聖女召喚
大音久遠を包んだ眩い光が消えたとか思うと、ワー!と大きな歓声が上がり姪っ子を守るように抱きしめた。
ドッキリ? 撮影? 友達からのサプライズ?
そんな思いが久遠の頭の中を過ったけれど、目を開け周りを見回せば、そこは今までいた場所とは違うと気づき、久遠は理解する。
もしかしてこれが異世界転移ってやつなのか? とーー
『聖女様、ようこそおいで下さいました』
胸の中抱きしめている姪っ子に、この場で一番キラキラした青年が話しかけてくる。
アニメの中か、映画の中にいるような非現実的な美男子が姪っ子を見て頬を染め笑顔を浮かべる。
英語でもフランス語でもない、聞いたことのないその言語。
青年の容姿にはピッタリの言語だと思えるが、久遠には何を言っているか分からない。
けれど「聖女?」と呟いた姪っ子の言葉で大体の状況が理解できた。
姪っ子はどうやら聖女様らしい。
だったら自分は何なんだ?
そんな疑問と少しの恐怖が胸の中に広がり、姪っ子を抱きしめる腕に力が入ってしまう。
『はい、あなた様は我々が待ち望んでいた聖女様でございます。聖女様、どうぞ、迷いし我らのためにそのお力を発揮し、輝かしい未来をお授け下さい』
「「……」」
青年の声掛けが終わると、場内にいる皆が一斉に姪っ子に向け膝をつき頭を下げた。
久遠には言っている言葉は分からないけれど、彼が言っている意味は分かった気がした。
姪っ子は確実に聖女だ。
そしてどうやら異世界に聖女召喚されてしまったらしい。
つまりそれに偶々ついてきてしまった自分は、『おまけの男』でしかないようだ。
これから自分はどうなる?
何者でもない久遠の不安は大きなものになった。
「くう兄、私もうすぐ誕生日だよ、花の十六歳。お祝いに何か御馳走してよ、ねえ、良いでしょう?」
「ありす、お前ねー、自分で花の十六歳とか言うかねー」
「えへへ、本当のことだしー」
久遠には一回り年の離れた姉がいる。
その姉の娘井道ありすは、生まれた時から知っている可愛い姪っ子。
高校へ入学し、すっかり年頃の少女となったありすは、そろそろ久遠からも距離を置くだろうと思っていたが、そんな心配は杞憂だった。
「くう兄、私ね、オシャレなレストランとか行ってみたい」
「オシャレなって……ありす、お前ねー、そういうことは彼氏にとっときなよ」
「彼氏なんていないしー、くう兄が居れば必要ないもんねー」
可愛い姪っ子は今日も可愛く久遠に甘えてくる。
仕方がないなと言いながらも、嬉しくってちょっと鼻の下を伸ばしつつ、ありすと「オシャレなレストラン」へ食事に行く約束をした。
そして当日。
待ち合わせの場所に行ってのこの事件。
本来ならば拉致や誘拐を疑うところだが、そこはいろんな知識を持つ国民性。
すぐにこの不思議な状況を判断できたのだが、久遠はそこで自分が本当にただのおまけであったと悟った。
『つまりこちらの方は聖女様の叔父上様であらせられるのですね?』
この国の王太子だというハリウッド映画にでも出てきそうな青年が、ありすを羨望の目で見つめ何かを問いかける。
姪っ子に恋心を向けているような視線はちょっとばかし腹が立が、そこを突っ込む余裕が今の久遠にはない。何故なら言っている言葉が全く分からないからだ。
『そうです、くう兄ちゃんは……いえ、久遠おじさんは私の大事な叔父さんなんです。だから酷い扱いとか絶対にしないで下さい、そんなことをする国の為に働くなんて私無理なんで!』
『勿論でございます、聖女様。そもそも聖女召喚に巻き込んでしまったのはこちらの都合、クーオン様には出来るだけのことはさせて戴きますし、聖女様と同じ待遇を約束させていただきます』
『本当ですか?! あー、良かったー』
姪っ子のありすには聖女特典が付いていたようで、この国の言葉が問題なく使え、久遠の通訳役を引き受けてくれた。
それに目の前にいる王子様という青年に、久遠の立場も話してくれて、城から追いだしたり、無体を働いたりしないようにと、聖女なありすがお願いもしてくれた。
(言葉が話せないって辛いなぁ、良い大人が子供な姪っ子に守ってもらってるみたいで情けない……)
本来ならば、急に世界が変わって不安になっている姪っ子を安心させるのが自分の役目。
