王城でのクレオ
新婚期間を終えて王城へと出勤を果たしたクレオは、復帰の挨拶の為上司である第一騎士団の団長ジャックス・ロスの元へ向かった。
まだ二十二歳と年若いクレオだが、女性騎士は結婚と共に辞める者も多く、王族を守る第一騎士団所属であってもそれは同じで、クレオは既に第一騎士団の中、女性で編成される第五部隊の部隊長だった。
責任ある立場ながら長期休暇をとり、それも急なこととあって、上司にあたるジャックスには迷惑をかけてしまった。
勿論王太子であるデーヴィッドから休みの理由も届いていることだが、それでも社会人として申し訳なさが募り心が痛んだ。
迷惑をかけてしまった同僚にも当然だが、まずは上司に詫びなければと、そう思い家にいるクオンに心を残しながらも少し早めに王城へ足を運んだ。
「団長、おはようございます。第五部隊長クレオ・キンリーでございます」
「おお、クレオか、入れ入れ、待っていたぞ」
「はっ、失礼いたします」
騎士団長室へ入れば、ジャックスはクレオを待ち構えていた。
その顔はどこか楽し気で、クレオの結婚を面白がっていることが分かるものだった。
「団長、長期休みを頂き、ご迷惑をお掛け致しました」
「ハハハハッ、長期休みか……? 新婚の休みに一週間しか上げられなかった身としては申し訳なく感じるがな」
「いえ、急なことでしたので」
騎士であっても新婚の休みとなれば一か月は取れる者もいる中、クレオの休みは一週間のみ。
短すぎる気もするが、全く結婚の予定もなく、前振りも何もないまま、突然結婚となったクレオが異例過ぎたのだ。
王族の予定に合わせ、数か月先の予定まできちんと決まっている第一騎士団員の一人としては、十分すぎる休みでもあり団長には感謝しかない。
「それでどうだ、あの方との生活は」
ジャックスが言うあの方とは当然クレオの夫となったクオンのことだ。
朝クレオを見送り、お弁当を渡してくれたクオンの可愛い姿を思い出し、クレオの口元が無意識に緩む。
今日のお昼が楽しみで、帰ってから感想を伝えればクオンの喜ぶ姿が見れると思うと、クオンを屋敷に残し家を出てきた心苦しさが少し緩和されるような気がした。
「アハハ、これは聞いた私が無粋だったな」
「えっ?」
「幸せそうだなと言ったんだ」
「そ、そうでしょうか?」
「なんだ、無意識か? にやけていたくせに」
「にやけて……」
これまでの人生で「にやけている」などという言葉とは縁がなかったクレオは、思わず自分の頬をさする。
上司の前でそんな気持ちの悪い顔をしていただろうか? と不安になっていると、ジャックスが大きな声で笑いだした。
「ハハハハッ、ごちそうさまとでも言っておくか」
「えっ?」
「まあ、取り敢えずクレオが幸せそうで良かったぞ、重責ともいえる結婚だったからな」
「ええ、はい、それは覚悟しております。それにもう私は十分幸せですのでこの結婚に後悔はありません」
「ほう、そうなのか?」
ニヤリと笑うジャックスを見て、後悔だなんて言葉は失礼だったかとクレオは言葉に詰まる。
「いえ、その、クオンは……いえ、オット様はとても良い方なので……」
「ハハハハッ、そうか、なら良かった! クレオ、頑張れよ!」
「はい? あの、頑張ります?」
「ハハハハハッ」
素直に答えればジャックスにはまた大笑いされた。
そんなに変なことを言っただろうかと内々で疑問を浮かべながらも、ジャックスから王太子の下へ行くように言われ、クレオはデーヴィッドの執務室へ向かった。
「王太子殿下、クレオ・キンリーです」
「ああ、クレオか、待っていた入ってくれ」
「はい、失礼いたします」
デーヴィッドの部屋へ入ると聖女であるアリスも一緒にいて、クレオの顔を見ると「クレオ姉様」とクオンに良く似た顔で微笑まれる。
「クレオ、結婚生活はどうだ? 何か困りごとはないか?」
「クレオ姉様、くう兄ちゃんはどうですか? 何か迷惑かけてないですか? くう兄、おっちょこちょいなんで心配なんです」
席に着いた途端二人から早速質問が飛んできて、クレオは苦笑いを浮かべそうになってしまう。
どうやらクレオとクオンの結婚を心配する者は多いようで、この二人も例外ではないようだった。
「はい、結婚生活は順調でなんの問題もありません。それにクオンも……いえ、クオン様も、穏やかに過ごされております」
「そうか」
「良かったぁ……」
安心したような様子の二人に、報告をしたクレオも内心ホッと胸をなでおろす。
クオンが心優しく、なんにでも前向きで朗らかだからこそ上手くいっているともいえるこの結婚。
これがこの国の一般男性のような男尊女卑な男が結婚相手だったとしたら、上手く行っているなどとても言えなかっただろうし、クレオも相手と友好関係を作ろうなどとは思わず、本当の意味での白き結婚、つまり形だけの結婚となっていただろう。
(クオンが働く女性を毛嫌いする男性でなくて良かった……)
