聖女の願い
「皆さま、初めまして、聖女のアリス・イドウです。宜しくお願い致します」
キーランにエスコートされアリスが部屋に入って来た。
アリスが放つ無意識な光魔力の美しさに、教皇から作り笑みが消え、席から立ち上がり膝をつく。
光魔法を持たないデーヴィッドでさえアリスの美しさが分かるのだ。
光魔法を神の力だと信じる教会の者たちから見れば、アリスはまさに神の化身、女神そのものだった。
「あの、皆さま、どうぞ頭を上げて下さい! っていうか、座って、座って、椅子に座って下さい! お願い、床に頭を付けないで~!」
教会の面々の行動にアリスが焦り出す。
頭を下げられるだけならともかく、親以上に年上の者たちに膝をつかれ、その上地に頭を付けられているのだ。
彼ら的には聖女に対し敬意を払っているだけのことなのだろうが、土下座文化を知るアリスとしては見ていられない、慌てるのも当然だった。
自分を王と同じレベルの存在だとそんな認識が薄いアリスには、ただ恐ろしい光景に見えたのだろう。
デーヴィッドやキーランに助けを求めるような、涙目の視線を向ける。
「教皇、あなた方教会のお気持ちは分かりますが、聖女様を困らせていますよ、本末転倒です」
「……」
キーランの言葉を聞き、教皇がまず顔を上げた。
そこには先ほどまでの歓喜の色は無く、いつもの人を安心させるような教皇らしい笑みが浮かんでいて、何を考えているのか分からないものに戻っていた。
「ルキウス、貴方たちも席へ戻りなさい」
「ですが……」
「聖女様の願いなのですよ」
「……しかし……」
あれだけデーヴィッドを威嚇していたルキウスだったが、アリスの前では借りてきた猫状態。
チラリ、チラリとアリスへ視線を向けると、見てしまったことが申し訳ないような顔をしながらも頬を染め、目が合えば恥ずかしそうに俯いてしまう。
けれどやっぱりアリスが気になるようで、何度も視線を送り、憧れの人を直視できない思春期の少年の姿に戻っていた。
「あの、どうぞ座って下さい、その方が話しやすいですし」
「は、あの、はい、その、し、失礼いたします、聖女様」
直接アリスに声を掛けられ、ルキウスは動揺を丸出しで椅子に座った。
庶子とはいえ、貴族家出身のルキウスがガタゴトと音を立てながら席に着く様は流石に同情するほど哀れだったが、そのことを問いただす者などここには居ない。
他の者たちもルキウス同様。
アリスの笑顔を見て平常心を保てるはずがなく、座ろうとして椅子から転げ落ちる者もいて、アリスの存在になれたデーヴィッドとキーランは、最初の頃の自分達を見ているようで苦笑いを浮かべていた。
「聖女様、王城での生活を希望されているとのことですが、一度教会に来ていただくことは叶いませんか? 満足していただける生活をご準備いたしますが……」
「あの、お気遣い有難うございます。だけど私はここで生活します。また環境が変わるのは嫌ですし、それにデーヴィッドやアイラとはもう友達ですし、色々教えてくれるキーラン先生もここにはいますし、やっとお城の中に自分の居場所が出来たところなんです、だからこのままここにいたいんです」
「……さようですか……」
いつもの笑顔ではあるが、流石にこればかりは教皇の気持ちが分かる。
何故聖女召喚を成功したのが自分達ではないのかと、悔しがっているようだ。
「それに、くう兄が、いえ、私の叔父が毒を飲まされて……デーヴィッド達以外の人を信じられないって言うか、正直ちょっと怖いんです、ごめんなさい」
「……毒……でございますか……」
教皇の笑顔が一瞬だけピクリと引き攣る。
噂はともかくそんな指示などしていなかったのか、驚いているようにも見える。
クオンに毒を盛ったとされるメイドは、とっくに自決している。
そのメイドの採用や繋がりも巧妙に隠されていて、色んな貴族家の繋がりがあるように見せかけているが、王城内で働く教会のスパイが動いていたことはデーヴィッドは掴んでいる。
なので主犯が教会の中にいることは分っているが、まさか今日来ているメンバーの中にその犯人がいるとは思わず、嬉しさを隠すかのように王太子らしい笑顔を浮かべていた。
「失礼、そちらの女性は体調が悪いようですが」
「えっ?」
教会のメンバーに向けデーヴィッドが声を掛けると、一人の女性の肩が揺れる。
男性が中心と言える教会内で、女性でありながら大司祭の祭服を着ている女性。
手に入れた情報では前教皇の娘イリスだと聞いている。
彼女も光魔法を持つ身であり、前教皇の娘として大切に育てられた女性。
聖女が来るまでは彼女こそが聖女の生まれ変わりだとちやほやされていたとも聞いている。
(だからと言って何をしてもいいことにはならないが……)
本物の聖女の降臨が許せなかったのか。
それとも聖女である女性におまけの男が付いてきたのが許せなかったのか。
平民相手なら何をしてももみ消せる、そう思ったのかもしれない。
