1・「益荒男」たちは「鞘の処女」の知らぬ間に(5)
真斗は「ドーベルマン」と「ゴールデンレトリバー」に囲まれ昼食をとっている。
左頬に傷がある鋭い目つきの「ドーベルマン」は真斗と同じ「機動祓除隊第三班」に所属する先輩の神谷沢千聖。三歳年上で階級は獣撃士長。
大柄で目尻が下がった優しい顔の「ゴールデンレトリバー」は雨宮崇史。真斗の同期で現在は通信指令室に配属されている。同じ年で階級は獣撃副士長。
雨宮は地元の私大を卒業後に獣撃隊に入隊。空手の有段者で大学ではラグビー部。
フィジカルでは県獣撃隊内で「最強の男」だが彼はヨモツ祓除の能力を持たない国津人の隊員だ。
ヨモツを祓除することは出来ないがダメージを与えることは可能なので、去年まで地域課で祓除任務のサポートをしていた。
身長は真斗と同じ一八九センチだが体つきはひとまわりほど大きい。
筋骨隆々の大男だが温厚で人当たりが良く、その人柄が滲み出た優しい顔立ちをしている。
神谷沢と雨宮は仕出業者から購入した弁当、真斗は茉莉花が作った弁当を食べている。
雨宮は困り顔でため息を吐き、向かいの席に座る二人に弱音を漏らす。
「あれかなり難しいですよ……腕立てに振り付けが付いてるようなもんですよね……俺昔から「ダンス」苦手じゃないですか?」
「知らねぇよ。一応フリの順番覚えてはいるんだろ?」
先に弁当を食べ終えた神谷沢は「今更何ビビってんだよ」と面倒臭そうに顔を顰める。
「ええまぁ……でも俺、今内勤なんで現役の二人より――」
「まぁな。「お兄ちゃん」がトチらなかったら大丈夫」
神谷沢は隣りで黙々と「妹」が作った弁当を食べている真斗を親指で指しニヤリと笑った。
彼は「母子家庭の元ヤン。普通の天津人で高卒の叩き上げ」
真斗は「天津の名家の元御曹司で現当主。国立大卒のエリート」
真逆の人間同士、そりが合わない――「いけすかない奴」だと思うことが多い。
真斗は「受け流す」ようにしていたが、神谷沢は御曹司、ボンボン、当主様、お兄ちゃん――と、やたら突っかかって絡んでくる。
だがそこに「嫉妬」などの悪意はない。単純に「堅物のお坊ちゃん」を面白がって揶揄っているだけだ。
彼の経験を積み重ねて磨いた能力の強さと、実戦に置いて機知に富む点は真斗も当然認めている。
悪い先輩ではないことはわかっているが「ウザい」ことには変わりない。
真斗は食事中のていを取り無視を決め込んでいた。
普段は上の階にある休憩室を利用している雨宮だが、今日は真斗と神谷沢――機祓隊の面子と同じ休憩室にいる。
その理由は昼休憩後にSNSの広報アカウントにアップする動画の撮影があるからだ。
三人はその撮影に参加するので打ち合わせを兼ねて共に昼食をとっている。
真斗と神谷沢は黒のTシャツに濃紺のズボンの訓練着。雨宮は白シャツに濃紺のスラックスの内勤隊員の制服。
真斗と神谷沢は今日は終日事務作業と訓練。その合間に時間をとり撮影に参加。
雨宮は通常任務だが、事前に広報課が彼の上司に打診しており一時間ほど席を外し撮影に協力することになっていた。
撮影は広報課と屋外のガレージ前で行われる。
三人は一体何をするのかというと、最近動画中心のSNSでバズっている「消防隊腕立てチャレンジ」だ。
体幹を鍛えると言われる腕立て伏せで、アップテンポの音楽に合わせて片手でやりつつ脚を開閉したり、肘を交互に地面につける動作をするアクロバティックな「筋トレ」だ。
発端は消防隊のアカウントで、そこから警察や自衛隊の広報アカウントでもこぞって「チャレンジ」するようになり、かなり「バズって」いる。
獣撃隊もカテゴリー的には警察・自衛隊・消防と同じ「フィジカル勝負」を日頃から強いられている職業。
この「バズネタ」の波に乗って真っ先に動画を上げたのは大阪府獣撃隊。その後に広島、東京、長野と次々と広報アカウントが動画を上げていた。これも「バズって」いる。
「これはウチもやらないわけにはいかないでしょ〜」
機祓隊第三班の班長・岡田の元に部下の真斗と神谷沢を撮影に参加させることを打診しに来た広報課の主任・鹿野は、調子づいた様子で満面の笑みを浮かべ二人の肩を叩いた。
「高野原士長や神谷沢士長が出ると再生数エグいんだよねぇ〜。だからまたよろしく!」
鹿野にそう言われ神谷沢はまんざらでもない表情をしていたが、真斗は「死んだような」目をしていた。
外面の良い真斗だが、積極的に外見――顔と体を売りにして表に出ることは正直苦手だ。ましてや誰が見ているのかわからない上に日本どころか世界に拡散されるSNS。正直気味が悪い。