そこは相手がクオンだから良かったと思い至って欲しいものだが、クレオ的にはアリスも知っているため、クオンの世界の人間が皆クオンやアリスのような朗らかな者ばかりだと思っている。
だからこそ自分の想いが何であるかも気づかないし、クオンへ対し芽生えた想いにもどこまでも鈍感であるようだった。
「アリス様、そういえば今日クオン様に【お弁当】なるものを作っていただいたんですよ」
「【お弁当】? わあ! くう兄の【お弁当】かぁ、羨ましい、すっごく綺麗だったでしょう? くう兄ってお料理上手だから」
「ええ、とても美味しそうな【お弁当】でした。お昼休憩が楽しみだなんて、騎士となって初めてのことかもしれません」
「そうなの? 騎士さんって力仕事でしょう? 食事は絶対に大事なのに……」
今度食堂へ行ってお手伝いでもしようかなと言い出したアリスを、デーヴィッドが慌てて止める。
冗談だよとアリスは笑っているが、かなり行動力がありそうなアリスの言葉をデーヴィッドは疑っているようだった。
(アリス様はクオンよりも行動力がありそうだ……)
聖女に振り回されている様子のデーヴィッドのことは気の毒だとは思うが、人間らしいその表情には氷の第一王子と呼ばれている面影はどこにもない。
アリスのことが心配で仕方ないとそんな様子を見せるデーヴィッドは、少し自分と被ってさえ見えた。
「では、私はこれで失礼いたします」
「ああ、クレオ、仕事前に済まなかった、クーオン様にもよろしく伝えてくれ」
「クレオ姉様、今度お屋敷に遊びに行かせてくださいね」
「はい、必ず」
可愛く手を振るアリスとそれを心配げに見つめるデーヴィッドと別れ、クレオはやっと自分の仕事場へ向かう。
一週間の休みはともかく、今日の仕事まで遅れてしまったことを隊員には詫びなければならない。
当然騎士団長が隊員に連絡は入れてくれているはずだが、それとこれとは別だ。
隊長として仲間が気になるのは当然だった。
「クレオ!」
急いでいるときに限って邪魔は入るもので、騎士塔へ入ってすぐクレオは馴染みのある声に呼び止められた。
「ああ、アンセルか、久しぶりだな」
アンセル・ガルーラはクレオとは同期。
今は第一騎士団と第三騎士団とで分かれているが、騎士学校からの知り合いで、同じクラスで友人でもあった。
「馬鹿、久し振りどころじゃないだろう! 一週間も休んでいたと聞いているぞ! 病気か、怪我か、一体どこが悪かったんだ?」
「……」
クレオとクオンの結婚はまだ公にされてはいない。
勿論総団長や、第一騎士団長と副騎士団長には『おまけの男』とクレオの結婚は伝わっているし、自身がまとめる第五部隊の隊員には結婚した事実だけは伝えてはある。
ただし隊員には相手があることだからと口止めをしてあるし、侯爵家では色々あるだろうと隊員も分かってくれている。
けれど他の団員たちはクレオの結婚をまだ知らない。
だからだろう、アンセルは友人として暫く顔を見せなかったクレオを心配していたようだった。
アンセルとは昼の時間など、偶然時間が重なることも多かったため尚更なのかもしれない。
(まあ、友人には結婚の事実は伝えても問題は無いだろう……)
『おまけの男』との結婚は口止めされてはいるが、クレオの結婚自体は特に口止めはされていない。
それに一週間の休暇を取ったとなれば、クレオだって年頃の女性、何かあったことを感づく者だっているだろう。
「アンセル、心配してくれて申し訳ないが、病気では無いんだ」
「なんだ、そうなのか……ホッとしたよ。お前が仕事を休むだなんてそう滅多にあることじゃないからな」
病気だったのかと本気で心配してくれていたアンセルは、クレオの言葉と様子を見て心底安心したような顔をする。
「もしかして実家で何かあったのか? ああ、姉上の結婚だったのか?」
姉オーロラの結婚事情も知っているアンセルに、クレオは首を横に振った。
「いや、違う、私が結婚したんだ」
「は? 何だって……?」
「だから、姉ではなく、私が結婚したんだ。それで一週間休んでいたんだよ」
「は?」
男勝りなクレオが結婚するだなんてアンセルは思ってもいなかったのだろう。
こいつ頭でも可笑しくなったのか? と、酷い顔をするアンセルにクレオは笑顔を向けた。
「アンセル、私はもう人妻なんだよ。ハハハハ、学生時代を知るアンセルには信じられないだろうけどね」
クレオの言葉通り、アンセルは信じられないと言った顔となり、クレオを見つめたまま固まってしまったのだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、評価、良いねなど、応援もありがとうございます。
とても励みになっております。
友人アンセル登場致しました。
クレオとは同い年、同期の友人です。
もう一人ユーリという名の友人もいます。
クレオたちは超がつくエリートの為、同期も少ないです。




