クオンの家庭教師
「わぁあ! くう兄のタルトだー。それもレモンタルト! イチゴタルトも好きだけど、レモンタルトも大好きなんだよねー。嬉しい、くう兄有難う!」
クオンが用意した菓子を見てアリスが満面の笑みを浮かべる。
自分の為にクオンがわざわざ作ってくれたことが分かっているのだろう。
可愛い姪っ子の喜びようを見てクオンの目じりが下がる。
作って良かった。
クオンの表情だけで気持ちが分かる。
これも白い結婚の成果の一つかもしれない。
「クレオも手伝ってくれた、夫婦、共同作業、ねー」
「そんな、手伝ったと言っても私は混ぜたぐらいで、殆どクオンが作ったものではないですか」
「そんなことある、クレオ、いろいろ手伝ってくれた」
確かにお菓子作りを手伝いはしたが、本当に手伝いだけ。
クオンに言われた通りに混ぜたり計ったりをしただけなのに、一緒に作ったと言われるとクレオはなんだか恥ずかしくなる。
「え~、クレオ姉様、優しー、忙しいのに有難う。よ~く味わって食べるね! 大事に食べるから!」
アリスはやはりクオンの姪っ子だけあって思考がとても似ている。
クレオの忙しさを理解し、その上大したことをしていないことも分かった上で、手伝ったことにもお礼を言ってくれて、その上大事に食べるのだと、握り拳を作る姿はクオンと重なり可愛らしくて……
二人の優しさが分かるクレオは笑顔を返す。
「有難うございます、アリス様、クオーー」
「ほう、クーオン様の作られたお菓子ですか……それは楽しみですね」
クオンの家庭教師だと名乗ったキーランが、切り取られたレモンタルトを見て興味津々にそんなことを言う。
クレオの言葉に被せるような発言もワザとにしか感じない。
挨拶の時点で分かっていたが、クレオは敵意を持たれているようだ。
『クーオン様、頂戴いたしますね』
『先生、勿論です、お口にあったらまた作りますので』
『それは楽しみですねぇ』
来た時の挨拶と良い、クオンの菓子へ向ける視線と良い。クレオの目の前で使う言葉と良い。
どうしてもキーランの態度が癇に障ってしまう。
まるで自分こそが一番クオンに理解がある、興味がある、分かっている、とでも言っているような口ぶりだ。
妻であるクレオのことも軽視しているように取れるし、白い結婚だとワザと言い、二人の関係を形だけのものだと強調してるようにも感じてイラついてしまう。
「クーオン様、ここでの生活はいかがですか? キンリー家の用意した屋敷ですので問題ないとは思いますが、何か不自由はありませんか?」
レモンタルトを頬張り幸せそうな笑みを浮かべるアリス。
そんな可愛い姿に満足した笑顔を見せた後、デーヴィッドがそんな言葉をクオンに向けた。
王太子として無理矢理招いてしまった『おまけの男』を心配するのは当然なのだが、クオンがどう答えるか不安そうな様子だ。
いつも笑顔が標準装備のクオンは何の悩みも無いように見えるが、実際はアリスを心配させないようにと常に笑顔でいようと、無理しているように見えてデーヴィッドは仕方がなかった。
そんなデーヴィッドの様子に、クレオも流石に心配になる。
ここを出て王城に戻りたい。
(もしクオンがそう言い出したら……)
クレオの心が不安で震えた。
(クオンにもやはり抱えるものがあるのだろうか……出来れば私には何でも話して欲しいのだが……)
クレオとクオンは本当の夫婦でないのだから、クレオのそんな考えの方が間違っているのかもしれない。
けれど楽しい時間を共に過ごすほど、もっと頼ってくれていいのにとそう思ってしまう。
「不自由? 何もないよ。クレオも、使用人も、護衛も、み~んなとっても優しー。ここでの生活楽しい。全部クレオのお陰、クレオずっと僕に優しい、クレオ、有難う」
「クオン……」
どうやらクレオの心配は余計な憂いだったようで、クオンのその顔を見れば本当にここでの生活を楽しんでくれていることが分かる。
「……ふむ、では、私からも質問を……クーオン様、王城から離れて何か体調の変化や変わったことはありませんか?」
「体調? 体調問題ないよーーあっ! でも! クレオ、昨日!」
「ああ! あの魔石のことですね」
「うん、ませき! 僕のせい」
