1・「益荒男」たちは「鞘の処女」の知らぬ間に(6)
内閣府の一角にあるそのオフィスは、外から見ればごくありふれた官庁の執務室。
入口の脇に掲げられた部署名は「地域・市民活躍政策推進室」
等間隔に並んだ蛍光灯。事務机が整然と並び、パソコンのモニターと書類の束がそれぞれの持ち主の領分を示している。
キャビネットにはファイルが隙間なく収められ、壁際には複合機と小さな給湯スペースが設けられていた。
その奥には限られた職員しか入れない小さな資料室がある。
書棚には通常の行政文書とは趣の異なる分厚いファイルが並んでいた。
現在室内にいるのは女性が一人。
白いボウタイブラウスにダークグレーのタックパンツ。足元はヒールの低い黒のパンプス。
ミディアムヘアを一つに束ね、耳には控えめなプラチナのフープピアスをつけている。
彼女は持ち込んだコーヒータンブラーを傍らに置き、室内に設置されているパソコンで資料作成をしていた。
彼女の名前は柏木有沙。年齢三十二歳。内閣府に勤める若手官僚。
ここ「地域・市民活躍政策推進室」は天津人に関する案件に携わる部署。
柏木は上司の蛇台原麗虎のもとで「鞘の処女」に関するプロジェクトに携わっている。
彼女は天津人ではなく国津人だ。
天津人に関する案件だが関わる官僚の半数以上は国津人である。
天津人はマイノリティで数が少ないと言う事情もあるが、同族だけでは隠匿や不正が発生する可能性があるので監視の意味合いも兼ね国津人を多く配置するようにしていた。
加えて「鞘の処女」に関するものは天津人だけの問題ではない。国全体の危機に備えるものである。
血尿が出るほどのハードワークをこなしてきた限界公僕女子が行き着いたこの部署で行われているのは――
「ったく……国が「お見合い仲介業者」してるようなもんだわ……」
国家の危機管理かと思いきや「お見合いの仲人」である。
パソコンの画面に表示されているのは箇条書きのテキストと二十代くらいの男性の写真。
履歴書にも見えなくもないが、数枚表示されている写真に収められた男性は全てカメラ目線ではない。
明らかに隠し撮りである。
夜の繁華街を肩で風を切って歩くウルフカットのワイルド系
友人たちとフットサルに興じる爽やかなアスリート。
書店で画集を手に取る涼しい目元のインテリ風貴公子。
タイプは様々だが皆高身長で秀麗な若者だ。履歴書と言うよりも、これはまるで「俳優オーデションの選考書類」
国が行う「剣の益荒男の候補者選考」は「お見合いの相手の選考」と言うよりも乙女ゲームの「ハイスペイケメン攻略者の選考」に近い。
これを国が大真面目に血税を使ってやっている。
――まったく世も末だ……。
柏木は頬杖をつき、ため息を吐く。
「剣の益荒男」の適性、血統、能力、人格、能力等を総合的に審査するために作成した候補者資料に記されているのは――
家柄・年齢
身長・容姿
学歴・職業・社会的地位
所持能力の強さ・実戦での強さ
趣味・性格
国に反する思想を持っていないか、本人や近い人物に反社勢力や過激派などとの関わりがないかなどの身辺調査結果も記されているが、これはほぼ乙女ゲームの「攻略対象のステータスカタログ」である。
さらに「鞘の処女」は十七歳の女子高生。ふわふわした栗色のロングヘアーの美少女。
お見合いをする女性と言うよりも、アニメやゲームの「ヒロイン」と言った風貌だ。
「血税で「乙女ゲー」の開発……」
柏木は椅子の背もたれに寄りかかり、のけぞって宙を仰ぐ。
「剣の益荒男」の選考の流れは大まかに以下の通り。
◎天津人の血筋を持つ男性から候補者を選抜。
