月見酒
「クレオ、明日休み?」
「ええ、休みですが、どうかしましたか?」
仕事を終え屋敷に戻ってくると、今日も帰りを持っていたクオンに休みの確認をされる。
どうしたの? 何か困りごとか? と心配していると、少し恥ずかしそうな様子でまた声を掛けられた。
「クレオ、お酒付き合って、おつまみ作る」
「お酒ですか? クオンにしては珍しいですね」
「うん、お披露目会、お酒出るって聞いた。僕この国のお酒慣れてない、修行する」
「ああ、そうですね、ですが無理しなくてもいいのですよ、別に飲まなくても良い物なので、手に持っていれば誤魔化しも出来ますし」
「うん……でも、飲みたい」
クオンは元居た世界では普通にお酒を飲む機会があったそうだが、この世界のお酒は度数が強いのか、味が違うのか、少ししか飲めないようだ。
それでも間もなくお披露目会があるため、最低でも乾杯に付き合いたいと、夕食の席ではワインを少しだけ飲むようにしているのだが、今日はおつまみも準備し、クレオと飲みたい理由があったりもした。
「あのね、今日満月、エラに教えてもらった」
「ああ、確かに今日は満月ですね、クオンは月が好きなのですか?」
「うん、月もクレオも好き、どっちも綺麗、凄く楽しみー」
「んんんっ! あー、分かりました。では、今日はテラスで月見酒と行きましょうか、クオンとゆっくりお酒を飲むのも楽しいでしょうから」
「うん、ありがと、準備してくるね」
飛び跳ねるような勢いで、クオンはエラがいるであろうキッチンに駆けて行った。
いつもならクレオをエスコートし屋敷に入るのに、いそいそと屋敷に入る姿はどこまでも可愛らしい。
でも少しだけ寂しいなとも感じてしまう。
クオンとの触れ合いはクレオの癒し。
手を繋げなかったその一回が寂しくて仕方がない。
けれどクオンとのお酒も楽しみで、どんな飲み会になるのかなと想像すると、クレオの口元も緩んでしまう。
「クレオ様、ルナリアをお預かりいたします」
「んんっ、ああ、アルマン、有難う、ルナリアを頼むな」
「はい、お任せ下さい……あの、クレオ様」
「ん?」
「クーオン様はこの日をずっと楽しみにして準備していましたので、その、差し出がましいかもしれませんが、お気持ちを汲んで差し上げて下さい」
「ああ? 勿論だよ、クオンの心は大事にする」
「有難うございます」
アルマンは帽子を取り深く頭を下げるとルナリアを連れ厩へ向かう。
クオンが満月をずっと楽しみにしていたとは知らなかった。
ならば今日はいつもよりも楽しく過ごせるようにしようと、そう誓う。
この屋敷はクレオの実家キンリー家が用意したモノだが、家の主はもうすっかりクオンになっている。
護衛の騎士二人もクオンを弟のように可愛がり、普通なら護衛中に対象者と仲良くなるなどあり得ないのだが、心を開き家族のような近しい存在となっている。
それは当然長い時間を過ごすエラやアルマンも同じで、彼らはクオンを自分たちの子供のように可愛がり、深い愛情があるようだった。
「クオンは本当に不思議な人だ……」
クレオは笑顔を浮かべ自室へ向かう。
テラスでクオンとの月見を楽しむ前に、まずは仕事の汗を流したい。
シャワーを浴び、シャツとズボンといういつものスタイルに着替えようと思ったクレオだったけれど、今日は姉と母が準備してくれたワンピースを着てみようと思いつく。
別にクオンに女性として見て欲しいとかではなく、たまには着てあげないと服も可愛そうだからと自分自身に言い訳をする。
「……まあまあかな……」
クレオがちゃんと着てくれるようにと、母と姉は紺色のあまり派手ではないワンピースを準備してくれた。
自分的には似合っているとは思うけれど、なんだか体がスースーするような、何も着ていないような感じがしてちょっと恥ずかしくて、寒くもないのにストールを肩にかけてしまう。
「クオン、お待たせいたしました」
「クレオ、急いでな……」
そこまで言いかけてクオンが固まった。
やっぱりワンピースは可笑しかったかと、一旦部屋に戻ろうかとクレオが悩んでいると、クオンが拍手を始めた。
「クレオ、可愛い! 凄い、天使みたい! ううん、女神そのもの! すっごく似合ってる!」
「ーーっ!」
目をキラキラさせ、拍手をしながらクオンはクレオのワンピース姿を褒めてくれる。
それが嬉しいけれど、凄く恥ずかしくて、今度は違う意味でワンピースを脱ぎたくなってきた。
「んんっ、有難うございます。その、普段着ですが……」
「ん? クレオ、寒い? 咳してる、月見止める?」