だが詳しく調べもせずクオンに手を出したことは許されることではない。
震えるイリスに追い打ちをかけるように、デーヴィッドはキーランへ視線を送り、クオンが魔力を抜いた魔石をこの場にいる皆に見せつけた。
「こちらは聖女様の叔父上様が魔力を抜いた魔石です。見て下さい、何の混じりけもないこの透明な色を……聖女様の叔父上様の能力については今はまだ調査中でございますが、この魔石にはどの魔力も注ぎ込むことが出来ます。勿論聖女様のお力もです」
アリスとクオンの家庭教師であるキーランがそう言ってアリスの魔力の入った魔石を掲げる。
一般的な火の魔石。
だがそれが光魔法の魔力が籠った魔石となれば話が違う。
その上聖女の魔力という輝かしいものが入っているのだ、教会の面々から「おおー!」と感嘆の声が漏れるのは当然。中にはギラギラした目を向ける者もいた。
「皆さま、聖女様もその叔父上様も、騒がれることのない平穏な日々をお望みです。ですから叔父上様の能力についてはここだけの話、他言無用でお願いいたします」
毒を盛られた話があった後だからだろうか、教皇を始め皆が異論無く頷く。
それも当然、他国にこの情報が知られればクオンが攫われる未来しか見えない。
まだ秘められた能力もあるかもしれないという可能性がある以上。
ここにいる者たちが他国へ情報を売ることは無いと思いたかった。
「来月、聖女様のお披露目会の夜会を開きます。その席には勿論聖女様の叔父上様も参加いたしますが、彼の方はまだこの国の言葉に乏しく、意思疎通が難しいため、出来るだけ接触は避けていただくようお願い致します」
そんな、あり得ない! 王家ばかりがズルい! と声が上がるのを見て、アリスが立ち上がり頭を下げた。
「皆さん、どうかお願いします! 皆さんの力で私の叔父を守って下さい! 代わりに私は何でもします! だから、どうかお願いします! 私の大切な叔父なんです……傷つけないで……」
聖女様に願われて否だと言える者がいるはずがない。
それも涙を流しての懇願だ、騒いだ者たちの顔に後悔が浮かぶ。
「畏まりました、聖女様、あなたの願いは必ずお守りいたします」
「本当ですか?」
「ええ、勿論ですとも」
聖女に安堵の笑みが浮かび、それを見て教皇も笑顔で頷き、必ずお守りしますと誓う中、大司祭イリスの顔色は酷い。
自分の行動の恐ろしさも、そしてこの後に起こるであろう現実も、やっと理解できたようだった。
今更だとしか言えないが……
「さて、教皇、彼の方の噂と、毒の件……心当たりがある者がこの場にいるようですが、教会としてはどう落とし前を付けられますか? 聖女様を泣かせるほどのことだったのですよ」
「……」
アリスが部屋を去ってすぐ、デーヴィッドは教皇に問いかけた。
聞かなくても犯人は分かっている。
こちらで裁いてもいい。
そう遠回しに言ってみたのだが、教皇はハッキリと分かったようだった。
「ええ、嘘の噂を流した者、そして聖女様の叔父上様を傷つけた者……教会の法に合わせきつく罰するとこの場で約束いたしましょう。ことと次第によっては私の手で神の身元に送る可能性もありますが、その際は聖女様には伝わらないよう厳重に注意いたします」
「そうですか、それは安心いたしました」
教皇の言葉を聞き、ルキウスとイリスの体が震える。
信用していた部下に嘘の噂を聞かせられていたのだ、優し気な笑顔の裏には教皇の怒りが見えるようだった。
もっと早く聖女とおまけの男の本当の関係を知っていたならば、教会は逃げ場として男であるクオンを手に入れられていたかもしれない。
それどころか聖女の信頼も勝ち得て、教会に頻繁に足を運んでもらうことだって出来ただろう。
いや、クオンが教会の生活を気に入れば、聖女も共に移動した可能性だってあったはずだ。
だがクオンが襲われたことで、それは永遠に叶わなくなった。
その上クオンには今も尚、悪い噂がずっと付きまとっている。
アリスに教会を信用しろと言うのが無理だというもの。
教会への訪問を断られるのも当然だった。
話は終わったと、笑顔で退席を願う教皇の怒りは、デーヴィッドが想像する以上のものに感じた。
「キーラン、これで一段落だろうか……」
「ええ、そうなって欲しいところですが、教皇はきっと聖女様を諦めないでしょうね」
「そうだな……クーオン様も今度は違う意味で狙われるだろうしな……」
「ええ、その場合、容赦はしませんが……」
キーランの呟きを重く受け止め、今後も教会を、いや、あの教皇こそを警戒し続けるとデーヴィッドは心に誓った。
こんにちは、夢子です。
昨日の続き後編ですね。
ルキウスとイリス。
ルキウスはキーランの代わりに聖女の家庭教師になれた夢が消え、イリスは王女アイラのような聖女の親友になることは叶わなくなりました。
折角名前を付けたのに、残念、二人とも退場です。




