クオンの男心
クレオとの二人きりの生活が終わり、使用人と共に家事をしながら屋敷の中で過ごす生活が始まったクオン。
新婚期間という甘い時間は白い結婚の二人にはなかったけれど、クレオとの生活は穏やかで楽しくて、騎士として働くクレオはさっぱりとした性格で、女の子との同居にそれほど意識も緊張もすることも無く、異世界に来てやっと楽しいと思える生活が出来ていた。
(クレオが帰ってきたらホッとできる空間を用意したいな……)
内向きの仕事を担うエラと共に朝から忙しく働くクオンは、恩人であるクレオの為だと思うと家向きの仕事にもやりがいを感じていた。
「エラ、洗濯日和、良い天気」
「ウフフ、そうですわね、クーオン様は難しい言葉をご存じですこと」
「うん、勉強した、クレオお休み中、色々教えてくれた」
「まあ! オホホ、それは仲良しですわねー、それにクーオン様はおりこうさんですわ、オホホホ」
エラには何故か子ども扱いされている気がするが、まだクオンの言葉がたどたどしい為、きっと分かりやすい言葉で話してくれているのだろうと切り替える。
これまで王城内で【お客様】として扱われていたクオンは、それはそれで高級宿にでも泊ったようで、VIPにでもなったような感じで楽しくはあった。
家庭教師が付く前は、折角だから異世界の、それもお城の中を探検しようと、アリスと共に楽しむ余裕もあった。
けれどそれが毎日続けば、働くことが当たり前の世界にいたクオンもアリスも飽きてくる。
その上毒を盛られたことで行動範囲が狭まれてしまい、自由はほぼ無くなってしまった。
自分の望む通り部屋の外を歩くことも出来なくなったし、毒を盛られた後はベッドの住人でいる期間も長かった。
アリスは聖女特典でこの世界の書物が何でも読むことが出来たけれど、『おまけの男』であるクオンにはそんな特典はないため、本も読むことさえ出来ず、娯楽というものが殆どなかった。
その上魔法が使えないクオンは魔法の勉強も出来す、家庭教師から言葉を習うことで精一杯。
与えられた部屋に籠り、とにかくこちらの言葉を覚えようと頑張っての今である。
必要に駆られると人は成長するとは言うが、この世界の言葉をこれほど早く覚えられたのはアリスのお陰と、外に出たいという気持ちが強かったからかもしれない。
『でも一番はクレオだ。クレオには本当に感謝しないとだよなー』
悪い噂が付きまとう『おまけの男』と結婚してくれたクレオには感謝しかない。
偽装結婚だと聞いていただけにただの同居人、屋敷内別居かと思いきや、クレオは本当にクオンと結婚してくれて、大事にもしてくれる。
それにクオンは王家から出て、キンリー家の籍に入ったというのだから驚きしかない。
その上、公にされる時はクレオに伯爵位が与えられ、一つの家として起こせるというのだからこの国の太っ腹なところには頭が上がらない気分だ。
聖女召喚を行い、聖女の意思なくこの世界にアリスを呼び出したことを、デーヴィッドはとても気にしていた。
その上アリスの巻き添えとして召喚されたクオンを危険な目に合わせ、王城内で毒を盛られクオンに迷惑をかけてしまったことをデーヴィッドは悔いている。
それに何より召喚された後、家族を想い泣いてしまったアリスの顔を見たデーヴィッドは、聖女を悲しませてしまったとずっと罪悪感を抱えているようだった。
「エラ、お昼準備する、何食べたい?」
「えっ?」
「お昼、僕作るから、何食べたい?」
「えっ?!」
クオンの言葉が拙いせいか、エラには何度も聞き返されてしまう。
確か昨日お昼は一緒に食べようねと伝えたはずなのだが、それも伝わっていなかったのかな? と不安になる。
(あれ? もしかして俺なんか間違えてる? 発音可笑しい? クレオにはちゃんと通じてたよなー?)
二人きりの生活の間、キンリー家から料理が運ばれることもあったけれど、後半は殆どクオンが料理担当となっていたため、クレオに「何食べたい?」と聞くことは多々あった。
そのため自分の発音が可笑しいとは気が付かなかったが、もしかして「お昼」と言えていないのかと心配になった。
(クレオは何となく俺が言いたいことを読み取ってくれてたってことか? それとも俺のジェスチャーで分かったとか?)