以前に一回だけなら、と引き受けたら「バズって」しまったのでその後も参加するハメになった。広報アカウントの動画に出るのは今回で三回目。
「まぁ……これも獣撃隊の仕事のひとつだし、頑張って」
虚ろな目でフリーズしている真斗を見かねた上司の岡田は同情するように頷いた。
「そうですね……」
「……そうそう、うちの家内や娘も楽しみにしてるからさ、筋トレシリーズ」
岡田はフォローのつもりでそう言ったが、それは真斗にとって「無いところに突然生えた」プレッシャーになった。
――勘弁してくれ……。
真斗は乗り気ではないがやるからにはちゃんとやる性分だ。それにとちると神谷沢にウザ絡みされる。
終業後にトレーニング室で練習し、家でもうるさい双子が自室に戻った後、片耳にイヤホンを付け居間の隣りにある和室で何度も音楽に合わせ動作の復習をしていた。
本番を控えた昨日の夜、福岡県獣撃隊に所属している武隈迅から久々にメッセージが入った。
昼にこの「腕立てチャレンジ動画」の撮影があったと言う。あちらもこの「バズの波」に乗ろうとしていた。
彼は「天津五家」のひとつ「武隈家」の長男で小学生の頃から付き合いがある。
現在二十五歳。五人きょうだいの三番目。上に姉が二人、下に妹と弟がいる。
当主の父は福岡県獣撃隊の現本部長だ。
顔を合わせるのは東京で行われる懇親会や五家の集まりの時だけだが、所謂「お坊ちゃん」が多い五家の子息の中で迅は異色の存在だった。
体育会系で気取ったところがない。経済感覚も趣味も他の「お坊ちゃん」たちより「庶民的」だ。
真斗を「御曹司」ではなく「頼れる兄貴分」として慕っている。真斗も彼を弟のような「友人」だと思っている。
挨拶ばかりでろくに食べ物にありつけなかった懇親会の後に二人でファーストフード店やラーメン店に行ったり、コネでもらったチケットで一緒に野球観戦に行ったりもしていた。
両家とも「武神」由来の力を持つこともあり、昔からヨモツ討伐の前線に立っている。
そのこともあり仙台と福岡と離れてはいるが、昔から家ぐるみで親しい間柄だ。
他にも共通点がある。
高野原家と武隈家――どちらも地域に根ざした生活をしている「一般市民」で、土地などの資産を持つ比較的裕福な家だが、かなり「堅実な庶民派」で目に見えて贅沢な暮らしはしていない。生活レベルもほぼ同じだ。
真斗は密かに迅が「剣の益荒男」に選ばれることを望んでいる。
もっと言えば「茉莉花が迅を選ぶ」ことを望んでいる。
五家の中で真斗が一番信用している武隈家の男だ。
見た目も「良い男」だ。
一八〇センチ以上の高身長。精悍な体つきに日焼けした肌。ハッキリとした目鼻立ち。白い歯とえくぼが印象的な爽やかな笑顔。
短髪の「アスリート系のイケメン」なので「女ウケ」要素は低いが「万人ウケ」する明朗で健康的な「良い男」だ。人柄も申し分ない。
茉莉花の好みの異性のタイプは結局わからないままだが、唯一知る「兄よりも年下」の条件はクリアしている。
彼女は十四歳の時に懇親会で迅と会っているはずだが、彼どころか他の子息たちのことも「よく覚えていない」と言う。
懇親会に呼ばれる子息たちは「由緒ある家」「高い能力」「実社会での高い地位」――そのいずれか、もしくはその全てを持つ天津の「ハイスペ男子」だ。
「ハイスペ男子」との交流――普通の女子なら彼らは「ショーケースに並ぶジュエリー」のように目にうつるはずだが、茉莉花にとって彼らは「レーンを流れる回転寿司」だったと言う。誰が誰だか顔も覚えていない。
「選ぶ側の性」特有の傲慢な例えに真斗は閉口したが、慣れない場所で緊張していたらそうなっても仕方がない。
担当の官僚・蛇台原麗虎から候補者の選別が始まったと知らされた真斗は、間違いなく迅が候補者に上がると思った。
強い能力を持つ「天津五家」の若い男は他にもいるが、迅は現役の獣撃隊隊員。純粋に実戦能力で選ぶなら彼以上の者はいない。
直接会わせるような強引な真似をするつもりはないが、真斗は茉莉花にそれとなく迅の存在を認識させようとしていた。
「この男にしておけ」と露骨に推すのは避けた方がいい。押し付けられたらきっと茉莉花は反発して絶対に迅を選ばないだろう。
迅に対しても、露骨に茉莉花と引き合わせるようなことはしなかった。
彼は茉莉花を知っているし、彼女が「鞘の処女」だと言うことも知っている。
「五家」の子息なので自分が「剣の益荒男」の候補に上がるだろうと薄々察しているはずだ。
だが迅は「鞘の処女の兄」になった真斗に対し、あえて「妹」の話題を避けているようだった。