「魔石?」
「何かあったのですか?」
昨日の魔石の件はまず父に話そうと思っていたのだが、父はどう考えてもデーヴィッドに報告せざるえないだろうし、クレオがこの場で先にデーヴィッドに話しても差し支えないだろうと、心の中で納得をさせる。
ただ少ししこりが残る。
キーランのことが気になり、これ以上キーランにはクオンに関わって欲しくないという感情が出てしまう。
だがそこは騎士として、クオンの妻として、私情は抑え込んだ。
「実は、昨日クオンが触った火の魔石の魔力がはじけ飛びまして……」
「えっ? 魔力がはじけ飛ぶ?」
「ほう、そんなことが……」
「はい……」
クレオは大事に保管してあった魔力の抜けた魔石を取り出し、デーヴィッドとキーランの前に置く。
まずはデーヴィッドがそっと手に取り、魔力のない魔石を見つめる。
「本当だ空だ……魔力が全く何もない。こんなこと、あり得るのですか?」
魔石を使い魔力が空になることは当たり前のことだが、それでも微力の魔力は残るもの。
だがクオンが魔力を弾けさせた魔石には魔力の残骸など何もなく、元々ただの透明な石だったのではないかと思わせるものだった。
「……これは……元は火の魔石だったのですか?」
キーランの問いかけにクレオは「ええ」と頷く。
先ほどまでクオンに向けていた優し気な視線は消え、今魔石を見つめるキーランの瞳はどこまでも鋭いものだ。
「はい、一般的な火の魔石です。コンロ魔道具に使っていた、どこにでも売っている平凡なものです」
「ふむ……」
貴族家が使う魔石の為、一般家庭で使う火の魔石よりは高価なものかもしれないが、それでも誰もが手に入れられるありふれた魔石だ。
「ふむ、中々面白い現象ですね。アリス様、申し訳ありませんが、この魔石に魔力を入れていただくことは出来ますか?」
「えっ? うん。え~っと、同じ火の魔力を注げばいいの?」
「いいえ、出来れば光魔法をお願い出来ますか……」
「光魔法? うん、分かった、やってみるね」
常識的に考えて、キーランの願いは叶うものではない。
火の魔石には火の魔力しか入れることは出来ないし、他の属性魔法を入れようとしても入るはずがなく、下手をしたら魔石が爆発する恐れだってある。
だがクオンが空にした魔石に、アリスの魔力はなんの反発もなく入っていく。
そしてあっという間に光の魔石が出来上がり、その希少さを知るデーヴィッド、キーラン、そしてクレオは言葉を失った。
「……これで証明できました。クーオン様がいればどんな魔石も作り放題ということです……」
「「……」」
キーランの言葉に頭を抱えたくなる。
聖女に付いてきた『おまけの男』の価値が、今物凄いものに変わった瞬間だ。
これまで魔力がなく、聖女の魔法でさえ弾いてしまうクオンは、何の価値もない男だとそう思われていた。
けれど聖女召喚におまけが付いてくること自体初めてで、その力は未知数であり、教会や魔法部の人間などは口には出さないが「実験台にしてしまえばいい」と、そう思っていた者も多くいたはずだ。
それに聖女と同じ世界から来て、男性でありながらこの国にない可愛らしさを持つクオンは、所持しているだけでも良いステータスになる。そんな下劣な考えの者もいたはずだった。
「ですがキーラン、このことは公表できませんよ」
「ええ、デーヴィッド様、勿論です。クーオン様の能力は公に公表などしてはいけません。一部のものだけ、それも国の上層部にいる者に限られるでしょう……そうでなければクーオン様が狙われる未来しか見えませんからね」
「……」
デーヴィッドとクレオ、そしてキーランが頭を痛める中、アリスとクオンはそれほどの怖さを感じていないようで、キョトンとした似た表情を浮かべている。
(クオンは怖くはないのだろうか……いや、勿論私が守りはするが……)
さすが針を呑むような拷問が一般に流通している国の出身者だ。
仕事に向かう毎日でさえ死にかけるような目にも合うとクオンは以前言っていた。
深刻な問題であるのにもかかわらず、「凄いね」「綺麗だね」と魔石を見つめるアリスとクオンだけは笑顔を浮かべていて、全く動じていないようだった。
「クーオン様、ガルデン公爵家へいらっしゃいませんか?」
