父からの呼び出し
クレオ・キンリーは由緒正しい侯爵家の次女として生まれながら、騎士になった変わり者である。
幼いころから背が高く、動くことが大好きだったクレオは、自宅にいる騎士に習い剣を覚えた。
始め、父や母は「侯爵家の娘が……」と良い顔をしなかったけれど、剣の才能があったクレオのことを当時まだ当主だった祖父が応援してくれて、その上、国王陛下が「いずれ娘か、息子の嫁となる者の護衛になってくれたらいい」と笑って喜んでくれたことで、クレオの騎士になる道は決まったと言える。
男性ばかりの騎士学校を優秀な成績で卒業し、無事王城の騎士となったのは十八歳の時。
力では男性騎士に敵わないところは当然あるが、それでもクレオは男性騎士皆が一目置いている存在。
クレオは何より泣き言ひとつ言わない努力の人だった。
それに彼女の騎士としての素早さや、状況判断の良さ。
そして侯爵家出身とは思えない親しみのある人柄の良さが、文句のつけようがない女性騎士だと呼ばれるようになった理由だった。
そんなある日、クレオは父に呼ばれ寄宿舎から自宅へ向かった。
実家の侯爵家に着くと、ドレスに着替えることも無くすぐに父の応接室に呼ばれた。
何となくだが呼ばれた理由がクレオには分かる。
騎士の身分でも上の立場にいるクレオには、王城内の情報は入りやすい。
当然詳しいことはさらにその上の上層部にしか分からないが、今王城内を賑わせている噂はたった一つ。
聖女召喚に付いてきた『おまけの男』その話だろうと思った。
「父上、お久し振りです」
「ああ、クレオ、久しぶりだな……うん、ますます騎士らしくなったのではないか……」
「有難うございます。お褒めの言葉と受け取らせていただきます」
「……うん、そうだな……」
苦笑いの父の執務室には、母と姉まで揃っていた。
そんな普段ではありえない状態に、クレオは自分の想定に確信を持つ。
(家族勢ぞろい……嫌な予感は正しいか……)
クレオの姉オーロラはキンリー侯爵家の跡取り。
結婚予定だった婚約者が病気で亡くなり、今は別の者と婚約中。
年齢は二十四歳と適齢期を過ぎてはいるが、その美しさと地位の高さで結婚相手探しに不自由はしなかった。
その上、姉はもう間もなく結婚とあって美しさが際立っている。
結婚間近の今でさえ釣書が届くのだというのだから尊敬しかない。
姉妹なので当然クレオとオーロラは顔つきが似ているが、姉は母に似て華奢で女性らしい体つきだ。
父似で背も高く大柄で肩幅もしっかりとあり、中世的な顔立ちのクレオとは別の生き物のよう。
なので当然母も華奢な美人。
同じ家族の中、同じ女性であっても、クレオだけが異物の様だった。
「クレオ、よく来てくれましたね……貴女騎士になってだいぶ経つのだし、もう少し自宅に戻ってきてもいいのではなくって?」
「母上、ご無沙汰しております。私は未だに未熟の身、忙しく中々戻れず申し訳ありません」
「もう、クレオ、お母様は謝って欲しいのではないのよ、貴女の顔を見たいだけなの。だからもう少し頻繁に帰ってらっしゃいよ、貴女がいないと私だって寂しいわ」
「はい、姉上、有難うございます。是非そうさせて戴きたいと思います」
社交辞令のような挨拶を姉と母と交わす。
騎士になってしまったクレオはもう、家族に対する甘え方を忘れてしまった。
子供のころのように「お母様」「お姉様」と呼ぶことはもう二度とないだろう。
クレオは既にキンリー家を出た身。
騎士爵位を賜った時点でそう自覚している。
笑顔ながらもどこか距離があるクレオに対し家族が少し寂し気な様子を見せるが、クレオは騎士学校に入り家族と離れていた時間が長かったため、家族のそんな様子に気付きはしない。
人に頼ることが苦手で不器用なクレオは、自分自身でさえ己の心に気づいていない程。
当然家族とどう接していいか分からない状態だった。
「それで父上、お話とは?」
部屋に漂う気まずさを無くすため、クレオは父に話しかける。
さっさと本題を聞き出し寄宿舎に帰りたい、そんな思いもあった。
