王太子デーヴィッドとリヌス教皇
ウィズダム国の王太子、デーヴィッドの顔には今緊張が浮かんでいた。
冷静沈着で感情の起伏が見えない様から、多くの者たちに氷の王太子と呼ばれるデーヴィッドだが、ここ最近は聖女アリスのお陰もあってか、その面影は残っていない。
国王である父がある原因で表舞台に立てない状態になったことで、重責を背負い笑うことなど忘れていた時期もあった。
けれど聖女アリスの傍はどこまでも温かく。
張りつめていた空気が緩和され、昔の自分を取り戻せたようだった。
だからこそ、今日の戦いは負けるわけにはいかない。
アリスの為、そしてクオンの為、相手がどんなに巨大な者であっても負けるわけにはいかず、デーヴィッドは執務に忙しい中で王城を騒がせた敵を徹底的に調べ上げ、今日この日を迎えたのだ。
「リヌス教皇、ようこそお越し下さいました」
教会のトップ、リヌス教皇の登場に王城の文官たちに緊張が走る。
皆貴族として心の動揺を隠そうとしているようだが、それは上手く行ってはいない。
リヌス教皇の顔を直接見ることが出来るなど稀なこと。
年一度の新年の祝い際、祈りの時間にだけ顔を見せるリヌス教皇が、デーヴィッドの呼び出しを受け王城に来ている。それだけ今日の会議は重要で特別だと分かるものだった。
「……デーヴィッド殿下、聖女様はどちらでしょうか? 本日は聖女様とお会いすることが叶うと聞いてわざわざ足を運んだのですが?」
大司祭であるルキウスが教皇の代わりに返事を返す。
その返事は挨拶でも何でもなく、ただただ「聖女はどこだ」と問いただすもの。
まだ王太子でしかないデーヴィッドを、教皇よりも下に見ていることが分かる行動だった。
「聖女様は後から参ります。まずは私との話し合いの場についていただけますでしょうか?」
「はっ? 話し合いも何も、我々の主張は変わりませんよ。聖女様は神の化身、身を置くべき場所は教会のみ。王城が聖女様を幽閉している以上、我々は王家と縁を結ぶつもりはありませんよ」
大司祭ルキウスがとても神の下に仕える者とは思えない笑みをデーヴィッドへ向ける。
聖女召喚が叶ってからというもの、あからさまに王家を敵視している代表がルキウスだった。
「大司祭、そんなことを仰って宜しいのですか? 王城に残るという希望は聖女様のもの。それに聖女召喚に成功したのは私たち王家です。それは世間も知ること、今無理に聖女様を教会へお連れすれば横奪したと思われかねませんよ」
「何を言うのです、横奪など、神を汚すおつもりですか!」
怒るルキウスの前そっと教皇が手を出した。
そして小さく首を振る。
たったそれだけの仕草だが、それは教皇らしい重さのあるものだった。
「ルキウス、やめなさい」
「で、ですが、リヌス教皇、これ以上勝手なことをされてはーー」
「黙りなさい」
「……」
まだ我慢できないと言った様子のルキウスを教皇がまた止める。
そして教皇はデーヴィッドへ視線を向けた。
「殿下、聖女様が本当に王城に残りたいと、そう仰っているのですね?」
「はい、嘘ではありません。何でしたら後で聖女様に聞いていただいても構いませんよ」
「そうですか……分かりました……」
そう答えると教皇はやっと席へ着く。
ルキウスは納得していない表情を浮かべているが、教皇の前言いたいことを飲み込んだようだ。
瘴気が増えつつあるこの国で聖女召喚は願いであり、希望であり、大きな事業でもあった。
教会は勿論聖女召喚に向け動いていたが、それは王家も同じ。
父が臥せっている状況の中、聖女召喚は早急に達成したい願いでもあった。
そして今回奇跡に近い聖女召喚を成功した功績は、前聖女の血を引くガルデン公爵家のキーラン・ガルデンの力があっての物。
彼の魔法力と、ガルデン公爵家で見つかった前聖女の手記。
それがあったからこその成功だったのだが、教会としては成就を奪われた形に近かったのだろう。
いや、世間の良い笑いものになったと思っているのかもしれなかった。
それに前聖女は教会に身を置いていたのだが、当時の第二王子と恋に落ち結婚してしまった。
だからだろう、その頃から王家と教会の間には見えない壁がある。
そんな中での聖女召喚の成功。
その上手を貸した人物が、教会から聖女を奪ったガルデン公爵家出身のキーラン。
目の敵のように睨まれるのは仕方がないのかもしれないが、国の事情に大事なアリスを巻き込むわけにはいかない。
それにクオンのこともだ。
悪い噂を流した者は教会にいる。