それなのに言葉が分からないからといって、すべての対応をありすに任せていることが久遠には情けなくて仕方がなかった。
「ありす、王子様に言葉を教えてくれる先生を紹介してって言ってくれるか?」
「うん、分かった、私も色々と教えてくれる先生欲しいし、頼んでみるね」
王太子デーヴィッド・ウィズダムはいい人だった。
悪い国に飛ばされ搾取される聖女の話もあるだけに最初は警戒していたけれど、ありすが慣れるまでは何もしないと、聖女の仕事を強要されることもなく、城での生活は思ったよりも快適だった。
ただそれは聖女だから受けられる待遇。
おまけでついてきた男が聖女と同じ扱いを受け、その上何も特別な力を持たないとなれば、「あいつは何者だ?」と周りからは疑問が浮かぶ。
王城の中、自分へ向けられる視線が怪訝なものになって行くのを久遠は感じた。
そしてそんなある日、久遠の食べ物の中に毒物が入れられる。
「くう兄! くう兄!」
目を覚ませばありすの泣き顔が近くにあり、王太子のデーヴィッドの困り顔が側にあった。
「くう兄を危険に晒すこんな場所、もう居たくない!」
泣き続けるありすの頭を「大丈夫」と言って撫でる。
普段泣き言を言わない明るいありすが泣いている姿を見れば、かなりの心配をかけたことが分かり申し訳なくなる。
まだ魔法の使い方も満足に分からないはずのありすだったが、倒れた久遠を見て聖女の力を使い癒そうと思ったそうだが、残念ながらそれは出来なかった。
それはありすの力が足りなかった訳ではない、ありすはやはり聖女様だといわれる輝きを放ったが、『おまけの男』である異分子の久遠にはその魔法が効かなかった、それだけだ。
『ディー、城から出て暮らせる場所を用意してくれる? 私とくう兄はここから出る、もう絶対に嫌! 誰も信じられない!』
『アリス様……』
ありすの言っていることは言葉が分からなくても大体想像がついた。
きっと久遠のために城から出ると言ってくれているのだろう。
ありすの気持は有難いがデーヴィッドの困り顔の理由も分かった気がした。
『あー、王子? 私、話、したい』
『はい、久遠様、何なりとお話し下さい』
『違う、君、全部、話す、ありす、僕、大丈夫』
『えっ……? あの、それは、その、私が知っている事情をこの場で話せ、ということですか?』
『そう、話す、僕たち、あー、平気? ありす強い』
『クーオン様……』
自分の身を守るためには、自分たちの置かれている立場をきちんと理解しなければならない。
たぶんデーヴィッドはありすや久遠に心配をかけないようにと、国の詳しい事情を伝えなかったのだろう。
だがそれはかえって久遠たちを危険に晒すということ。
何も知らないまま動けば、また同じようなことが起きる。
ありすにも協力してもらい久遠の気持ちをデーヴィッドに伝えれば、デーヴィッドはチラリとありすに視線を送った後、渋々だが頷いてくれた。
『実は聖女召喚はこの国の、いえ、この世界の希望でもありました……』
デーヴィッドから聞いた話は、周りに敵ばかりいるとても危険な状況だった。
『まず、聖女召喚が成功されたことでこの国は他国からの羨望を集める形となっております』
ありすに通訳を頼みながらデーヴィッドの話を聞いて納得をする。
聖女召喚、それは奇跡に近いもので、他の国も挑戦してみたが今まで成功した国はほとんどない。
そんな中この国は聖女召喚に成功し、その上おまけまでついてきた。
聖女召喚だけでも百年ぶりの成功。
その上おまけが付いてくるなど初めてのことで、久遠にも密かに注目が集まっていた。
『アリスは女神の分身、手を出すような愚か者はおりません。ですがクーオン様は別、どんな人物なのか興味を持って接してくる者は絶えないと思います』
聖女の意志を無視し無理矢理連れ出すことなど出来なくても、おまけを手に入れたいと思う国は多く、その上聖女とこの国の対立も望んでいる者も当然いて、久遠に毒が盛られたのではないかという。
「ああ、だから軽い毒だったのか」
「くう兄?」
「だって本当に俺が邪魔だったら即死の毒を使うだろう?」
「……うっ、確かに……」