「いえ! いいえ、寒くはないですよ、ストールは念のため持ってきただけです、それに今は熱いぐらいですし……」
「熱い? あー、お風呂上り、熱いね。でも【湯ざめ】だめ、心配、クレオの体一番大事、ストールちゃんと使う」
「はい……あの、有難うございます」
「ん」
本当はワンピース姿をクオンに褒められて頬が熱いだけで、お風呂が理由ではないのだけれど、心配してくれるクオンの様子が嬉しくて、エスコートされながらも口元が緩まないようにと苦労した。
「ジャガイモサラダ、あー、あと焼き野菜のマリネ、それとチキンの蒸し焼き、キッシュとペンネもある。クレオ仕事後だから、お腹空いてるから、ね」
「有難うございます、美味しそうで沢山食べてしまいそうです」
「ほんと? 嬉しい、作った甲斐ある。エラにも色々教えてもらった」
「フフ、クオンは料理にも勤勉なのですね、素晴らしいです」
「えへへ」
クオンが用意してくれたおつまみはどれも美味しそうで、その上体を使い仕事をしてきたクレオのお腹を満たせるようにと、腹にたまるものも準備してくれている。
「クオンの好きなおつまみは何ですか?」
「んー、唐揚げ? 焼き鳥? 【いぶりがっこ】もけけっこー好きだった、こっちでは見ないけど」
「そうなのですね、では今度一緒に街へ行って探してみましょうか?」
「えっ? いいの? 街行ける?」
「はい、お披露目が終わればもう少し自由になると思います。クオンも護衛がいれば外出も可能になりますよ」
「ほんと?! 嬉しい! クレオの育った街、見てみたかったー」
「クオン……その、有難うございます」
買い物に行きたいとか、自由に街を歩きたいとかではなく、クレオの育った街を見たいというクオンの言葉が嬉しくてたまらない。
これ以上クオンに愛着を持つことは危険だと自分でも分かっているのに、それでも傍にいたいと思うのだから、恋とは本当に恐ろしいものだと思う。
「あ、月、綺麗に見える!」
「ええ、本当ですねー。日も落ちて綺麗に見えます、それに今までで一番綺麗な月だと感じますよ」
「僕も、一緒」
クレオの言葉は本当で、これまで月など空の一部。
綺麗であることは分っていてもここまで感動することは無かった。
隣にクオンがいる。
それだけですべてが違って見え、違って感じるのだから面白いものだ。
「あ、あのね、クレオ……」
「どうしましたか、酔いましたか?」
「ううん、あのね……その……」
「?」
いつもよりもワインを多めに飲んだクオンの様子が急に変わる。
もじもじとした様子で頬も赤い。
早々に酔ってしまったのかと心配していると、クオンが小さな箱をクレオの前に置いた。
「これ、クレオに、僕作った」
「クオンが私に? 作ったって……あの、開けて見てもいいですか? とても気になります」
「うん、勿論」
ワクワクした様子を見せるクオンの前で箱を受け取り、クレオはそっと箱を開けた。
そこには何色にも染まらない魔石が入っていて、革ひもと繋がれているペンダントが入っていた。
それが騎士として働くクレオの為に用意してくれた装飾品だと分かり、クレオは驚きが隠し切れない。
「これを、クオンが……?」
「うん、手作り。僕出来ることは少ない、だけど、クレオに何か贈りたかった、ずっと支えてもらってるから、何かしたかった」
「クオン……」
思わず隣に座るクオンを抱きしめてしまう。
本人の了承を得ずに体に触れるなど、騎士として恥ずかしいことだが、嬉し過ぎて勝手に体が動いてしまった。我慢できなかった。
(クオンはどうしてこんなにも、私に尽くしてくれるのか……)
嬉しくて涙が出そうだなんて初めてで、クレオは何も言えずギュッとクオンを抱きしめる。
「クレオ、喜んでくれた?」
クレオの背中をポンポンとクオンが叩く。
エラそっくりなその仕草に笑いそうになって、クレオの涙は無事引っ込んでいく。
「……ええ、勿論です。こんなにも素晴らしい贈り物を私は貰ったことなどありません」
「ほんと? なら良かった、これなら仕事中も平気? 着けれる?」
「はい、着けられます。絶対に肌身離さず着けさせていただきます、それにクオンだと思って大事にします」
「ほんと? 良かったー」
月の下、暫く二人で抱き合った。
恋人のような甘い雰囲気ではなく、友人としての抱擁でしかないけれど、それでもクレオは十分幸せで。
クオンへ向ける想いは、もう止められそうにないと感じた。
こんにちは、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
クレオとクオンの飲み会の話は明日も続きます。
少しはイチャイチャできたかな?