その事実を公にするため、今日デーヴィッドは教皇と向かい合っていると言えた。
「それで殿下、本日のお話とは?」
落ち着いた様子の教皇の言葉に、デーヴィッドは負けてはならないと王太子として笑顔で対応する。
「はい、実は聖女様の魔法教育が無事に終わりました。ご本人もやる気になっておりますので、来月には瘴気の排除へ向け各地へ足を運んで下さるそうです」
「ほう、そうなのですか……聖女様の教育が終わったのですか」
「ええ、ガルデン公爵家の協力あってのことですよ」
デーヴィッドの言葉を聞き、教皇に付いてきた者たちから「おお」と小さな歓声が上がる。
王家と対立していると言ってもいい教会の者たちだが、国を想う気持ちと国民を憂う気持ちは同じらしい。
だがルキウスだけは違う、あからさまにデーヴィッドを睨みつけている。
彼もまた前聖女の血を引いている者。
光属性の魔力持ちだが、ただその力はキーランには遠く及ばない。
それに黒髪、美丈夫なキーランとは違い、茶色の髪のルキウスには聖女の面影が全くなく、容姿も一般的だ。魔力も貴族としてギリギリ、その程度だった。
それにキーランとは「はとこ」の関係にはなるのだが、生まれた地位も立場も全く違う。
公爵家の跡取りであるキーランと伯爵家の妾の子であるルキウス。
彼が教会に預けられた理由も、その望まれない生まれからだった。
なのでキーランの功績を快く思わないことも当然なのだが、顔に出してしまう時点で彼のこれ以上の出世はないだろうと分かる。それでも教会に四人しかいない大司祭になれたのだから、裏作業は感心するレベルなのだろう。
「それと……聖女様の叔父上についてなのですが」
「聖女様の叔父上……ですか?」
「ええ、そうです、叔父上です」
「……」
デーヴィッドが話題を変えクオンの話へ持っていくと、教皇の顔に少しの動揺が浮かび、教会のメンバーや王城の一部の者からはざわりと疑問の声が上がる。
叔父とはいったい誰だ? 声を上げた者たちの顔にはそんな疑問が浮かんでいた。
「一部では『聖女様に付きまとう迷惑な男』がいると噂され、その男が聖女召喚の『おまけの男』だとそんな噂が出回り、彼には全く非がないにもかかわらず、他にも色々な悪い噂が流れていたのですが、その方は聖女様の叔父上、聖女様が深い愛情を向ける方でもあります。ああ、勿論家族としてですが……」
「家族……?」
「ええ、それほど親しい仲なのですよ」
「親しい仲……」
教皇が深い声で呟いた。
きっと教皇に伝えられていた情報でもクオンは『おまけの男』扱い、聖女の召喚に無理矢理ついてきたのだと、そう聞かされていたのだろう。
だがらこそ聖女を想い、犯人はクオンの悪い噂を流した。
そして『おまけの男』を聖女からも、王家からも離し、教会が手に入れる。
人体実験ではないが、別の世界から来た人間はどんなものなのか興味がない者などいないだろう。
その上クオンは魔法が使えない人間だ。
魔力が殆どない平民、勝手にそう勘違いされても仕方がない。
そんな男がまさか全ての魔法が使える聖女の身内だとは思わず、「悪」だと勝手に決めつけた可能性は高い。
デーヴィッドが室内にいる者たちを見渡せば、それぞれ青い顔だったり、俯いたりと後ろめたいことがあるようだった。
そんな中教皇は相変わらず何を考えているのか分からない笑みを浮かべ、その横にいるルキウスは最初の勢いは消えていて真っ白に近い顔色になっていた。
「それで、その方はどこに?」
教皇はクオンの姿が王城から消えたことも把握しているのだろう、『おまけの男』の噂のことは流し、在り処を聞いてきた。聖女の叔父なら必ず手に入れたい、教皇もそう思っているようだった。
「はい、良い出会いがあり結婚し、今はその家の婿養子に入って幸せに暮らしています」
「結婚……? そうなのですか……?」
「ええ、幸せな結婚生活の様ですよ、先日も自慢されました」
「ほう……」
教皇の静かな返事とは反対に、部屋の中では「勿体ない」や「勝手に」などとそんな声が上がっている。
ざわめく応接室内、デーヴィッドは教皇と視線を合わせる。
余裕あるその笑みと、周りの言葉を気にしてもいない様子。
教皇はどこまで知っていたのか……
犯人を知るデーヴィッドだったが、彼の心だけは読めなかった。
こんにちは夢子です。
皆さま台風の被害は大丈夫でしょうか。
どうぞお気をつけ下さいませ。
この話長くなってしまい二話に分けました。
クレオとクオンのイチャイチャではなくて申し訳ありません。