「処女」の身内と仲が良いなら、他の候補者よりも先に彼女と接触して距離を詰めることが出来る。
迅がそれをしないのは、おそらくそれが他の候補者を出し抜くような姑息な真似だと思っているからだろう。
そんな真っ直ぐな迅の性格を踏まえて、真斗も彼に茉莉花の話は一切しなかった。
二人を引き合わせることはほぼ諦めていたが、昨日の迅からのメッセージを受け真斗は閃いた。
近いうちに「福岡県獣撃隊」の「腕立てチャレンジ」動画がアップされる。
そのタイミングで、あまり言いたくはないが「宮城県獣撃隊」で「腕立てチャレンジ」の撮影があり、自分も参加したと茉莉花に伝える。
おそらく茉莉花は筋トレ動画に興味がない。
「撮影があった」だけでは「ふーん」と聞き流すだけで終わるが、堅物の真斗が大真面目に参加したとなると揶揄って食いついて来るだろう。
そこで「それとなく自然な流れ」を作り、迅が映っている「福岡県獣撃隊」の動画を参考として茉莉花に見せる。
映っている「爽やかなイケメン」が自分と親しい「天津五家の武隈家の長男で自分と仲がいい間柄」だと「それとなく」伝え、茉莉花の興味を引き、迅の存在を認識させる。
真斗は一晩でこのプランを考えた。きっかけをくれた迅に感謝している。
弁当を食べ終え蓋を閉めると、別のテーブルで同年代の隊員たちと昼食をとっていた同じ「機動祓除隊第三班」に所属する後輩の獣撃士・黒川颯が三人が座るテーブルにやって来た。手には菓子が入った紙製の箱を持っている。
黒川は九郎と同じ半人半獣の「天津片生」で白いオオカミに変化する。
白髪で肌も白く、歌舞伎役者のような品の良い顔立ち。黙っていれば何処かアンニュイでミステリアスな雰囲気の青年だ。
公務員にも関わらず左耳にリングピアスをしているのはオオカミの姿で任務を遂行する際、耳にGPSと簡易的な通信機が備わったタグを付けるためだ。
黒川は昨日まで三日間の休暇を取り東京の実家に帰省していた。
「神谷沢士長、高野原士長、よろしければどうぞ。東京土産です」
真斗は黒川に礼を言い、彼が差し出した箱からクッキーを一枚手に取った。
「向こうでゆっくり出来たか?」
「はい、両親も兄たちも相変わらずで――雨宮副士長もどうぞ」
「いいの?悪いねぇ、ありがとう」
三人にクッキーを渡した後、黒川はぼんやりとした表情で視線を泳がせながら気まずそうに呟く。
「あー……で、その……中身、多分割れちゃってます」
「割れてる?」
真斗は手に取ったクッキーを指で触れて確かめる。中身は見えないが完全に割れている。
「はい、駅の階段で落としちゃったんで。あっちの席で配った分、全部割れてました」
「……そうか」
「……まぁ食べれば一緒だし」
「目に浮かぶわポンコツ」
黒川は任務以外ではかなり抜けたところがある。
シュレッダーの紙屑を床にぶち撒け、張り切って作った自作の弁当を家に忘れたまま出勤し、自転車に乗ってコンビニに行ったのにそのことを忘れて歩いて帰宅し翌日までそのことに気付かない。
神谷沢が言うように「ポンコツ」で、オオカミの半身を持つが間抜けなハスキー犬を思わせる男だ。
箱を持って自分がいた席に戻る黒川に視線を向け、雨宮が小声で呟く。
「黒川の実家って確か――」
「ああ、めちゃくちゃ「ごん太」――」
神谷沢が頬杖を付いてそう返した時、休憩室の扉の方から隊員たちが交わしている雑談が消し飛ぶような大声が響いた。
「あー!いたいた、今日は撮影よろしくね!」
真斗がハッとして顔を上げると、声の主――広報課の主任・鹿野は既に彼の目の前にいた。
「ちゃんと練習してた?」
「ええ……まぁ」
「あの……俺は訓練服に着替えなくてもいいんですか?そっちの方が動きやすいんですが……」
雨宮が戸惑いを滲ませた声で尋ねると、鹿野は目を丸くして彼の肩をバシバシと叩く。
「これでいいんだよ。内勤制服のマッチョがいた方が絵的に映えるでしょ?制服好きとマッチョ好きの良いとこどりじゃない」
「そ、そうなんですか……?それなら……」
まんまと言いくるめられた雨宮を見て神谷沢は片頬笑いで真斗に耳打ちをする。
「何だよあの反応。水着になるのを言われるまま受ける世間知らずの清純派アイドルかよ」
そうとしか見えないが同意したら「負け」なので真斗は口をつぐみ、微妙に眉を顰めるだけに留める。
鹿野が「一時半にガレージ前に集合ね」と言い残し立ち去った後、真斗はげんなりとした面持ちでため息を吐き、黒川から貰ったクッキーの封を切った。
包装フィルムの上から指で触れて確認した通りクッキーは三つに割れていた。