「「えっ……?」」
キーランの言葉にクオンとクレオの戸惑いの声が揃う。
どんな魔石も無効化出来る能力。
そんなクオンをこんな平凡な屋敷に置いてはおけない。
キーランの真剣な顔はそう言っているようだった。
「ガルデン公爵家? キーラン先生のお家?」
「ええ、そうです、私の実家です。私は今は殆ど王城で生活しておりますが、クーオン様がいらしてくれるのならば、毎日自宅へ戻るとお約束しますし、危険な目に合わせることなどないと、堅い守りもお約束いたします」
「危険?」
「ええ、そうです、危険です。ここは隠されている屋敷とはいえ、小さな家です。それにここの警備はガルデン公爵家よりも甘く弱い。奇跡の力を持つクーオン様にはもっと多くの警備を付け、聖女様と同等の待遇を準備するべきでしょう」
「アリスと同じ?」
「そうです、クーオン様にはそれほどの価値があるのです。遠慮はいりませんよ」
キーランの申し出に、クレオはすぐさま「ダメだ」と文句を言いたかった。
けれど確かにガルデン公爵家の方がキンリー侯爵家よりもクオンに十分な条件を用意できるだろうし、元聖女の嫁いだ家なので、クオンやアリスにとっても落ち着ける場所になるのかもしれない。
だけど……
行かないで欲しい。
ずっと傍にいて欲しい。
クオンの隣にいたい。
それがクレオの正直な気持ちだった。
「先生、僕、ここにいたい、クレオとの生活楽しい、クレオ優しい、僕好き、ここもう僕の家」
「クオン……」
「クーオン様……」
ねっ、と言ってクオンがクレオに笑顔を向ける。
ここでの生活はクレオも楽しいよねと言っているそのキラキラとした瞳を見ると、クレオはなんだか涙が出そうで、頷くことしか出来なかった。
「ここのみんな、優しい、僕今とても幸せ。クレオ迷惑じゃなきゃ、ずっと傍にいたい、ダメ?」
「クオン……」
思わず隣に座るクオンの手を取ってしまう。
クオンの「幸せ」だという言葉に嘘は無く。
クレオを大切に思ってくれていることが十分に伝わってきた。
「ずっと一緒にいましょう、ここはクオンの家です。クオンのことは私が守りますから」
「クレオ、いいの? ありがと、クレオ凄くカッコいい、僕安心だよ」
「ええ……」
褒められて嬉しくて、でも涙が出そうで……
クレオは騎士だからではなく、自分自身が大事に想う相手としてクオンを守りたかった。
「……ふむ……クーオン様と彼女は白い結婚なのですよね? 恋人関係でも何でもなく……」
「えっ?! 恋人?! 違う違う、クレオ友人! 僕、恋人じゃない、クレオに失礼!」
「そうですか……」
慌てるクオンは可愛いが、キーランの瞳は怪訝ものに変わる。
その上クレオを睨みつける目は獲物を見つけた猛禽類のようで恐ろしく……
キーランを家庭教師だと、ただ尊敬しているクオンは、その瞳に全く気付いていないようだった。
「……そうですか、分かりました。では、今後は私がこちらに通いましょう」
「えっ……?」
「仕事もありますし、週一度になるかと思いますが、クーオン様の能力は未知数、私が家庭教師としてしっかり導かねばならないでしょう」
「ええ? 先生、良いの? 忙しい、大変なのに……」
「フフフ、クーオン様に会えるのであらば全く大変ではありませんよ」
「ほんと? 先生、ありがとう、凄く嬉しいです」
「ええ、私もですよ、クーオン様」
感動しているクオンの横、クレオだけは素直に喜べない。
キーランは絶対にクオンを狙っている、それが分かるからだ。
「私は貴方を諦めませんよ……クーオン……」
キーランのその呟きは、この場にいる誰にも聞こえないものだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
【補足】
キーランは聖女召喚の立役者です。
聖女召喚後は魔力の使い過ぎで体調を崩したりもしていてクオン獲得に少し出遅れました。
クオンの結婚の希望相手が「二十歳過ぎの女性」ということもあり、諦めるしかありませんでした。
それに白い結婚だと知っていたので(まあいいだろうと)許容していた部分もあります。
でもクオンとクレオの仲の良さを見てむかむかしています。




