士である体躯を生かし誰よりも抜きんでた踊りを披露する。
そして何より精神的にダメージを受けたのはクレオの自然な笑顔だった。
『おまけの男』に向けるクレオの微笑みはどこまでも幸せそうで……
友人として過ごした期間が長いアンセルには、クレオの想いもハッキリ分かってしまい。割って入りたくてもそれは叶わず。要人の後ろからただ二人の様子を見守るしか出来ず、アンセルの胸は凄く痛んだ。
「クレオに告白しておくべきだったんだろうか……」
「ああ、そうだな……せめて想いだけでも伝えるべきだったかもな……」
今更だが後悔は募る。
騎士学校へ入学した初日。
アンセルはクレオの凛とした立ち姿を見て一目ぼれしたと言ってもいい。
それからは親友のユーリに協力してもらい、積極的にアプローチを始めた。
とにかく話しかけ認識をしてもらう。
クラス内でグループ行動があれば、チャンスとばかりに声を掛け続けた。
そのお陰もあってか、最初は警戒している様子のクレオだったが、訓練で常にパートナーに立候補していれば徐々に心を開いて行ってくれた。
「アンセル、いつも気にかけてくれて有難う、君には感謝しかないよ」
「クレオ……そんなこと言うな、俺たちは友達だろう」
「フフ、ああ、そうだな、友達だ……」
気位の高い猫がアンセルにだけ懐いてくれているようで、優越感のような特別感を感じてもいた。
クレオは侯爵家の娘ということで、婚約者やそれ同然の幼馴染や恋人でもいるのかと探ってみれば、そんな存在などおらず「一番仲のいい異性はアンセルとユーリだ」と言われ、舞い上がった記憶は懐かしい。
でも結婚自体に拒否感があるクレオの心は頑なで、どんなにデートに誘いアプローチを続けてみても、残念ながらアンセルの想いに気付くことは無かった。
王城で騎士となり仕事が順調になればその気持ちに拍車がかかったようで、クレオは「自分は結婚しない」とハッキリ言いきって、父親である侯爵にも報告したのだと笑って報告されてしまった。
だから安心していたと言える。
油断していたと言われても仕方がない。
クレオは誰の者にもならない。
そう信じ切っていた。
それに自分以上にクレオを分かる男などいないと、そんな自負が友人という名の上に胡坐をかいていたのだろう、その想いが怠慢だと気づいた時には遅かった。クレオは何の報告もないままに結婚してしまったのだ。
「アンセル、姉ではなく私が結婚したんだ」
「は……?」
クレオから結婚の報告を受けたあの日の衝撃は、きっと一生忘れることは出来ないだろう。
自分の手の中にある。
そう思っていたのに……
クレオはアンセルの手の平など障害にもせずに、簡単にすり抜けていったのだ。
ショックは大きかった。
「クレオはあんなにも美しかったんだな……分かったつもりでいて、俺は全然分かっていなかった……」
「ハハハッ、それは会場中の男が同じだろう。クレオを見て驚いている者がごまんといたぞ、同僚の騎士の中にもな」
「ああ、そうだな……」
侯爵家の娘でありながら騎士となったクレオはある意味有名人だ。
男女と陰で笑うものや、令嬢のなりそこないだと揶揄う者もいた。
けれどどうだろう、今日のクレオの美しさはとても騎士とは思えぬものだった。
月の女神だと言われれば信じる者がいるほど輝いて見えて、そこらの令嬢など比べ物にならない程に魅力的だった。
それに何よりも、浮かべるその笑顔だ。
常に冷静で感情をあまり表に出さないはずのクレオのあの自然な微笑み。
夫となった『おまけの男』に向ける笑顔にはどこまでも優しいものが浮かんでいて、クレオだと分かっていても別人のように見えていた。
「もう、クレオと共に歩く未来はないのだろうなぁ……」
「……」
可能性があるとすれば、クレオを残し『おまけの男』が国へ帰る時だろうか。
けれどクレオのあの様子を見れば『おまけの男』が帰ってしまっても、誰かと結婚するようには思えない。
つまりアンセルの恋は、叶わぬまま終わりを告げたのだ。
告白していたら……
そんな想いはもう、持つことさえ許されないだろう。
「アンセル、飲みに行くか、俺の奢りだ」
「ユーリ、おまえ明日も仕事だと言っていただろう、飲んで大丈夫なのか?」
「ハハハッ、徹夜は野営で慣れてる。それに仕事も大事だが友人の方がもっと大事だ。お前が吹っ切れるなら丸一日中だって飲み続けてやるさ」
肩を抱く友の言葉に涙が出そうだ。
それを誤魔化すようにアンセルは溜息を吐く。
「ユーリ……おまえ馬鹿だろう」
「はあ? 拗らせ男に馬鹿だなんて言われたくないね。そこは男前だと言って欲しいぐらいだよ、やっぱり奢りは無しにするかな」
「酷い友人だ」
「アハハハ、今頃分かったか」
肩を組み笑い合い、アンセルとユーリは歩く。
もうきっとクレオとこんな風に肩を並べ歩くことは叶わないだろう。
寂しさを感じないと言えば嘘になる。
けれどすべては勇気のなかった自分が招いたことだ。
アンセルは涙を隠し、男の意地でユーリと笑い合った。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
左手の中指が微妙に痛くてキーボードの打ち間違えが多いのですが「栗がある」と書かれていた言葉が「無理がある」で、「野菜の芋」は「優しい物」の打ち間違いで、修正しながら一人笑っていました。
アンセルとユーリは近々クオンと顔を合わせます。