◎五家の子息を優先的に候補にする。
◎五家以外でも、能力や血統が強い家系から候補者を出す(要身辺調査)
◎最終的に「鞘の処女=高野原茉莉花」が選ぶ。
◎国は「候補を用意する」まで。誰を選ぶかには介入しない。
有力候補者の子息がいる「天津五家」の概要は以下の通り。
【春日家・天之御主】
天照大御神由来の力を授かる
現在は主に天津人社会を経済面から支え、五家を統べる家。
表立った政治権力ではなく資金と人脈による影響力を持つ。
不動産・土地・資産運用。文化財や美術品などの資産管理。公益財団法人の運営。
【鶴代家・鏡之御主】
布刀玉命由来の力を授かる。
神社や古文書の管理を担う家。
神職・大学教授・民俗学者・文化財関係者などを輩出。
【神明家・言之御主】
天児屋命の由来の力を授かる。
政治担当。表向きは五家の中でもっとも「公」の顔を持つ家。五家の調整役。
政治家・弁護士・官僚など、政界・官界に人材を多数輩出。
天津人に関する法・制度の整備にも携わり獣撃隊など公的組織との関係も深い。
【武隈家・剣之御主】
建御雷命由来の力を授かる。
武門――ヨモツ討伐の前線を担う家。
獣撃隊・警察・自衛隊・危機管理会社などに人材を輩出。
【高野原家・境之御主】
須佐之男命由来の力を授かる。
武隈家とほぼ同じヨモツ討伐の前線を担う家。
獣撃隊・警察・自衛隊などの職務に就く。
春日家は現在本筋に男子がいないので親族筋から候補者を選抜。
「鞘の処女」が高野原家の娘なので今回は高野原家は除外。
柏木は画面をスクロールし文書と画像を流し見る。
一枚の写真が目にとまり彼女はマウスを操作する指を止めた。
オフィスビルのロビーだろうか。一人の青年が同僚なのか取引先の社員なのか、詳しくはわからないがスーツ姿の男とテーブルを挟み打ち合わせをしている。
仕立ての良いグレーのスーツにブルーのネクタイ。
自然体だが隙のない姿勢の良さ。
陽の光をまとっているような明るい栗色の髪と、柔らかい眼差しを向ける茶色の瞳。
微笑みに花を添えるような瑞々しく形の良い唇。
甘みを帯びた柔和な顔立ちをすっと伸びた真っ直ぐな眉と高い鼻筋が落とす陰影が引き締め、男性らしい精悍さが静かに際立つ。
「花のような」と言うよりも彼自身が既に一輪の優美な「花」――決して折れない凛々しさと気品をたたえたその姿は生粋の「王子様」と言っても良い。
「やっぱ「白王子」の中ではこれが断トツだな……」
柏木はコーヒーを口にした後、感心したようにため息交じりに呟く。
異性と言うよりも「キャラクター」を見ているような感覚だ。
「お姫様」にピッタリの「王子様」――そう思った。
ちょいワル、爽やか体育会系、雅な貴公子、そして王子様――攻略キャラは一通り揃っている。
国が作るこの「乙女ゲーム」に足りないものがあるとすると、それは「ヴィラン」だ。
いけないと思いながらヴィランに靡くヒロイン、もしくはヴィランの呪いを解きほどくヒロイン。
ヒロインを強引に連れ去るヴィラン、もしくはヒロインを汚したくないのに惹かれるヴィラン。
「白王子」と「黒王子」の間で揺れるヒロイン――ベタだが定番の展開。何より絵面が強い。
――「白王子」は粒揃いなんだけど「黒王子」は少ないんだよなぁ……高野原の長男とか見た目は断トツで適任なんだけど「処女」のお兄さんなんだよなぁ……惜しい……あ、いやいや「悪役」とかいたらマズいだろ……これはあくまで「剣の益荒男候補」の選定……。
色々ぼやきつつも柏木はこのゲーム制作――もとい「候補者選抜」を楽しんでいる節がある。