聖女の気持ちがこの国から離れるには久遠に毒を盛るのは一番効果がある。
それに聖女の力も、おまけの力も知ることが出来る可能性もあった。
『神殿も、聖女様は我々にこそ必要で相応しい方だと訴えておりまして……』
当然国内にも敵はいる。
王家を良く思わない貴族や、何より厄介なのは聖女を自分たちの崇める相手だとそう思っている神殿だ。
『聖女とそのおまけを寄こせと、神殿側からは遠回しに言われております』
聖女が王家を信用できなくなれば、自分たちの下に必ず来ると神殿側は思っているようだ。
「今まさにその状況だもんなー。ありす、城の人たちに不信感が溜まってるだろう?」
「うん、もう誰も信じられないって思っちゃった。でも事情を知らないで私たちが自由に動いていたから簡単に狙われたって可能性はあるよね。周りの人はみ~んなディーみたいに良い人だって思ってたし……」
「そうだなー」
王城内にも敵がいるなんて、平和な世界にいた久遠は思いもしなかった。
だから「好きに過ごしてほしい」とデーヴィッド言われた言葉を鵜吞みにし、そのまま本当に自由に過ごしていた。
ありすと初めての異世界を楽しもうと、城内にある図書室へ行ったり、豪華な庭を歩いたり、異世界生活を楽しんでいた。
今回のことだって東屋で過ごしている時に出された差し入れを喜んで食べたからの事件。
情勢を知らなかったとはいえ、自分たちのうかつさに改めて異世界に来た怖さを感じた。
(体も鍛えるべきだな……)
久遠は子供のころ空手を習っていた。
一応初段は持っているので、身を守る助けに少しはなるかもしれない。
学生時代はバスケに夢中になり、それなりに筋力もついてはいたが、社会人になった今はランニングしかしていないため、この体では誰かと戦うどころか逃げることも出来ないだろう。
最低限身を守れる体に鍛え上げなければ、ありすの邪魔になるどころか足を引っ張ってしまう可能性が高い。
それに何より簡単に毒が盛られたことで、死が近い場所にあることを強く感じさせられた。
『あと、その、クーオン様の見た目も、ですね……』
「えっ……?」
「見た目?」
『はい、クーオン様は聖女様に良く似ていらっしゃいますし、その……少年のような可愛らしさと大人びた妖艶さが魅力的過ぎて、危険視するものも多くて、ですね……』
「は?」
「えええ?!」
黒髪という時点で、この国では珍しい容姿。
その上久遠は元居た国でも童顔のため、この国ではもっと若く見える。
下手をしたらありすと同じぐらい、十代に見えるらしい。
けれど久遠のその所作は大人のものであり、紳士的なもの。
その上国民性から誰にでも「ありがとう」と笑顔で答える久遠は、可愛い小動物のように映るらしい。
同性婚も当たり前のこの世界では、相当魅力的な青年に見える久遠。
そして久遠には聖女のおまけという不可価値まである。
聖女には手は出せないが、おまけならいいのではないか?
そんな心理が生まれるのも当然で、久遠はいろんな意味で注目を浴びていた。
「嫌悪感はないけど……俺は同姓は無理……」
無理矢理押し倒される可能性もあると理解した久遠は、知らず知らずのうちに自身の体を抱きしめ身震いをする。
まさか異世界に来て同性からも恋愛対象にみられるとは……
いや、きっと珍しい玩具に見られているんだろう。
久遠はぞくぞくとする体を支えるのが精一杯だった。
「王太子殿下、私たちに味方を下さい!!」
言葉が通じないことも忘れ、久遠はデーヴィッドにそう強く願う。
まさかそれが自身の結婚に繋がることになるとは……
この時の久遠は想像もしていなかった。
こんにちは、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
色々とあって少し気持ちが沈んでおりましたが、皆様の温かい応援のお陰で気持ちが浮上致しました。
ブクマ、評価、いいね、など、本当にいつも有難うございます。
今年は出だしから体調不良や怪我(痛み)が多く憂鬱な日もありましたが、皆様に元気を頂きました。
痛みがあって満足に動けないことで夢の国が遠く、行けない悲しさに沈んでおりましたがどうにか頑張れそうです。w
皆様も体調にはお気を付けくださいませ。