ならば大袈裟なボディーランゲージを使いもう一度質問するべきかと悩んでいると、エラが起動した。
「あ、あの、クーオン様は、我々のお昼も準備されようとなさっているのですか?」
「ん? まだだよ、今からなさりたいの、エラ、何好き? 嫌いなものある?」
「そんな! この家の主人であるクーオン様のお手を煩わせるなど、とんでもない!」
「ううん? いーの、いーの、僕料理好き、みんなと一緒食べる楽しい、みんな家族、家族一緒」
「家族?!」
余り早口の言葉はヒヤリングがまだ厳しいクオンだけど、エラが言っていることは何となく分かる。
エラはきっとクレオの夫であるクオンのことも貴族だとそう思っているのだろう。
だから一緒の食卓に着くなどとんでもないと、顔を見ればそう言っているのが分かる。
けれどこの広い屋敷で一人ぼっちでご飯を食べる。
それも自分で作ったご飯をエラに見守られながら食べる。
そんなの無理だ。
食事は出来れば楽しく食べたい。
それに使用人の皆とも早く仲良くなりたい。
クオンの願いはそれだけ、無理強いするつもりは無いけれど出来れば食事は共に摂りたかった。
(同じ釜の飯じゃなけどさー、ご飯って仲良くなるには良いアイテムなんだよなー)
「エラ、お昼、何食べよ、思ってた?」
「えっ、私ですか? えーっと、お昼はクーオン様が食べ終わられたらパンでも齧ろうかと思っておりました」
「それダメ、エラ今日いっぱい動いた、しっかり食べる、一緒食べよ」
「ですが……」
「気になる? じゃあ、手伝って」
「えっ、ええ、それは勿論お手伝いいたしますが……」
渋るエラと一緒にキッチンへ向かう。
お昼に食べようとエラが自宅から持ってきたパンを見せてもらうと、とても硬いもので驚く。
キンリー家からいつもパンを届けてもらっているけれど、ここまで硬いパンは食べたことも見たこともない。
自分が貴族扱いされているのも納得だ。
パン一つでここまで違う。
クオンのことを敬おうとするエラの気持ちは十分に理解できた。
(うーん、硬いパンはラスクにでもして持ち帰ってもらおうかな。枚数は結構あるからフレンチトースト液に付けといて、三時のおやつに出してもいいかもなぁ)
庭を綺麗に整えているアルマンに声を掛け、それからクオンについているジミーと、玄関にいるホセにも声をかけると、皆同じようなパンを持ってきていて、お昼はそれを齧る予定だったという。
『この世界の食事の適当さよ……』
朝と夕食はともかく、この屋敷に来ている間、使用人のお腹を心配するのもクオンの仕事の内だ。
クレオの職場ではお昼はパンとスープが出るので、そう考えると流石王城とも言える。
けれど自国ではお弁当を作って持って行ったり、職場の食堂でランチを摂っていたクオンからすると、物足りないお昼に見えてしまう。
「今日は、牛乳のパスタ、食べてみて」
牛乳とソーセージは冷蔵庫に常備してあるので、それとブロッコリー、それにしめじっぽいキノコを使い、簡単にクリームパスタを作った。
この世界、魔道具が発達しているので、レンジっぽい魔道具や、トースターっぽい魔道具などもある。
ただ皆使い方はそのままで、クオンのように料理を簡単にするために使ったりはしない。
なので工程を見ていたエラは少し顔色が悪い。
特にパスタソースが白色なので尚更なのかもしれなかった。
「じゃあ、いただきます」
先にクオンが口に付ければ少しコンソメ味が足りない感じもするが、まあまあ美味しい、及第点と言ったところだった。
「美味しいよ、どうぞ」
クオンが声を掛けると、皆も恐る恐る口を付ける。
最初に「美味しい!」と声を上げたのは年若いホセだった。
目を輝かせ飲み込むようにパスタを食べていく。
騎士二人のパスタは大盛にして正解だったと、クオンは内心で自分を褒めながら笑って頷いた。
「クーオン様、大変美味しゅうございます」
「本当に……こんな美味しい食事は侯爵様のお屋敷で頂いたお料理以来です……」
「ありがと、でもアルマン大袈裟~」
褒めても何も出ないけれど、褒められれば嬉しい。
美味しいと言ってもらえれば、料理をした甲斐があるというものだ。
「クーオン様、護衛の我々にまで申し訳ありません」
「ううん、ホセもジミーも今日から家族。仲間は一緒にご飯、それ大事」
「はい、サイコーです」
「こら、ホセ!」
まだ若く素直なホセとは違い、騎士の期間が長いジミーは、主と共に食事を摂ると言うことには遠慮があるようだった。
「あー、皆に聞きたい、結婚って定番何?」
「結婚の定番、でございますか?」
「? 食事のってことでしょうか?」
食事に遠慮する気持ちを消してもらうため、クオンは皆に話題を振る。
クレオと結婚したは良いが、クオンはクレオにお礼を何もしていない。
お見合いを用意し、クレオという素敵な女性を紹介してくれたのはデーヴィッドだし、この家の手配や屋敷内を整えてくれたのはキンリー家だ。
クオンの衣装などは聖女の経費から用意され、この先のクオンに掛かる生活費もそこから出るらしい。
その上クレオは働きに出ていて、クオンはと言えばエラのお手伝いに近い働きしかしていない。
勿論率先して料理はしているが、それでも二人きりの時にはクレオは下準備も手伝ってくれるし、キンリー家から食材と共に焼き立てのパンだって届いている。
(ある意味俺ってヒモ男だよなー)
おまけの男と呼ばれるのも嫌だけど、ヒモ男と呼ばれるのはもっと嫌だ。
外での仕事は徐々に探していくとはいえ、今の状態で良い訳がない。
(せめて結婚の証みたいなものを自分で用意したいんだけど……)
高価な指輪は無理でも、何か形になるものをクレオに贈りたい。
そんな想いを拙い言葉で皆に説明し終えると、何故か生暖かい視線を集め困惑したクオンだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
クオンが常にクレオのことばかり考えているので使用人皆「仲良しですねー」と温かな視線を送っています。
昨日の続きアンセルの話は次話です。
引き延ばしてすみません。