「ああ、そうだ、話だな……クレオ、王城で聖女召喚があったことはお前も知っているな?」
「はい、知っております、それが何か?」
「ああ、実はな聖女様には一緒に付いてきた人間がいるんだが……」
「はい、そちらも存じております」
「そうか……なら話が早いな……」
父の言葉を聞き、クレオはやはり『おまけの男』の話かと納得をする。
『おまけの男』は噂で聞く限り我儘で怠慢な男だそうなので、侯爵家からの支援や、待遇の確保など、王家を通し無理難題を押し付けてきたのかもしれないと想像する。
そんな男ならば「自分に付く護衛は女でないと嫌だ」とそんなバカなことを言っている可能性もあるだろう。
クレオは「はい」と答えながらも、目の前にいる父の様子を伺う。
もし受け入れがたいことや、納得できないことを言われたら、キンリー侯爵家の籍から抜けると言って断ろう。クレオはそんな決意を持っていた。
「実はお前にその方とのお見合いの話が出ている……」
「は? 私に見合い? ですか? あの、姉上ではなく?」
「そうだ、クレオにだ……」
「……」
騎士でなくても、女性として全く可愛げのないクレオに対しお見合いの話が出るなどいつぶりだろうか、意味が分からない。
それも相手は聖女に付いてきた『おまけの男』だという。
一体どんな怪しい話なのかと、対価は何なんだと、クレオの顔に怪訝なものが浮かぶ。
「オーロラにはもう婚約者がいるだろう、それにあの方の希望と陛下の希望に添える相手はお前ぐらいしかいない……これは王命ではないが王命に近いものだと受け取ってくれていい」
「……王命……」
「そんな、酷いわ!」
「そうですわ、あなた、絶対に断ってください!」
高位貴族の夫人と令嬢である母と姉も『おまけの男』の噂を知っているのだろう。
予想外の父からの提案に二人とも怒りを覚えたようだ。
大事な娘を聖女に付きまとい横柄に振舞う男に嫁がせねばならない、そんなこと許せるはずがないと、母と姉はクレオの代わりに怒ってくれる。
「お前たちは黙りなさい、今はクレオと話をしている」
「ですが、あなた、これは余りにも酷い話ではないですか」
「そうですわ、お父様、こんな話は断り一択ですわ」
「……」
怒る姉と母の気持ちは有難い。
だがクレオはどこまでも冷静だった。
この父がキンリー侯爵家に有益でない結婚を決めるはずがない。
それも独身でいると父には宣言してあるクレオに対する見合いの話。何か裏があるのだろうとすぐに気づく。
このお見合いが王命ならば、この話は既に決まっているも当然。
クレオは何故自分にこの話が来たのか理由を知りたいと思ったし、知ったら後戻り出来ないことも理解していた。
「……父上、その方の希望という名の条件をお聞きしても?」
「ああ、あの方はまず結婚相手は二十歳以上の女性であることを希望していた」
「二十歳以上……?」
高位貴族の娘でなければ嫌だとか、髪の色や瞳の色にこだわりがある訳ではなく、適齢期後半の二十歳以上という不思議な要望。
クレオの頭には疑問符が浮かんだが、それを隠したまま頷くと父の言葉を待った。
「ああ、結婚のお相手には第一王女殿下ではどうだという話もあったのだが、その条件でそれは消えた。王女殿下は十六歳だからな、あの方は無理だと仰っていたそうだ」
「……無理? ですか?」
理由は分からないが、『おまけの男』は婚期ギリギリの女性が良いらしい。
この国では十代後半で結婚するのが当たり前。
十六歳と言えば花の咲く頃。
無垢な乙女を希望する男性に一番望まれると言ってもいい歳だ。
姉の場合、婚約者に不幸があったから婚期が遅くなったが、そうでなければ今頃は姉もとっくに結婚もしていて、子供もいただろう。
そんな中、二十歳以上の女性で『おまけの男』に釣り合う高位の貴族令嬢となればクレオぐらいしかいないのも頷ける。
納得しかかっているクレオに向け、父は陛下の希望も話し始めた。
「陛下としては出来ればあの方には王城に残っていただきたかったそうなんだが……残念ながらそれは叶わなかった……お前たちも聞いている噂のせいでな……」
「ああ、王城に流れるあの噂ですね?」
「ああ、そうだ。あの方が怠慢だとか傲慢だとか、そんな噂は真っ赤な嘘だ。聖女様の召喚を成功させたこの国への当てつけか、聖女様が欲しい教会の圧力の可能性もあるだろうが、一番はあの方がこの国の言葉を話せなかったことが理由だと私は思っている」
「この国の言葉が話せないのですか?」
「ああ、そうだ。聖女様は普通にこの世界の言葉が話せているのだが、あの方は聖女様とは違う存在。今は片言には話せるようになっているが、魔法も発動できない状態ではそうとしか言いようがないのだろうなぁ」
「……」
聖女が召喚がされると聖女はこの世界のどこの国の言葉も話せ、すべての魔法を自由自在に使えるのだと、そんな言い伝えは子供でも知っていることだ。
だがその『おまけの男』は魔法も使えるか分からず、言葉も自国の言葉しか話せないらしく、王と同等の立場である聖女様が『おまけの男』のために通訳をし、王城の者との意思疎通を担っているそうで、それを遠目に見た者たちが「『おまけの男』は聖女様を使っている」と、「恩恵を受けるために聖女の傍を離れない」と、そんな受け止め方をし悪い噂を流したのだろうと推測された。
「あの方は聖女様の身内らしく穏やかな人柄だと陛下は仰っていたのだがな……」
「そうなのですね……」
『おまけの男』には何の問題もなく、どちらかと言えば控えめで優しい男だそうだ。
その上、『おまけの男』は聖女に無理矢理付いてきた男ではなく、聖女様の叔父上でもあるらしい。
そう考えると王家としては未知な存在である『おまけの男』を手放すわけにはいかないし、守りも固めておきたい。
ただ今その方は、王城内で流れる自身の噂に気付き、市井に降りて一人で暮らしたいとそう言っているらしい。
そんなことになれば聖女も当然ついていくと言い出すわけで……
『おまけの男』を色んな意味で守り、この国のことを教え、導けることが出来る家族を陛下は希望したようだった。
「間違ってもあの方から結婚を言い出した訳ではない、王家が結婚して欲しいと、この国に残って欲しいとそう希望しているのだ」
「……」
自分の希望通りの結婚をしたいと『おまけの男』が言ったわけではない。
結婚をしておかなければ危険だと陛下が判断した、それだけのこと。
けれどまたここで酷い噂が立つ、『おまけの男』は女漁りをしている。
そんな勝手な噂だ。
それも王家を良く思わない、『おまけの男』と言い出した輩からの攻撃だとは思うが、あの方をお守りできる家族としてキンリー侯爵家に白羽の矢が立ったことは陛下からの信頼の証。
そう考えれば納得できるものだった。
「あなた、つまり私たちキンリー侯爵家がその方の役に立てと、お守りしろと言うことですのね?」
「ああ、そうだ、君は社交界でも顔が利く、あの方を婿に迎えた後には味方を作って欲しいと期待している」
「……そうですか……分かりました、それが王命であるのなら、お任せ下さい……」
母が苦い顔を隠し頷く。
まだ『おまけの男』と会っていないため納得は出来ていないようだが、侯爵夫人としては頷くしかない。
「お父様、私もですわね?」
「ああ、そうだ。ウチとブラウン家で聖女様とあの方の後ろ盾になる……キンリー侯爵家を継ぐお前たちにも協力してもらう予定だ」
「はい、畏まりましたわ」
クレオが返事を返す前に、家族の中で話が進んでいく。
それも当然、陛下に頼まれたお願いと聞けば侯爵家として断れるわけがない。
クレオは覚悟を決めた。
「父上、承知いたしました。そのお見合い、私、クレオ・キンリー、陛下を守る騎士としてお受けしたいと思います」
「そうか、クレオ、よく言った」
捨て身ともいえるクレオの決断は、とても固いものだった。
おはようございます、夢子です。
新作です、楽しんでいただけたら嬉しいです。
クレオは顔は母似、体つきは父似なカッコいい系女子です。w
楽しんで書いていけたらいいなと思ってはいます……
(↑絶対途中で悩む前振りか……)




